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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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18/55

義賊無情 四

 かつて、江戸を騒がせた三人の大盗賊がいた。

 世直し小僧と名乗っていたその盗賊は、金持ちの悪徳商人から金を盗み、貧しい人たちに分け与えていたのだ。あちこちの貧乏長屋に金子きんすをばら蒔き、時には小判を投げ入れたりもしていた。世直し小僧について書かれた瓦版は飛ぶように売れ、奉行所は躍起になって世直し小僧を捕らえようとした。

 奉行所の役人たちは、血眼になって捜索したものの……世直し小僧を捕らえることは出来なかった。彼らは神出鬼没な上、腕もなかなかのものだった。そして五年前、世直し小僧は忽然と姿を消す。以来、世直し小僧の噂は聞かれなくなった。

 世直し小僧は決して殺生を行わず、また金持ちからしか盗まなかった。そのため、庶民からの人気は高かったが……彼らもしょせんは盗賊である。金が盗まれたとなれば、必ず割りを食う者がいる。金倉を作った大工、見張り番、錠前師などなど。彼らは責任を取らされ、給金を減らされたりくびにされたりした。中には、世直し小僧の仲間であるとの疑いをかけられ、奉行所で拷問された者もいる。

 裏稼業の人間に世直し小僧の始末を依頼した者がいても、何ら不思議はなかった。




「今回の相手はな……その世直し小僧の宗太郎、健次、竹蔵の三人らしい。そうだな鉄?」

 中村左内の言葉に、鉄は頷いて見せる。

「ああ、その通りだ。こいつはな、ましらの小平次のとっつあんに頼まれた仕事だ。とっつあんは、その三人の誰かに殺られたらしいがな。だから、こいつはとっつあんの仇討ちでもある。俺は、一人でも殺るぜ」

「小平次だと?」

 鉄の言葉が終わらぬうちに、市が口を挟んだ。

「そう、猿の小平次だよ。お前、とっつあんを知ってんのか?」

 尋ねる鉄に、市は顔を歪めながら頷いた。

「まあ、名前だけはな」

「そうか、小平次ってのは有名だったんだな。ちなみに金は一人一両らしい。どうするよ、みんな?」

 言いながら、左内は机の上に二分金にぶきんを一枚ずつ並べていく。

「俺は殺るぜ。相手が誰だろうと関係ない」

 真っ先に立ち上がったのは隼人だ。机の上の二分金を手に取り、懐に仕舞う。次いで、小吉も立ち上がった。

「やるに決まってるでしょうが。でなきゃ、おまんまの食い上げだよ」

 続いて、鉄が金子きんすに手を伸ばす。三人の動きを見届けた左内は、市の方を向いた。

「さて、あと残るはお前だけだが……どうせ、やらねえんだろ」

「いや、今回はやらせてもらう」

 そう言うと、市は二分金を手に取り懐にしまう。左内は思わず首を傾げた。

「珍しいこともあるもんだな、お前がこんな安い仕事を引き受けるとは」

 左内の言葉に、市は僅かに顔をしかめて見せた。

「こっちも、色々と事情があってな。とにかく、俺もそいつらを殺る」

 淡々とした口調で言うと、市は机の上の二分金を手に取った。

「そりゃ助かるぜ、今回は急ぎの仕事だからな。うかうかしてると、奴らは島に帰っちまうんだよ。ここ二〜三日が勝負だ。いいな?」

 鉄の発した言葉に、皆が頷いた。


 ・・・


「何よあんた、あたしが何したって言うのさ!」

 怒鳴りつけるお八。しかし、左内は全く怯まない。

「いいから、さっさと番屋まで来い。お前の話を聞かねえと始まらねえんだからよ」




 一時(いっとき・約三十分)ほど前のことだ。お八と三人組の目の前で、引ったくりが起きたのだ。

 若い男が風呂敷包みを片手に、彼女たちの少し前を歩いていた。すると、後ろから走って来た小柄な男にいきなり突き飛ばされたのだ。男は派手に転んだ挙げ句、腰を押さえてうんうん唸っている。

 一方、引ったくりの素早さは尋常ではなかった。お八らが反応する間も無く姿を消したのだ。

「泥棒! 待ちなよ!」

 お八は、おっとり刀で後を追おうとした。だが、宗太郎が彼女の前に立つ。

「お八、やめとけ。関わるんじゃねえ」

 そう言う宗太郎は、いつになく厳しい表情を浮かべている。

「えっ……わ、分かった」

 さすがのお八も、宗太郎の表情からは異様なものを感じ、従わざるを得なかった。

 その時、何者かが遠くから走って来る。宗太郎ら三人は警戒し、思わず身構えた。この前の、見知らぬ老人に襲撃された件を思い出したのだ。

 だが、そこに現れたのはとぼけた顔つきの同心である。馬のような長い顔をしかめながら、面倒くさそうに口を開いた。

「俺は南町の中村左内だ。お前ら、何があったんだよ?」

 言いながら、四人の顔を見回す同心。すると、倒れていた男が叫び出す。

「お役人さまぁ! 引ったくりです! 引ったくりに遭いました!」

「なにい、引ったくりだとぉ? ひょっとして、こいつらがやったのか?」

 じろりとお八を睨む左内。すると、お八は血相を変えた。

「んな訳ないでしょうが! あたしたちは、ただ歩いてただけだよ!」

「本当か?」

 左内は倒れている男の方を向いた。すると、男はうんうんと頷く。

「へい、その通りです。この人たちじゃありません」

「そうか……なあ、お前。ちょっと番屋まで来てくれねえか」

 男に声をかける左内。だが、男は首を振った。

「無理です。さっき引ったくりに突き飛ばされて、腰を打ってしまったもので……いててて」

 うめき声を上げながら、腰をさする男。すると、左内は首を捻る。

「そいつぁ困ったな。仕方ねえ、お前が来い」

 そう言うと、お八の腕を掴む左内。

「えええ!? ちょっと待ってよ! 何であたしが行かなきゃなんないのさ?」

 お八は抗議の声を上げるが、左内はお構い無しだ。

「引ったくりについて聞かなきゃならねえんだ。番屋で話を聞かせてもらう」


さらに、宗太郎ら三人も動く。

「でしたら、あっしら三人も一緒に行きますよ」

 しかし、左内は首を振った。

「いや、駄目だ。お前ら三人は帰れ」

「な、何でだよ?」

 健次が左内に食ってかかる。だが、左内は引かなかった。

「馬鹿野郎、あんな小さい番屋にお前ら三人まで来たんじゃ、狭苦しくて仕方ねえだろうが。それに、話を聞くだけなら一人で充分だ。おら、行くぞ」

 言いながら、お八の手を引く左内。

「ちょ、ちょっと! 待ってくださいよ! だったら、せめて外まで付き添わせてください!」

 慌てた様子で竹蔵が言った。すると、いきなり男が喚き出す。

「いててて! 腰がいてえよお! 動けないよお!」

 それを見た左内は、宗太郎ら三人に顔を向ける。

「なあ、悪いんだけどよう……お前ら三人で、あいつを家まで送ってやってくれねえか。そいつの話は、明日聞くからさ」

「えええっ? 何で俺たちが?」

 納得いかない様子の宗太郎。だが、左内の態度は変わらない。

「仕様がないだろうが。そいつは動けねえし、誰かが送ってやらなきゃならねえんだからよ。この娘は、俺が責任持って送り届けるから」

 左内が言い、次いでお八も口を開く。

「お父ちゃんたち、あたしはいいよ。その人のことを助けてあげて」

 お八にそう言われては、三人も何も言えない。仕方なく、男を家まで送ることとなった。

「お役人さま、頼みましたよ。お八を、きちんと宿まで送ってください」

 宗太郎の言葉に、左内は笑って頷いた。

「ああ、任せとけ。このお嬢ちゃんには指一本触れさせねえよ」

 そう言って、左内はにやりと笑った。

「このお嬢ちゃんだけは、無事に送り届けてやるよ」




 三人は、男の指示通りに歩いていく。竹蔵が男を背負い、宗太郎と健次が脇を固めている。

 やがて四人は、ひとけの無い野原へとやって来た。右手の方には荒れ果てたぼろぼろの家屋が建っており、周囲は草が生えている。どう見ても、まともな人間の暮らしている場所ではない。

「おいあんた、家はどこなんだよ? まさか、ここじゃないよな?」

 不審に思った宗太郎が、男に尋ねた。すると男はう頷いた。

「へ、へい。ここでさあ。すみませんが、ここで下ろしておくんなせえ」

「えっ? 大丈夫かい?」

 尋ねる竹蔵に、男は愛想笑いを浮かべた。

「へい。ここまで来れば大丈夫でさあ」

 不思議に思いながらも、男を下ろす竹蔵。すると次の瞬間、男はすっと立ち上がった。怪我人とは思えぬ速さで、あばら家へと入って行ったのだ。

「何だ、あいつは?」

 首を傾げる健次。しかし、宗太郎の反応は違っていた。

「おい、こいつぁ罠だぞ……お前ら気を付けろ」

 その言葉の直後、草むらから二人の男が姿を現した。さらに三人の後ろから、もう一人がゆっくりと歩いて来る。


 ・・・


「お前ら、世直し三人小僧だな」

 低い声で言うと、鉄はゆっくりと歩いて行く。彼の隣には隼人がいる。鎖鎌を構え、鼠を狙う猫のような佇まいで進んで行く。

「何だお前ら……俺たちに何の用だ?」

 身構えながら、宗太郎は尋ねた。もっとも、相手が何の用であるかは聞くまでもない話だ。鉄と隼人、そして後ろにいる市は……どう見ても堅気ではない上に、体から放つ殺気は隠しようもない。

「分かってんだろうが、お前らを殺しに来たんだよ」

 淡々とした口調で、市が言葉を返した。すると、宗太郎の顔が歪む。

「どうせ、どっかの悪徳商人に雇われたんだろうが……この腐れ外道が」

 その言葉を聞いた鉄は、歪んだ笑みを浮かべた。

「お前、何も分かってねえなあ。正義の味方のつもりでやってたんだろうが、お前らはしょせんは盗人なんだよ。お前らのやらかしたことは、全て弱い所にしわ寄せがいく。お前らに荒らされた倉の番人や錠前師たちの中には、奉行所の役人に取り調べられて自害した奴だっているんだよ。俺たちは、そんな連中に雇われたんだ」

 鉄の言葉に、三人の顔色が変わった。

「な、何だと……」

「お前ら、こいつは剣劇みてえな絵空事じゃねえんだよ。あのお八って娘には手を出さねえから、安心して地獄に行け」

 鉄がそう言った直後、隼人が鎖を投げつける。それが戦いの合図となった――


 隼人が投げた鎖は、健次の足に絡まる。

 直後、ぐいと引っ張る隼人。健次は不意を突かれ、仰向けに倒れた。

 次の瞬間、疾風のごとき速さで駆け出す隼人。健次に接近し、鎌を振り上げる――

 健次は抵抗する間もなく、隼人の鎌で喉を切り裂かれていた……。

「健次!」

 叫ぶ宗太郎。と同時に、慌てて駆け寄ろうとする。だが、それは間違いであった。彼の取るべき行動は死にもの狂いで反撃するか、あるいは逃げ出すべきであった。

 だが、彼はそのどちらも選らばなかった。竹蔵とともに、健次を助けようと動いてしまったのである。

 そのため、宗太郎は市に背中を見せてしまった――


 宗太郎は、首に何かが突き刺さるような感触を覚えた。慌てて振り返ろうとする。

 だが、時すでに遅し。宗太郎の延髄を、市の竹串が貫いていた。


 そして竹蔵には、鉄が組み付いていた。

「最後はお前だ。死んでもらうぜ」

 言うと同時に、竹蔵に掴みかかる鉄。竹蔵も腕力には自信がある。必死で抵抗するが、鉄の腕力はさらに上をいっていた。竹蔵の腕を掴むと同時に、力任せに引き寄せる。

 直後、一瞬で肘の関節を極めた――

 肘を破壊され、思わず悲鳴を上げる竹蔵。だが、鉄の攻撃は止まらない。さらに背後に回り込み、首に腕を回していく。

 竹蔵は必死でもがくが、片腕しか使えない状態では勝ち目などあるはずがない。鉄の腕は、竹蔵の首をへし折った。


「地獄へ行っても忘れんじゃねえ。お前ら、しょせんは盗人なんだよ。俺たちと同類だ」

 竹蔵の死体を見下ろしながら、吐き捨てるように言った鉄。隼人や市、さらには彼らを誘き寄せる役目を担った小吉もその場に立ち、死体と化した三人を見下ろしている。

 その時、珍しく隼人が口を開いた。

「俺たちも、いつかは地獄でこいつらと再会するかもしれないんだな」

 妙に感傷的な隼人の言葉に、市がふんと鼻を鳴らした。

「そん時はそん時だろうが。地獄で会ったら、また殺してやれよ。それより、さっさとずらかるぞ」

 言うと同時に、その場を離れる市。鉄と隼人も、なに食わぬ表情で去って行った。


 ・・・


 その数日後。

 大衆食堂『喜多屋』には、元気な声が響き渡っていた。

「いらっしゃい!」

 元気な声で、客を迎えるお八。父親代わりの三人が先日亡くなったというのに、そんな悲しみは露ほども見えない。

「お八ちゃんは、健気な娘だねえ」

 たまたま店に来ていた大工の源太が、定食屋の主人である猪之吉に言った。すると、猪之吉はうんうんと頷く。

「ああ、ついこないだ父親を亡くしたらしいんだよ。なのに、笑顔で頑張って働いてるんだからな……泣けてくるぜ」


 だが猪之吉は、お八の内に秘めた思いを知らない。

 お八は、自身の父親たちを殺した者を探すため江戸に留まっているのだ。

 今のお八を動かしているもの……それは復讐の念であった。下手人を必ず殺す、その思いだけが今の彼女を突き動かしているのだ。







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