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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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22/55

鬼人無情 四

「くそ……」

 うめき声を上げながら、壁に手を付く市。廃寺のはずなのに、壁の造りはしっかりしている。まだまだ使えるだろう。

 隼人から聞いた話によれば、元の持ち主である住職は盗賊に惨殺されてしまったらしい。さらに住職の幽霊が出る、との噂も広まり、この辺りには誰も近づかないのだという。

 そんな、いわく付きの家に平然と住んでいられる夫婦……やはり、隼人と沙羅は変わり者だ。


 市はそんなことを考えながら、その場で歩いてみる。左足は問題ない。だが右足を上げ、地面に着地した瞬間、足首に鋭い痛みが走った。

 それでも、痛みに耐えて市は歩き続ける。彼は医者ではないが、人体に関する知識はある。少しずつでも動いていないと、身体機能はあっという間に衰えていくのだ。

 市は顔をしかめながら、壁に手を付いて歩いて行った。

 その時、足元からくんくんと鳴く声がする。仔犬の白助だ。白助は心配そうな様子で市の顔を見上げ、鼻を鳴らした。

「白助、どいてろ。危ないぞ」

 市はそう言ったが、白助には退く気配がない。不安そうに、市の顔を見上げている。

 やれやれと思いながらも、市はふたたび歩き出す。壁に沿って、少しずつ足を踏み出していく。

 どうにか歩けるようにはなってきた。もう少しだ……市は顔をしかめながら、壁に沿って歩き続ける。




 その頃、隼人と沙羅は満願神社に来ていた。いつもと同じく、観客に大道芸を見せている。観客がほとんどいないのも、いつも通りだが。

 そこに、一人の同心が現れた。いかにもやる気のなさそうな表情で、十手をぶらぶらさせながら、こちらに向かい歩いて来る。

 顔を白く縫った隼人は、同心の姿を見て動きを止めた。大道芸の準備をしていた沙羅も、手を止めて立ち上がる。

「よう、お前ら。儲かってるか?」

 大きな声で言いながら、隼人に顔を近づけていく同心……言うまでもなく、中村左内だ。

「悪いんだけどな、今夜お前らの家に皆でお邪魔するぞ。大事な話があるんだよ……市にも聞いてもらわなくちゃならねえ、大事な話がな」

 声をひそめながらの左内の言葉に、隼人は短く頷いた。これは、間違いなく裏の仕事だ。




 やがて夜になり、隼人と沙羅の寝ぐらである廃寺に仕掛屋の面子が集合した。

 仔犬の白助は、見慣れぬ者たちに戸惑っているようだ。落ち着かない様子でうろうろしている。

 だが小吉は、白助のことが気に入ったらしい。

「隼人、こいつ可愛いじゃん。何て名前?」

 白助を撫でながら、小吉は呑気な顔つきで尋ねる。この男は、本当に緊張感の欠片もない。

「白助だ。こいつが市を見つけてくれたんだよ」

 こちらもまた、緊張感の欠片もない表情で答える隼人。若さゆえ、なのだろうか。

 一方、左内と鉄の目は市に向けられている。市は、部屋の真ん中に敷かれた布団に寝そべっており、二人から向けられている視線を完全に無視している。だが、何を言わんとしているかについては感づいているらしい。


 口火を切ったのは、左内であった。

「市、お前に聞きてえことがある。武内巌堂を狙ったのは、お前か?」

 尋ねる左内の表情は鋭い。だが、それに応じる市は冷静そのものだった。

「ああ、俺だよ。それがどうかしたか?」

「どうかしたか、じゃねえんだよ! お前が奴を仕損じたせいでな、こっちは大迷惑なんだ!」

 怒鳴り付ける鉄。すると、そばにいた白助がびくりと反応した。怯えた様子で鉄を見上げる。

「ちょっと鉄さん、犬が怖がってんじゃん。大声出さないでよう」

 小吉が横から口を挟むが、鉄の怒りは収まらない。

「るせえ! 犬なんざ知るか! おい八丁堀、この始末はどうつけるんだよ!」

 言いながら、左内を睨み付ける鉄。すると、今度は隼人が口を挟んだ。

「鉄さん、簡単な話じゃないか。要は、その巌堂ってのを俺たちで仕留めればいいんだろう?」

「はあ!? 馬鹿いうんじゃねえ! 武内巌堂はな、不死身の巌堂って呼ばれていたほどの凄腕なんだぞ! しかも、仮に奴を殺ったとしても、一文にもならねえんだ!」

 鉄の怒りの矛先は、今度は隼人に向けられる……だが、左内がとりなすように鉄の肩を叩く。

「おい鉄、まずは落ち着けよ。いいか、今の状況を整理するから静かにしてろ。市、お前が巌堂の始末を依頼された……ところが仕損じた。これは間違いないんだな?」

 そう言って、左内は市の方を見る。

 不貞腐れたような表情で、市は頷いた。

「ああ、そうだよ」

「そうか。で、それに怒った巌堂が龍牙会に乗り込み騒ぎを起こした。結果、お勢は殺し屋を見つけ次第、巌堂に引き渡すと言ってる……これで間違いないな、鉄?」

 言いながら、左内は鉄に視線を移す。

「そうだ。巌堂は完全に頭にきちまってる。お勢はお勢で、殺し屋を見つけ次第引き渡せと――」

「だから、その巌堂を殺せばいいじゃないか。それで、全てが丸く収まるんだろ?」

 不意に、とぼけた表情で隼人が口を挟んできた。この場の空気など、まるで無視である。それに対し、鉄が苛立った様子で何か言おうとしたが、左内が片手で制する。

「鉄、ちょっと待ってくれ。おい隼人、お前は何のために巌堂を殺すんだ?」

「もちろん、仲間の市を守るためだろうが」

 即答する隼人。左内はため息を吐き、語り始めた。

「いいか隼人、俺たちの稼業はな……晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す。それが仕事だ。ところがだ、今回は依頼人がいねえ。こいつぁ、ただの人殺しだよ。となると、仕掛屋として動く訳にはいかねえな」

 そう言うと、左内は隼人を見つめる。すると、隼人は頷いた。

「分かった。それなら、俺が一人で殺す」

「馬鹿野郎! お前ひとりじゃ、返り討ちに遭うだけだろうが!」

 血相を変え、怒鳴りつける鉄。左内も、鋭い目付きで口を開く。

「そいつは、仕掛屋の元締としては聞き流せねえな。お前が下手打ったら、今度は俺たちの身が危なくなるんだぞ。認められねえ」

 そう言って、隼人を睨みつける左内。ここは、隼人を止めなくてはならない。この若者は、真っ直ぐな性格をしている。それは悪いことではない。表の世界では。

 しかし、この裏稼業では……真っ直ぐであることは美徳とはいえないのだ。真っ直ぐであるがゆえに、最短距離で破滅への道を突っ走ってしまうこともある。若ければ、なおさらだ。


 しかし、その直後に市から放たれた言葉が、場の空気を一変させた。

「だったら、俺が依頼人になるってのはどうだ?」

 その言葉に皆が反応し、一斉にそちらを向く。すると、市は静かな口調で話し始めた。

「もう一度言う。俺が依頼人になるよ。仕掛料は、一人五両として二十両だ……それなら文句ねえだろうが。俺だって殺されたかぁねえからな。それに、巌堂だってさんざん人の恨みを買ってる悪党のはずだぜ。仕掛屋の仕事にしちまっても、おかしくはねえだろ」

 言い終わると、市は涼しい表情で全員の顔を見回す。その時、左内が口を開いた。

「みんな、どうするんだ? 市が依頼人、仕掛料は二十両だが……はっきり言って、巌堂は手強いらしぞ。やるのかやらねえのか、今すぐ決めろ」

「俺はやるよ。五両もらえるなら、頑張っちゃうもんね」

 真っ先に声を発したのは小吉だ。彼はさっきから、楽しそうに白助を撫でている。人懐こい白助のことが気に入ったらしい。

「俺も殺るよ。巌堂が何者かは知らないが、同じ人間だ。殺れないことはないだろう」

 そう言ったのは隼人だ。左内は頷き、鉄に視線を移す。ここまでは計算通りだ。あと問題なのは、この男だけである。

 実のところ、巌堂を殺すという方向に話が進むのは、左内の中では想定済みであった。さらに彼の頭の中では、どう仕留めるかの絵図は既に描かれている。ただし、そこには鉄の協力が絶対に必要なのだ。

 源四郎が仕入れてきた情報によれば、武内巌堂は侍くずれである。腕は立つが、気難しい一面があり仕官は叶わなかった。

 やがて生活のため、巌堂は裏の世界に身を落とす。凄腕の殺し屋として、僅かな期間ではあったが裏の世界で名を馳せたという。

 しかし数年前に裏稼業から足を洗い、今では金貸しとして生活しているのだという。金貸しとはいっても、本当に細々と商売をしているようだが。

 今は金貸しとして生きている巌堂だが、未だに裏の世界にも顔が利く。また、刀の腕も健在であるとのことだ。しかも最近では、奇怪な用心棒を連れている。この用心棒は、かなり腕が立つらしい。

 三人がかりで挑まない限り、仕留めるのは難しいだろう。


 だが、当の鉄は黙りこんでいた。未だに迷っているのだろうか。

「おい鉄、お前はどうするんだ? 受けるのか、受けないのか」

 左内が尋ねると、鉄は無言のまま市の方を向いた。

 そして、手を突き出す。

「市、まずは前金だ。一人五両だったら、前金として二両よこせ。そうしたら引き受けてやる」

「そいつは無理だ。今は払えねえ」

 顔をしかめながら、市は言葉を返す。そのやり取りを見て、左内は思わず苦笑した。鉄は巌堂たちを恐れ、尻込みしていた訳ではない。ただ単純に、金の計算をしていただけなのだ。

「おい鉄、この仕事を引き受けるなら、俺が二両を代わりに払ってやる。それでどうだ?」

 左内の言葉を聞き、鉄はにやりと笑った。

「銭さえもらえりゃ、文句はねえよ。巌堂だろうが誰だろうが殺ってやる」

「そうか。じゃあ決まりだな」

 左内がそう言った時、待ち構えていたかのような態度で、市が口を開いた。

「お前らに一つ言っておく。巌堂の腕は分からないがな、あの用心棒は恐ろしく強かった。もし、奴が俺を殺す気で向かって来ていたら……俺は今ごろ、ここにはいねえよ」

 そう語る市の眼差しは、真剣そのものだった。いつも冷静な表情で、安い仕事は受けねえ……が口癖だった市。その言葉には、自身の腕は安売りしないという意味も込められている。自分の腕に、絶大なる自信を持っていればこその発言なのは確かだ。

 そんな市が、敗北を認める発言をしている……これは、相手が相当の凄腕だということであろう。

「殺す気だったら、ってことは……向こうは、お前を生け捕りにする気だったってのか?」

 左内が尋ねると、市は顔をしかめながら頷いた。

「ああ、殺す気は無かったよ。だから、隙を突いて逃げられたんだ。しかしな、次はそうはいかない。お前ら三人が動けば、奴は必ず殺すつもりで来る」

 静かな口調で、市は語った。すると、隼人が口を開く。

「安心しろ。俺が必ず仕留める。俺の腕を信じろ」

「確かに、奴を仕留められるのはお前しかいねえだろうな。だがな隼人、これだけは覚えておけ。奴を人間だと思ったら殺られる。奴は鬼だ。鬼を狩るつもりで行け」






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