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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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26/55

無知無情 三

 満願神社には、今日も二人組の大道芸人が来ている。人通りはさして多くはないため、彼らも大儲けは出来ない。

 それでも、二人は毎日やって来る。彼らには、他に出来ることがないからだ。




 今日の隼人は、分銅付きの鎖を持っていた。鎖を、頭上でぶんぶん振り回す。二間(約三・六メートル)ほど離れた位置には、顔に布を巻いた沙羅が立っていた。彼女は、火を灯した蝋燭ろうそくを持っている。

 少しの間を置き、隼人は鎖を投げた。鎖は、一瞬のうちに蝋燭に巻き付く。

 次の瞬間、鎖を引く隼人。蝋燭は、瞬時に隼人の手元へと移動していた。

 観客たちから、おお……という声が洩れる。一方、隼人と沙羅は恭しい態度でお辞儀をした。

 その時、一人の男が進み出る。


「おい、芸人さんよう。ちょっと話があるんだけどな、こっちに来てくれねえかな」


 ぶっきらぼうな声が聞こえてきた。隼人が顔を上げると、そこに立っていたのは色白で背の高い男だ。誰かと思えば、竹細工師の市である。

「へ、へい。何でしょうか?」

 言いながら、さりげなく近づいていく隼人。一応、二人が知り合いであることは隠さなくてはならないのだ。

 その時、隼人は沙羅がこちらを見ているのに気づいた。顔を布で覆っているため表情は見えないが、不安なのであろう。

 隼人は心配するな、と言わんばかりに軽く手を挙げると、市の後をおとなしく付いて行く。恐らくは、裏稼業の面倒な話なのだろうな……と思いながら。

 しかし、彼の予想は外れた。


「な、何だこの金は?」

 驚愕の表情を浮かべ、市と小判とを交互に見つめる隼人。そう、市の手には十両の金があった。それを、いきなり突き出して来たのだ。

「前に、ちょいと世話になったからな。飯代やら何やら込みで十両だ。さっさと受け取れ」

 ぶっきらぼうな口調で言う市。隼人は困惑した。

「お前は、礼は言わないからな……って言ってなかったか?」

「礼を言う気はねえよ。ただ、借りを作りたくないだけだ。とにかく、早く受け取れ。俺も暇じゃねえんだよ」

 そう言うと、強引に金を受け取らせる市。隼人はぽかんとしながらも、仕方なく小判を受け取った。

「用はそれだけだ。じゃあな」

 市は向きを変え、立ち去ろうとした。だが、その腕を隼人が掴む。

「ちょっと待てよ。これから、何か用事でもあるのか?」

「いや、そういう訳じゃない」

「だったら、一緒に飯でも食わないか? ご馳走するぞ」

「はあ?」

 今度は、市が困惑した表情になる番だった。どうも、この世間知らずの殺し屋と話していると調子を狂わされる。

「いいから来い。白助も、お前がいなくなってから寂しそうでなあ」

「白助?」

「ああ、うちにいた犬だよ。お前に懐いてただろうが……忘れたのか?」

 真顔で、そんなことを言う隼人。市は呆れ顔になった。この男は、本当に変な奴だ。

「……ああ、覚えてるよ」

「だったら来い。白助も、お前と会えたら喜ぶはずだぞ」




 隼人の強引さに押しきられ、結局は二人の住みかに来てしまった市。

 そんな彼の足元では、犬の白助がくんくん鳴いている。彼は、微笑みながら白助の頭を撫でた。

「久しぶりだな。元気だったか」

 市の言葉に、白助は鼻を鳴らして応える。

 考えてみれば、この犬がいなければ自分は死んでいたのだ。命の恩人、いや恩犬か。

「良かったわね白助、市さんが来てくれて」

 沙羅はそう言って、優しく微笑んだ。それに対し、市は柄にもなく戸惑い、ぷいと横を向く。どうも、この二人が相手だと調子が狂いっぱなしだ。

 もっとも、その感覚は不快なものではないが。


 やがて、鍋がぐつぐつ煮え始める。いい匂いが、廃寺の中にも広がっていった。白助もおこぼれを期待し、しきりに鼻を鳴らしている。

 隼人も沙羅も、嬉しそうに微笑んでいた。そんな二人を見た市は、暖かいものが湧き上がるのを感じていた。左内や鉄と一緒にいた時には、感じたことのないものだ……。

「今日は特別に、味噌の寄せ鍋だ。腹いっぱい食べてくれ」

 言いながら、隼人は鍋の蓋を開ける。と同時に、沙羅がご飯を持って来た。




「おい隼人、お前はこの稼業をずっと続けていくつもりか?」

 食べ終えた後に突然、市が真顔で聞いてきた。

「さあな。ただ、裏稼業を辞めたら、俺は何をすればいいか分からんからな」

 呑気な口調で答える隼人。その様子を見た市は、なぜか苛立った。

「はっきり言うぜ、お前は、この仕事には向いていない。今のうちに、足を洗う算段をしておけ」

 きつい口調で、市は言った。この隼人という男、確かに腕は立つ。だが、性格的に甘い部分がある。裏稼業を続けていけば、いつかは質屋の秀次のような極悪人と出会うことになるだろう。

 もし秀次のような男から仕事を受けることになれば、隼人はさんざん利用され、挙げ句にぼろきれのように捨てられることとなるのは確実だった。


 しかし、隼人の口から返ってきたのは、素っ気ない言葉であった。

「ああ、お前の言う通りかもしれないな」

 すました表情で答える隼人。市は呆れ果てた表情で首を振る。この男は、本当に暗殺者集団の一員だったのだろうか。

「なあ隼人、言いたくなきゃ言わなくてもいいが……お前、江戸に来る前は何をしていたんだ?」

 声をひそめながら、市は聞いてみた。無論、隼人が夜魔一族であることは知っている。知った上で、市は聞いているのだ。いくら隼人と言えど、その点に関してはとぼけるだろう……と思いながら。

 すると隼人は、ちらりと市を見つめる。だが、すぐに目を逸らした。

 ややあって、下を向いたまま口を開く。

「市……お前、夜魔一族という名前を聞いたことがあるか?」

「夜魔一族? ああ、知り合いに聞いたことがある。暗殺を生業としている連中だろうが」

 素知らぬ顔で答える市。だが内心では、隼人の警戒心の無さに呆れていた。どうやら、隼人は自分から話すつもりらしい。

「俺は昔、その夜魔一族にいた。だが、俺は抜けたんだよ」

 淡々とした口調で、隼人は語り始めた。


 ・・・


 それは、三年前のことだった。

 当時、隼人は仕事を終えて帰る途中であった。ここでいう仕事とは、もちろん殺しである。彼はいつも通り、難なく標的を仕留めたのだ。 

 その後、隼人は野原を歩いていた。寝ぐらにしていた掘っ立て小屋に帰るためだ。 だが、途中の草むらにて奇妙な物音を耳にする。隼人は好奇心に勝てず、そっと近づいて行った。

 そこには、奇妙な者が倒れていた。背は高く、髪の毛は不思議な色をしていた。肌の色は雪のように白く、ぼろぼろの着物を身にまとっている。

 隼人が近づいて行くと、その者は顔を上げた。彫りの深い顔立ちだ。目が大きく、鼻は高い。しかも、瞳の色は青いのだ。

 こんな奇妙な人間を見たのは初めてである。隼人は無言のまま、倒れていた者と見つめ合う。

 不意に、相手が口を開いた。

「ねえ、あたしをどうする気?」

 確かに、そう聞こえた。となると、倒れている者は女なのか。

 隼人は、じっと女を見つめた。何とも言えない感情が湧き上がってくる。今まで感じたことのない、不思議な気持ち。

 気がつくと、隼人は手を差しのべていた。




 その女は、沙羅と名乗った。追われているのだ、とも言っていた。自分は切支丹であり、この国ではその教えは禁止されている、と……。

 切支丹、という言葉を聞いたのは初めてだった。それが何であるかも知らないし、そもそも隼人には関係ない事柄のはずだった。

 しかし、彼女を放っておくことも出来ない。隼人は一族の者たちに内緒で、沙羅を匿い、食事を与えていたのだ。

 沙羅の存在を一族の者に知られたら、自分も命がない……そのことは承知している。それでも、隼人は沙羅を見捨てることが出来なかった。

 結果、隼人は一族を捨てる――


 ・・・


「その後、俺は沙羅を連れて江戸に来た。ここなら、夜魔一族も追っては来られないからな」

 自らの過去を、淡々とした口調で語る隼人。一方、市は複雑な表情を浮かべていた。

「おい隼人、分かってるとは思うがな……そんなこと、人前でべらべら言うなよ。壁に耳あり、って言葉を知らねえのか」

「当たり前だ。こんなこと、話せるのはお前くらいのものだ」

 すました表情で、隼人はそう言った。それに対し、市はまたしても顔をしかめる。

「何で、俺には話せるんだよ?」

「お前が仲間だからだよ。俺は、お前を信用しているからな」

「な、何を言ってんだよ!?」

 市はうろたえた。この男は、何を考えているのだろうか……信用している、などと言われるとは。

 そもそも、この男が夜魔一族であることを中村左内に知らせたのは、他ならぬ市である。それなのに、隼人は……。


 狼狽している市に向かい、隼人は何事もなかったかのように語り続ける。

「俺たちは、同じ穴のむじなだ。お互いを信じ合うしかないだろうが。でなきゃ、何を信じて生きていけばいいんだ?」

「知るか。そんなもん、俺に聞くな」

 ぶっきらぼうな口調で言うと、市は下を向いた。隼人や沙羅と話していると、何とも言えない感情に襲われる。不快、というわけではない。だが、心地よくもない。

 すると、今度は白助が近寄って来た。心配そうにくんくん鳴きながら、市の手をなめる。

「ほら、白助もお前のことを信用しているんだ。いいか……犬はな、信用できる者とそうでない者とを見分けるんだよ」

 隼人のとぼけた口調に、市は顔をしかめながら白助の頭を撫でた。


 ・・・


「それは、どういうことだ?」

 勘助は険しい表情で、目の前の男に尋ねる。

「いや、俺もよくは分からねえんだが……俺に依頼した奴の父親が、そいつらに殺られたらしいんだよ。だから、あんたらに頼みてえんだ」

 男の話に、勘助は露骨に渋い表情を見せた。正直に言えば、もう裏の仕事とは関わりたくない。




 勘助は今、知り合いの利吉という男に呼び出され、ひとけの無い雑木林に来ている。利吉は裏稼業の仲介屋であり、誰かから仕事を依頼され、裏の仕事師たちに斡旋している。

 かつては勘助も、利吉から仕事を請け負ったこともあった。


「何で俺に頼むんだ? 俺なんかより、腕のいい奴はいくらでもいる。例えば、鉄さんとこの仕掛屋とかな。仕掛屋に頼めばいいじゃねえか」

 何の気なしに、そんな台詞を吐いた勘助。だが次の瞬間、その表情がひきつった。

「実はな、ここだけの話だが……今回の標的は、その仕掛屋なんだよ」

 利吉は辺りを見回しながら、声をひそめて言った。

「仕掛屋だと? 馬鹿言うな! 奴らを敵に回して、生き延びられるわけねえだろうが!」

 顔を歪めながら、勘助は吠えた。すると、利吉は慌てて彼の口を塞ぐ。

「声がでけえよ。とにかくだ、今回の相手は仕掛屋なんだよ」

「悪いが、俺は降りるぜ。仕掛屋なんざ相手にしてたら、命がいくつあっても足りねえ」

 吐き捨てるような口調で言うと、勘助はその場を離れて行く。その背中に、利吉は叫んだ。

「まあ、降りるのは勝手だ。だがなあ、このことを鉄に話しやがったら、お前の命はねえぞ」

「言わねえよ。俺は、こんな件には関わりたくないんでな」

 振り向きもせず、勘助は言葉を返した。






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