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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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抗争無情 二

 龍牙会の定例会は、だいたい月に一度くらいの割合で開かれる。

 定例会とはいっても、別に大したことをしているわけではない。元締であるお勢からのお触れや、ちょっとした報告をする程度のものである。大抵の場合、一時(いっとき・約二時間)も経たずに終わる。




 しかし、今日の定例会は勝手が違っていた。

「おい呪道、どういうことなのか聞かせてくれねえかな」

 呪道に詰め寄っているのは、始末屋の録次郎ろくじろうだ。まだ若いが、裏の世界では最近売り出し中の殺し屋である。

「はあ? 何がだよ?」

 聞き返す呪道に、録次郎は憤然とした表情になる。

「あんた知らねえのか? 昨日、村雲の大介が殺られたんだよ」

「大介が? いや、そいつは初耳だな」

 首を捻る呪道を、録次郎はじっと見つめる。周囲の者も、録次郎のただならぬ気配に成り行きを見守っていた。

 少しの間を置き、録次郎は再び口を開いた。

「大介の死因だがな、細長い刃物で一突きだったらしいぜ。こんなことが出来る奴ぁ、俺は一人しか知らねえよ」

「何が言いたいんだ? はっきり言ってくれねえかな、録次郎さんよう」

 呪道の表情が、にわかに曇ってきた。だが、録次郎にも引く気配がない。

「だったら、はっきり言ってやるよ。死門の仕業じゃねえのかい? って俺は言ってるんだよ!」

「ちょっと落ち着けよ。死門がそんなことするはずねえだろうが」

 なだめるように、呪道は録次郎の肩を軽く叩いた。だが、録次郎はおさまらない。

「だったら、誰がやったんだよ!」

「んなこと、俺が知るわけねえだろうが」

 呪道が答えると同時に、鉄が立ち上がった。大きな体で、さりげなく割って入る。

「まあまあ録次郎さん、そんなに血相変えてちゃ、話し合いにならねえよ。だいたい、死門が大介を殺す理由はないぜ」

「そいつはどうかな」

 言ったのは、棺桶の松吉まつきちだ。録次郎の弟分である。

「俺は、三日くらい前に見たぜ。あんたと、大介さんが揉めてんのを」

 言いながら、松吉は呪道を指差す。それに対し、呪道は面倒くさそうに頭を掻いた。

「ああ、確かに揉めたよ。でもな、よく考えろ。過去に揉めた相手をいちいち殺してたら、きりが無いだろうが」

 その言葉に、録次郎と松吉は舌打ちした。

「そうかい。だがな、こっちも独自に調べさせてもらうぜ。もし、大介さんを殺ったのが龍牙会の人間だったら……そん時は、ただじゃ済まさねえからな」




「おい呪道、どうすんだよ?」

 皆が引き上げた後、鉄は呪道に声をかけた。

「まあ、大丈夫だろ。死門が馬鹿なことするはずねえからな。どうせ、大介と揉めた奴がとち狂って殺っちまったのさ」

 呪道は、面倒くさそうな様子で言った。そもそも村雲の大介という男、味方は多いが敵も多い。筋の通らぬことには、歯に衣着せぬ言葉を平気で投げつける。

 以前に呪道と揉めた時も、かなり激しくやり合っていた記憶がある。もっとも、その理由は本当に些細なことであったが。

「確かに、あいつは敵を作りやすいからな。正直、俺もあいつが死んだからって、特に悲しいとは思わねえよ。ただな、死門と同じ手口ってのが気になるな」

 鉄の言葉に、呪道も頷いた。

「そうだな……しかし俺は、どうも嫌な予感がするんだよ。この件は、ただじゃ済まないぜ。さらに大きな騒動になりそうだ」


 ・・・


 竹細工師の市は、今日も自宅で竹を削っていた。最近は殺しの仕事もない。したがって、表稼業である竹細工の製作に精を出していた。

 その時、何者かの接近を感じた。戸口に、誰かが近づいて来ている。市の家は、竹林の中の一軒家だ。隣の家と間違えた、などという事態は起こらないはず。

 市は、竹を削っていた小刀を構える。既に陽は沈み、暗くなっている時間帯だ。こんな時間に、客人が来るとは考えにくい。

 となると、押し込み強盗か、あるいは彼に恨みを持つ者か。

 だが、そこにいたのは予想とは違う者だった。

「市、俺だよ。半助だ」

 外から聞こえてきた声に、市は目を丸くした。

「半助? お前、本当に半助なのか?」




 賽の目の半助……かつては、龍牙会に所属していた裏の仕事師である。とはいっても荒事に向いている性分ではなく、もっぱら博打場などで上の人間の太鼓持ちを努めていた男だ。賽の目という二つ名は、彼の背中にある賽の目の彫り物から来ている。

 そんな半助と市とは、ひょんなことから知り合いになった。裏の住人らしからぬお人好しな半助と、冷酷な殺し屋である市……完全に真逆の二人だが、なぜか気が合った。

 その後、様々な出来事を経て、半助は裏の世界から身を引くことを決意する。悪党になりきれない彼は己の限界を知り、これ以上は無理だと判断したのだ。

 身を引くと言っても、龍牙会を抜けるのは簡単なことではない。そのため、半助は友人である市に相談した。市は育ての親である質屋の秀次に話をつけ、間に入ってもらったのだ。

 結果、半助は貯めこんでいた金を全て差し出し、どうにか龍牙会を抜けたのである。

 ただし、半助は江戸を去ることになった。龍牙会の縄張りは江戸である。そこに、抜けたはずの半助がうろうろしていたのでは、しめしがつかない上に彼の身も安全とはいえない。とち狂った三下に襲われないとも限らないからだ。

「市、世話になったな。この恩は、一生忘れねえ」

 そう言い残し、半助は江戸を離れて行った。




 その半助が今、目の前にいるのだ。

「半助、お前何しに来たんだよ……」

 呆然として呟く市。今になって安全だと判断し、のこのこ現れたとでも言うのだろうか。

「いや、実はな……いきなり秀次さんから手紙が来たんだよ。どうしても、江戸まで来てくれって頼まれてな」

 言いながら、半助は頭を掻いた。昔に比べると、顔に肉が付きふっくらしている。さほど羽振りがいいようには見えないが、不幸というわけでもないらしい。

「どういうわけだ? 秀次はどんな用で、わざわざ江戸までお前を呼んだんだよ?」

 唖然となりながらも、市は尋ねた。この冷静沈着そのものの男が、唖然となるのは非常に珍しい事態なのだが。

「それがな、俺にも分からねえんだ。ただ、どうしても頼みたい仕事があるから来てくれ……って言われたんだよ。秀次さんの頼みと言われちゃ、聞かないわけにいかないからな」

「なんだと……」

 市は思わず首を捻った。秀次が堅気となった半助に頼みたいこと、とは……全く見当もつかない。

「とにかくだ、今日のところは顔見せだが……仕事とやらが片付いたら、一緒に一杯やろうぜ。あっ、そうそう、俺がここに来たことは内緒だぜ。秀次さんにも黙っててくれ」

「はあ? 何でだよ?」

「いや、秀次さんに言われたんだよ……江戸に来たことは誰にも知らせるな、ってな。ここに顔を出したことがばれたら、俺が怒られるんだよ」

 そう言うと、半助はすまなそうな顔でぺこぺこ頭を下げた。

 だが、市は釈然としないものを感じていた。あの秀次が、上方にいた半助をわざわざ呼び寄せる……どう考えても不自然だ。いったい何を企んでいるのだろうか。

 一つ言えるのは、あの男は情に流されたりはしない、半助を呼び出したのは、確実に半助でなければ出来ないことがあるからだ。


「そろそろ、秀次さんのところに顔を出さなきゃならねえ。市、また来るよ」

「そうか……半助、気をつけろよ」

「大丈夫だよ。だいたい、今の俺を殺したところで、一文の得にもならねえからな。龍牙会も、そんな馬鹿なことはしないよ」

 そう言って、半助は笑った。つられて市も笑う。

「まあ、それもそうだな」


 ・・・


 その三日後。

 中村左内は、お役目のため町の中をぶらぶらしていた。お役目とは言っても、この昼行灯にやる気など欠片もない。例によって、道草を食うための場所を探してきょろきょろしていた。

 その傍らにいる源四郎は、渋い顔をしている。

「旦那、せめて真面目にやってるふりだけでもしませんか。でないと、本当に牢屋見回りに落とされちまいますよ」

「大丈夫だよ。今はな、ちょいとした情報を掴んでるんだ」

「情報? なんです、そりゃあ」

 訝しげな表情の源四郎に、左内はにやりと笑った。

「実は近々、盗人の情報が入るんだよ。出戻りの欣三を締め上げたら、あっさりと――」

「大変だ大変だ! お役人さん、早く来てよ!」

 いきなり現れ、叫びながら走って来たのは幼い子供だ。唖然となる二人の手を、乱暴に引っ張る。

「早く来てよ! 人が死んでるんだよ!」




「なんだぁ、こいつは?」

 左内は面倒くさそうに呟いた。目の前の草むらに、若い男が倒れている。死後、一時から二時経過といったところか。全裸で倒れており、すぐ近くには河原者たちの住む小屋がある。

「あいつらの話によると、布に包まれたでかい荷物みたいなのが放置されてたらしいんですよ。で、何かと思って中を開けて見たら、死体だったって話です」

 小屋を指差しながら、源四郎は語った。左内も、ちらりと小屋を見る。

「その布は、どこにあるんだ?」

「あいつらが持ってって、叩き売ったようです」

 その言葉に、左内は呆れた様子で首を振る。

「死体をくるんでた布を買うのかよ……どこの馬鹿が買うんだ?」

「最近じゃあ、なんだって買う奴がいるんですよ」

「嘆かわしい話だな」

 言いながら、左内は死体をじっくりと検分する。まだ若い。幸いなことに、野犬や鴉などに食われた部位は無く綺麗な状態である。これも、布に包まれていたせいか。

 今のところ、目につく外傷は心の臓の周辺にある細い刺し傷のみ。

 さらに、背中には賽の目の彫り物がある。

「一、二の半か。あまりいい目とは思えねえな。少なくとも、わざわざ背中に彫ろうという気にはなれねえよ」

 左内の言葉に、源四郎も頷いた。

「そうですね。まあ、どっかの意気がってる三下でしょうな

「そうだな。どこの馬鹿か知らねえが、分かりやすくて助かったぜ。こりゃ、間違いなく殺しだな」

 その時、左内はふと違和感を覚えた。なぜ、わざわざ死体を布に包んだのだろうか。

 もし、これがひとけのない山にでも放置されていたら……野犬や鴉や虫に体を食われ、死因を特定するのに時間がかかったはず。

 それなのに、わざわざ人目のある場所に放置した。しかも、布にくるんで。

「こいつぁ、妙だな……」







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