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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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16/55

義賊無情 二

 花のお江戸、などと呼ばれてはいるが……にぎやかな江戸にも、ひっそりと静まり返った場所がある。墓地もその一つだ。どんな不心得者であろうと、墓地では静かにしているものである。

 そして今、江戸の一角にある墓地に奇妙な四人連れが来ていた。


 墓の前で、若い女が手を合わせている。その傍らには、三人の男が立っていた。着流し姿の浪人風、洒落た姿の町人、そして坊主の三人組だ。端から見れば、旅芝居の一座のようにしか見えないだろう。


「母さん、あたしは島で元気でやってるよ。だから、心配しないでね」

 優しい口調で語りかけると、女は立ち上がった。後ろにいる三人の男たちの方を向く。

「さあ、行こうか」




「なあ、お八。しばらく江戸見物でもしていかねえか?」

 浪人風の男が言った。この男は宗太郎そうたろうといい、三人の頭領のような立場である。もっとも、ぶら下げている刀は竹光だが。

「そいつぁ悪くねえ。何たって、島にいたんじゃ娯楽ってものがねえからな。たまには、羽目を外すのもいいもんだぜ」

 町人風の男も、調子を合わせる。この男は健次けんじといい、小洒落た格好をしている。三人の中では、もっとも若い。

「おお、それはいいな。では、さっそく芸者遊びと行こうではないか」

 嬉しそうに言ったのは、坊主の男である。この坊主は竹蔵たけぞうという名であり、派手な袈裟をまい首からは数珠をぶら下げている……しかし、その坊主頭を女にはたかれた。

「ちょっと! また変なこと考えてるんでしょ!」

 言いながら、三人を睨み付ける女。すると、三人とも下を向き目を逸らした。

 この女はお八といい、二十歳になったばかりだ。長髪は面倒だとばかりに、男のように髪を短くしている。可愛らしい顔をしてはいるが、大変に気が強い。生来の真っ直ぐな性格が災いし、あちこちで揉め事の火種をばら蒔いている。

 その時に火消し役を務めるのが、後ろに控えている三人の男なのだ。




 宗太郎、健次、竹蔵。この三人は、かつて罪を犯して島流しに遭っていた。その時、一緒に流刑に遭っていたのが……お歌という女郎である。

 島の過酷な環境の中、彼ら四人は助け合って生きてきた。

 やがて、男三人組は御赦免となり江戸に戻される。江戸で、彼らは好き勝手に生きてきた。泥棒稼業に精を出し、大金を得る。

 そんな折、お歌もまた江戸にやって来た……まだ幼いお八を連れて。

 驚きの表情を浮かべる三人に対し、彼女はこう言った。


「このお八は、あんたら三人の誰かの娘だよ」


 言われてみれば、三人全員が心当たりはある。だが、誰の子なのかははっきりしない。はっきりさせる手段も無い……そこで三人は、お八を全員の娘として育てることにしたのである。

 こうして、三人の父と一人の母と一人の娘という奇妙な家族が誕生した。


 しばらくは江戸で、四人で幸せに暮らしていた。だが、悲劇が起こる。お歌が病で倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。

 さらにお八は生来の正義感ゆえか、あちこちの人間と衝突していた。江戸のような場所では、いずれ何か大きな問題を起こすであろう。そこで三人は、お八を連れて八丈島へと渡ったのである。

 だが、お歌の命日の時だけは……四人で江戸に来る習わしとなっていた。




「ちょっと、あれ何やってんの?」


 墓参りの帰り道を、のんびりと歩いていた四人。だが、お八が足を止める。彼女の視線の先では、数人のごろつきが旅姿の男女に絡んでいた。

「ようよう、人にぶつかっといて挨拶も無しかい?」

 典型的な脅し文句と共に、男女を取り囲むごろつきたち。すると、男は怯えた表情で頭を下げる。

「す、すみません」

「すみませんで済めば、奉行所も役人もいらねえんだよ。なあ、みんな」

 頭領格らしき男の言葉に、ごろつき連中はうんうんと頷いた。

「ああ、そりゃそうだ」

「うん、そうだそうだ」

「やっぱり、ちゃんと償ってもらわねえとな」

 口々に言いながら、男女に迫っていくごろつきたち。宗太郎は思わず頭を抱える。この先、どのような展開になるかは簡単に予想できた。


「ちょっと、あんたたち! いい加減にしなよ!」

 ごろつきに怒鳴りつけ、つかつかと近寄って行った者……言うまでもなく、お八である。お八は今にも飛びかかって行きそうな様子で、ごろつきたちを睨んでいた。

 その横では、宗太郎が顔をしかめながら二人の男に目配せしていた。彼らほどの仲になると、言葉にしなくても言いたいことは通じるのだ。

 三人は同時に頷き、静かに近づいて行った。


「お嬢ちゃんには関係ない話だろうが。怪我したくなきゃ、すっこんでなよ」

 にやにや笑いながら、顔を近づけてくるごろつき。だが、お八は怯まない。

「あんたら、みっともないと思わないの! いい年した男が、寄ってたかって弱い者いじめするなんてさ! 恥を知りなよ!」

 お八は、恐ろしい剣幕で食ってかかる。すると、ごろつきの顔が歪んだ。

「んだと! こっちがおとなしくしてりゃ図に乗りやがって!」

 怒鳴ると同時に、ごろつきはお八に掴みかかって行く。だが、二人の間に割って入った者がいた。

「お兄さんたち、悪いけど勘弁してくれないかな。この娘は島育ちでね。口が悪くて困ってるんだよ」

 愛想笑いを浮かべながら、頭を下げる宗太郎。他の二人も、へらへら笑いながら頭を下げる。

「んだと! なめんじゃねえ!」

 喚くと同時に、ごろつきは宗太郎に掴みかかっていった。だが宗太郎は、一瞬の早業で手を払いのけられた。と同時に、みぞおちに拳を叩き込む――

 呻きながら、腹を押さえて倒れるごろつき。だが、他の男たちも黙っていなかった。

「この野郎! 何しやがるんだ!」

 罵声と同時に、一斉に動く男たち。だが、健次と竹蔵も動いた。三人は見事な動きで、ごろつき共を次々と叩きのめしていく――

「いいぞ! やれやれ!」

 そんな三人の大立ち回りを見ながら、お八は楽しそうに叫んでいた。




 勝負はあっけないものだった。ごろつき共は全員ぶちのめされ、呻き声を上げている。一方、三人の方はかすり傷すら負っていない。涼しい顔で、ごろつき共を睨んでいる。

「あ、ありがとうございます」

 しきりに頭を下げる、旅姿の男女。すると、お八は笑顔を向ける。

「何言ってんの。当然のことをしたまでだよ。江戸には悪い奴がいっぱいいるから、気を付けなよ」

 その横では、ごろつきたちが呻きながら逃げて行った。

「畜生、覚えてやがれ!」

 捨て台詞を吐きながら、引き上げて行くごろつきたち。捨て台詞まで、昔と変わらぬ典型的なものである……三人は、思わず顔を見合せていた。

「おいおい、江戸は相変わらずのようだな」

 宗太郎の呆れたような口ぶりに、二人も頷く。

「ああ、嘆かわしい話だ」

 健次が言い、次いで竹蔵も口を開いた。

「金・金・金の亡者どもが大きな顔をしているらしい。どうだ、久しぶりに一仕事いかんか?」

 竹蔵の言葉に、にやりとする二人。だが、そこにお八がやって来た。

「ちょっと、三人で何を話してんの?」

「えっ? いや、何も……なあ、みんな?」

 へらへら笑う竹蔵。他の二人も慌てて頷く。

「ああ、そうだよ。みんなで久しぶりに、美味いものでも食べようかって話してただけさ」

 宗太郎が言い添えたが、お八は不審そうな表情で三人を睨む。明らかに信じていない様子だ。

 すると三人は、お八を取り囲んだ。

「お八、そう言うなよ」

「そうたよ。餡蜜でも食いに行こうぜ」

 そんなことを言いながら、三人はどうにか誤魔化すのであった。


 ・・・


「何なのさ! ちょっとくらい顔がいいからって、いい気になってんじゃないよ!」

 怒鳴りつける女。だが、市は涼しい顔だ。

「知らねえな。用が終わったら、黙って失せろ」

 冷たく言い放つ市。女は凄まじい形相で叫んだ。

「何だい! あんた、頭おかしいんじゃないの!」

「ああ分かった分かった、何とでも言え。後で行くから、さっさと帰って叔父貴にそう伝えろ」


 昼間、市の家を一人の女が訪れる。普段なら居留守を使うところだが、今回はそうもいかない。何せ女は質屋の秀次の使いであり、市を呼びに来たのだ。

「市さん、秀次さんが呼んでますよ。大事な話があるそうです」

 その言葉に、市は黙ったまま頷いた。だが、女には別の用件もあったらしい。不意に悩ましげな表情を作り、市にしなだれかかる。

「市さん、あんた相変わらず冷たいねえ……あたしのこと、どう思う?」

 その問いに、市は冷たい表情を向ける。

「はっきり言って、うっとおしいと思ってる。用が済んだなら、さっさと消えてくれよ」

 そう言うと、市は女を突飛ばしたのだ。


 その女は捨て台詞を吐き、去って行った。

 一方、市はしばらく寝転んでいたが……ややあって、気だるそうに立ち上がった。面倒くさそうな表情を浮かべ、外へ出ていく。




「よう市、わざわざすまないなあ。しかし、どうしてもお前に聞いてもらいたい話があるんだよ」

 そう言うと、秀次は薄気味悪い表情で笑う。市は秀次とは長い付き合いだが、彼の笑い方だけは未だに好きになれない。

「どうしたんだよ、叔父貴? わざわざ俺を呼び出すとは、よくよくの事らしいな」

「ああ、よくよくの事なんだよ。お前、ましらの小平次を覚えてるか?」

「小平次? ああ、そんなのがいたな。噂は聞いてるよ」

「そうかい。だったら話は早い。実はな、その小平次を殺ってもらいてえんだ」

「小平次を?」

 訝しげな表情で、秀次を見つめる市。小平次のことは詳しくは知らないが、確か昔は秀次とも組んでいたはずだ。

 その小平次を殺れ、とは穏やかな話ではない。


「小平次はよう、次の仕事を終わらせたら足を洗うそうだ。しかしな、奴に足を洗われると俺としても困るんだよ」

 そう言って、秀次は顔をしかめる。

「そうか。叔父貴の頼みとあっちゃあ仕方ねえ……と言いたいところが、銭は幾らだい? 小平次は曲がりなりにも仕事人だ。あんまり安い額じゃ受けられねえな」

「お前は本当、金にうるせえ男だな……だが、俺ん所もいろいろと物入りでな、金がかかって仕方ねえんだよ。悪いが、十両でやってくれねえか?」

「十両かよ……まあ、叔父貴の頼みとあっちゃあ仕方ねえな。いいよ、十両で引き受ける」

「さすが市だ、助かるぜ。さっきも言った通り、小平次は近々最後のお務めをするらしい。そいつが終わったら殺してくれ」

 そう言うと、秀次はにんまりと笑った。だが、市の方は眉をひそめている。

「面倒くせえ話だな。何で、さっさと殺っちまわないんだ?」

「いや、こっちにも色々あるのさ。とにかく、この話は少しだけ待ってくれ」

 秀次にそう言われては、市も何も言えない。

「分かったよ」

「すまねえな。小平次を仕留める時は、追って知らせる。だから、少し待っていてくれ……そうそう、こいつは足代だ。取っといてくれよ」

 そう言うと、秀次は懐から一両を取り出した。それを市に差し出す。

 市は頷き、その一両を受け取った。

「なあ叔父貴……小平次と叔父貴は、昔は組んで仕事をしていたんだよな?」

 市にとっては何の気なしに発した言葉だった。しかし、秀次は懐かしそうな表情を浮かべる。

「ああ、小平次と組んでたこともあった。もう二十年以上も前の話だがな」

「そんなになるのか」

「そうだよ。二十年前は、俺も奴も若かった。しかし今では、俺と奴とは違う生き方をしてる。俺には金も力もある。一方、奴はただの老いぼれだ」

 そこで秀次は言葉を止めた。その顔には、不気味な表情が浮かんでいる。

「市、お前は俺のようになりてえか? それとも小平次みてえになりてえか?」

「冗談じゃねえ。俺は、小平次みてえな死に様を迎える気はねえよ」

 吐き捨てるような口調で言った市。すると秀次は、嬉しそうに頷いた。

「そうだろうな。だったら、俺の言う通りにしておけ……そうすれば、損はしねえよ」








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