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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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52/55

崩壊無情 四

 その日、中村左内はいつもの通りに奉行所に向かい歩いていた。

 通いなれたはずの奉行所への道だが、彼の足取りはいつもに比べて重い。これからしなくてはならないことを考えると、本気で胸がむかむかしていた。

 今日、渡辺正太郎ともう一度話し合う……上手く話して隙を作り、どうにか奴の懐に入り込まなくてはならないのだ。もっとも、成功する可能性は低い。まず無理だろうが、それでもやらなくてはならない。

 だが、彼の気分をさらに悪化させる事態が待っていた。


 ふと気づくと、前から何者かが近づいて来ている。真剣な面持ちで左内を真っ直ぐ見つめ、つかつかと歩いて来ている。

 市だ。

「八丁堀、お前に話がある。ちょっと来てくれ」

 低く鋭い声だ。何事が起きたのだろうか……それ以前に、こんな形での接触は明らかにまずい。

「誰が八丁堀だ! お上をなめてると、ただじゃおかねえぞ!」

 言いながら、市の襟首を掴んだ。顔を近づけ、小声で囁く。

「お前、何考えてんだ! こんなところで、声かけんな! 誰かに見られたらどうすんだよ!」

「今はな、それどころじゃねえんだよ。さっさと付いてこい。でねえと、もっとでかい声だすぞ」

 押し殺したような声で言うと、市は歩き出した。左内は、顔をしかめながら後を追う。




「源四郎……」

 さすがの左内も、絶句せざるを得なかった。

 目の前には、源四郎の死体がある。無念そうな表情で、かっと目を見開いたままだ。

「昨日の夜、ここに来やがったんだよ……死にかけた状態で、うちの前にぶっ倒れてやがった。最後に、すまなかったと言っておいてくれ、と言い残してな」

 そう語る市の表情は、何かを必死で堪えているかのようだった。

「そいつは迷惑をかけたな。早く、葬儀の手配をしねえと――」

「こいつは言ってたぜ。渡辺正太郎は乞食横町に出入りしてるってな。隼人はそこにいるかもしれない、とも言ってた」

 左内の言葉を遮り、静かな口調で語る市。その冷たい表情の裏には、熱い何かが秘められている。左内は何も言えず、無言のまま源四郎の死に顔を見つめる。

 彼の顔には、無念の表情が刻まれていた。


「こいつの最期の言葉はな、役に立てなくてすまなかった……だった。見事な死に様だよ。八丁堀、すぐに行くぞ」

「行くって、どこにだ」

「決まってるだろうが、乞食横町だ。隼人を助け出すぞ」

「馬鹿言うな。まずは、情報の真偽を確かめなきゃならねえ。それにだ、俺には奉行所の務めがある。そっちは休めねえ」

 その言葉を聞いた瞬間、市の表情が変わる。

「んだと……それじゃあ、死んだ源四郎はどうなるんだ! 隼人の居場所と引き換えに、ここで死んでいったんだぞ! 奴の死を無駄にするつもりなのか!」

 市の声は震えていた。今にも掴みかからんばかりの勢いで、左内を睨みつけている……。

 だが、左内はその視線を怯むことなく受け止めていた。少し間を置き、冷静な表情で言葉を返す。

「俺だって、奴が殺られた以上は黙っている気はねえよ。だがな、今へたに動いたら、俺の面が割れることになるんだよ。それだけは、絶対に避けなきゃならねえ。お前だって同じだ……分かるな」

 その言葉に、市の表情が歪む。彼は目線を逸らし、下を向いた。

 やがて、その顔に笑みが浮かぶ。だが、それはひどく歪んだ笑顔だった。何もかもに絶望し、後は笑うしかない……そんな表情であった。

「てめえの面が割れるのが、そんなに怖いのか……それが、お前らの本性ってわけか。よく分かったよ」

 振り絞るような声を出した直後、市は顔を上げた。凄まじい形相で、左内を睨みつける――

「お前、俺に言ったことを覚えてるか? てめえのことばかり考えてねえで、たまには仲間のために動いてみろ……と言ったんだよ。だがな、てめえのことしか考えてねえのは……お前の方じゃねえか!」

 今度は、左内が下を向く番だった。確かに、そんなことを言った覚えがある。安い仕事を断ってばかりの市に、左内は言ったのだ……仲間のために動いてみろ、と。その時、市は小馬鹿にするような表情を浮かべていたのだ。

 しかし、今は……。


 やがて、左内は懐から小判を取り出した。神妙な顔つきで市に差し出す。

「これで足りるか分からねえが、源四郎を弔ってやってくれ――」

「金はいらねえよ。こいつは、俺がきっちり弔ってやるから。それより、さっさと奉行所に行けよ……面が割れたら、大変なんだろうが」

 答える市の目は冷たい。早く出ていってくれ、と言っているかのようにも思えた。




 左内は、奉行所へと歩いていく。当然ながら、もう遅刻である。だが、そこは上手くごまかせる。

 それよりも、別の問題があった。


 市は変わってしまった。かつては仕掛屋に対する仲間意識など欠片もなく、己の都合しか考えていなかったのに。

 このままでは、たったひとりで乞食横町に乗り込みかねない。それだけは、させてはならなかった。


 ・・・


 そのころ鉄は、呪道の家にいた。不気味な絵の描かれた掛け軸や、得体の知れない壺などに囲まれた呪道は、疲れたような表情を浮かべて座り込んでいる。

 渋い顔をしながらも、鉄は口を開いた。

「おい呪道、江戸に妙な連中が来ているらしいんだがな――」

「夜魔一族のことかい」

 答える呪道の声からは、気力がまるで感じられない。その様子に、鉄は口元を歪める。事態は、思ったより深刻らしい。

「なんだ、知ってたのかよ。だったら、あいつらを何とかしてくれねえか」

「悪いが、そいつは無理なんだよ」

 その答えは、鉄も予想していた。ただでさえ、元締のお勢が怪我で動けない状態である。今、下手に他の組織と揉めることは出来ないだろう。

 だが、それでも言わずにはいられなかった。

「なあ、龍牙会は奴らをほっとく気なのか?」

「ああ、ほっとく」

「なぜだ?」

 なおも食い下がる鉄に、呪道は苦笑した。

「鉄さん、夜魔一族は、渡辺正太郎って同心と組んでるのは知ってるか?」

「ああ、そうらしいな」

「その渡辺ってのは、とんでもねえ奴だよ。あいつは今、あちこちの連中の情報を掴んでやがる。しかも、その情報を上手く使ってる……龍牙会と繋がってる同心が誰か知ってるし、そいつらの弱味も握ってる。しかも、あいつが一声かければ夜魔一族が動く」

 そう言うと、呪道は力なく首を振った。

「俺は、あんな奴を見たことがねえ。役人でありながら、裏稼業の元締をやろうなんざ恐れ入ったよ。しかも、誰にも気づかせなかったわけだからな」

 呪道の言葉を聞き、鉄は複雑なものを感じた。仕掛屋の元締である中村左内も同心なのだ。

 もし、左内が気づけていれば……いや、今そんなことを言っていても仕方ない。


「とにかくよ、龍牙会は奴らに手を出せねえんだ。悪いが、俺たちは何も出来ねえ。すまねえな、鉄さん」


 ・・・


 葬儀屋に源四郎の死体を引き渡した後、市は廃寺へと向かった。その手には、風呂敷包みをぶら下げている。


「沙羅さん、入るぜ。構わねえかい」

 声をかけると、ややあって返事が聞こえてきた。

「はい」

 か細い声だ。市は顔をしかめながら、境内へと入って行った。すると、犬の白助が出迎える。くんくん不安そうに鳴きながら、市の顔を見上げた。

 思わず手を伸ばし、頭を撫でる。

「大丈夫だよ。隼人は、必ず俺たちが助けるからな」




 沙羅は、見るも痛々しい様子だった。頬はこけ、瞳からは生気が消えている。さらに、胸から下げられた十字架を隠そうともしていない。

 この十字架が切支丹の証であることは、少し知識のある人間なら誰もが知っている。

 無論、市や小吉も知っている。それどころか、沙羅が隠れ切支丹であることにも薄々気づいてはいた。だが今までは、敢えて見てみぬふりをしていたのだ。

 もっとも、今はそれどころではない。

「沙羅さん、団子を買ってきた。食ってくれ」

 そう言うと、市は風呂敷包みを差し出す。だが、沙羅は首を横に振った。

「いりません。食欲がないんです」

「馬鹿野郎、食わなきゃ駄目だ。あんた、何も食ってないだろ」

「でも、食べられないんです……」

 言いながら、沙羅はうつむいた。

 市は舌打ちする。この様子だと、昨日から何も食べていないのだろう。

 ならば……。

「沙羅さん、隼人がどこにいるか分かったよ」

 その途端、彼女の表情は一変した。

「ほ、本当ですか!?」

「俺は嘘はつかねえ。本当だよ」

「どこにいるんですか――」

「教えて欲しけりゃ、この団子を食うんだ。そしたら教えてやる」

「そ、そんな……」

「食えねえってんなら、この話はなしだ。帰らせてもらうぜ」

 冷たい口調で言うと、市は立ち上がった。すると、沙羅は慌てて止めに来る。

「わ、分かりました。食べます……食べますから」

 その言葉に、市は再び座り込む。

「最初から、素直にそう言えばいいんだ」




 団子をのろのろと食べる沙羅。はっきり言って、美味しそうには見えない。だが、彼女には食物が必要なのだ。でないと、体が弱ってしまう……市は険しい表情を浮かべ、彼女のそばで監視していた。一応、若い娘の間で評判の店で買ったのだが……今の沙羅にとっては、美味とはいえない味らしい。

 普段なら、物欲しそうな表情で彼女の周りをうろうろするはずの白助も、今はおとなしい。犬は犬なりに空気を読んでいるのだろうか。




 沙羅が団子を食べ終わった時、頃合いを見計らったかのように小吉が入ってくる。汗をだらだら流しながら、息を切らせて境内になだれこんで来た。

「沙羅ちゃん! 市! やっぱり、隼人は乞食横町にいるらしいぞ!」

「そうか。よくやったぞ小吉」

 市は真剣な表情で頷くと、沙羅を見つめる。

「沙羅さん、申し訳ないが八丁堀は当てにならない。奴は、てめえの面が割れることばかり心配してる。鉄も同じだ。隼人がどうなろうと、知ったことじゃないらしい……だがな、隼人は俺たちが必ず助け出す。だから安心してくれ」

 力強く語った後、市は小吉の方を向いた。

「八丁堀も鉄も、完全に腰が引けちまってる。もう、誰も頼れない。俺たちだけで、隼人を助け出すぞ。覚悟はいいな?」

 市の言葉に、小吉は無言のまま頷いた。






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