表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/55

愛憎無情 一

 夜の江戸は、昼間の喧騒が幻であったかのように静まりかえっている。

 普通の市民なら、今は眠っている時間帯である。こんな時間に活動しているのは、大抵の場合まともな人間ではない。

 今、提灯を片手に歩いている女もまた、まともな人間ではなかった。




「ねえ、遊んでかない?」

 ふらふら歩いていた町人風の男に、不意に声をかけてきた女がいた。見れば、まだ若い上に可愛らしい顔だ。やや短い丈の着物を身にまとい、上目使いでこちらを見ている。

 この男、先ほどまで酒場で飲んでいた。したたかに酔っており、店を閉めるからと言われて連れ出されたものの、酔いは醒めていない。今夜は博打で大勝ちし、いつになく機嫌も良い。

 そんな時だけに、警戒心が緩んでいた。しかも、見れば可愛らしい娘である。ならば、次はこの女と遊ぶのも一興だ。

「おう、俺は構わねえぞ」

 男は、鼻の下を伸ばして付いて行った。

 その先に、何が待つのか知らぬまま……。


 ・・・


「おい、何だこりゃあ」

 中村左内のいかにも面倒くさそうな声に、源四郎は顔をしかめながら答える。

「旦那、ちっとはやる気を出してくださいな。見りゃ分かるでしょうが……殺しですよ」

「いや、殺しは分かるんだがな……こいつは、こんな場所で何をやってたんだろうな」

「それも、見りゃ分かるでしょうが。なにですよ」

 呆れたような源四郎の声。左内は思わず苦笑した。

「まあ、そうだろうな。なにだよな」

 そう言った後、左内は周囲を見回す。野次馬が集まり、げらげら笑いながら死体を指差している。

 だが、それも当然であろう。死体は全裸で、しかも口を開けたまま死んでいるのだから。

「おい源四郎、あいつら追っ払え。仮にも人が死んでるんだ。見世物じゃねえんだぞ」

 言いながら、左内は死体を確認してみた。外傷は無い。となると、酔っぱらった挙げ句に外で夜鷹でも買い、事が済んだ後に裸で寝ていて命を落としたのだろう。着物や金などは、通りすがりの連中に奪われたか。もっとも外で寝ていれば、どんな目に遭わされても文句は言えないが。

 まあ、それはいい。この死体、一つだけ気になる点がある。

「なあ源四郎、この仏は島帰りらしいな。何をやったんだ?」

 野次馬を追っ払った源四郎に、左内は尋ねた。そう、この男の腕には島帰りの証である二本線の刺青があった。となると、かつて罪を犯したということになるのだが……いったい何をしたのだろうか。

 左内としては、些細な疑問のつもりで何気なく発した言葉であった。

 しかし、源四郎の表情が歪む。

「それがですね、こいつはしようもない奴だったらしんですよ。名前は吉太郎よしたろうってんですがね、あっちこっちでほらを吹きまくり、挙げ句に盗みをやらかして島送りになったとか。やくざにもなれない半端者でさあ」

「嘘つきは泥棒の始まり、ってか。よくある話だな」

 そう言って、左内は十手で死体をつつく。島帰りのお調子者が、酔っぱらった挙げ句に裸で寝ていて死んだ……珍しくもない話である。

 だが、源四郎はそうは思っていないらしい。

「旦那……あっしも一つ、気になることがあるんでさあ」

「ん、何だよ?」

 怪訝な表情を浮かべる左内に、源四郎は顔を近づけて来た。

「実はですね、この吉太郎の奴は、あちこちで吹きまくってたらしいんですよ……自分は仕掛屋だ、と」

「はあ? 俺はこんな奴知らねえよ」

 左内は思わず顔をしかめる。言うまでもなく、こんな男を仲間にした覚えはない。

「ええ、もちろんでさあ。旦那が、こんな奴を仲間に入れるはずは無い……そいつは、あっしが一番よく知っています。ただね、こいつがあちこちで仕掛屋の一員だと吹いていたのは確かです」

「はあ? いったい何のためだよ?」

 首を捻る左内。

「決まってるじゃないですか。仕掛屋は、あの龍牙会ですら一目置く組織ってことになってるんですよ。そんな仕掛屋の一員てことになれば、裏の連中の見る目も変わりますから」

 その言葉に、左内は顔をしかめる。

「おい、まさか仕掛屋の名をあちこちで吹聴したため殺された……なんて話じゃないよな?」

「いや、そこまで大きな話じゃないと思いますよ」


 ・・・


 その頃、現物の鉄は小吉と二人、家で酒を飲んでいた。

「いやあ鉄さん、昨日は吉原で遊んだよ……おかげで、すっからかんだけど」

 小吉がそんなことを言ったとたん、鉄の表情が険しくなる。

 直後、鉄は彼の頭をぽかりと叩いた。

「いてえよ鉄さん! いきなり何すんの?」

 頭をさすり、抗議する小吉。

「馬鹿野郎! 吉原に行くなら、何で俺を誘わないんだ!」

「だってさあ、鉄さんを連れてったら洒落になんないじゃん」

「何が洒落にならないんだよ?」

「だってさ、鉄さん文無しだろ。そうなると、俺が金出さなきゃならないじゃんよう」

「それくらい出しても、罰は当たらねえだろうが。いつも俺に世話になってんだからよ」

 言いながら、鉄は塩をふった胡瓜をかじる。

「ったく、お前と面突き合わせて胡瓜なんか食ってるとはな……俺は、自分が惨めで仕方ねえよ。ああ貧乏はやだやだ」

 愚痴る鉄。その時、入り口の障子戸の前に人影が見えた。何者かが立っているらしい。

「鉄さん、隼人だ。入っていいかな?」

「隼人?」

 鉄は首を傾げた。隼人がわざわざ訪ねて来るとは珍しい。いったい何事だろうか。

「おう、入れ」

 鉄が返事をすると、障子戸が開く。堅い表情の隼人が、ためらいながらも入って来た。

「よう隼人、何しに来たんだよ?」

 軽い口調で、小吉が話しかける。すると、隼人はもじもじしながら口を開く。

「て、鉄さん、あんたは龍牙会に顔が利くんだろ?」

「はあ? 顔が利く、ってほどでもねえが、一応は知り合いも多いけどな。それがどうかしたか?」

「あの……しもん、ってどんな奴だ?」

 その言葉を聞いた時、鉄の表情が歪んだ。これは厄介なことになってきたぞ……彼の勘が、そう告げている。

「死門、か。一応は知ってるけどな、あいつは龍牙会の元締・お勢の用心棒だぞ。下手に関わると殺られるぜ」

 鉄の表情は、いつになく堅い。だが、それも当然だろう。既に呪道より、彼らの事情を聞いている。

 確かに、鉄は龍牙会の面々から一目置かれる存在ではある。しかし同時に、己の分をわきまえている男でもある。龍牙会の決め事に対し、横から口を出したりはしない。

 ましてや、死門に関することとなると……はっきり言って、関わりたくはなかった。


「じゃあ、その死門て奴と会えないかな?」

 鉄の思いとは裏腹に、そんな言葉を吐く隼人。だが、鉄は首を横に振った。

「お前の事情は分かっている。だがな、奴とは関わるな」

「なぜだ?」

「前にも言ったがな、龍牙会は仕掛屋とは違うんだよ。奴らの掟は、鋼よりも硬く厳しいんだ。その掟を破ったら、死門に処刑されるんだよ」

「それとこれと、何の関係がある?」

 真剣な表情の隼人に、鉄は頭を掻きながらため息を吐く。こいつは、どこまで世間知らずなのだろう。

「いいか、死門は仕事柄、お勢のそばを離れられねえ。あいつが一人になれる時間なんて、ほとんどありゃしねえんだ。お前が頼んだからって、あちこち勝手に出歩けるような人間じゃねえんだよ」

「そこを、何とかならないだろうか……」

 申し訳なさそうな顔で、隼人は頭を下げる。だが、鉄の態度はにべもない。

「ならねえ。だいたい、俺はあんな奴とは話したくもねえんだよ。いい加減、死門のことは忘れろ。でないと、お前ら龍牙会から狙われることになるぞ」

「しかし、沙羅がな……」

 そう言った後、隼人は言いにくそうにうつむいた。すると、小吉が心配そうな表情で声をかける。

「おい隼人、沙羅ちゃん大丈夫なのか?」

「いや、芸に身が入らなくてな。あれじゃあ、人前で芸は出来ない」

「そうか……なら、俺が手伝おうか?」

 真顔で、そんなことを言う小吉。すると、隼人の表情が明るくなった。

「えっ、いいのか?」

「ああ、構わないよ。お前らには世話になったからさ、俺に出来ることなら手伝うぜ」


 ・・・


「あんた、仕掛屋と知り合いなんだって?」


 

 仕事の帰りに、夜道を一人で歩いていた猪之吉。そんな彼に、いきなり声をかけた者がいる。誰かと思い振り返ると、そこには女が立っていた。まだ若いが、綺麗な顔立ちだ。着物越しではあるが、体つきもなかなかのものに見える。

「おう、そうだよ。俺はな、仕掛屋の一員だよ。で、何か用かい?」

 にやにやしながら、猪之吉は尋ねた。すると、女は上目遣いで彼の裾を引っ張る。

「あんた、噂の仕掛屋なんだあ……あたし、いろいろと聞かせてもらいたいことがあるんだよね」

 言いながら、女は手招きする。猪之吉は鼻の下を伸ばしながら、女の後を付いて行った。




「こいつも、違うみたいだよ。ったく、男って奴は……何で、こんなつまらない嘘を吐くのかねえ」

 町外れのあばら家……その中では、先ほどの女がぶつぶつ言いながら、全裸の猪之吉を蹴飛ばす。

 だが、猪之吉は倒れたきり何の反応もしない。

「ったく、どいつもこいつも嘘吐きばっかりだ……仕掛屋ってのは、どこにいるんだよう」

 憎々しげな表情で言いながら、女はなおも猪之吉を蹴飛ばす。しかし、猪之吉は何の反応もしない。

 だが、それも当然だろう。何せ、彼は既に死んでいるのだから。傍らには、猪之吉の着ていた服や持ち物が置かれている。言うまでもなく、お八は全てをいただくつもりなのだが。


「おい、お八。こんなことを続けていたら、いずれ奉行所の役人に目を付けられるかもしれんぞ」

 そう言ったのは、険しい顔つきの男である。野武士のような荒々しい風貌であり、体つきも逞しい。大小二本の刀を腰に差しているところから見るに、侍のようだが……身にまとっている着物はぼろぼろだ。

 全体的にみすぼらしい雰囲気ではあるが、着物から覗く腕は太く逞しい。数々の修羅場を潜っていることは、鋭い面構えからも窺える。

「んなこと、言われなくても分かってるよ! あんたは黙って、あたしの指示に従ってりゃいいんだよ!」

 そう言った後、お八は虚空を睨む。そこに、憎い仇がいるかのように。


「仕掛屋……絶対に潰してやるよ。お父ちゃんたちを殺した罪を、あたしが償わせてやる」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ