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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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愛憎無情 四

「婿どの、最近はどのような事件を調べているのです?」

 中村家の朝食時、義母のいとがそんなことを聞いてきた。だが、中村左内は顔をしかめて首を振る。

「母上、そんなことをおいそれと言えるわけないじゃないですか。私のお役目は、江戸の平和を守る大切な仕事です。たとえ母上といえど、お役目のことは話せません」

「まあ、そんな大切な仕事をしている割には、いつまで経っても出世しませんねえ」

 横から口を挟んだのは、妻のきぬだ。さらに、いとも話を合わせる。

「本当ねえ。江戸の平和を守っている割には、安いお手当てで……もう少し、考えて欲しいものだわ」


 妻と義母の嫌味に耐え、左内は家を出た。面倒くさそうな顔で、奉行所へと向かう。




「中村さん、近頃あなたは何をしているのです?」

 奉行所に到着した直後に、左内を襲う小言。上司の田中熊太郎だ。この男、名前だけはいかつい。しかし、その実体は細面で痩せている上、神経質でやたらと口うるさい。左内をいつも怒鳴り散らしている。

 しかも、今日は朝から機嫌が悪い。何かあったのだろうか……左内はへらへら笑いながら頭を下げる。

「あ、これはこれは。最近はですね、男たちの変死体について調べております」

「はあ? 何ですかそれは?」

「あのですね、二人の男が外で死んでいたんですよ。二人とも裸で――」

「なぁかぁむぅらぁさぁん……」

 田中の声色が、はっきりと変化する。左内はへらへら笑いながらも、内心ではうんざりとなっていた。この田中、叱る時は独特のきんきん声で怒鳴る。頭に響く声だ。

 今の声の感じからして、間違いなくきんきん声で説教される。

「は、はい、何でしょうか田中さん」

「そんなものを調べて、何になるのです?」

「はあ、一応は人が死んだわけですから――」

「それは事故でしょうが! 酔っぱらって外で寝ていれば、死んだとしても不思議はないでしょうが!」

 怒鳴り始める田中。左内は仕方なく、ぺこぺこ頭を下げる。

「は、はあ。しかし、人が二人死んでいる以上、やはりきちんと調べないといけませんので――」

「では中村さん、あなたは屋根から落ちて死んだ人間をいちいち調べますか? 病で死んだ者の家族を、怪しいからといって奉行所に連れて来ますか?」

 きんきん声で怒鳴り、左内を睨みつける田中。今日は、いつにも増して機嫌が悪いようだ。いったい何事があったのだろう。

「は、はあ。ただ、一応は調べてみませんと――」

「中村さん……あなたは、そんなに牢屋見回りの方に行きたいのですか?」

 そう言って、田中はにっこり笑った。ただし、目の奥には危険な光がある。間違いなく本気だ。

 牢屋見回りとは、すなわち降格である。奉行所の中でも最下級の役職だ。さすがの左内も、そこに回されることだけは避けたい。

「は、分かりました。今後は、この件にはかかわりませんので」

 そう言って、左内はへらへら笑い頭を下げる。こうなっては仕方ない。同心として調べるのは諦めるとしよう。




 ようやく田中の小言から解放された左内に、今度は渡辺正太郎が近づいて来た。案ずるような顔で話しかけて来る。

「中村さん、どうしたんですか?」

「いやあ、まいりましたよ。また叱られてしまいましてね……今日の田中さんは、一段と機嫌が悪いようです」

 左内がそう言うと、渡辺はくすりと笑った。

「ええ。どうやら昨日、奥方さまに叱られたようです。まったく困ったものですね……」

「そうでしたか。本当に困ったものです」

 左内が話を合わせると、渡辺は真顔になった。

「そうですね。あのような人間が上役では、正義を執行するのは不可能でしょうな。あの人は本来なら、上に立つ人間ではない」

「えっ?」

 いきなりの想定外の発言に、左内は戸惑った。だが次の瞬間、渡辺は笑みを浮かべる。いつもと同じく、軽薄そうな笑顔だ。

「まあ、私も似たようなもんですけどね。中村さん、お互いに気をつけていきましょう。牢屋見回りに落とされたら、這い上がるのは困難だという話ですから」


 ・・・


「おい勘助、いい加減にしときなよ。お前も、もういい歳なんだからさ」

 そう言いながら、鉄はうつ伏せになって寝ている男の背中を手のひらで押していく。すると、男はうめき声を上げた。

 この、うつ伏せで寝ている男は大工の勘助である。龍牙会の殺し屋との二足のわらじを履いている。したがって、鉄の裏の顔も知っている。

「そういや鉄さん、あんたのことをいろいろ探ってる女がいたぜ」

 勘助の言葉に、鉄は手を止めた。

「どんな女だ?」

「さあ、俺は見てないが……若くて、いい女だったって話だぞ」

「本当かよ。そいつぁ是非とも会いてえもんだな」

 言いながら、鉄は按摩を再開する。手のひらを器用に使い、凝った背中の筋肉をほぐしていく。鉄は常人離れした腕力を持っているが、その腕力の使い方もきちんと心得ていた。

 今も、適度な力で背中の筋肉の凝りをほぐしている。力が強すぎれば筋肉を痛めてしまうし、弱すぎれば凝りはほぐれない。ちょうどいい力の入れかたをする必要があるのだ。もっとも、これは鉄のような熟練の腕を持つ者でなければ出来ない芸当である。


「ところで鉄さん、これも噂なんだがな……近々、妙な連中が江戸に来るらしいぜ」

「妙な連中? 何だそりゃあ」

 怪訝な顔をする鉄に、勘助は声をひそめた。

「ここだけの話だが、上方でかなり有名な連中がいるらしい。そいつらが、江戸に進出しようとしてるんだとさ。ま、あくまで噂だけどな」

「そいつら、龍牙会には話を通してるのか?」

 そう、江戸で仕事をするとなると、龍牙会とは無関係ではいられないのだ。裏稼業の人間は、ほとんどが龍牙会の許可を得て仕事をしている。

 もちろん、龍牙会の許可を取らずにやっている連中もいないこともない。だが大抵の場合、そういった者たちは小さすぎて相手にされていないだけだ。いずれは調子に乗りすぎて潰されるか、どこかの小組織に吸収されるかのどちらかとなる。

 名を知られた裏の仕事師であるなら、必ず龍牙会に筋を通す……これは侵してはならない、裏社会の鉄則である。


 しかし、勘助の返事は想定外のものであった。

「それがな、その連中は龍牙会とは別口でやっていくつもりらしいんだよ」

「別口だあ? どういうこったよ?」

「つまり、龍牙会とは敵対はしないが……かといって傘下に入る気もない。対等な立場で、江戸を二つに分けてやっていこうという腹積もりらしいんだよ」

「なんだそりゃ? 北町奉行と南町奉行みたいに分けようってのか? そりゃ無理だろ」

 呆れたような口調で、鉄は言った。いくら何でも、そんな勝手な言い分が通るはずがない。

「俺もそう思うんだがな、奴らはやる気らしいんだよ。こりゃ、一騒動あるかもしれねえな」

 勘助がそんなことを言った直後、外から別の声が聞こえてきた。

「おい鉄、いるのか?」

 鉄にとって、聞き覚えのある声……中村左内のものである。鉄は思わず顔をしかめた。こんな時に来るとは、なんと間の悪い男なのだろうか。

「へ、へい、ちょっと待ってください」

 言いながら、鉄は立ち上がった。すると、勘助が心配そうな顔になる。

「鉄さん、誰が来たんだい?」

「心配するな、昼行灯の中村だよ。どうせ、ただで按摩しろとか言うつもりなんだろうよ。勘助、悪いが帰ってくれねえか。お代はいらねえから」

 すまなそうな顔で鉄が言うと、勘助は頭をかきながら立ち上がる。

「そ、そうか? 悪いな鉄さん、また今度頼むよ」

 勘助が戸を開けると、目の前には左内がいた。左内が昼行灯であることは、よく知られている。とはいえ、一応は見回り同心だ。勘助はぺこぺこ頭を下げる。

「あっ、こりゃどうも」

 へらへら笑う勘助を、左内はじろりと睨んだ。

「おめえ、確か大工の勘助だったな。こんなとこで何やってんだ?」

「いや、ちょっと肩が凝ってまして……これから仕事なんで、失礼しやす」

 そう言うと、勘助はあわただしく去って行った。

 そんな勘助には目もくれず、左内は家の中へとずかずか入って行く。

 それに対し、鉄は面倒くさそうな様子で左内を迎えた。

「なんだよ八丁堀、休むなら他でやれや。俺は久しぶりに表稼業に精を出してたのに、客が逃げちまったじゃねえか」

「るせえよ馬鹿。今はそれどころじゃねえんだ」

 言いながら、左内は居間にどっかと座り込む。

「いいか、若い女がお前を探してるんだよ」

「それなら、もう聞いたよ。まいったね、俺のこの指に惚れちまったのかもしれねえな」

 そう言うと、下卑た声で笑う鉄。だが、左内は彼の頭を叩いた。

「呑気なこと言ってんじゃねえ。そのお八とかいう女はな、仕掛屋を狙ってるんだよ」

 小声で凄む左内に、鉄は顔をしかめる。

「なんだよそりゃあ……」


 ・・・


 町外れのあばら家に、四人の男女が集まっていた。既に日は沈み、外は闇に覆われている。

 あばら家に集まっている男女もまた、心に闇を抱いている者たちであった。


「あんた、お八とかいったな。本気で仕掛屋を潰す気なのか?」

 ざんぎり頭の中年男が、お八に尋ねる。この男、名を鍵屋の清治せいじという。かつて仕掛屋に息子を殺され、密かに復讐の機会を狙っていたのだ。

「もちろん本気さ。でなかったら、こんな所にあんたらを集めたりしないよ」

 そう言って、お八はにやりと笑う。すると今度は、若い男が口を開いた。

「おめえを信用していいのかね。俺は女とは組みたくねえんだがな。女なんかに、何が出来るんだよ」

 その言葉に反応したのは、お八ではなく武三であった。瞬時に刀を抜くが、若い男の対応も見事であった。一瞬にして立ち上がり、両の手に短刀を抜き構えている――

「待ちなよ二人とも。達吉たつきちさん、あんたの女嫌いなんざ、こっちの知ったことじゃない。仕掛屋と殺り合うのが怖いなら、さっさと抜けな」

 お八の言葉の奥には、美しい顔からは想像もつかない凄みがある。達吉は舌打ちし、短刀を収めた。

 この達吉もまた、裏の仕事師である。かつて、些細なことから仕掛屋の鉄と揉めた。その際、こっぴどく痛めつけられた挙げ句に肩を外されてしまった。

 その傷がようやく癒えた今、鉄に対する復讐のためにお八と組んでいるのだ。


「いいかい、まず狙うのは鉄だ。奴をさらい、元締の名前と居場所を吐かせる。分かったね?」

 お八の言葉に、皆が頷いた。









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