002 黒き少女 2
残酷描写注意です!
世界は闇に包まれている。常に夜。赤黒く仄かに光る雲に覆われ、青い空などこの世界には存在しない。
約一千年前。人間は魔族に負けた。神を味方につけた人間たちに魔族らは勝ってしまった。世界の常識を破壊し、魔族は人間たちを滅ぼし、神をも消滅させた。
ここはそんな世界。魔界ならぬ魔境。世界は魔の魔窟と化した。絶望しかない世界。
その世界の片隅で魔族に向けて刃を振り下ろす存在がいる。
夢魔の館。その主であるサキュバスの女王を蒼く輝く刃で凪ぎ払う。
しかし、その刀は空を斬り。当たることはなかった。
「なるほどねぇ~。ふふっ反抗勢力の有名な殺し屋と言うからどんなおっさんかと思ったけど…わたくし好みの可愛い娘じゃない!ああ…欲しい…欲しい!欲しいっ!!」
彼女は目を見開き狂喜する。
わたしはその狂っている魔族を見て──ただ沈黙を保った。
魔族なんて皆こんなものだ。こいつらは全て狂っている。人間たちを滅ぼした時から…ずっと…ずっと…。狂っていたから滅ぼせたのか、それとも狂っていたから滅ぼしたのか。人間が滅びたのは昔のことで今では分かることは少ない。だが、確実に分かることはある。それは────
わたしは長い黒髪をなびかせ、両腕の二刀を構える。
──目の前にいる魔族は"討つべき敵"ということだ。
「ああぁっ!いらっしゃい!!わたくしの子供たち!」
唐突に彼女は両腕を広げ、何かを呼ぶ。
それに呼応するようにわたしたちの回りから出現する珍妙な存在。それは小さな子供のような…目の前の彼女をそのまま小さくしたような…サキュバスたちだった。
「っ!…この子たちは…」
「ふふふっ!可愛いでしょう?可愛いでしょう!?ああっこの娘たちは自慢の子供たちなのですよ!!」
その中の一体を無造作に掴み頬擦りしだす夢魔の女王。
わたしは表情には出さないが、回りの惨状を見て目を細める。
この世界には隷属呪術と言うものがある。心を屈伏させ、存在そのものを書き換える。最低最悪な禁忌の呪法。それを施された者には特徴的な刻印が現れると言う。
「…貴女…」
「あらあらぁ?もしかして分かっちゃたかしらねぇ?」
彼女は天使のような悪魔の微笑みを浮かべ言い放つ。
「この娘たちは反抗勢力の仲間たちですわよ」
女王は床に無造作に転がっていた鞭を拾い上げ、回りの子供たちに当たるのをお構い無く振り回し構える。
「貴女は特別にそのまま人形にしてあげましょう。その美貌は置といてあげますわね?」
「煩いわね。なら、貴女はわたしがただの肉塊に変えてあげるわ。覚悟しなさい」
そう言ってわたしと女王の視線が交錯したのは一瞬の事。
わたしは不用意に近づいてきた小さい夢魔を斬り飛ばす。そして、返す刀で近くにいたもう一体も彼女に向けて弾き飛ばした。
唐突な刹那の攻撃。それを彼女は意図も容易く弾き返し、夢魔たちに命令を下す。
『逝きなさい』
その理不尽な命令に嬉々として従う小さな夢魔。その全てをわたしは容赦なく斬り棄ててゆく。手加減などしてられない。容赦などしてられない。そんなことをすれば待っているのは"死"───よりも恐ろしい"存在の消滅"だ。
情けなどかけられるはずがない。
「一段階加速」
わたしはそう呟く。もともと素早かった斬撃が一層スピードを増し、二つの刀が蒼い残光を残し舞う。刃が薙ぐ度に鮮血が散るが、お構い無しに斬り裂いてゆく。それはまるで踊り子のような飛ぶようにはたまた舞うように。ただただ目の前の彼女を殺す為、立ちはだかる仇なす者を斬る。斬って切ってきって斬って切ってきって───斬り棄てる。
「っ。何ですの…この娘は…」
咄嗟の動揺…。一瞬の油断。わたしはそれを…待っていた。
夢魔を斬り棄てた瞬間を突き、わたしは持っていた刀を同時に投げつける。当然、彼女に向けて。
「なっ!?」
まさか自身の武器を両方とも捨てるとは思いもよらず、意表を突かれ二つの刀を紙一重で回避する。
「ふふっそんなもの当たるはず──っが!?」
ドスッ。と何かが貫く音と重い衝撃が同時に響く。
見れば二つの小剣が脇腹を抉り、赤い鮮血が飛び散っていた。
「甘すぎよ女王。部下に頼りすぎね」
わたしは驚き驚愕している赤い瞳を真っ向から見据え言う。
投擲した二本の刀に隠れわたしは女王に近づき、黒いブーツに挿していた新たな二本の小剣で彼女を貫いたのだ。
まさしく油断大敵。強大な力を持つ魔族も油断をさせることが出来れば弱者でも一矢報いることは可能なのだ。
「きっきっきっ……キサマァァァァァァァァァァァァァァーーー!!!!?!?!この美の化身たるわたくしををを!!!わくたくしををぉぉぉぉ!!!!」
怒号。魔力の帯びた怒号。怒りと憤り、狂気と狂喜が織り混ぜられた咆哮。
完成された美の化身たる自身を…誇りを傷つけた"敵"に対して彼女は漸く敵意を剥き出しにする。
女王はその白い腕で血が飛び散ることもお構い無く刺さった剣の刃を掴む。
「ぐぁぉぁぁぁぁぁぉぉぁぉぁあ!!!!!」
「っ!」
わたしはそれに舌打ちをする。流石にこの二刀を捕られる訳にはいかない。これ以上決定打になる武器を捨てるわけにもいかないし、何よりここまでの千載一遇のチャンスはもう巡ってこないだろう。これは相手の油断に漬け込んだ戦法だ。同じ手は使うことはできない。そして、残念ながら弱いわたしたちは魔族に勝てる術は虚を突く他はない。もしこの期を逃せば───死…あるのみだ。
「二段階加速!!」
わたしは更に魔術を発動させる。魔術の重ねがけ。わたしが纏っていた蒼い仄かな光が一層輝きを増す。
振り斬る。ただその行為だけに意識を向け、全力で腕に力を籠める。
力は拮抗し、何処にもいけない魔力だけが迸り、鮮血と一緒に弾け飛ぶ。
「ぐぁぉぁぁぁぁぁぉぉぁぉぁあ!!!!!!!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
怒号と咆哮。魔術と魔法が飛び散り飛び交い。気合いと誇りがぶつかり合うだけの戦い。どちらが勝っても可笑しくはない勝負。そんなギリギリな戦いが長く続く筈がない。
────三段階加速──
ズギャッッッ!
と何かが引きちぎれた音と次いでドサッと重い物が投げ出された音が響く。
両断された下半身から鮮血が吹き出し、糸の切れた人形のように力なく倒れ伏す。
わたしは顔にかかった赤い水滴を手の甲で拭い長い黒髪を無造作に払う。
「ぐっが…ごぶっ…ぐ…がっ…」
腕も下半身もなくなり辛うじて生きている状態の彼女を見て、わたしは冷ややかに言う。
「流石、魔族ね…。打たれ強さだけは生半可なものじゃないか、相変わらず」
「ぎっ…ぎざま……あぁぁぁ」
ギロッと血走った瞳がわたしを睨み付ける。しかし、それにはもう先程の魅了の強制力はなく。単純な怒りだけの視線だった。
「さようなら、夢魔の女王。わたしを恨むのは自由だけど───」
わたしは右腕の小剣を振りかぶりながら言葉を止める。
「わたくしの…わだぐじの…人……形…が…」
「…………。何処までいっても…魔族たちは………狂っているのね………」
その言葉と同時に灰色に輝く小剣はその白い首筋を一瞬にして───薙いだ。




