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本棚

 私達はまず、和寿君の部屋から始める事にしました。

小林君は部屋に入ると辺りを見回し、最初に本棚へと向かいます。いかにも本の虫の彼らしい、と私が思わず苦笑すると、目敏くそれを捉えた彼は言いました。

「君、本棚というのは馬鹿に出来無いものだよ。それこそ椅子に入って盗み見るのと同じくらい、その人の事が分かるものさ。本はあからさまにその人の人間性を表してしまうからね」

「そうかね。では、この本棚はどうかな」

 私は話半分に彼の言葉を聞きながら、隣に並んで一緒に本棚を眺めました。

 本棚は全部で八段あり、最上段は手をいっぱいに伸ばさねば届かない位の高さにあります。がっしりとした大きな木製の本棚で、随分な年代物であるようです。

「おや、君、見たまえよ」

 私は、ちょうど目線の高さにある段を指差しました。

「二銭銅貨」

「D坂の殺人事件」

「心理試験」

「屋根裏の散歩者」

 などなど、それらは江戸川乱歩の今までの著作でした。それがずらりと並んでいます。

「どうやら彼は、君と同じく江戸川乱歩先生の信奉者のようだね」

 私が笑いながら横に並ぶ小林君の顔を見やると、彼は眉をしかめてその棚を睨んでいます。

 そこで私も彼と同じように本棚を凝視したのですが、私には、この本棚のどこにそんな深刻になるような理由があるのかさっぱり解りません。

 江戸川乱歩の著作群の隣には、黒岩涙香という作家の著作が並んでいます。欧州の探偵小説の訳本で有名な文士です。私が見ていた棚は上から三段目の段でしたが、その三段目に詰まっているのはどれもこれも探偵小説ばかりのようでした。さらにその下の段にも、横溝正史や小酒井不木といった著名な探偵小説家の著作がいっぱいに詰まっています。私も今まで知りませんでしたが、和寿君は大変な探偵小説好きであるようです。

「君は、何か気づかないかい」

 その言葉に振り返ると、驚いた事に、やや青ざめた小林君の顔がそこにありました。

「さあ。僕にはただ、和寿君は探偵小説好きであるのだな、としか」

「うん、そこだ」

 彼は難しい顔をして、その、上から三段目の棚を指差しました。

「本棚のこの位置、ちょうど目線の辺りの棚。この段は、謂わば本棚の特等席だ。一番見やすく、取り出しやすい位置だからね。なので、その人が一番良く手に取る本、気に入りの本がこの段に並ぶ事が多い。和寿君の場合には、江戸川乱歩先生の著作が並んでいる。そして……」

 小林君は並んだ本の背表紙に一冊づつ指をかけ、確かめてゆきながら言いました。

「こうして先生の著作の殆どが揃っている事からしても、和寿君の気に入りの作家である事は間違いないのだが……、」

 同じく江戸川乱歩先生の信奉者である彼は、先生の過去の著作を全て把握しているのでしょう。

「ただ一冊、あるべき本がここに無いのだ」

「あるべき本?」

「『人間椅子』さ」

 そう言われて私は改めて、並んだ背表紙を眺めました。確かに、「人間椅子」はその中にありません。

「確かに、無いね。だがそれが一体どうしたというんだい」

「不自然だと思わないかい。和寿君は江戸川乱歩先生の熱心な信奉者で、1冊だけを除いて全ての著作を揃えている。しかもここにあるのは全て初版だ。つまり、発売後すぐに買ったのだ。きっと発売前から楽しみにしていたくらいなのだろう。そんな和寿君が、巷でもかなり話題になったあの作品、『人間椅子』だけを持っていない」

「うん、まあ、そう言われてみれば」

 小林君はふいに、本棚の前を離れて暖炉に向かいました。暖炉の前に膝を付いて火かき棒を手に取り、灰をかき回しています。

「何を探してるんだい」

「もしかしたら、残っているかもしれない物さ」

 やがて彼は、赤い紙の小さな切れ端を灰の中から摘まみ上げました。

「なんだい、それは」

「表紙さ。『人間椅子』の」

「エ、何だって。つまり和寿君は、気に入りのはずの本を燃やしてしまったのか。一体何故」

 小林君は私の言葉には答えず、しばらくその燃え残りを眺めていました。その表情を伺うと、口元が僅かに動いて何か独り言を呟いているようです。彼の頭脳が最新式の機械のように目まぐるしく働き始めたのを感じ取り、私はしばらく彼をそっとしておく事にしました。

 しばらくすると小林君は、

「さあ、もうこの部屋はいいだろう」

 と呟き、そそくさと立ち上がったのでした。


 次に私達は、隣にある和明君の部屋に入りました。またしても小林君は、真っ直ぐに本棚に向かいます。

 和明君の本棚には、医学書がずらりと並んでいました。

「和明君は医学生なのかい」

 小林君が驚いたのも無理はありません。

「ああ。あんな風になってしまう以前はね」

 私は溜息をつきました。

「今でこそあんな風だが、幼い頃はそれこそ神童と呼ばれるような子供だったんだ。高等学校時代までは大変優秀だったのだが、大学に入った頃からおかしな仲間と

付き合うようになったらしく、今じゃあの通りだ。もう二年も落第している。あの様子じゃ、いつ卒業出来るやら」

「ふうん」

 小林君はそう呟くと、並んだ医学書の一冊を何気なく手に取りました。そして驚いた事に、彼はその本の匂いを嗅ぎ始めたのです。

「おい、おい、君。一体何をしているんだい」

「匂いを嗅いでるのさ」

 私の戸惑いなど意に介さず、彼は他にも数冊の医学書を手に取っては、いちいちその匂いを嗅ぎました。私は彼のこの奇妙な行動に一体どんな意味があるのかと、口をぽかんと開けて眺めるばかりでした。

 本棚の下の方の段には、金融や経済、政治や軍事、帝王学、といった本が並んでいます。それらの本も、彼は一冊ずつ背表紙を撫でてみたり、ぱらぱらとめくってみたり。私は彼の思考の邪魔をしてはいけないと黙って見守っていましたが、彼の頭の中に何があるのか、尋ねてみたい衝動を抑えるのが精一杯でした。

「どうやら、彼には大変な秘密があるようだね」

 小林君は本を棚に戻しながら、そう呟きました。

「えっ。それは一体……」

 私の言葉には答えず、小林君はさっさと歩き出しました。

「次は、和華子さんの部屋だ」


 さすがに女性の部屋を勝手に調べるというのは、気が咎めました。しかし、誘拐犯の手がかりが発見出来るかもしれません。非常事態ゆえなのだと、私は自分に言い聞かせました。

 和華子さんの部屋には、あまり多くはない家具とこざっぱりした品物が、整然と並べられています。全体的に物の少ない部屋でした。

「若い女性の部屋にしては、少々殺風景だね」

 部屋を見回しながら小林君が呟きました。

「うん、そうかもしれないね。和華子さんは、あまり華美な装飾を好むたちではないんだ」

 例によって小林君は本棚を調べました。しかしそこにはごくありきたりの、若い女性が読むのに相応しい本が数冊並べられているだけで、あまり小林君の興味を引かなかったようです。飾り棚や衣装箪笥、書き物机、と、小林君は順繰りに調べていきました。やはり、特に変わった事は無いようです。ただ書き物机の引き出しを開けようとして鍵がかかっているのに気づくと、彼は少し眉をしかめました。彼はいくつかある引き出しを次々に開けようと試みましたが、それら全てに鍵がかかっていたのです。

「これは……」

「一体、何が入ってるんだろうね」

 私達は顔を見合わせました。

「少し異様な感じがするね。全ての引き出しに鍵をかけておくなんて」

 小林君は腕組みをしました。

「まあ、若い女性の事だから。色々と人に見られたくない物もあるんじゃないか。高価な宝飾品などもお持ちだろうし、用心のために鍵をかけてあるんだろう」

 私はそう言いましたが、小林君の鋭い目線はその時にはもう、窓際の鏡台に移動していました。鏡台の上には小さな宝石箱が置いてあります。

「しかし君、その高価な宝飾品類はここに置いてあるようだよ」

 小林君はその蓋を開いて言いました。

 確かに、その中には綺羅びやかな品々がきっちりと収められていました。

「これは」

 何か小林君の注意を引く物があったようです。私も、彼が宝石箱の中からつまみ上げたものを覗き込みました。

 それは指輪でした。しかし……。

 台座の彫刻は粗雑で、はめられている石も鈍い光を放っています。私はこういった品には疎いのですが、その私が見ても、一目で安物と分かる品でした。男爵家令嬢の持ち物としては、とても似つかわしくありません。ひどく安っぽい指輪。そう、いかにも、軽薄な書生が少女の気を引くために贈るような……。私の心臓は痛みを伴った速さで鳴り始めました。しかし小林君は、私とは別の事を考えていたようです。

「僕はこれに見覚えがある」

 彼は手にした指輪をじっと見つめていました。

「ほら、君に見せたろう、母の写真が載っていた婦人雑誌。あの写真で、母はこの指輪をしていた」

「という事は、これは男爵夫人の物なのだろうか」

「どうだろう。あの撮影の時に和華子さんから借りたのか。しかし、とてもそんな事をする理由のある指輪ではないね。どう見ても非常に安っぽい品だ」

 彼は指輪を目の上まで持ち上げ、光に透かして眺めながら言いました。

 私達は引き出しの鍵を見つける事は出来無いかと、しばらく部屋の中を探し回りましたが、どこにも鍵はありませんでした。

「見つからないね。和華子さんは身につけて持ち歩いているのかもしれない」

「うん……」

 小林君は生返事で私に答え、ふと、妙に力の篭った声で尋ねました。

「……それにしても、和華子さんというのは一体どういう女性なのだろうか。君達兄弟四人が、それぞれ和華子さんに惹かれているらしい。しかしこう言っては失礼だが、彼女は絶世の美女という訳ではないね。一体彼女にはどんな魅力があるんだい」

 私はしばらく思案に暮れましたが、

「うん、よく分からないのだ」

 と、答えるしかありませんでした。

「君の言う通り、彼女の容姿はいたって十人並みだし、特に際立った女性の魅力がある訳じゃない。ただ……、何というか。上手く説明出来ないのだけれど、あのきらきらした瞳を見ていると、こちらも身体の底から力が湧いてくるんだ。彼女は決して美しく嫋やかな花じゃない。もっと……、強い……、ううん、やはり上手く説明出来ないよ」

 私は苦笑いしました。小林君はそんな私を一瞥すると、

「そうか」

 とだけ呟き、私達は和華子さんの部屋を後にしました。


 次に私達は、男爵夫人の部屋に入り込みました。

「例の雑誌で読んだが、夫人の趣味は園芸と読書という事だったね。僕が所謂本の虫なのも、母に似たのだろうか」

 冗談めかしてそう言いながら本棚に近づいてゆく彼は、どことなく嬉しそうでした。

「さて、夫人はどんな本を読むのかな」

「男爵夫人は、いかにも女性らしい、美しい物語がお好きだよ。子供の頃、時々そういったものを読んでくれる事があった。どちらかというと古典的なものがお好きなようだ」

 私は、夫人の膝の上で物語に聞き入っていた頃の、彼女の表情を思い浮かべました。夢中になってまるで少女のように頬を染め、熱心に読み聞かせてくれた男爵夫人。その頃から少しも変わらず、いつまでたってもどこか幼い、可愛らしさの残る方でした。

 小林君と私は、彼女の本棚に並ぶ物語の数々を眺めました。それらはいかにも、夢見がちな瞳を持った夫人らしいものでした。本棚はその人の人間性を表すと言った小林君の言葉が、私にも何となく実感できたものです。


 男爵家で私達は、最後に小早川男爵の部屋に立ち寄りました。

 男爵の本棚には、かなり乱雑に本が詰め込まれています。彼はあまり几帳面なたちではありません。しかし有能な実業家である彼の本棚はどれもこれも、事業に関した本ばかりでした。

「小早川男爵には、文学作品を読む趣味は無いようだね」

 小林君が言いました。

「うん。男爵は、あの小柄な身体のどこにそんな活力があるのか、と思わせる様な精力家でね。いつも事業の事で忙しく飛び回っている人なのだ。非常な実際家だから、現実に何かの役に立つような本でなければ読まないだろうね」

「男爵家の夫婦仲はどうなのだ。上手くいっているのかい」

 唐突に、小林君が尋ねました。

「ああ、特に不仲という事はないよ。ただ、何だか……、何というか」

 上手い表現が見つからず、私は口篭りました。

「何というか、僕の目から見て、夫婦というよりは古くからの友人……、いやそれよりは、まるで『仲間』のように見える事がある。それとも『同士』とでも言おうか。男爵夫妻だけでなく、僕の両親にしてもそうなのだ。長年連れ添った夫婦というのは、そういうものなのかね」

「ふうん」

 小林君は考えこみながら、ただ黙って男爵の乱雑な本棚を眺めておりました。


 男爵家で一通り全員の部屋を調べ終わり、私達は今度は我が家、秋月伯爵邸を調べ始めました。母の部屋、兄の部屋と調べていったのですが、特に何も見つかりませんでした。母に至っては、部屋中が衣装や装飾品といったいかにも女性らしい品々で溢れかえり、本棚すら無いのを発見して小林君は苦笑しました。社交家で精力的、活動的な母は、本など読む暇が無いのでしょう。交際範囲が広く、片時も家にじっとしている事のない彼女らしい部屋でした。

 続いて入った兄の部屋の本棚は、小早川男爵のものと良く似ていて、事業に関係した資料や実用的な本で一杯でした。実に、仕事熱心な兄らしい部屋です。兄はいつ寝ているのだろうかと私でも訝しむ事があるくらい、彼は仕事に没頭する人なのでした。

 痣の事がありますから私達は殊更熱心に、何か誘拐に関わる物を発見出来ないかと探し回りました。しかし、特にこれといったものは見つからなかったのです。


「やあ、これは」

 父の部屋の本棚で、小林君は一冊の本を手に取り、にこにこしながらそれを眺めました。

「『宝島』だ。僕の子供の頃のお気に入りだったよ」

 彼の表情は、まるで幼友達に出会ったように嬉しそうです。

「ああ。父も子供の頃その本を読んで、海賊になって世界中を旅するのが夢だった、なんて言っていた事がある」

「へえ」

 小林君はふと首を傾げました。

「それは由緒正しい伯爵家長男にしては、ずいぶん突飛な夢だね」

 部屋の角にある父の本棚を調べ終え、彼はもう一つの、部屋の中央の壁の一部を占めている本棚に向かいました。部屋が薄暗かったもので、私は、その本棚の正面の窓の覆いを開きました。明るい午前の陽射しが正面から差し込み、私は眩しさで一瞬目を細めました。ゆっくりと瞳を開いて二階の窓から見下ろすと、庭を数人の巡査が巡回しているのが見えます。

 ふと振り返ると、小林君が本を手にしたまま本棚に背を向け、顔をしかめてこちらを向いて立っていました。彼の白い頬が陽に照らされ、まるで白桃のように瑞々しく輝いています。

「どうかしたかい」

「いや、」

 彼は上の空で私の言葉に答えると、ゆっくりと右、左、と部屋を見回しました。そして、腕組みをして考えこんでいたかと思うと、唐突に、

「もうここは良い。行こう」

 と、部屋からさっさと出て行ってしまったのです。

「もう良いのかい」

 私が慌てて彼の後を追うと、彼は隣室の扉の前でぴたりと立ち止まりました。

「君、この部屋は」

「ああ、ここは客間だよ。一応」

「一応、と言うのは」

「男爵夫人が我が家にお泊りになる時は、いつもこの部屋に案内していてね。そうするうち、いつの間にか夫人専用の客間のようになったのだ。まあ、我が家の中の男爵夫人の部屋といったところだ」

 彼は黙って扉を開け、中に入りました。向かって左側にベッドや化粧台、右側には小さな書き物机や本棚が並んでいます。彼は一歩部屋に入りましたが、そのままそこにしばらく佇み、やがてくるりと踵を返して部屋を出ました。


「大した収穫は無かったね」

 一息つこうと庭に出て、ゆっくりと歩きながら、私は落胆の溜息をつきました。結局、誘拐の手がかりは発見出来ませんでしたし、家族の秘密とやらを解き明かす何ものも、私には見出せませんでした。

 ところが小林君は意外にも、

「いや、大ありだよ」

 と、力強く答えたのです。

「僕にはこれで、両家の人達の人となりや、心の中が少し分かった」

 私は驚きました。

「僕には何も成果が無かったように思えるんだが。一体、部屋を見ただけで君にはどれ程の事が分かったと言うんだい」

「色々さ」

 彼はにっこりと微笑みました。

「例えば、和明君の部屋は大変面白かった」

「何か変わった事があったかい」

「うん。君は僕が和明君の部屋で、本の匂いを嗅いでいた事を覚えているだろう。あれは、黴の匂いがするか確かめていたんだ」

「黴だって」

「本というのは意外に黴びやすいものでね。だから定期的に虫干しをしないといけないんだが、和明君の医学書はどれも黴の匂いなんてしなかった。それどころか、下段の方にある本ですら埃も積もっていなかったし、開いてみるとあちこちに折り癖がついていた」

 私は彼の仄めかす事が飲み込めず、ただ首を傾げました。

「分からないかい。つまり和明君は、落第生、男爵家の不肖の息子という肩書に似合わず、しっかり勉強しているのさ。人に隠れて、ね」

「そんな、まさか。それなら落第なんてするものか」

「そうでなければ、あのずらりと並んだ医学書の説明がつかない。和明君が見た通りの不良息子なら、医学書なぞ今頃は部屋の隅で埃をかぶっているはずだ。だが実際にはきちんと整理して本棚に収められ、頻繁に棚から取り出されている。おそらく彼は理由があってわざと落第したり、飲んだくれの不良息子を演じているのだ。誘拐の事を聞いた時の、彼の真剣な態度を見たかい。あれこそ、彼の素顔に近いと僕は思うね」

「でも一体、何のために」

「そこまでは、僕にもまだ分からない」

 確かに、和明君が実は以前と変わらずに和明君のままだと考えると、私には妙にそれがしっくりとくるのでした。しかしそれは、そうあって欲しいという私の願望が判断を鈍らせているのかもしれません。

「それから、和華子さんの指輪の事だ」

「ああ、あれは確かに謎だね」

 男爵家令嬢には似つかわしくない、安っぽい和華子さんの指輪。あれは一体どうして和華子さんの手に入ったものなのでしょうか。それに引き出しには一体何がしまってあるのでしょう。

「そして、何よりも……」

 彼は言いかけて口をつぐみました。

「何だい」

「いや、今はやめておこう。後で確認してみたい事があるんだ」

「気になるじゃないか」

「うん、いや、しかし……」

 小林君は言葉を濁して誤魔化そうとしましたが、ふと立ち止まり、私の顔を見て言いました。

「ねえ。君は、君のご両親と男爵夫妻――二組の夫婦、四人の男女の間に顕著な特徴が見えないかい」

 私はしばらく考えてみましたが、首を横に振りました。実際、自分の家族と家族同然の人々を客観的に見るというのは、非常に難しい事です。私がそう伝えると、彼は、

「うん、確かに。僕は部外者で何の先入観も持たないからこそ、気づいたのかもしれない」

 と、独り言のようにして呟きました。

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