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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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36/55

冤罪無情 七

 菅田信三郎は今、筧屋に来ていた。その表情は苦虫を噛み潰したかのようであり、明らかに不機嫌そうな態度である。

 だが、それも仕方ないだろう。彼は今、面倒事の処理に追われているのだから……。




 筧屋は、筧惣兵衛が一代で築き上げた商店である。惣兵衛はもともと行商人であったが、あらゆる手段を駆使してのし上がって来た男だ。したがって裏の世界にも顔が利く。その上、頭も切れる。

 そんな惣太郎の息子、角太郎は……顔はさほど悪くないし、体つきも頑丈である。学問の方も、さほど悪くない成績であった。

 ただし、彼にはどうしようもない欠点がある。それは、幼子が好きで好きで仕方ない……という性癖であった。

 幼い少女を力ずくで犯し、事が終わると絞め殺す……そんな鬼畜のごとき所業に角太郎が取り憑かれてしまったのは、ほんの一年ほど前のことである。

 初めは、そんなつもりではなかったのだ。幼女の服を脱がせたところ、騒がれたため口を塞いでいたら死んでいた。ところが、その感覚が病みつきになり……これまでに、八人を殺していたのである。

 惣兵衛は、そんな息子のために菅田に助けを求めたのだ。結果、菅田は山田弥右衛門に指示を出し、大工の亀吉を捕らえた。

 さらには、事件を独自に調べていた吉蔵をも始末したのである。

 今のところ事態は、亀吉が角太郎の罪を背負い打ち首……という菅田の描いた絵図の通りに進んでいる。だが、これ以上あの馬鹿息子に事件を起こされては困るのだ。

 そのため、菅田はわざわざ出向いて来た。角太郎がさらなる事件を起こすなら、悪いが死んでもらう……そう告げるためである。




 しかし、惣兵衛はなかなか姿を現さなかった。菅田が客間に通されてから、かれこれ一時が経とうとしている。

 妙だ、と菅田は感じた。どう考えてもおかしい。ここまで待たされたことなどなかった――

 彼の思考は、そこで中断される。いきなり襖が開けられ、一人の小男が音もなく侵入してきたのだ。顔に見覚えはなく、しかも手には血塗られた鎌を持っている。

「何者だ!」

 叫ぶと同時に、菅田は刀を掴む。だが、小男の動きは菅田の想像を遥かに超えていた。小男は前転し、一瞬にして間合いを詰める。

 次の瞬間、鎌が一閃した――

 何が起きたのか把握できず、呆然となる菅田。だが次の瞬間、彼の首から血が吹き上がる。

 その時になって菅田は、己の首の頸動脈が切られたことに気づく。首から血が流れ、みるみるうちに畳を真っ赤に染めていった。

 それでも菅田は、反撃の意思を捨てていなかった。よろよろしながらも刀を抜き、小男に斬りかかっていく。

 すると、小男はひらりと躱す。まるで挑発するかのように襖を開け、小馬鹿にした表情で下がっていく。

 菅田は幽鬼のごとき表情で、刀を振り上げ迫っていく……だが、何かにつまづき転んだ。

 薄れていく意識の中、菅田は己が何につまづいたのかを確認する。

 それは、筧惣兵衛の死体であった。喉を切り裂かれ、廊下に放置されていたのだ……。

 菅田は憤怒の形相で辺りを見回す。だが、小男は既に姿を消していた。さらに、菅田の意識も遠のいていく。

 やがて、暗闇に覆われた――


 ・・・


 その頃、角太郎は独りで河原を歩いていた。幼い娘を買える場所は、江戸でも限られている。その数少ない場所の一つに向かっていたのだ。

 すると、道端の草むらから妙な声が聞こえてきた。

「ちょいと、お兄さん……たまには、あたしなんてどうかしら」

 言いながら、立ち上がった者は……六尺近い大男で、しかも坊主である。

 角太郎は、顔をひきつらせて後ずさりした。

「な、なんだお前は……俺は、男になど興味はない」

「ほう、それは奇遇だな。俺も男に興味はない。特に、おめえみてえな屑は大嫌いだ」

 言うと同時に、鉄はにやりと笑う。

「何だお前! 寄るな!」

 言いながら、角太郎は手を振り上げる。しかし、鉄はお構い無しだ。大柄な体に似合わぬ速さで、一瞬にして間合いを詰める。

 振り上げた腕を掴み、ねじ曲げる――

「ぎゃあああ!」

 思わず悲鳴を上げる角太郎。鉄の両手が彼の腕を掴んだかと思うと、一瞬にして肘の関節を極めたのだ。角太郎の肘は、あっという間にへし折られた……。

「や、やめてくれ! 許してくれ!」

 角太郎は恥も外聞もなく、泣きながら必死で逃げようとする。だが、鉄の腕は彼の首に巻き付いていた。一気に喉を絞め上げる――

 気道を潰され、角太郎は抵抗する間もなく死んだ。


 ・・・


 その日、山田弥右衛門は夜の見廻り番であった。提灯を片手に、夜の江戸を歩いている。

 もっとも彼には、真面目に仕事をする気などない。すぐに家に戻れるような距離で、ぶらぶらしているだけだ。弥右衛門にとって重要なのは、お役御免にされない程度に働くことだった。


 自宅の周りを、ふらふらと歩いていた弥右衛門。だが前方に、歩いている同心の姿を見つけた。見覚えのある顔だ。

「中村……左内か?」

 弥右衛門は思わず呟いていた。一体、ここに何をしに来たのだろうか。

 まさか、自分をゆするために来たのか?


「やあ、山田さん。夜の見回りは大変ですよね」

 にこにこしながら、こちらに歩いて来た左内。一見すると、南町の昼行灯の異名そのままの態度である。へらへら笑う表情には、法の番人たる自覚など欠片も無さそうだ。

 しかし、弥右衛門には分かるのだ……左内の体からは、かすかに殺気を感じる。弥右衛門も、かつては剣の修行に励んだ身である。斬った人間もまた、それなりの数に達していた。

 そんな弥右衛門だからこそ分かるのだ……左内の秘めた殺意を。


「お前、何しに来た? 俺の記憶が確かなら、この件には関わらない……そう言っていたはずだが?」

 言いながら、弥右衛門は腰の刀に触れる。だが、左内は軽薄な表情のままだ。

「実は、あなたに打ち明けなくてはならないことがありましてね。ちょっと来てくれませんか?」

 そう言うと、左内は意味ありげな表情で手招きする。弥右衛門は、不快そうに眉間に皺を寄せた。

「俺が嫌だと言ったら、どうするのだ?」

「仕方ないですね……その時は、奥方さまに話を聞いていただくとしますよ」

「なんだと!?」

 親の仇でも見るかのように、弥右衛門は左内を睨みつけた。だが、左内は平然とした様子で、その視線を受け止める。

「だったら来てくださいよ。私とあなた、二人きりで話し合いましょう」

 そう言うと、左内はさっさと歩き出す。弥右衛門は仕方なく、彼の後に付いて行った。




 ひとけの無い野原に来ると、左内はゆっくりと振り返る。

「山田さん、私はあなたに告白しなければならないことがあるんですよ」

「……お前、何を言っているんだ?」

 弥右衛門の顔に、困惑の表情が浮かぶ。だが、続けて放たれた左内の言葉に、弥右衛門の顔つきは歪んでいった。

「実は私、仕掛屋という副業を営んでおりましてね……あっ、他の人には内緒に願いますよ。ここだけの話ということで」

 へらへら笑いながら、左内はそんなことを言った。弥右衛門は、訳が分からないまま首を傾げる。

「お前は、何を言っているんだ?」

「まあまあ、話は最後まで聞いてください。その仕掛屋の業務内容なんですがね……晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消すっていう仕事なんですよ。今日は南町の同心・中村左内としてではなく、仕掛屋・中村左内として来ました」

 言った直後、左内の表情が変わる。先ほどまでのへらへらした態度が消え失せ、裏の顔が剥き出しになった――

「筧屋の親子、そして菅田信三郎は死んだ。残るはあんただけだよ、山田さん」

「なんだと……」

 弥右衛門は顔をしかめつつ、刀の柄を握る。

 だが、左内に怯んだ素振りはない。

「あんたは、無実の大工を死罪にした。さらには、その弟を斬り殺したんだ……死んでもらいますよ、山田さん」

 その言葉を聞くと同時に、弥右衛門は刀を抜いた。凄まじい形相で、左内に斬りつける――

 しかし、左内は素早く飛び退いた。弥右衛門の一撃を躱すと同時に、自らも刀を抜く。

 睨み合う両者。三間(約五・四メートル)ほどの距離を空け、二人は正眼の構えで向き合っていた。


 刀の切っ先を、小刻みに動かす弥右衛門。そうやって斬りかかるふりをしつつ、相手の出方を窺っているのだ。

 しかし、左内はそんな動きには騙されない。落ち着いた態度で刀を構え、こたらをじっと見つめている。

 弥右衛門の額から、一筋の汗が垂れた。これほどの強者が、南町の昼行灯としてくすぶっていたとは。

 だが、負ける訳にいかないのだ。


 睨み合う二人……だが、その均衡が破れる時が来た。左内が、不意に刀を片手で振り上げた。そのまま突進して来たのだ。

 まるで素人のような行動に意表を突かれ、弥右衛門は反応が遅れた。慌てて刀を受け止める。

 直後、弥右衛門の腹に短刀が刺さっていた。いつの間にか、左内はもう片方の手に短刀を握り、それを隠して斬りかかって来ていたのだ……。


 想定外の事態に、唖然となる弥右衛門。痛みより、当惑の方が大きかった。したがって、左内のとどめの一刀を避けることは出来なかった。

「この、卑怯者が……」

 死の間際に左内を睨み、がっくりと膝を着く弥右衛門。だが、左内は鼻で笑った。

「卑怯だあ? 何を言ってるんだか。ここは道場じゃないんだぜ。お前は敗けたんだよ」

「くそ……」

 左内の言葉に顔を歪め、立ち上がろうとする弥右衛門。だが、立ち上がることは出来なかった。

 仰向けに倒れたまま、空を見上げる弥右衛門。左内は既に立ち去っている。体が冷えきっており、もはや己が助からないのは明白であった。

「はな、すまなかったな……」




 その数日後、左内が町の見回りをしていた時のことだった。

 山田弥右衛門の家の前を通りかかった時、左内は首を捻る。何人もの男たちが、屋敷を出たり入ったりしているのだ。どうやら、荷物や家具などを運び出しているらしい。

 左内は、屋敷を出入りしていた男を呼び止めた。

「おい、お前。この家で何かあったのか?」

 何があったかは、だいたい想像がつく。それでも、左内は聞かずにはいられなかった。

「へえ、この屋敷の持ち主の夫婦が、相次いで亡くなったんですよ」

「亡くなった?」

「ええ……旦那が辻斬りに遭って亡くなり、それを知った奥方も、短刀で胸を突いて後を追って亡くなったそうです」

「そうか。哀れな話だな」

「本当ですよ。近所でも有名なおしどり夫婦だったらしいんですが、可哀想ですよね」

「……」

 左内は無言のまま、屋敷に向かい両手を合わせる。

 一礼した後、静かに去って行った。







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