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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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崩壊無情 三

 その日の夜、中村左内ら仕掛屋の面々は、沙羅の住む廃寺へと集合した。皆の前で、左内はこれまでに分かったことを話す。


「……というわけだ。今は、渡辺正太郎が唯一の手がかりだよ」

「じゃあ、俺がその渡辺を探るよ!」

 そう言って、小吉が立ち上がる。だが、左内が首を振った。

「待て待て。今、俺の手下が渡辺に貼り付いてる。渡辺のことは、そいつに任せよう。俺たちは、これからどうするかを決めよう」

 そう言うと、左内は鉄の方を向く。

「なあ鉄、龍牙会の連中は何をしてるんだよ? 夜魔一族とかいう馬鹿共が好き放題やってんのに、奴らはほっとく気なのか?」

「それがな、元締のお勢が負傷し顔を出せねえ状態なんだよ。だから、ここしばらく定例会もやってねえ。まあ、一応は呪道の奴をせっついてはみるがな」

 苦り切った表情で、鉄は答える。奥歯にものが挟まっているような口ぶりだ。その時、市が口を開いた。

「おい八丁堀、お前は隼人をどうする気だ?」

「どうする、って……助けるしかないだろう」

 左内が答えると、市は目を細めた。

「それは本気なのか? 沙羅さんにはっきり誓ってくれよ……隼人は、必ず助け出すってな」

 市の言葉は、殺気に近いものを帯びている。左内は、皮肉なものを感じていた。今までの市なら、捕まる奴が間抜けなんだ……という一言で終わらせていたはずだった。それが、今では隼人を助けようと考えているらしい。

 それも、真剣に――

 左内は、沙羅の方に視線を移した。こちらは、げっそりとやつれた顔だ。すがるような目で、左内を見つめている。

 左内には分かっていた。この状況では、隼人を助けるのは非常に難しい。それどころか、生きているかも不明だ。今のところ、左内が元締であることはばれていないようだが……いざとなったら、隼人の口を封じなくてはならない。

 だが、沙羅の前でそんなことは言えなかった。

「沙羅さん、隼人は必ず助け出す。だから、あんたはここでおとなしくしていてくれ」

「本当ですね? その言葉、信じていいのですね?」

 言いながら、沙羅はじっと左内を見つめる。その青い瞳に込められたものに耐えきれず、左内は目を逸らした。

「沙羅さん、今のところは渡辺だけが手がかりだ。しかし、相手は仮にも同心だからな……下手をすると、俺の面が割れる。そうなったら、仕掛屋は終わりだ」

「だったら、いつになれば隼人は帰ってくるんですか?」

 沙羅の声は虚ろであった。左内は口元を歪めながらも、言葉を返す。

「今は待ってもらうしかねえ。みんなも、おとなしくしていてくれ。今、下手に動いたらとんでもねえことになるぞ」




「おい八丁堀」

 帰り道、左内に声をかけてきたのは鉄だ。いつになく神妙な顔をしている。

「どうした?」

「お前、隼人をどうする気だ? 正直なところを聞かせてくれ」

 その言葉に、左内ははあとため息を洩らした。

「放っておくわけにもいかねえからな。まずは、居所を探さねえと――」

「見つけたら、どうするんだ?」

 尋ねる鉄の目は、氷のように冷たい。

 その視線に耐えきれず、左内は目を逸らした。本音を言えば、隼人は助けてやりたい。だが、それが可能な状況なのか……。

「だから、そいつは見つけてみねえと分からねえよ――」

「今がどういう状況か、お前だって分かってるはずだ。奴らは最初から、全てを計算した上で動いていた気がするんだよ。まず龍牙会と質屋の秀次を揉めさせて弱体化させ、折を見て夜魔一族を江戸に招き入れる……その絵図面を描いたのは誰か、お前も察しはついてんだろうが」

「ああ」

 力無く答える左内。こんなことを仕組めるのは、まず間違いなく渡辺だろう。

「ひょっとしたら……隼人を捕まえてんのも、元締のお前が動くのを待ってるのかもしれねえぞ。龍牙会は元締が動けず、他の連中はしょせん雑魚だ。となれば、残るは仕掛屋だけ。俺たちは、渡辺にとって脅威なんだよ」

 鉄の言っていることは、実にもっともである。仕掛屋が他の連中に恐れられている理由、それは元締が正体不明だからだ。

 かつて鳶辰という男が、江戸の裏社会を支配しようとしていた。だが、仕掛屋の元締が鳶辰を粛清した……という話が、まことしやかに広まっている。それゆえ、仕掛屋は龍牙会からも一目置かれる存在となっている。

 しかし、その元締の正体が分かってしまったら……仕掛屋のはったりは、通用しなくなるのだ。


「八丁堀、分かってるとは思うが、念のため言っとく。お前の面が割れたら、俺たちは終わりだ。今のところは割れてないようだが……俺は、隼人と心中する気はねえぜ」

「どういう意味だ?」

 聞き返したものの、その答えが何なのかは左内にも予想できている。

 それでも、聞かずにはいられなかった。

「掟を守るため、隼人には死んでもらう……それが、俺の考えだ」

 鉄の言葉は、予想通りのものだった。左内はため息を吐く。

「どうやって殺すんだ? あいつの居場所も分からねえんだぞ」

「こっちでも、何とか調べてみる。とにかく、お前も立ち位置をはっきりさせといてくれ。場合によっては、俺はお前の敵に回るかもしれねえぞ」

 そう言うと、鉄は左内を見つめる。その瞳には、冷酷な光が宿っていた。


 去っていく鉄の後ろ姿を見ながら、左内はその場に座り込んだ。鉄と話したお陰で、今の状況がおぼろげながらも掴めてきたのだ。

 恐らく、渡辺は隼人を生かしておくだろう。仕掛屋との取り引きの材料として使うつもりなのだ。

 あの渡辺は、いつからこんな計画を立てていたのだろうか……それは分からないが、確かなことがひとつある。

 渡辺は今まで、無能で無欲な同心を演じてきた。しかし、これだけのことをやってのけるような男が無能なはずがないのだ。頭は切れるし、度胸もある。その上、裏社会の事情にも詳しいはずだ。

 その気になれば、奉行所でも出世は出来たはず。にもかかわらず、渡辺はそちらの道を選ばなかった。彼は恐らく、この計画に己の全てを費やしてきたのだ。


 とんでもねえ野郎だ。


 左内は、背筋が寒くなるような感覚を覚えていた。


 ・・・


 源四郎は、さりげなく渡辺の近辺を探っていた。町の底辺にて蠢く乞食たちに小銭を渡し、代わりに必要な情報を得る……彼らは、見た目よりも多くのことを知っている。情報がなくては、生き延びることは難しい。




「そうか。また何か分かったら、よろしく頼む」

 言いながら、源四郎は乞食に小銭を渡した。だが、乞食は渋い顔をする。

「旦那、もうちょっと恵んでくれてもいいんじゃないんですか? 今回の話は、かなり値打ちがあったでしょうが」

「馬鹿野郎、まだ裏が取れてねえ。裏が取れたら、もっと払ってやる」

 そう言って、源四郎は素早くその場を離れた。


 源四郎が今いるのは、素性の怪しい者が多く住んでいる裏通りだ。別名・乞食横町と呼ばれている場所である。普通の人間がうっかり足を踏み入れようものなら、身ぐるみ剥がれた挙げ句に叩き出されることもあるのだ。

 もっとも源四郎は、この辺りの人間に顔が利く。日頃から足しげく通い、親しくなっているからだ。

 源四郎は、さらに奥へと歩いて行く。先ほど聞いた情報の裏付けが欲しい。今は、仕掛屋の危機なのだから……しかし、その足が止まった。

 汚い掘っ立て小屋の前に、渡辺正太郎が立っていたのだ。端正な顔に冷酷な表情を浮かべ、源四郎をじっと見つめている。

「あなたは、確か中村さんの……こんな場所で、いったい何をしているのですか?」

 尋ねる渡辺の目は、殺気を秘めていた。その右手は、刀の柄に触れている。

 源四郎は答えに窮した。まさか今、渡辺がここに来ているとは……あちこちで仕入れた情報によれば、乞食横町に渡辺が出入りしているとのことだった。

 しかも最近では奇妙な男たちを引き連れ、頻繁に姿を見かける……とも聞いている。だからこそ、調べに来たというのに。

「ひょっとして、中村さんの差し金ですか?」

 その言葉に、源四郎ははっとした。何が何でも、左内と仕掛屋だけは守らなくてはならない。ならば、上手く誤魔化し丸め込む。

 腹を括ると同時に、にやりと笑った。

「いいえ。あの昼行灯の下で働いてても、大した稼ぎにゃなりませんからね。ならば、あなたのような切れ者に付こうかと思った……ただ、それだけでさあ」

「私に付く、とはどういうことです?」

「中村の旦那は、あなたは恐ろしい奴だからかかわるな、と言ってました。でもね、あんな昼行灯とつるんでも得しないですからね。だったら、中村よりは貴方を選びますよ。いい儲け話があるなら、あっしも一口お願いします」

 そう言って、源四郎は下卑た笑顔を向ける。すると、渡辺は目を細めた。

「なるほど。あなたは結局、金になる方に付く人間なのですね。今までの主人を裏切るわけですか」

 言った直後、渡辺の目に凶暴な光が宿る。と同時に、渡辺は刀を抜いた。

「お前のような屑が、奉行所を腐らせたんだ。死んでくれ」

 その言葉と同時に、渡辺は間合いを詰める。だが、源四郎も伊達に十手を持っているわけではない。状況を察知し、素早く飛び退いた。

 十手を構え、じりじりと後退する。

「ほう、ただの屑かと思ったが……意外とやるな。だが、私には勝てないよ」

 渡辺の言葉に嘘はない。源四郎は、勝ち目がないことを自覚していた。

 だが、彼の仕事は渡辺を殺すことではない。左内に情報を伝えることだ。

 源四郎は、転がっている桶を拾い投げつける。さらに、立て掛けられていた木材などを力任せにぶっ倒した。はずみで周囲の掘っ立て小屋も崩れ、中からは殺気立った住人たちが出てくる。

 その隙に、源四郎は逃げ出した。その場を振り返らず、一目散に走る。ちくりとした痛みを感じたが、そんなものに構ってはいられない。




 源四郎は走った。彼は見た目はいかついが、実は逃げ足が速い。その逃げ足こそが、彼の最大の武器であった。

 だが、源四郎の足が止まる。体が痺れてきているのだ。何が起きたのだろうか……源四郎は地面にしゃがみこんだ。

 ふと、血が垂れているのに気づく。どうやら、背中に何かが刺さっているらしい。

 と同時に、頭がくらくらしてきた。視界もぼやけてきている。


 これは、毒か。


 逃げる時、毒を塗った手裏剣を投げられたらしい。源四郎は、必死の形相で立ち上がった。自分の手に入れた情報を、左内に伝えなくてはならない。

 たとえ、命に換えても。


 ふらつきながらも、源四郎は歩いた。だが、足に力が入らず歩みも遅い。全速力で走ったせいで、毒の回りを早めてしまったのだ。

 このままでは、左内に会う前に命が尽きてしまう。だが、それだけはやってはいけない。

 では、どうするか?

 ここから、一番近いのは――


 ・・・


 外から、異様な音が聞こえてきた。何か、重たい物が落ちてきたような……市は作業の手を止め、小刀を手に戸口へと近づいていった。

 その時、妙な声が聞こえた。

「市、開けてくれ……頼むから……」

 まるで、死にかけているような声だ。市は、そっと戸を開ける。

 大柄な中年男が、目の前に倒れていた。こいつには見覚えがある。確か、左内にくっついていた目明かしだ。名前は知らないが。

「お前、誰だ? 俺を知ってるのか?」

 しゃがみこんだ市だが、その顔が歪む。目の前の男は既に死にかけていた。呼吸は弱々しく、鼓動も微かなものだ。

 こんな体で、何をしに来たのだろうか。市は、この男との付き合いはないはずだ。

 その時、男は市の手を握る。すがるような目で見つめ、死にそうな声で語りかける。

「頼む……中村の旦那に伝えてくれ……渡辺は、乞食横町に出入りしてる……隼人も、そこにいるかもしれねえ」

「なんだと!? お前、隼人を知ってるのか!?」

 血相を変え、男を抱き起こす市。すると、男は市の手を握った。

「旦那に伝えてくれ、役に立てなくてすまなかったと……とにかく、急いで乞食横町を調べてくれ……頼むから……」

 そこで、男の首ががくりと落ちる。その顔には、苦しそうな表情が浮かんでいた。

 それは死に逝く苦痛や恐怖ではなく、任務を果たせなかったことに対する無念の表情だった。








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