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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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19/55

鬼人無情 一

 暗闇の中、市は息を殺して草むらに潜んでいた。

 空に月は出ているものの、明かりとして充分とはいえない。一寸先は闇……とまではいかないが、見通しが悪いのは確かである。夜目が利くように幼い頃から訓練していた市でも、さすがに見づらい状況だ。

 そんな中、市は草むらに身を潜め、じっと待ち続けていた。

 標的は必ずここを通るはずだ。その時、確実に仕留めてやる。




 どのくらいの時間が経ったのだろう……やがて、向こうから提灯と思われる明かりが見えてきた。明かりは、こちらにゆっくりと近づいて来ている。市は竹串を取り出した。


 まだだ

 まだ遠い。

 もう少しだ。


 じっと明かりを見つめる市。その時、彼は奇妙な感覚に襲われた……強烈な違和感を覚え、全身が硬直するかのような感覚に襲われる。この状況、何かがおかしいのだ。具体的にどこかは分からない。しかし、どこか変であるのは確かだ。

 思わず顔をしかめる市。彼の内に潜む何かは、なおも自己主張を続けている。今回はおとなしく引き上げろ、とでも言っているかのように。

 だが、市は胸の中に湧く違和感を無理やり呑み込んだ。気のせいだ……と、市は自分に言い聞かせる。


 こんな仕事で怖じ気づくとはな。

 俺もどうかしてる。


 苦笑しながらも、市は竹串を構えた。もうじき、標的の男が目の前を通り過ぎるはずだ。噂では不死身の巌堂がんどうなどと勇ましいあだ名で呼ばれているらしい。だが、有り得ない話だ。後ろから急所を刺せば、どんな人間だろうと死ぬ。

 今日もまた、いつもと変わらない。後ろから急所を竹串で貫くだけ……実に簡単な仕事だ。それで五十両とは濡れ手で粟だ。

 やがて、標的の男が通り過ぎて行く……その時、市は音も無く立ち上がった。竹串を構え、すっと間合いを詰める。

 だが、市の頭を何かが襲った――


 その一撃を躱せたのは、奇跡としか言い様がなかった。竹串を構え、襲いかかろうとした市。だが次の瞬間、彼の顔面を強烈な一撃が襲ったのだ。市は、咄嗟に上体を反らして躱す。ぶん、という風圧を顔に感じた。

 だが、次の一撃はほぼ同時に市を襲った。凄まじい威力の打撃が、市の脇腹に炸裂する。

 思わず呻き声を上げる市。あばら骨が折れたような激痛を感じた。だが、相手の攻撃は終わらない。さらなる連撃が市を襲う――

 滅多打ちに遭いながらも、市は咄嗟に顔を両腕で覆った。同時に地面を転がり、草むらの中に身を隠す。

 その僅かな瞬間、市は自分を襲った者を見た。背はさほど大きくない。だが、肌の色が真っ黒なのだ。その顔立ちも、自分たちとは明らかに違う。まるで妖魔のような風貌である。一尺(約三十センチ)ほどの長さの棒を両手に一本ずつ持っており、恐ろしい形相で襲いかかって来た――


 こいつ人間か!?


 市は、心底からの恐怖を感じた。草むらの中を転げ回り、必死で攻撃を躱す。だが相手の動きは素早い。しかも、正確にこちらの動きを読んでいたのだ。市は躱しきれず、数発の棒による打撃を受ける。その一撃だげでも、並みの人間なら戦意を喪失させてしまうほどの痛みだ。

 強烈な打撃を受けながらも、市は咄嗟に持っていた竹串を足の甲に突き刺す。すると、獣のごとき声が聞こえた。どうやら少しは効いたらしい。相手の動きが、ほんの一瞬ではあるが止まった。

 その隙に、市は立ち上がり思い切り走った。

 直後、近くを流れている川に飛び込む――




「金太、捕らえられなかったのか。お前らしくないな……」

 市が逃げ去った後、草原で二人の男が佇んでいた。一人は肌の色が黒く、腕が異様に長い。しかも、妖怪のように恐ろしい顔つきだ。目が細く鼻は潰れており、野生の猿のような雰囲気だ。その体型といい顔立ちといい、人間とは思えない風貌である。

 一方、その者の前に立っているのは……三十過ぎの着流し姿の男である。頬に刀傷があるのが、提灯の薄明かりでも見て取れる。五分ごぶほどの長さのざんぎり頭をゆっくりと動かしながら、周囲に目を配っていた。

「す、すみません」

 金太と呼ばれた色黒の男は、ぎごちない口調で言った。すると、ざんぎり頭の男は微笑む。

「まあ、逃がしたものは仕方ない。お前が仕留め損ねたということは、相手もただ者では無かったのだろうよ。それに、怪我は負わせたのだろう?」

「う、うん。う、腕、足、腹、殴った。で、でも、頭は殴らせなかった。あ、あいつ、強い」

「そうか……まあいい。どうせ、川の中で溺れて土左衛門になるだろうからな」


 ・・・


 隼人は夜道を慎重に歩いていた。飼い犬の白助が、今夜は妙に落ち着かないのだ。

 この白助は犬にしては珍しく、普段あまり外に出たがらない。縄張りである廃寺の周辺をうろうろしているだけだ。なのに、今日に限って廃寺の外をちらちら見つめては、何か言いたげな様子で隼人らの顔を見上げるのだ。時おり何かを訴えかけるかのように、くんくん鳴いている。

 隼人は仕方なく、紐を付けて外に連れ出した。すると白助は、何かを察知しているかのように、とことこと歩き出す。まるで、何か重要な目的でもあるかのように。

 やがて白助は、川岸へとやって来た。こんな場所に何の用だろうか……思わず首を傾げる隼人。だが、彼の目はおかしなものを見つけた。

 一間(約百八十センチ)ほど先の草むらに、人が倒れているのだ。夜目の利く隼人でなければ、確実に見逃していたであろう。

 

 土左衛門か?


 そっと近づいていく隼人。もし死んでいるなら、身ぐるみ剥いで川に捨てる。死んでいなかったら、身ぐるみ剥いで放置する。無関係な人間が、死のうが生きようが知ったことではないのだ。

 倒れている者に近づき、隼人は服を引き剥がそうとした。だが、その表情か歪む。

 倒れている者は知り合いだった。しかも、よりによって仕掛屋の一員だ。名前は市……すかした態度が鼻につく男である。

 だが、仕掛屋の仲間でもある。


 隼人は市の体を担ぎ上げた。全身が濡れていて持ちにくい上、意識が無いため異様に重く感じる。それでも、隼人はどうにか市の体を背負った。そして寝ぐらである廃寺へと運んで行く。その後ろから、白助が不安そうな面持ちで付いて来ていた。




「どうしたの、この人?」

 市を担ぎ込んできた隼人の姿を見て、沙羅は目を丸くする。その顔を見て、隼人は思わず苦笑した。そもそも、自分たちに人助けなどするような余裕などないはずなのだが。

「こいつは知り合いだよ。誰かに襲われたらしい」

「だったら、助けてあげないとね」

 そう言うと、沙羅は火鉢に火を点ける。一方、隼人は市の濡れた服を脱がせる。すると市が呻いた。

「おい、大丈夫なのか?」

 語りかける隼人。だが返事はない。まだ意識は回復していないらしい。

 それよりも、体のあちこちに打撲傷らしきものがあるのが気になる。恐らく、棒状の物で滅多打ちされたのだろう。


 どういうわけだ?

 

 隼人は考えてみた。この市という男、腕は立つ。性格は良くないが、殺し屋としては一流だろう。かつての隼人の仲間にも、優るとも劣らない。

 そんな男をここまで痛めつけるとは、一体どんな奴なのだろうか。


「ねえ隼人、どうすればいい?」

 沙羅の声で、隼人は我に返った。今、優先すべきは市の怪我を治すことだ。今までの言動からして、この男からの礼の言葉は期待できないが、かといって見捨てる訳にもいかないのだ。 「まずは、温かくして寝かせておけ。あちこち怪我しているようだが、それは目を覚ましてからだ」




 遠くから、妙な声が聞こえる……さらに、濡れた何かが顔に触れる感触も。

 市は薄目を開けた。見覚えの無い光景が目に入ってくる。ぼろぼろの壁、穴の空いた床板、蜘蛛の巣の張った天井……。


 ここはどこだ?


 市は上半身を起こそうとした。だが、そのとたんに脇腹に激痛が走る。思わず呻き声を上げ、再び仰向けになる。

 その時、白い仔犬がそばにいることに気づいた。仔犬は鼻を鳴らしながら、市の顔を見つめている。

 市はうろたえた。この犬は、どこから入ったのだろうか。

 だが犬は、市の気持ちなどお構い無しだ。無邪気な顔つきで、じっと市を見つめている。その様子はあまりにも可愛らしい。こんな状況にもかかわらず、市は微笑んだ。

 手を伸ばし、仔犬に触れる。仔犬は市の手の匂いを嗅ぎ、ぺろぺろと舐め始めた。


「お目覚めですか?」


 不意に声が聞こえ、市はびくりと反応した。声のした方向に、ぱっと向き直ろうとする。

 だが、またしても脇腹に激痛が走る。市は呻きながら顔をしかめた。

「大丈夫ですか?」

 今度は、すぐそばから聞こえて来る。市は痛みで顔を歪めながら、目線をそちらに向けた。

 そこにいたのは、不思議な顔の女だった。髪は金色で短く、肌は白い。鼻は高く瞳は青い……この顔立ちは南蛮人に特有のものだ。

 もっとも、市は南蛮人を見たことはない。あくまで聞いた話ではあるが。

「お前……誰だ?」

 うろたえながらも尋ねる市。

「私は沙羅といいます。市さん、怪我は大丈夫ですか?」

 女は心配そうに話しかけてきた。市は戸惑いながらも、どうにか言葉を返す。

「い、いや大丈夫だよ……それより、お前は俺を知っているのか?」

 市がそう尋ねた直後、部屋に入って来た者がいた。

「市、気がついたのか」

 その声に反応し、顔を上げる市。すると、そこに見覚えのある男がいた……隼人である。隼人は、真面目くさった表情で市を見下ろしていた。

「お前は……どうしてここにいる?」

 驚愕の表情を浮かべ、市は尋ねた。

「どうしてって、ここは俺の家だからだよ」

 当たり前だろ、とでも言わんばかりの表情で答える隼人。市は思わず顔をしかめていた。

「お前の家だと? 何で俺はここにいるんだ?」

「川で溺れかけていたお前を、この白助が見つけ出した。そして、俺が担いで運んで来た」

 言いながら、隼人は白い仔犬を指差す。

 市は嫌な気分になった。よりによって、この世間知らずに助けられるとは。

「礼は言わねえぞ。お前が勝手にやったことだし、俺も別に頼んじゃいねえんだからな」

 不貞腐れたような口調で市は言った。日頃から馬鹿にしていたはずの隼人に命を助けられ、借りを作ってしまった……いい気分ではない。




 やがて、隼人と沙羅は出て行った。いつものように、芸を見せに行くらしい。一人残された市は周囲を見回す。

 ぼろぼろの廃寺ではあるが、居心地は悪くない。床板もまだまだ使える。もともとの建物がしっかりしていたのであろう。いい場所を見つけたものだ。

 その時、くんくんと鳴く声がした。見ると、白助がとことことこちらに歩いて来る。隼人と沙羅がいなくなってしまい、寂しいのだろうか。

 市の顔に、優しい笑みが浮かぶ。彼は手を伸ばし、白助の頭を撫でた。すると白助は鼻を鳴らし、市の手を舐める。その小さな目には、溢れんばかりの親愛の情があった。

「お前、可愛いな」

 言いながら、市は白助の背中を撫でる。犬を撫でるなど、本当に久しぶりだ。そういえば、子供の頃に近所の犬と遊んだ記憶がある……だが、そんな幼い頃の微笑ましい記憶は、いつの間にか血塗られた記憶に塗りつぶされてしまっていた。人間を殺し続けていくうち、犬の可愛らしさすら分からなくなっていた気がする。


 白助を撫でながら、市は何気なく辺りを見回した。すると壁の上の方に、小さな窪みがある。そこに、皿に乗った白いものが入っているのが見えた。

 何だろうと思い、壁に手を付きながら、どうにか立ち上がる市。起き上がるのも、立ち上がるのも一苦労だ。市は痛みで顔を歪めながら、窪みを覗いてみる。

 そこには、握り飯が二つ置いてあった。

 市の胸の中に、何とも言えない不思議な気持ちが湧いて来る。他人の作った握り飯を食べるなど、何年ぶりだろうか。

「馬鹿野郎が。あいつら、本当に余計なことばかりしやがって……」

 毒づきながら、市は座り込み握り飯を口に入れる。

 何故か、塩の味が強く感じられた。


 その時、くんくんと鳴く声が聞こえた。市が顔を上げると、白助がじっとこちらを見つめている。いかにも物欲しそうな様子だ。

「お前、腹が減ってるのか?」

 市が言うと、白助は鼻を鳴らして返事をする。微笑みながら、市は握り飯を半分に割った。

「ほら、食べてみろ」

 そう言うと、市は握り飯の片割れを差し出した。白助は嬉しそうに、握り飯を食べる。

 そんな白助を見つめる市の胸は、久しぶりに暖かいものに満たされていた。







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― 新着の感想 ―
[良い点]  何故か、塩の味が強く感じられた。 泣かせてくれますね! 人の暖かさに触れた市の今後が気になります!
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