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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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32/55

冤罪無情 三

 数日後、目明かしの源四郎は半平の家を訪れていた。あの吉蔵という若者、放っておいたら何をしでかすか分からない。念のためではあるが、様子を見に来たのだ。

 もっとも、家に行ったところで彼にはどうすることも出来ない。ただ、馬鹿な行動を取らないよう諌めるためだけに顔を出したのである。

 しかし、そこで知った事実は源四郎の想像を超えていた。


「えっ、吉蔵が斬り殺された!?」

 驚く源四郎に、半平はやつれた表情で頷いた。

「へい……辻斬りに殺られたらしいんですが」

 答える半平の表情は虚ろであった。息子の死に対し、涙を流す余裕すらないらしい。

 だが、それも当然だろう。長男は人殺しとして裁かれ、次男は辻斬りに殺された……これでは、泣く気力すら湧いてこないだろう。


 やつれた半平の顔を見ながら、源四郎は考えた。やはり、この件はおかしい。亀吉は猟奇的な事件の下手人ではあるが、その弟は堅気の大工見習いなのだ。

 兄の無実を信じる弟など、よくある話だった。なのに定町廻りの同心がわざわざ、その動向を見張ったりするだろうか。

 しかも、それから間もなく辻斬りに襲われ命を落とした……奉行所にとって、あまりにも都合よく事が運んでいる気がする。

「なあ半平さんよう……あんた、亀吉はやってないって言い切れるかい?」

 源四郎の問いに、半平は弱々しく首を振った。

「わからねえ……俺はもう、何も分からなくなってきたよ」

 虚ろな表情で答える半平。それを見ていた源四郎は、やりきれない気分になった。半平の様子は、見ていて痛々しい。

「半平さん、気をしっかり持つんだよ。とにかく、今はしっかり食べて、きっちりと寝るんだ。いいな?」

 源四郎は何とか励まそうとするが、半平は力なく頷くだけだ。

 この半平が、もともとはどんな男だったのかは知らない。しかし今、源四郎の目の前にいるのは……相次ぐ不幸に手酷く打ちのめされた、哀れなる中年男であった。

 いや、その見た目は老人と言ってもおかしくはないだろう。聞いていた話では、五十を少し過ぎた歳のはずだが……七十と言われても信じてしまうだろう。

「半平さん、しっかりするんだ。まず俺が、その辻斬りを探してみるから」

「ほ、本当かい……」

「ああ。やれるだけのことはする」

 源四郎がそう答えた途端、半平の顔に生気が宿る。がっちりと源四郎の手を掴んだ。

「た、頼みますよ旦那……あいつの、吉蔵の仇を討ってくだせえ!」




「なんだよ、そりゃあ……俺は関わりたくねえよ」

 源四郎の話を聞いた中村左内は、うんざりした表情になった。この件は明らかにきな臭いが、そんなのは左内の知ったことではないのだ。

「そんなこと言わねえでくださいよ。いいですか、吉蔵は兄貴の件のお調べに納得いかず独自に調べてた。すると、それに合わせるかのように辻斬りが出た……こんなの、誰が見てもおかしいでしょうが」

「おかしいのは、お前の頭だよ。こんなもんに関わってどうするんだ」

 にべもない左内の態度。彼は真剣な表情で、源四郎を見つめる。

「いいか源四郎、この件には関わるな。これは、命令だ」

「ちょっと待ってくださいよ――」

「命令だと言ったのが聞こえなかったのか? この件は俺たちには関係ない。もっとも、その親父が頼み料を持って来て、本当の下手人を殺してくれ……と依頼してきたのなら、話は別だけどな」

 そう言うと、左内は源四郎の肩を叩く。

「前々から思ってたんだがな、お前は甘すぎるんだよ。俺は政吉の後を継いで、仕掛屋の元締になった。仕掛屋を潰すわけにはいかねえんだ。お前も、そこのところを考えて行動しろ」


 ・・・


 隼人と沙羅は、今日も満願神社にいた。隼人が手裏剣を投げ、沙羅が宙に投げる木の札に命中させている。見事な腕ではあるが、生憎と客は一人もいない。その手裏剣の腕前も、完全に宝の持ち腐れである。

 白塗りの顔をしかめ、隼人は辺りを見回す。今日は、やけに人通りが少ない気がする。

「沙羅、今日は引き上げるか?」

 隼人の言葉に、沙羅は下を向いた。顔に布を巻いてはいるが、悲しげな表情をしているのが分かる。

 彼女にとって、大道芸を披露しと得た金と殺しで得た金は違うのだ。大道芸で稼げないとなると、殺しの仕事を受けるしかないのだから。


 そこに、奇妙な三人組が通りかかった。

 一人は、地味な着物を着た中年女だ。もっとも色や形は地味だが、細部の仕立てはきちんとした着物である。

見る者が見れば、かなりの高級品であることが分かる。女性にしては大柄で、肩幅も広いがっしりした体つきだ。

 その中年女の隣には、背の高い者がいる。笠を被っているため顔は見えないが、手には杖を持っていた。黒い着物姿で、手足は妙に白い。腰には、奇妙な細身の剣を下げている。

 さらにもう一人、奇妙な連れがいた。こちらは、ぼさぼさ頭にとぼけた面構えの青年だ。けばけばしい色づかいの袈裟を着て、木彫りの骸骨のような飾りの付いた杖を持っている。

「いやあ、お勢さん……こういう町を歩くのも、結構いいもんでしょ?」

 へらへら笑いながら、青年は言った。だが、中年女の態度は冷たい。

「このあたりは、つまらんな。静かなのはありがたいが」

「そうですねえ。ところで、そろそろ休んでいきませんか――」

 そこで、青年は隼人と沙羅に目を留める。

「あれ、あいつらは……おい、お前ら!」

 青年は杖をぶんぶん振りながら、隼人と沙羅のそばに走って来る。

 二人は芸を止めて、近づいて来た奇抜な格好の青年をまじまじと見つめるが……過去に、この青年と話したことがあるのを思い出した。

「あんたは、確か鉄さんの知り合いの……」

「そう、鉄さんの親友・拝み屋の呪道先生だ。もう忘れたのか?」

 言いながら、呪道は親しみをこめた感じでぱちばち叩いて来る。

「あ、いや、その……」

 戸惑う隼人。だが、呪道はお構い無しだ。今度は、笑いながら沙羅に近づいて行く。

「ええと、あんたは……誰だか知らんが、よろしく」

 馴れ馴れしく話しかける呪道。しかし、沙羅は彼のことを見ていなかった。彼女は、お勢の隣の背が高く笠を被った男をじっと見つめている。

 直後、沙羅は動いた。男に近づき、声をかける。

「すみませんが……その笠を取って、顔を見せていただけませんか?」

 その言葉に、隼人の表情が一変する。彼は素早く動き、沙羅の腕を掴んだ。

「沙羅、何を考えてるんだ。こっちに来い」

 言いながら、隼人は沙羅の腕を引いて行く。だが、沙羅は掴まれていた腕を振りほどく。

「お願いです! その笠を取って、お顔を見せてください!」

 強い口調で、沙羅は言った。いつもとは明らかに違う態度に、さすがの隼人も戸惑う。

 その時、お勢が口を開いた。

「まずは、自分が素顔を見せるのが礼儀ではないのかな?」

 その言葉に、はっとなる沙羅。お勢の方は、落ち着き払った表情だ。

「お前も顔を隠したままで、人に素顔を晒せとはおかしいだろう。まず、お前が素顔を見せるべきだ」

 お勢の問いに、沙羅は一瞬ではあるがためらうような仕草をした。

 だが次の瞬間、自身の顔に巻いた布を取り去る――

 金色の髪、青い瞳、白い肌……南蛮人の特徴を備えた素顔があらわになった。

「なるほど。そういう理由だったのか」

 お勢は頷くと、男の方を向いた。

「お前も、その笠を取って見せろ」

 その言葉に、男はゆっくりと笠を取る。

 こちらも金髪で、肌は白い。南蛮人に特有の顔立ちである。お勢の用心棒、死門だ。

 二人の南蛮人は、じっとお互いを見つめ合う。

「兄さん……」

 ややあって、沙羅がかすれたような声を出す。だが、死門の表情に変化はなかった。

「俺は、お前など知らん」

 素っ気なく言い放つ死門……沙羅の表情が歪む。

「嘘です……あなたは、私の兄の伊作いさくです! その腰の刀が、何よりの証拠です!」

 言いながら、沙羅は死門の腰を指差す。そこには、奇妙な形の刀がぶら下がっていた。

 だが、死門は首を振る。

「これは道ばたで拾ったものだ。俺は、断じてお前の兄などではない」

 そう言うと、死門はお勢の方を向いた。

「元締、行きましょう」

「いいのか?」

 冷静な顔つきで尋ねるお勢に、死門は無言のまま頷き歩き出す。それを見た沙羅は、死門の腕を掴んだ。

「待ってください! 話はまだ終わってません!」

 だが、死門は乱暴に払いのける。

「お前など知らん」

 冷たく言ってのけた死門。同時に、隼人が割って入る。

「沙羅、もうやめろ」

 隼人はそう言いながら、沙羅をなだめるように肩を軽く叩く。すると、お勢が呪道の方を向いた。

「私たちは先に帰る。呪道、お前はその女の話を聞いてやれ。これ以上うろうろされては目障りだ」

 それを聞いた呪道は、困惑した表情で頭をぽりぽり掻いた。

「あ、あのさ……何が何だか、俺にはさっぱり分からねえ。まずは、話を聞かせてくれよ」




 沙羅は昔、山の中で南蛮人の父や母そして兄の伊作と共に暮らしていた。

 ところが、ある日のこと……兄妹が留守にしていた時、家に賊が押し入った。賊は父と母を殺し、金品を持ち去ったのだ。

 その賊を探し、父と母の仇を討つため、兄の伊作は旅立った。それが、十年ほど前のことだ。

 以来、兄の伊作を探すため……沙羅はあちこちを旅していたのだ。




「何だそりゃあ? 訳が分からねえよ」

 沙羅の話を聞き終えた呪道は、首を捻りながら言った。

 横にいる隼人は、複雑な表情を浮かべる。確かに呪道から見れば、意味の分からない話だろう。だが、沙羅には隠していることがある。自身が切支丹であることだ。しかも、父母も切支丹であったと聞いている。だが、それを呪道に話すわけにはいかないのだ。

 家族が隠れ切支丹であった事実……それを隠しながらの話では、ところどころに違和感を覚えるのも無理はないだろう。


「さっきの南蛮人の男だが、何者なんだ?」

 話を変えるべく、隼人が口を挟む。

「ああ、死門か。あいつはな、元締の用心棒だよ。凄腕でな、十人が相手でも勝てる……そんな奴だよ。あんたの兄さんだとは、思えないんだがな」

「いいえ! あの人は私の兄です! 間違いありません!」

 言い返す沙羅。普段の温厚でおっとりした様子とは真逆の態度だ。呪道も困り果てた表情で、へらへら笑いながら隼人に視線を移す。明らかに、助けを求めている目である。

 隼人は小さく頷き、沙羅の肩を叩いた。

「沙羅、落ち着け。呪道さんにも立場があるんだ。この人に言っても仕方ないだろうが」

「で、でも――」

「まずは様子見だ。今日のところは帰って、これからのことを話し合おう」

 隼人の言葉に、沙羅は不満そうな表情を浮かべながらも頷いた。

 すると呪道が懐から金を取り出し、隼人に渡す。

「すまねえな。まあ、ゆっくり話し合ってくれ。ただし忘れるな……死門は、龍牙会の人間だ。下手に嗅ぎ回ると、命取りだぜ」






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