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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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30/55

冤罪無情 一

 その日、市は足早に江戸の町を歩いていた。端正な顔を不機嫌そうに歪め、脇目も振らずに進んでいる。

 やがて彼は、目当ての場所へと到着した。『よろず屋お佐代』という看板を掲げた店である。市は憮然とした態度のまま、店の中に入って行った。


「やあ、市さんじゃないか。どうしたんだい?」

 入って来た市を見るや、親しげな表情で彼に語りかける男がいた。店番の利吉だ。一見すると柔和な印象を与える、優しそうな若者である。もっとも、裏では殺しの請け負いもやっているのだが。

 にこやかな顔つきで、市を迎えた利吉。だが、市は不快そうな表情のまま口を開く。

「やあ利吉さん。お佐代さんはいねえのかい?」

「いや、今ちょっといねえんだよ。もう少ししたら帰って来るけど――」

「ならいい。利吉さんよう、あんたに聞きたいことがあるんだよ。あんた、仕掛屋を潰すよう依頼を受けたのか?」

 鋭い口調で尋ねる市。すると、利吉は慌てた様子で首を振った。

「な、何を言ってるんだよ! 俺が、あんたらを敵に回すわけないだろ!」

「ほう、そうかい。だがな、仕掛屋に喧嘩を売った音松って奴は……くたばる前に、鉄にそう言ってたらしいぜ」

「おいおい市さん……あんたは、そんなどこの馬の骨かも知らん奴の言うことを信じるのか?」

 利吉は、心外だとでも言わんばかりの表情で市を見つめている。

 だが、市の方は冷たい目を向けていた。彼は目の前にいる男が、どれだけ腹黒いかを知っている。いざとなれば、自分の母親でも叩き売る……いや、場合によっては叩き殺すことも辞さない男だ。

 はっきり言って、利吉は信用できない。まず間違いなく、この男は誰かから仕事を受けたのだ。

 とはいえ、この男は秀治と深い繋がりがある。証拠もないのに、下手に手を出すわけにはいかない。かといって、このまま済ますことも出来ない。

「なあ利吉さん、一つ覚えておいてくれ。もう一度、同じことがあったら……仕掛屋の元締は、必ずあんたを殺す。あんたが本当に裏で糸を引いていようがいまいが、そんなことはどっちでもいいんだよ。注意しておくんだな」


 ・・・


「これにて、本日の集会は終了となります」


 町外れの剣術道場では、龍牙会の幹部たちによる集会が行われていた。

 集会は普段通り滞りなく進行し、いつもと同じように呪道の閉めの言葉で終わろうとしていた。

 だが、いつもと違うことが起きる。


 不意に、汚ならしい袋を担いで現れた鉄。彼が呪道に目配せする。

 呪道は頷き、再度口を開いた。

「ああ、みんな、申し訳ないんだが……仕掛屋の鉄さんから話があるらしい。ほんのちょっとだけ、耳を貸してくれよ」

 その言葉の直後、鉄は床にあぐらをかいて座る。袋の口を開け、中に入っているものを一つずつ取り出して床に並べていく。

 それは、人間の首であった。塩漬けになり、顔の形も判別できない。それでも、本物であるのが見て取れる。


「こいつらはな、仕掛屋に喧嘩を売ってきた馬鹿どもだ。いいか、一つ言っておくぞ……俺たちに喧嘩を売るとこうなるんだ。覚えておけよ」


 いい終えた後、鉄はにやりと笑った。愉快だ、とでも言わんばかりに。

 しかし、居並ぶ者たちは誰も笑っていない。むしろ、引きつった表情をしている。

「あ、言いたいことはそれだけだよ。みんな、覚えといてな。俺たちは、みんなとは仲良くやりてえんだ。ただし、向かって来たら殺すけどな」

 とぼけた口調で言いながら、鉄は首を袋に詰める。その様を、他の者たちは顔を引きつらせて見つめていた。彼らとて、裏社会の人間である。死体など、見慣れていた。

 そんな彼らでも、殺した相手の首を切り、わざわざ人前に晒すような真似はしない。鉄の行動は、皆の心に強烈な印象を残したことだろう。

 不気味な沈黙が、その場を支配する……だが、そんな空気をものともしない男もいた。

「じゃあ、今回はここまでとなります。皆さん、お疲れさまでした」

 呪道は、平然と閉めの言葉を放つ。この男とて、伊達に龍牙会の幹部をやっているわけではないのだ。

 その言葉の直後、鉄が出ていく。ややあって、他の者たちも続いた。




「鉄さん、ちょいと待ってくれないか?」


 首の入った袋を担ぎ、すたすたと歩いていた鉄。その背中に、声をかけた者がいた。

 振り向くと、大工の勘助が神妙な顔つきで立っている。

「何だよ勘助……また俺に、龍牙会を辞める手助けをしてくれってのか?」

「違うよ。鉄さん、あんたに言っておきたいことがある……ちょっと付き合ってくれねえか?」

「待てよ。俺は、こんなもん抱えてんだぜ。こいつも一緒でいいのか?」

 言いながら、鉄は首の入った袋を指差した。すると、勘助は顔をしかめる。

「あ、ああ、構わないよ。付き合ってくれたら、そいつを俺が始末してもいいしな」

「本当か。そいつはありがてえ」

 鉄はにんまりと笑った。




「で、話って何だ?」

 ひとけの無い林の中のあばら家で、鉄と勘助は相対した。勘助は神妙な顔つきで、鉄を真っ直ぐ見つめ口を開く。

「鉄さん、あんたに一つ言っておくことがある」

「何だよ?」

「前に俺は、仕掛屋を潰すよう依頼を受けた」

 勘助の口調は静かなものだった。顔つきも真剣そのものである。冗談を言っている素振りなど、微塵も感じられない。

「そうかい。で、お前は何と言ったんだ?」

 鉄の方も、表情一つ変えずに尋ねる。

「もちろん断ったよ。俺の腕で、あんたらを殺れるはずがないからな」

「分かってるじゃねえか……で、俺たちの始末を依頼したのは、どこの馬鹿なんだ?」

 さらに尋ねる鉄。だが、勘助は首を横に振った。

「そいつは、俺の口からは言えない」

「そうかい。ま、想像はついてるけどな」

 にやりと笑う鉄。だが、勘助は神妙な表情のままである。いや、むしろ不安そうなのだ。

「鉄さん、おかしいと思わないか?」

「……何がだよ?」

「仕掛屋を潰すのに、俺みたいなのに依頼するか? もう少し腕の立つ連中に依頼するだろうが」

 勘助の言葉に、鉄は険しい表情で下を向く。確かにその通りだ。実のところ、勘助は腕は悪くない。殺しの腕に関する限り鉄たちに劣らないだろう。その上、度胸もある。

 だが、勘助は基本的に一人で仕事をこなすことが多い。多少なりとはいえ、裏の世界の事情に通じている者なら……仕掛屋を潰すのに、彼を選ばないはずだ。

「勘助、こいつらだがな……」

 言いながら、鉄は袋を指差す。

「はっきり言って、ど素人だったよ。五十両に釣られて、俺たちを潰しに来たが……実際のところ、万に一つも勝ち目は無かったんだ。何故こんな連中に依頼したのか、全く分からねえんだよな」

「鉄さん、こいつは裏があるぜ。あんた、気をつけなよ。たぶん、この程度じゃあ終わらねえぞ」


 ・・・


「中村さん、何か心配事でもあるんですか?」

 渡辺正五郎の声に、中村左内は我に返った。

「ああ、すみません。いやあ、心配事は絶えませんよ。いつ牢屋見回りに落とされるか、分からないですからね」

 そう言うと、ため息を吐いて見せる左内。すると、渡辺は苦笑した。


 今、左内は渡辺と共に奉行所にいる。二人して、調べ物をしている……ふりをして休憩しているのだ。左内は南町の昼行灯という異名の持ち主だし、渡辺も似たような存在だ。

 出世など、左内はとうの昔に諦めている。だが渡辺は若い。今後よほどの下手を打たない限り、出世の可能性はまだ残されているはず。

 にもかかわらず、渡辺からは奉行所の仕事に対する熱意が、まるきり感じられないのだ。左内は、ためらいがちに声をかけてみた。

「渡辺さん、あなた大丈夫ですか? 私と一緒にいたりすると、上の人から睨まれますよ」

「えっ、なぜですか?」

「私のあだ名は御存知でしょう? 南町の昼行灯と呼ばれている私と仲良くしていると、田中さんに何を言われることか」

「ああ、そんなことですか。別に構いませんよ。私も似たような者ですから」

 そう言って、渡辺は笑った。

「いやいや、あなたはまだ若い。出世の望みも、まだ充分にありますよ」

「そんなものは、とうの昔に捨てました」

 言いながら、渡辺は再び人別帳を調べ出す。あるいは、調べるふりをしているだけかもしれないが。その顔には、冷めた表情が浮かんでいる。

「中村さん、ここだけの話ですが……私はね、今の仕事にどうにかしがみついていられればいいんですよ――」

「二人とも、何をしているんですか?」

 不意に後ろから、甲高い声が聞こえた。左内は作り笑いをしながら振り返る。確かめるまでもなく、上役の田中熊太郎である。

「あ、いや、ちょっと調べ物をしておりました」

 へらへら笑いながら、頭を下げる左内を、田中はきっと睨んだ。

「で……何の事件を調べているのです?」

「はい、五年前の盗人の件です。越前屋から反物が盗まれた事件ですよ」

 その言葉を聞いた瞬間、田中の表情が一変する。

「中村さん、今なんと言いました?」

「は? ええと、五年前に越前屋から反物が盗まれた――」

「私の記憶が正しければ、その件はもう解決したはずですが?」

 左内を睨みつけ、迫っていく田中。

「は、はあ。でも、ひょっとしたら本当の下手人は別にいるのかもしれませんし――」

「本当の下手人、ですと……中村さん、あなたはふざけてるんですか?」

 尋ねる田中の体は、ぷるぷる震えている。これは言うまでもなく、怒りのためだ。渡辺はというと、この場から音も無く姿を消している。

「なぁかぁむぅらぁさぁん! そんな下らないことをしている暇があるなら、さっさと外回りにでも行きなさい!」




 左内は仕方なく、十手をぶらぶらさせながら江戸の街を回っていた。後ろから、目明かしの源四郎が付いて来ている。

「ところで源四郎、奴の話をどう思う?」

 いきなりの左内の問いに、源四郎は面食らった顔つきになる。

「へっ? 何がですか?」

「あの音松とかいう餓鬼の言ってたことさ。本当に、利吉の野郎が俺たちを潰そうと動いたのか……」

「どうでしょうね。ただ、あの音松は江戸に来たばかりでしたからね。利吉の名をかたる何者かにはめられた、って可能性もありますね。だいたい、利吉なんて名前はいくらでもありますし」

「だよなあ……」

 言いながら、左内はさりげなく後ろを見る。さっきから、何者かが付いて来ているのだ。

「おい源四郎、妙な奴が来てるんだが……気づいてるな?」

 小声で囁くと、源四郎は頷いた。

「へい、分かっておりやす。まだ餓鬼のようですがねえ……」

「ああ。まいったな」

 左内は頭を掻いた。ちらりと見た感じ、年の頃は十五〜十六くらいの若者だ。薄汚い着物を着て、こちらに妙な視線を向けていた。一応は役人とはいえ、昼行灯の異名を持つ左内に、いったい何の用があるというのだろう。

 左内は源四郎に目配せすると同時に、足早に移動する。その場を離れ、ひとけの無い裏路地へと入って行った。

 若者も、後を追い裏路地へと入る。その途端、左内は立ち止まり振り返った。

「おい、俺に何か用か?」






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