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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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49/55

崩壊無情 一

 満願神社では、今日も二人の大道芸人が芸を披露していた。




「さあさあ! そこのお姉さん、ちょっとだけでも見ていきなって! 凄い芸だからさ!」

 客引き係の小吉が、通りを歩いていた娘たちに声をかける。

 小吉は軽薄そうな顔つきの青年だが、少なくとも悪党には見えない。だからこそ、人に警戒させず懐に入り込める。

 そんな三人を、じっと見つめている者がいた。


 やがて見物客も途絶え、隼人たちは境内の裏で休憩する。その時、何者かが声をかけてきた。

「お前ら、相変わらず仲良しだな」

 聞き覚えのある声に、隼人は振り向いた。そこには、端正な顔立ちの男が立っている。竹細工師の市だ。

「市か。何か用なのか?」

「別に……このあたりに別件の用事があったから、来てみただけだ」

 隼人の問いに、市は冷めきった表情で言葉を返す。

 その顔に、隼人は異様なものを感じた。普段の市は、冷酷な雰囲気を漂わせていたが、同時に強靭な意思と計算高い部分とを持っていることも窺えた。

 ところが、今の市は違う。表情が虚ろで、ぼんやりした感じだ。剃刀を思わせるような雰囲気が、綺麗に消え失せている。

 やはり、義理とはいえ父親を自分の手で仕留めたことを気にかけているのであろうか。

 市の様子に気を取られ、隼人は周囲の様子に気を配ることを忘れていた。そのため、ある人物が近づいて来ていることに気づけなかった。


「ちょっと、そこの人。私と一緒に、来てもらえませんか?」

 その声に、隼人は動きを止める。

 声の主は、若い同心だった。色白で顔立ちは悪くないが、やる気のなさそうな表情を浮かべて隼人を見ている。

「ちょ、ちょっと渡辺さん……どうしたんですか?」

 小吉が、不安そうな様子で聞いた。彼は、この同心のことを知っている。中村左内と同じく、手抜きの仕事をやることで有名だ。

 そんな渡辺が、何用で隼人のような大道芸人に接触するのだろうか。

「いえ、大したことじゃないんですよ。ただ、ここらで妙なことが起きましてね。何か見ていないかどうか、この芸人さんに聞きたい……ただ、それだけです」

「それだけ? だったら、他の奴に聞けばいいじゃんよ」

 なおも食い下がる小吉だったが、隼人が止めに入った。

「小吉、もういい。ここで揉めても、何の得にもならないよ」

 そう言うと、隼人は渡辺の方を向いた。

「お役人さま、行くとしましょうか」

 渡辺は穏やかな表情で頷き、歩いていく。少し遅れて、隼人も付いて行った。

「大丈夫でしょうか……」

 小さくなっていく二人の後ろ姿を見ながら、沙羅が不安げに呟いた。

「だ、大丈夫だよ! あの渡辺正太郎は、八丁堀の次くらいに使えない同心なんだから! どうせ、大した用じゃないよ。いざとなりゃ、隼人なら逃げてこられるから――」

「俺には、そうは思えねえがな」

 不意に市が口を挟んだ。彼は、険しい表情で二人の後ろ姿を見つめている。

「どういうことですか?」

 血相を変えて尋ねる沙羅に、市は表情を歪めながら答える。

「あの渡辺って同心は、叔父貴と仲が良かったらしいぜ。裏の事情を、いろいろ聞き回ってたって話だ」

「裏の事情?」

 聞き返す小吉に、市は表情を歪めたまま頷く。

「ああ。龍牙会の話を、しつこいくらいに聞いたらしい。あの叔父貴が、渡辺は油断ならねえ……と言ってたのを覚えてる」

「えっ……ちょっと! それ、どういうこと?」

 さすがの小吉も、表情を一変させる。渡辺正太郎といえば、若いのに出世の意欲がない変わり者の同心……くらいにしか思っていなかった。

 まさか、質屋の秀次と繋がりがあったとは。

「まあ、じたばたしても仕方ねえ。相手は役人だし、下手に逆らうわけにもいかねえよ。それに、大事な取り調べなら一人で来たりしない。しばらく待ってみようぜ」




 だが、いつまで経っても帰って来ない。沙羅の不安は募るばかりだ。

 やがて日が沈みかけた時、彼女は立ち上がった。

「私、奉行所で聞いてきます!」

 強い口調で言うと、沙羅は歩き出す。だか、市が彼女の腕を掴んだ。

「やめておけ。あんたが奉行所に行けば、いろんなことを根掘り葉掘り聞かれるんだ。俺が聞いて来るから、あんたは家に戻ってろ」

「で、でも――」

「あんたが行ったら、話がややこしくなるだけだ。俺に任せておけ」

 言いながら、市は小吉に目配せする。小吉は頷き、沙羅の肩を軽く叩いた。

「沙羅ちゃん、これじゃあ商売にならないし、ひとまず帰ろうよ。隼人のことは、俺と市に任せなよ。万が一の時は、八丁堀が何とかしてくれるから。ほら、早く帰らないと白助も心配するよ」

 小吉に促され、沙羅は帰り支度を始める。その時、市が小吉の耳元で囁いた。

「こいつは、どうも妙だ。嫌な予感がするぜ……沙羅さんのこと頼んだぜ。俺は、奉行所を探ってみる」

 その言葉に、小吉は神妙な表情で首肯した。




 二人を見送った後、市は南町奉行所に行った。仮に取り調べ中だとしたら、左内に頼んで解放してもらうしかない。最悪の場合、脱出させる……そんな思いを胸に秘め、市は奉行所を訪れたのである。

 しかし、事態は市の思惑を超えていた。


「はあ? 隼人とかいう大道芸人なら、ずいぶん前に帰らせましたよ」

 渡辺は、困惑した様子で答えた。

「そうですか。いや、まだ帰って来ないので、まだお調べが終わっていないのかと思いまして」

「いやあ、話はすぐに終わりました。何せ、単なるひったくりですから。満貫神社の周りに、下手人らしき者がいた……そんな情報を聞いたもので、念のため隼人さんにも話を聞いただけですから」

 その言葉に、市は首を捻った。では、隼人はどこに行ったのだろうか。

 まさか、誰かに殺られたのか……しかし、市はその考えを振り払った。隼人は、凄腕の殺し屋である。彼を仕留められる者など、そうはいないだろう。


 だったら、何が起きた?


 市は釈然としない気分のまま、奉行所を出た。一体、何がどうなっているのだろうか……。

 やはり、渡辺が一枚噛んでいるとしか思えない。だが、同心が相手となると下手な真似も出来ない。


「おい、そこのお前。奉行所に何か用か?」

 不意に声をかけられ、市は顔を上げた。目の前には、中村左内が立っている。人目を気にしてか、他人行儀な口調ではあるが……その表情から見るに、ただならぬ空気を察知しているようだ。

「ええ、ちょっと聞きてえことがありまして……」

 頭を下げつつ、目で合図する市。すると、左内が彼の襟首を掴み顔を近づける。端から見れば、昼行灯の同心が町人に絡んでいるようにしか見えないだろう。

 だが、左内にそんなことをする気はない。顔を近づけ、耳元で囁いた。

「市、何があった?」

「わからねえ。確かなのは、隼人が行方不明ってことだけだ」

「何だと……」

 左内は顔をしかめた。これは、確実にただ事ではない。

 いずれにしても、まずは場所を変えなくては……左内は、市の腕を掴んだ。

「お前、ちょっと来い! きっちり調べてやる!」

 周囲に聞こえるような大声で怒鳴り、左内は市を引っ張って行った。




 左内、市、小吉の三人は、廃寺にて沙羅を囲んでいた。彼女は、不安そうな顔で皆の話を聞いている。


「……とにかく、一番怪しいのは、あの渡辺正太郎って同心だ。ただ、俺たちじゃ奴を調べることは出来ねえ」

 市の話を聞き、左内は頭を掻いた。

「しかし、訳が分からねえな。あの渡辺は、本当に使えねえ男なんだよ。奉行所でも、沈香も焚かず屁もひらず……てな感じでな。質屋の秀次との繋がりがあったってのも、今日が初耳だよ」

「まあ、そいつは仕方ねえ。秀次の息のかかった同心は、他にもいたからな。だがな、叔父貴は言ってたぜ……渡辺正太郎は、得体の知れない男だってな。叔父貴がそこまで言うってのは、よっぽどのことだ。八丁堀、お前は何とも思わなかったのかよ?」

「い、いや……全く気づかなかったよ」

 首を横に振りながら、左内は言った。正直、あの渡辺正太郎が、裏でそんなことをしていたとは想像もしていなかった。

「とにかく、渡辺の方は俺がやるよ。明日になったら、探りを入れてみる。お前らは手分けして、町の連中に聞いてみてくれ」


 ・・・


 その数刻前――


「あんたが、拝み屋の呪道さんかい」

 町中を歩いていた呪道に、不意に話しかけてきた者がいる。

 見たことのない男だ。歳は四十代半ばか。背はさほど高くないが、がっちりした体つきをしている。目付きは鋭く、太い眉毛と濃いもみあげが特徴的だ。奇妙な柄の着物を着ており、笑みを浮かべて呪道を見つめている。

「あんたこそ、誰だい?」

 呪道は聞き返した。目の前の男に見覚えはない。だが、自分たちと同じ裏稼業の匂いがする。

 龍牙会の元締であるお勢の傷は、未だに癒えていない。したがって、今の龍牙会は呪道が元締の代理として取り仕切っている状態である。こんな時に、下手な連中と関わりたくない。

 だが、事は呪道の思惑を遥かに超えていた。

「俺は夜魔一族の頭を務めさせてもらってる、隆賢りゅうけんて者だよ。これからは仲良くやっていこうぜ、呪道さん」

「ちょっと待て……どういうことだ、それは?」

 低い声で、呪道は凄んだ。夜魔一族とは、有名な殺し屋の集団である。かつては江戸にも拠点を置こうとしていたが、龍牙会は彼らの存在を断固として許さなかったのだ。結果、夜魔一族は江戸からは手を引いた……はずだった。

「なあ、昔とは事情が変わったんだよ。あんたらの元締は、怪我で表に出てこれねえ……そんな時に、俺たちとやり合う気か? やめとけやめとけ」

 隆賢と名乗った男は、余裕の表情である。呪道は、思わず杖を握りしめた。

「お前、喧嘩売ってんのか――」

「おやおや、どうかしましたか隆賢さん」

 言いながら現れたのは、渡辺正太郎である。十手をぶらぶらさせながら、冷酷な表情で呪道を見つめている。

「これはこれはお役人さま。実はですね、この拝み屋さんが私に因縁を付けてきたんですよ。今にも殴られそうでした。いやあ、怖かったなあ」

 わざとらしい隆賢の言葉に、呪道は唇を噛んだ。どうやら、この二人は組んでいるらしい。

「役人としては、それは捨て置けませんなあ。本来なら番屋で取り調べるところですが、あなたがおとなしく引き下がるというなら、今回は見逃すとします」

 そう言った後、渡辺はにこりと笑った。

「あなたは、賢い人のはずです。今がどのような状況なのか、もうお分かりですよね。ならば、自身の身の処し方も分かるはずです」







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