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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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無知無情 二

 江戸の町外れに、大きな剣術道場が建てられている。周辺にはほとんど人が住んでいない上、人通りも少ない。こんな場所になぜ剣術道場を建てたのか、事情を知らぬ者は首を傾げるであろう。

 もっとも、この道場で行なわれているのは剣術の稽古ではない。裏の世界に生きる者なら、誰でも知っていることだが……この道場は龍牙会の持ち物である。今日も中では、龍牙会による定例会が行なわれていたのだ。




「皆さん、今日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。本日の定例会は、これにて終了となります」

 龍牙会の幹部である、拝み屋の呪道の声が響いた。と同時に、道場から数人の男たちが出て行く。みな年齢も服装もまちまちであるが、全員に一つの共通点がある。一様に、堅気ではない雰囲気を漂わせていることだ。


 そして最後に、六尺(約百八十センチ)近い大男の現物の鉄が、道場から出て来た。ただでさえ大きな体には、鬼瓦のようにいかつい顔が乗っている。しかも、髪の毛は綺麗に剃り込まれていた。

 夜道で不意に出くわしたら、子供なら泣いてしまうであろう人相の鉄。そんな彼は、いかにも面倒くさそうな表情で首をぽきぽき鳴らしながら、のっそりと歩いていた。

 だが、そんな彼に声をかける者がいる。

「よう鉄さん、景気はどうだよ?」

 鉄は、声のした方を見る。すると、そこには大工の勘助がいた。大工とはいっても、裏では殺しも請け負う龍牙会の一員だ。先ほどまで、共に集会に参加していたのである。

「なんだ勘助、俺に何か用か?」

「いや、用ってほどじゃねえんだけどよ……ちょいと、あんたに話があるんだ。急いでんのかい?」

「いや、別に急いじゃいねえよ。お前の奢りなら、ちょっくら付き合ってもいいぜ」

 そう言うと、鉄はにやりと笑った。




「おい、何なんだよここは?」

 明らかに不満そうな様子で、鉄は文句を言った。だが、それも当然だろう。なにせ、勘助の案内で来た場所は……ぼろぼろの汚いあばら家が建っているだけだ。色気など微塵もない、そんな所に連れ込まれたのだから。

「悪いな、こんな汚い場所でよ。だがな、他の人間に聞かれちゃまずい話なんでな。ここは、俺の隠れ家みたいなもんさ。いざとなったら、まずはここに身を隠すって寸法だよ」

 そう言うと、勘助は徳利と杯を出した。

「家は汚いが、酒は本物だぜ。まあ飲んでくれや。つまみも、一応はあるよ」

 言いながら、勘助は奥にある棚から漬物や干し魚を出す。鉄は、仕方ねえなあという表情で腰を降ろした。胡瓜の漬物に手を伸ばし口に入れる。


「なあ鉄さん、小平次のとっつぁんを覚えてるかい」

 不意に、勘助がしみじみとした口調で言った。

「はあ? あのな、俺はぼけるような歳じゃねえぞ。忘れるわけねえだろうが」

 強い口調で、鉄は言い返す。

 ましらの小平次(※義賊無情の章に登場)は、鉄よりも、ずっと昔から裏の世界にて活動していたのだ。まだ若かりし頃の鉄に、裏の世界のいろはを教えたのも小平次である。

 だが、ほんの二月ほど前に最後の仕事に失敗した。小平次は返り討ちに遭って死に、死体は林に捨てられていた。発見された時には、鴉や野犬などに食い荒らされ見るも無残な状態だったという。

 背中のましらの彫り物が無ければ、無縁仏として処理されていたはずなのだ。


「俺はてっきり、とっつぁんは足を洗ったもんだとばっかり思ってたんだ。ところがだ、とっつぁんは最期まで裏稼業を続けてたんだな」

 そう言うと、勘助は酒を煽る。

「だからどうした。この稼業に足を踏み入れたら、畳の上じゃ死ねねえ……俺にそう教えてくれたのは、小平次のとっつぁんだ。とっつぁんは、その教えが正しかったことを身を持って証明してくれたわけだ」

 そう言うと、鉄は杯を口に運ぶ。正直言うなら、鉄もまた小平次が引退したと思っていた。どこかで小さな店でも持って、ひっそりと暮らしているのではないか……と。

 しかし、小平次は引退していなかったのだ。最後の仕事に挑んだものの、返り討ちに遭い死んでしまった。もっとも、その仇は仕掛屋が討ったのだが。


「なあ鉄さん、俺も歳なのかねえ……最近、怖くなって来たんだよ」

 漬物をぽりぽり食べながら、勘助はしみじみとした口調で言った。

「あのなあ勘助、怖さを知らねえのは、馬鹿の証拠だ。この稼業、怖くて当たり前なんだよ」

「いや、そういう意味じゃねえんだよ鉄さん。俺は近ごろ、裏稼業を続けるのが嫌になってきたんだ」

 そう言うと、勘助は虚ろに笑った。

「鉄さん、俺も若い頃は無我夢中だった。仲間と一緒に、何人もの人間を殺してきたよ……いずれは地獄逝き、なんて言いながらな。ところが、今になって命が惜しくなって来やがったんだよ」

 勘助は顔を上げ、鉄を見つめる。

「鉄さん、あんた怖くねえのか? 俺は怖いんだよ。小平次のとっつぁんは、俺なんかよりずっと慎重だった。腕はともかく、仕事となれば完璧にやり遂げていた。その上、他の連中とも衝突しねえように気を配ってた……とっつぁんは、間違いなく足を洗って長生きすると思ってたんだよ。なのに、あんな死に様を迎えるとはな」

 そう言うと、勘助はため息を吐いた。

「誰も、この稼業を続けてくれなんて頼んじゃいねえんだよ。どうしても嫌になったなら、足を洗うしかねえだろうが」

 吐き捨てるように、鉄は言った。彼とて、この稼業を続けた先に夢も希望もないのは分かっている。それでも鉄は、自らの命が尽きるまで裏稼業は続けるつもりである。

 自分が引退する時、それは誰かの手で三途の川を渡る時だ。

「だがな鉄さん、俺が足を洗うと言ったら……奴らは何と言うかな」

「はあ?」

 訝しげな表情を浮かべる鉄に、勘助は口元を歪めて見せた。

「さっきも言った通り、俺は怖くなってきたんだ。でもよ、俺は龍牙会の一員だ。そう簡単に、足抜けできるかどうか……龍牙会の掟は絶対だからな」

 そう、龍牙会を抜けるには……まず、保証人の存在が必要である。その上で保証人を連れて、元締であるお勢に直談判しなくてはならない。

 最終的には、お勢を納得させないかぎり足抜けは許されないのである。

 その後、万が一にも足抜けした者が裏切るようなことになれば……保証人ともども殺されることになる。

「俺は知らねえよ。こればっかりは、試してみるしかねえだろうが」

「それが出来ねえから、苦労してんだよ」

 そう言うと、勘助は杯を置いた。鉄に向かい、深々と頭を下げる。

「なあ鉄さん、頼む。あんたの方から、元締に口添えしてくれねえかな……あんたが言ってくれれば、元締も嫌とは言わないはずだ。もちろん金なら出すぜ」

 しかし、鉄はかぶりを振った。

「悪いが、そいつぁ俺には無理だよ。よそをあたってくれ」

 そう、鉄は龍牙会の客分格ではあるが……基本的には仕掛屋の人間だ。龍牙会の内部のことには、よほどのことが無い限り口出しはしないと決めている。


 客分格だからといって天狗になり、龍牙会の決め事にまでいちいち口出しするようになったら……待っているのは死だ。


 しかし、勘助も引かなかった。いきなり鉄の前で土下座し、額を床に擦り付ける。

「頼むよ鉄さん、あんたしかいねえんだ。頼む」

 言いながら、勘助は頭を下げ続けた。

 そんな勘助を、鉄は無言のままじっと見つめる。勘助の詳しい年齢は知らないが、恐らくは三十代半ばから四十代だろう。五十まではいっていないはず。

 五十を過ぎても、裏稼業を続けている者もいる。その大半は、外道にまで堕ちてしまった連中ではあるが……。

 しかし、勘助はその道を選ぶ気は無いらしい。この男は、本気で足を洗う気なのだ。

 鉄としては、あまり関わりたくない話ではある。しかし、勘助とも長い付き合いだ。彼のことも放ってはおけない。

「なあ勘助、何も龍牙会を抜ける必要は無いんじゃねえか? 名前だけ龍牙会に置いといて、集会に顔だけ出して……それで、いいんじゃねえのか? 近頃は、龍牙会にも若いのが増えてきた。わざわざ、お前を指名して仕事をさせようなんて物好きもいねえだろうしな」

 その言葉に、勘助は黙りこんだ。思案げな表情を浮かべて上を向く。一方、鉄はさらに喋り続けた。

「勘助、俺はお前の事情は知らねえ。だがな、この稼業にいったん足を突っ込んだら……簡単にゃ抜けられねえんだよ。疲れたから辞めたい、苦しいから辞めたい……そんな言い訳は通用しねえんだ。俺たちゃあ、人殺しなんだよ。少なくとも俺は、くたばるまでこの稼業を続けるよ」

「そうだな、鉄さん」

 ぽつりと、呟くように答える勘助。そんな彼を鉄はじっと見つめ、なおも語り続けた。

「お前の事情については、あえて聞かねえよ。ただな、もう一度よく考えてみるんだ。このまま、足を洗っていいのかどうなのか。どうしても足を洗いてえ、というなら……他の誰かに保証人になってもらうんだな。少なくとも、今の俺はお前の味方にはなれねえ」


 ・・・


 その翌日、秀次は一人で江戸の町をぶらぶらと歩いていた。

 一見すると、ただの中年男が町を散策しているようにしか見えないだろう。

 だが、秀次は目的もなく江戸の町を徘徊するような男ではない。彼には彼なりの理由があって、のんびりと歩いているのだ。


 やがて秀次は、とある場所で立ち止まった。

 そこは、河原者たちが住んでいる場所であった。そこらから拾って来たような木材や布などで作られた、有り合わせの小屋が建ち並んでいる。一応、中には人が住んでいるらしい。

 もっとも、住居としては非常に心もとないのだが。台風に襲われれば、跡形も無く吹き飛んでしまいそうな雰囲気である。

 そんな中を、秀次はゆっくりと歩いていく。やがて彼は、いかにも疲れたという表情を浮かべて腰を降ろした。

 すると、後ろの廃屋から声が聞こえて来た。

「秀次さん、次はどうするつもりです?」

 押し殺したような声だが、誰であるのは分かっている。

 秀次は、さりげなく周囲を見回した。人の姿はあるが、自分に注意を向ける者はいない。そもそも、この辺りの人間は生きることに疲れ果てている。他人に注意を払うほど、余裕の有る者などいないのだ。

「次? 少し考える時間をくれよ。いくら俺でも、相手が龍牙会となるとな……いささか手に余る」

「そうですか。まあ仕方ないですねえ。ただ、忘れないでくださいよ……龍牙会がなくなったら、誰が江戸を仕切ることになるかを」







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