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必殺必滅仕掛屋稼業  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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15/55

義賊無情 一

 江戸の片隅で、定期的に開かれる泥棒市……これは、あちこちから怪しげな品物――ほとんどが盗品だが――が集められ、屋台で売られているのだ。

 そんな泥棒市の屋台を、嬉々とした表情で見回っているのは同心の中村左内である。彼にとっては、今はまさに稼ぎ時なのだ。


「おい、銀太。この輪島塗のお椀だがな……確か先日、越前屋から高価な食器が盗まれたって話を聞いたんだよ。まさか、その盗まれた食器じゃねえよなあ?」

 とある屋台の前で、ねちねちと因縁を付ける左内。一方、銀太と呼ばれた若者はぺこぺこと頭を下げる。

「旦那、何を言ってるんですか。もっと、よく見て下さいよう。これが、その盗品に見えますかい?」

 言いながら、銀太はさりげなく左内に近づく。そして左内の手に、金子きんすを握らせた。

「んん? なるほどなるほど。よく見たら、盗まれた食器とは全然違うな。こいつぁ俺の早とちりだ。すまなかったな銀太」

 すまなかったな、と口では言っているが……その顔には、すまなそうな様子など欠片ほども無い。嬉しそうに十手をぶらぶらさせながら、左内は屋台を離れて行った。


 目を光らせ、あちこちの屋台を吟味する左内。だが、その足はぴたりと止まった。

 ぼさぼさ頭の若者が、人を集めて何やら演説をしているのだ。若者は派手な模様の袈裟を身にまとい、どくろのような首飾りと耳飾りを付けている。さらに、奇怪な形状の杖を振り回し演説しているのだ……言うまでもなく、拝み屋の呪道である。

「いいかな諸君。近い将来、江戸には必ず大地震が起こる。その大地震に備えるために必要なことが、この絵草紙に書かれているんだ。今なら、たったの百文! さあ、買わないか!」

 そう言うと、聴衆の顔をじっくり見渡す呪道。

 左内は苦笑し、思わず頭を掻いた。この呪道という若者、実は龍牙会の幹部なのだ。にもかかわらず、そんな素振りは露ほども見せない。普段は軽薄ないかさま祈祷師そのものだ。左内に対する態度も、とぼけたものである。

 もっとも、この呪道は左内が仕掛屋の元締であることを知らない。また知られてもいけないのだが。

「どうだい、買わないか? 買わないか?」

 なおも皆の顔を見回す呪道。ふと、その目が左内を捉える。

「ねえ! そこの昼行灯のお役人さま! 買ってくれよう!」

 とぼけた呪道の言葉に、しかめ面を作る左内。

「何だとぉ? 誰が昼行灯だ。ふざけたこと抜かすと、しょっぴくぞ」

 言い返す左内。だが、呪道は怯まない。

「んなこと言わないでさ、絵草紙を買ってくださいよう」

「うるせえ。んな怪しいもん、誰が買うか」

「そう言わないでさ、これ見てみなよ。今なら、春画も付けるからさ」

「何? 春画だぁ?」

 とたんに表情を変え、近づいて行く左内。すると、呪道もへらへら笑う。

「どうです旦那、この春画は中々のもんでしょう」

「お、おう」

 言いながら、春画をまじまじと見つめる左内。

 その時、背後から妙な声がした。

「ちょっと! あんた役人のくせに何やってんのさ! この助平同心!」

 若い女の声である。左内は、血相を変えて振り向いた。

「何だとぉ! 誰が助平同心だ!」

「ふん、何さ! 役人のくせに鼻の下伸ばして、春画なんか見ちゃってさ! みっともないったらありゃしない!」

 女は左内に向かい、臆面もなく言い放つ。年の頃は十代の半ばだろう。大きな目が可愛らしいが、同時に気の強そうな性格であることも窺える。いかにも軽蔑しきった様子で、左内を睨みつけていた。

「馬鹿野郎、これも仕事なんだよ。いいか、こういう春画をきちんと吟味するのも、町方の大事な仕事だ。お前みたいな小便くさい小娘には分からねえんだ。ごちゃごちゃ抜かすな」

「しょ、小便くさい小娘だとお! あたしは、もう二十歳だ!」

 叫ぶと同時に、左内に掴みかかろうとする女。だが、慌てて止めに入った者がいる。腰から刀を下げた、浪人風の中年男だ。

「おおはち! 何やってんだお前は!」

 浪人は後ろから、女を羽交い締めにする。次いで、坊主頭の男が左内に頭を下げた。

「どうもすみません。こいつは島で生まれ育ったもので、常識が無いんですよ。何とぞ、お許しを……」

 さらに、傍らには小洒落た格好の、町人風の男もいる。坊主と町人風が二人して左内の前に立ち、ぺこぺこ頭を下げる。その隙に、浪人がお八を強引に連れて行ってしまった。

「ちっ、もういいよ。分かったから行け」

 左内は、憮然とした表情で言う。すると、二人は愛想笑いを浮かべて去って行った。


「何だい、ありゃあ。おかしな連中だねえ」

 いつの間にか、左内の隣にいた呪道が呟いた。左内は、呆れ顔で呪道を見る。

「あのなあ、奴らもお前にだけは言われたくねえと思うぞ」

 言いながら、左内は去っていく四人組の方に視線を移す。

 その時、ふと違和感を覚えた。あの四人組は、何かがおかしい。明らかに、堅気ではない何かを感じるのだ。仕掛屋としての勘が、そう告げている。

「なあ呪道、お前はあちこちに出入りしてるよな?」

 左内の問いに、呪道はきょとんとした顔を向けた。

「へっ? まあ、俺は拝み屋だからね。あちこちに顔を出すけど」

「あの四人組に、見覚えはあるか?」

「いいや、見たことないよ。あんな連中、一度見たら忘れないはずだけど」

「そうか、お前も知らないのか……」

 思わず考え込む左内。すると、呪道が顔を覗きこんできた。

「何を考えてんのさ。どうせ、あんた昼行灯なんだから。余計なことに首突っ込まない方がいいよ」

「うるせえ。大きなお世話だ」

「そんなことより、絵草紙買ってくれよう。ほら、春画も付けるからさ。もっと際どいのもあるよ」

 そう言って、別の春画を差し出す呪道。

「な、何だこいつは……けしからん! 没収だ!」

 怒鳴ると同時に、左内は春画を懐に入れる。さらに無理やり厳めしい顔を作り、大股でその場を離れて行った。

「ちょっと! 狡いよ春画だけ持ってくなんて!」

 後ろから呪道の声がしたが、左内は無視した。


 ・・・


 その翌日。

「本日の集まりは、これにて終了となります」

 いつもと同じく、剣術道場に響き渡る声。と同時に、道場からぞろぞろと出て来る男たち。皆、年齢も格好もまちまちだが、堅気ではない雰囲気を漂わせている……という共通点があった。

 だが、そんな連中の中にあっても、鉄の見た目の異様さは群を抜いていただろう。六尺(約百八十センチ)近い巨体に、鬼瓦のような厳つい顔が乗っているのだ。子供が夜道で出くわしたら、泣きながら逃げ出すであろう。


 やれやれ、とでも言いたげな表情で道場から出て来た鉄。彼は首を回しながら、林の中をのんびりと歩いていた。

 だが、不意に立ち止まる。じっくり辺りを見回すと、宙に語りかけるかのように声を発した。

「おい、俺に何か用か?」

 そう言うと、もう一度あたりを見回す。さっきから、何者かが後を付けて来ている。面倒事であるなら、ひとけの無い場所で早いうちに終わらせる。

 ややあって、木の陰からのっそりと出てきた者がいた。丈の短い着物を着て、髪は真っ白で、がりがりに痩せこけている男だ。老人、と言っても差し支えない年齢であろう。歩く姿から察するに、足腰はまだしっかりしているようだが。

「俺も年をとったもんだ。こんなに、あっさりと見つかっちまうとはな」

 言いながら、老人はにやりと笑う。

「何だよ……小平次こへいじのとっつぁんじゃねえか」

 意外そうな顔で、老人を見つめる鉄。

 この小平次という名の老人は、裏社会の仕事師である。鉄よりも、ずっと昔から裏の世界にて活動していたのだ。まだ若かりし頃の鉄に、裏の世界のいろはを教えたのも小平次である。

「なあ鉄さん、ちょいと相談したいことがあるんだがね……付き合ってもらえないかい?」

「相談? まあ、別に構わねえよ。今日は暇だしな」




 そして二人は今、江戸の片隅にある長屋にいた。小平次が七輪で目刺しを焼き、それをつまみに二人で酒を飲んでいる。


「鉄さん、あんたがまさか仕掛屋に入るとはな」

 小平次の言葉に、鉄はにやりと笑った。

「まあな。とっつぁん、今は一匹狼じゃやっていけねえんだよ。

「そうらしいな。俺も近頃は、本当に仕事がやりづらくなった。そろそろ潮時じゃねえかと思ってんだよ」

 言いながら、酒をあおる小平次。

「何を言ってんだ。この稼業に足を踏み入れたら、幸せなんてものは掴めっこねえ……俺にそう言ったのは、とっつぁんだぜ」


 若かりし頃、鉄は夫を持つ女と深い関係になり……姦通罪で佐渡の金山へと送られ、人足として働かされていた。劣悪な環境の中、怪我や病気が元で次々と死んでいく囚人たち。

 そんな中、自分と仲間の怪我を治すため鉄が独学で身に付けたもの……それが骨接ぎ、そして骨外しであった。


 地獄のような数年を耐えた後、鉄は再び江戸に帰って来る。そこで彼が出会ったのは、かつて金山の見回り役を務めていた中村左内と、同じ囚人として苦楽を共にした小平次であった。

 やがて鉄は、運命に導かれるかのように裏の世界へと足を踏み入れて行く。


「とっつぁんよう、あんたが仮に足を洗ったとしよう。それから、何して生きていく気だよ?」

 鉄の問い。だが小平次は黙ったままだ。何も答えようとしない。

 少しの間を置き、鉄は言葉を続けた。

「俺たちの手はな、真っ赤な血の色に染まっているんだ。この血の色だけは、いくら洗っても綺麗にはならねえ……そう教えてくれたのも、あんただぜ」

 言いながら、小平次を見つめる鉄。その目には、奇妙な光が宿っていた。

「するってえと、あんたは俺の引退に反対だって訳かい?」

「いや。俺はとっつぁんが何をしようが、とやかく言う気はねえよ。だがな、あんたの引退を良く思わねえ連中もいるだろうさ」

「まあ、いるだろうな」

 そう言うと、小平次はため息を吐いた。

「なあ鉄さん、俺も年を取ったよ。しかも、時代は変わってきている。龍牙会なんてのが、あちこちに睨みを利かしてやがるんだからな。本当、やりにくい世の中になったもんだよ。もう、俺なんかに出る幕はないんだ」

 やりきれない表情で言った後、小平次は酒をあおった。

 鉄には、小平次の気持ちが理解できた。鉄自身、近頃の裏稼業にはやりにくさを感じている。かつては自由に生きていた。許せない外道は殺す。そのために金が貰えるなら、なお結構……そんな気楽な心構えで、鉄は裏稼業をやっていたのだ。

 それが今では、仕掛屋という組織の一員だ。もっとも、仕掛屋は他と比べれば居心地はいいし気楽だ。また仕掛屋にいるからこそ、自分は裏の世界でやっていけているのだ。

 鉄が龍牙会のような組織に客分格として厚遇されているのも、仕掛屋の後ろ盾があってこそだ。


「鉄さん、あんたがどう思うか知らねえがな、俺は引退させてもらうよ。ただし、最後のお務めを果たしたらな」

「最後のお務め? 何だそりゃあ?」

「だから、最後のお務めだよ」

 そう言うと、小平次は立ち上がる。部屋の隅に行くと、畳の下に手を突っ込み何かを取り出した。

「鉄さん、申し訳ないんだがな、こいつを預かってくれねえか?」

 言いながら、小平次が差し出してきたもの……それは数枚の小判だった。鉄は思わず目を細める。

「おい、とっつぁん。何だこいつは?」

「ちょっと待ってくれ。今から、順を追って話すから。世直し小僧ってのを覚えてるかい?」

 小平次の問いに、鉄は頷いた。

「世直し小僧? ああ、そんなのいたなあ。金持ちから盗んで、貧しい家にばら蒔いていたって噂の泥棒だろ。確か五年くらい前に、派手に暴れてたよな」

「そうさ。その世直し小僧だがな……」

 そこで、小平次は言葉を止めた。辺りを見回し、声を潜める。

「俺は、やっと見つけたんだよ。その世直し小僧をな……」







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