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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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38/55

愛憎無情 二

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この白塗り男の手裏剣術は、華のお江戸じゃなきゃ見れないよ!」


 満願神社に、若い男の声が響き渡る。さほど人通りの多い場所でもないが、声に引かれて立ち止まる通行人もいた。

 その立ち止まる者を目ざとく見つけ、さささと近寄って行くのは……先ほどの声の主と同一人物、つまりは小吉である。

「ねえ、寄ってきなよ! 楽しい芸が見られるからさあ!」

 小吉は親しみやすい風貌である。また口も上手い。警戒心を抱かせることなく、あっという間に相手の懐に入り込むことが出来るのだ。腕の方はからっきしな小吉が仕掛屋の一員となっているのも、そこに理由があった。

 今は、その特技を客の呼び込みという形で活かしている。おかげで、普段よりも客が入っていた。




「小吉、お前のおかげで助かったよ」

 神社で休憩中、隼人は真剣な面持ちで言った。すると、小吉は照れくさそうに笑う。

「そ、そうか?」

「ああ、本当に凄いよ。小吉は呼び込みの天才だ。お前が来てくれて、本当に良かったよ」

「そ、そんなあ! 天才だなんて大げさだよう! 俺なんかおだてても、何にも出ないぜ!」

 嬉しそうに言いながら、小吉は隼人の背中をばんばん叩く。

 もっとも小吉は、出会った直後に隼人に首を捕まれ押さえ込まれているのだが……そんな事実は、彼の記憶から消えていた。

「いや、本当だ。暇な時には、また是非とも頼みたいな」

「えええっ! もう困っちゃうなあ! 俺も暇じゃないんだけどなあ!」

 足をばたばたさせながら、小吉は嬉しそうに叫ぶ。

「そうか。それは申し訳ないな」

「申し訳ないことないから! 俺、頑張っちゃうからさ! 沙羅ちゃんの分も頑張るよ……ところで、沙羅ちゃんは大丈夫かよ?」

「ああ。体の方は問題ないようだが、まだ悩んでいるらしい」

「そっか……元気出すように言っといてくれよ」

 言いながら、小吉は立ち上がる。

「頑張って稼いで、沙羅ちゃんに美味いものでも買っていってやろうぜ! さあ、仕事仕事!」


 ・・・


 その頃、現物の鉄は非常に困っていた。

「くそう……退屈だ。退屈だぞ、退屈にちげえねえぞ、退屈すぎて笑い死にするかもしれねえ」

 支離滅裂な一人言を呟きながら、自宅にて寝転ぶ鉄。その時、外に人の気配を感じた。

「おい鉄、入るぞ」

 声と共に入って来たのは中村左内である。その声に反応した鉄は、がばっと起き上がった。


「八丁堀、いいところに来た。暇で暇で仕方ねえんだよ。悪いが金貸してくれ――」

「ちょっと黙れ。お前に聞きたいことがある。こいつは大事な話だ」

 そう言うと、左内は鉄の耳元で囁いた。

「ひょっとしたら、仕掛屋を潰そうとしてる奴がいるかもしれねえ」

「何だと? どういうことだ?」

 鉄の表情が険しくなる。

「最近、立て続けに二人の馬鹿が死んだ。そいつらは両方とも、外で倒れてやがったんだがな……噂じゃあ二人とも、俺は仕掛屋だ、なんて吹いてたらしいんだよ」

 左内の言葉を聞き、鉄はその場に座り込んだ。そして真剣な表情で口を開く。

「八丁堀、こいつはここだけの話だぞ。実はな、龍牙会にいる俺の知り合いが、仕掛屋を殺ってくれという依頼を受けたらしい。もちろん断ったそうだがな」

「本当かよ」

 ため息を吐き、鉄の横に腰掛ける左内。

「んで、そいつは誰なんだよ?」

「……」

 左内の問いに、鉄は顔をしかめた。本人の中で、どうすべきか迷っているのだろう。もっとも左内としても、素直に教えてもらえるとは思っていないが。

 裏の世界には、裏の世界の掟がある。鉄のような昔かたぎの者は義理堅い部分があり、そこは左内ですら容易には入り込めない。

 その入り込めない部分に、情報をくれた何者かがいるのだとしたら、左内がどんなに頼もうが教えてはもらえないであろう。

 だが、左内の予想に反し鉄は口を開いた。

「勘助って奴だよ。大工だが、裏の仕事もやってる。しかも長い」

「勘助? 知らねえな」

「知らねえのも無理はねえさ。あいつはそこらの若造と違い、荒い仕事や無理な仕事はしねえ。その代わり、腕は確かだ」

「そうか」

「勘助は、依頼人のことは一言もいわなかった。だが、俺には想像がついてる。恐らくは利吉だよ……前に、音松とかいう若造に俺たちを仕留めさせようとした奴だ」

「そうか。となると……」

 左内は考えた。まずは、利吉の周辺を調べる。場合によっては圧力をかけ、依頼した者の名前を聞き出すとしよう。

 利吉に依頼したのが誰であれ、そいつを見逃すつもりはない。仕掛屋に喧嘩を売ってきたのなら、死んでもらうだけだ。

 だが、そこで左内は思い直す。まだ、利吉が絡んでいるという証拠はないのだ。全ては憶測に過ぎない。

「なあ鉄、今回の件に利吉が絡んでると思うか?」

 左内の問いに、鉄は首を捻った。

「どうだろうな。一番怪しいのは利吉だが、他にもいるかもしれねえぞ。俺たちだって、これまで何人も殺してきたんだ。恨みをもつ奴の一人や二人いて当然だろうが」

 己の人生を振り返るかのようなしんみりとした表情で、鉄は言った。

 左内もまた、その言葉には頷くしかなかった。自分たちは、これまで何人の命を奪って来たことか。


 人のお命頂くからは、いずれ俺たちも地獄道だ。


 かつて、左内が先代の元締である政吉から聞かされた言葉である。いくら極悪人とはいえ、人の命を奪うならば、いつかは自分も同じ道を辿ることになるだろう。

 鉄という男は、宵越しの銭は持たない主義だ。手にした金は、すぐに使い果たしてしまう。その理由は、心の奥底では政吉と同じような想いを抱えているからではないか……左内は、そう思っている。もちろん性格からくるものもあるだろう。しかし一番の理由は、いつか自分も地獄逝き……それゆえ、現世では享楽的に生きると決めているのであろう。

 左内もまた、心の奥底では同じ想いを抱えている。


「八丁堀、俺がそのあたりを探ってみるよ。お前は、小吉に注意するように言ってくれ」

「小吉か……確かに、奴が狙われたらまずいな。ところで、仕掛屋の名前を騙ってる阿呆は、他にもいるのかよ?」

 左内の言葉に、鉄はため息を吐く。

「まあ、いるだろうな。龍牙会の名前を騙ったことが知れたら、怖い兄ちゃんたちから痛い目に遭わされる。だが仕掛屋の名前を騙ったとしても、誰からも痛い目に遭わされたりしねえからな。中途半端なごろつきにとっちゃあ、騙るには丁度いいんだよ」

 そう、仕掛屋の一員を自称するごろつきは少なからずいるらしい。そうすることにより、自分を大きく見せることが出来る。場合によっては、美味い汁を吸うことも可能だ。

「まったく、どうしようもねえな。やめさせることは出来ねえのか?」

 左内の言葉に、鉄は首を振った。

「そいつは無理だよ。仕掛屋を騙る阿呆がどれくらいいるのか、見当もつかねえからな。第一、そんな阿呆のおかげで、小吉の存在が隠せているという利点もあるだろ」

「なるほどな」

 左内は感心した。確かに鉄の言う通りだ。小吉は仕掛屋だが、荒事にはめっぽう弱い。狙われたら終わりだろう。実際、以前にそんなことがあったのだ。

 ところが、仕掛屋を自称する阿呆がいれば、小吉にたどり着く可能性は薄くなる。阿呆の数が多ければ多いほど、小吉も安全だというわけだ。


「八丁堀、くたばった奴らは頼みもしねえのに仕掛屋の名前を騙っていたんだ。それなりに美味しい思いもしてきたかもしれねえ。だったら、仕掛屋に間違われて殺されても、何の文句も言えねえよ。放っておくんだな」

 吐き捨てるような口調で鉄が言い、左内は頷いた。


 ・・・


 ここは、竹林の中にある一軒家である。竹細工師であり仕掛屋の一員でもある市の自宅兼仕事場だ。

 そこで市は、竹を削っていた。規則正しい音が響きわたる室内。中にいるのは彼だけである。

 だが、市はその手を止めた。ちらりと戸口を見る。

 竹串を手に取り、冷たい表情で音も無く立ち上がった。戸口を睨みつつ、口を開く。

「そこにいるのは誰だ? 俺に何か用かい?」

 その問いに答えたのは、意外な人物であった。

「おい、俺だよ。そう殺気立つな」

「えっ、叔父貴か?」

 市は驚いた。声の主は、市の育ての親である秀次だったからだ。裏社会の大物であり、質屋の秀次が来いと言っていると聞けば、大抵の者は黙って従うはずである。

 そんな男が、わざわざ訪ねて来るとは。

「立ち話もなんだから、ちょっと入れてくれねえか」

「いいぜ。散らかってるが、入りなよ」




 市と秀次は作業用の机を挟み、じっと睨み合っていた。秀次ほどの人間が、わざわざ自らの足でここまで来るとは、ただ事ではないのだ。

 無言のまま、見つめ合う二人。その表情から、お互いの腹の中を探っている。

 だが沈黙を破ったのは、秀次の方だった。

「市、単刀直入に聞こう。仕掛屋の元締の名前、幾らで売る?」

「その件なら、前にも言ったはずだぜ。無理だ」

 にべもない市の態度に、秀次は口元を歪める。

「なあ市、俺はお前を小さい時から育ててきたんだぜ。お前が独り立ちするまで、面倒を見てやったのは俺だぜ。その恩を忘れたって言うのか」

「忘れちゃいねえよ。だが、それとこれとは話が別だぜ」

 市の表情は冷たい。育ての親である秀次の来訪を、歓迎していないのは明らかである。

「そうかい、じゃあ仕方ねえな。だが、一つ覚えておきな。今のうちに、俺の側に付いていた方が得だぜ」

「俺は、叔父貴の味方のつもりだがな」

 言いながらも、市は眉をひそめる。秀次は何を言っているのだろうか。今の言葉の真意が読み取れない。

「市、俺は仕掛屋さんを敵に回すつもりはない。むしろ、今後はもっと仲良くしていきたいんだよ。仕掛屋さんの仕事ぶりは、誰もが一目置いている」

「叔父貴、何が言いてえんだ? はっきり言ってくれねえか」

 冷静な口調ではある。だが市の声には、微かな苛立ちがあった。だが、秀次はにやりと笑うだけだ。

「今に分かるよ。もう一度言うが、俺は仕掛屋さんを敵に回すつもりはない。そこのところを、勘違いしないでくれ」

 そう言うと、秀次は立ち上がった。

「邪魔したな。仕掛屋さんの元締には、よろしく言っておいてくれよ……いずれ、一緒に飯でも食いましょうってな」







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