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二人の探偵

 全ては一瞬の出来事でした。それはまるで活動写真の一場面の様で、まるで現実という感じがしなかったのです。私は、ただそれを眺めていました。しかし男が意識を失った和華子さんを肩の上に担ぎ上げ、開け放した仏蘭西窓に向かった時、私はハッと我に返りました。

 私は慌てて椅子の出入り口の蓋を開け、大急ぎで椅子から這い出ようとしました。しかし出入り口はとても小さく作ってありますから、身体をうまくくねらせるようにして出ないといけないのです。また、すっかり動天していたものですから、私がようやく自由な身体になった時には、窓の外に男の姿は見えませんでした。

 私は庭に飛び出して辺りを見回しました。人影は見えません。建物の角を曲がったのでしょう。左に行けば家の正面玄関へ、右は裏口に出ます。私は左右どちらに向かうか一瞬迷った後、裏口の方角に向かいました。まさか誘拐犯が表門から堂々と逃亡するとは、考えられませんでしたから。

 私が建物の角を曲がったまさにその瞬間、裏口から出て行く人影がちらりと見えました。無我夢中で裏口まで追いついた時には、馬車が遠ざかっていく音が聞こえました。私は必死で、音の聞こえた方へと駆けました。人間の足で到底敵う筈がないと知りながらも、やはり追わずにはいられません。私の目の前で、和華子さんは拐かされてしまったのです。椅子になぞ入り込んだ自分の愚かしさを、私は心底呪いました。何としてでも助け出さねば。その一心で、私は気が違ったように駆け続けました。けれども馬車はどんどん遠ざかり、一つ角を曲がり、二つ曲がりとするうちに、とうとう見えなくなってしまいました。それでも私は傍を歩く人を呼び止めては、馬車がどちらへ向かったか尋ね、言われた方向へまた駆け出しました。

 しかし、遂には尋ねるべき人影も見当たらなくなりました。それでも私はなお、あてもなくふらふらと辺りを彷徨ったのですが、最後には息を切らせて立ち止まるしかありませんでした。生まれてからこれまでこんなに走った事は無いというくらい、全力で駆けたのです。私はすっかり消耗し、その場にへたり込んでしまいました。耳を澄ましてみましたが、馬車の音ももう聞こえません。春とはいえ夜間はまだ肌寒く、外套も着ていない私の身体が今初めて夜気に気づいたように、ぶるると震えました。

 私は今自分がどこにいるのかと、辺りを見回しました。と、その時になって、そこが友人の住まいのすぐ近くである事に気づいたのです。

 そうだ、彼に助けを求めよう。そう心中で呟き終わらないうち、私の足はもう彼の下宿に向かって小走りに駆け出しておりました。

 彼の部屋の外まで来て、そこに明かりが灯っているのを見た時の安堵感。勢い良く扉を叩くとすぐに、深夜にも関わらずいつも通りきちんとした身なりの彼が、ひどく驚いた様子で戸を開けてくれました。


「さあ、まずは落ち着くんだ。とにかくこれを飲みたまえ」

 彼の顔を見た途端に興奮して喚き始めた私を、彼は部屋に招き入れ、椅子に掛けさせました。そしてテーブルの上にあったブランデーの瓶を開けて小さなグラスに注ぐと、それを手渡してくれました。勢い良くそれを飲み干すと、腹の中に温かい灯りが灯ったようで、私はほっと溜息をつきました。

「君、大丈夫かい……」

 そう言って彼は不安げな表情で、私の顔を覗き込みました。しかし私が、彼の言葉が終わらぬうちに、

「ああ、大変な事が起こったのだよ。和華子さんが。和華子さんが誘拐されてしまったのだ!」

 と、涙ながらにと言っていいような調子で訴えかけると、彼は途端にその大きな瞳を見開きました。

「何だって。それで君は……、犯人を見たのか」

 私は黙って頷きました。

「それで、誰が……」

 友の声が、かすれて響きました。私は言って良いものかと一瞬戸惑い、そして息を吸い込みました。

「ああ、見たのだ。その男は……、僕だったんだ」

「えっ」

 さすがの冷静沈着な彼も、私の言葉に眉をひそめました。もしかすると、私の気でも違ったかと考えているかもしれません。いえ、私自身ですら、そうでないとは言い切れないのです。

「一体、どういう事なんだ。落ち着いて、始めから順番に話してくれたまえ」

 彼が私を愉しました。そこで私は、自分が椅子に入った事、二人の逢引を目撃した事、そして和華子さんが拐かされてしまった事を話しました。

「和華子さんが抵抗し、その男の着物が乱れた。その時、男の肩口に、僕と全く同じ痣があったのだ」

 そう言って私はシャツのボタンを外し、彼にその痣を見せました。

 それは生まれつきのもので、ちょっと変わった形の痣なのです。ちょうど星形のように見えるのでした。

「なるほど、そういう事か。これは確かに特徴的な痣だね」

 そう言ってふと痣に触れた彼の指先が氷のように冷たかったので、私は思わず身体を引きました。

「それだけじゃないんだ。その男が部屋に入って来た時、和華子さんは、『お兄様』と呼びかけたのだ」

「それで君は……、犯人が君自身だと?」

 私は頷きました。頭が妙にぼんやりとして、うまく考えがまとまりません。

 あれは誰だったのでしょう。いや、やはりあれは「私」に違いありません。「私」が和華子さんを拐かした。でもそれなら、今ここにいる私は一体誰なのか。

「もし君が和華子さんを誘拐したのなら、今ここにいる君は一体何なんだね」

 私の心を読んだかのような彼の言葉に、私はハッとして顔を上げました。

「ああ、そうだ……、あれはきっと……、そう、生霊に違いない。僕が和華子さんを恨む心が、身体を離れて生霊になったのだ。そして彼女に危害を加えようとしているんだ! そうだ! そうに違いないよ!」

 私は思わず彼の腕に取りすがって、そう訴えました。

「落ち着いて、君」

 彼は断固とした態度で、私の肩を揺さぶりました。

「……僕は椅子の中で、憎しみで一杯だったんだ。僕の心を裏切った和華子さんを、それに、僕自身の愚かしさを呪っていた。そういう僕の憎悪が生霊になって……、」

「しっかりするんだ!」

 彼が大声を出したので、私は驚いて思わず黙りこみました。彼は、畳み掛ける様に言葉を続けました。

「いいかい、君。生霊だなどと非現実的な事を言うんじゃない」

「しかし、あの痣は……」

「部屋は薄暗かっただろう、違うかね」

「…………」

 よく思い出せませんが、彼に言われるとそうだったような気がしました。

「いいかい。君は逢引の現場を見てしまい、和華子さんに憎しみを抱いた。そしてその事に罪悪感を持った。それが君の目を曇らせたのだ。ありもしない痣を見たと思い込み、君と似た背格好の男を、君自身の生霊だなどと思い込んだ。それだけの事だ」

「で、でも、それなら誰が。ああ、僕はどうしたら……、どうしたら」

 私はハッとしました。

「そうだ、こうしてはいられない。僕は警察へ行かなくては」

 今さらのようにその事を思いつき、私は慌てて立ち上がろうとしました。しかしそんな私を、友は身振りで制したのです。

「落ち着いて、君。少し待ちたまえ」

「えっ、何故だい」

 彼は煙草に火をつけると、私にもそれを勧め、椅子に掛けるよう促しました。そこで私もひとまず彼の言う通りにしようと、椅子に腰を落ち着けたのです。

「まあ、僕の話を聞き給え。いいかい、君。誰が何のために和華子さんを誘拐したか。常識的に考えれば、一番ありそうなのは、何者かによる計画的営利誘拐だ。何しろ資産家の男爵家令嬢なのだからね。……君の家と男爵家の使用人はどういう人達だい。信頼のおける者ばかりか」

「うん。皆、僕が産まれる前から奉公しているような者ばかりだ。あの書生以外には、素性の知れない者はいないよ」

 彼は顎に手を当て、暫くの間考えこみました。

「そうか……。では、今夜の件は営利誘拐ではあるまい」

 確信を持ったかのような彼の言葉に、私は些か驚いて尋ねました。

「なぜそう言い切れるんだい」

「和華子さんは闊達なお嬢さんだと言っていただろう。お稽古事や社交に、出歩く機会が多いのじゃないかね」

「うん、その通りだ」

「それなら、使用人は度外視するとして、外部の者が営利目的で誘拐を企てたとしよう。その場合わざわざ君の家まで忍び込んで、彼女を攫う必要は無い。いくらでも外で機会がある。その方がよっぽど簡単だ」

 なるほど、確かにその通りです。

「家の中から連れ去られたというのは、計画的と言うよりは衝動的という感じがする。そして計画的でない以上、営利誘拐とは考えにくい。衝動的営利誘拐、というのはあまり聞かないからね。営利誘拐はたいてい、計画的なものだ」

「で、では、怨恨か何かだろうか。和華子さんに恨みを持つ人物が家に忍び込み、衝動的に……?」

「君、和華子さんが人に恨まれるような心当たりがあるかい」

「無いよ、そんな事あるはずがない」

「ああ、僕もそう思う。彼女は良家の令嬢だ。個人的な怨恨を受けるような人付き合いをしていないだろうし、仮にそういった事があっても、やはり相手も立場や家柄のある人物だ。誘拐などと、まるでそこいらのやくざ者のような荒々しい事はしないだろう。もし露見すればその人物も立場を失う訳だからね」

 彼は煙草の煙を深く吸い込み、吐き出しました。

「さて、では誰が、何故。ここで当然考えられるのは……、色恋沙汰だ」

「では……、あの書生が?」

「うん……、書生か……。だが……、」

 彼は考え込む様子で独り言のように曖昧に呟くと、手にしていた煙草をゆっくりと灰皿に押し付け、私の方に向き直りました。

「君の話から考察するに……、客観的に見て最も疑わしいのは、君だ」

「えっ、そんな! 僕は……」

 慌てる私を、彼は片手で制しました。

「客観的に見て、という話だ。もちろんこの僕は、君がそんな人ではないと分かっている。だが警察はそう考えない。状況と合わせて考えてみれば、和華子さんの逢引を目撃して頭に血が上った君が、カッとなってした事だと考えるのが自然だ」

 何故彼が、警察へ行くのを待てと言ったのか、私にもだんだんその理由が分かってきました。

「し、しかし。もし僕が逢引の現場を目撃した事を話せば、それは、自分に不利な事をわざわざ話したという事じゃないか。それこそが身の潔白証明になりはしないか」

「ううん、それはどうだろう。裏をかいて、疑いを逸らす為にあえてそうしたとも解釈できる」

「そんな……」

「書生以外にも、和華子さんと恋愛関係のありそうな者はいないかい」

「そ、そんな。いるはずがないよ」

「では、関係が無いまでも、一方的に懸想している者はどうだ」

 彼にそう言われ、私はぐっと喉元を抑えられたような気がしました。一方的に懸想している人物が、思い余ってこんな事をしでかした。確かにそれは充分ありそうな事に聞こえます。しかし……。

「いるかもしれない……、だが僕には……、心当たりがない」

「そうか」

「だがもし、和華子さんを恋い慕う誰かが思い募ってした事ならば、彼女に危害を加えたりはすまいね」

 思わず肩の力を抜いた私でしたが、彼は反対に、

「いや、そうとは限らない」

 と、表情を固くしました。

「心中だとか、馬鹿な事を企てないとも限らないからね」

「まさか。そ、そんな事が」

「有り得なくはないよ。恋に浮かされた人間は時として、とんでもない事を考えるものだからね」

 私は背筋に冷たい水を浴びせられたように、身震いしました。しかしそのおかげで私の頭は、自分が今何を為すべきかはっきりと分かったようです。和華子さんの身が危ないのですから、例え我が身が疑われようと、躊躇している場合ではありません。

「僕はやっぱり警察へ行くよ」

 私は勢い良く立ち上がりました。しかし、彼はまだ何か言いたげな顔をしています。

「何だい。まだ何か……」

 彼はゆっくりと私と目を合わせ、躊躇いがちに、言葉を続けました。

「……君は随分と和華子さんを心配しているようだが。忘れてやしないかね。彼女は君を裏切ったのだよ」

 私ははっとしました。確かに私は、改めてその事を思い出したのです。

「仮に和華子さんに何かあっても、それは天罰というものじゃないかね」

 彼の声音に含まれた冷たさに驚いて、私は思わず彼を見つめました。そこに一瞬、複雑な……、様々な心の入り混じった色が現れました。

「何を……、何を言うんだ。彼女は……、」

 私はこの時、何か違和感とも言える得体の知れないものを友の中に感じ取りました。しかしそれはほんの刹那の間に起こり、彼はすぐにいつもの冷静な表情に戻ったのです。

「いや、失敬。僕としては、大切な親友を裏切った女性に一言言ってやりたい気持ちがあったのだよ。すまなかったね」

 彼はそう言って立ち上がり、

「……どちらにしろ家族の誰かが、和華子さんの姿が見えない事に気づいて、もう届け出ているかもしれないけれど。ともかく、警察へ寄ってから君の家にゆこう。僕も同行するよ。何か手伝える事があるかもしれない」

 と、掛けてあった外套を手にしました。

「え、君が?」

「うん。以前、僕の先生の事を話したろう。養父母に死なれた後、僕を引き取って弟子入りさせて下さった先生の事を。覚えているかい」

「ああ」

「その先生というのは、実は探偵なのだ。僕は助手として先生の元で働いていたのだよ。今は大学に通うため助手の仕事は休んでいるけれども、犯罪調査についてはある程度の知識を持っている。だから、僕が力になれるかもしれない。いずれにせよ、君がまず疑われるのは間違いないからね。放ってはおけないよ」

 それを聞いた時の私の心持ちを、どう説明すれば良いでしょう。彼に任せれば大丈夫。そういう、根拠の無い安心が私の心を満たし、私は一気に身体の緊張が解けるような気がしたものです。


 深夜の街を足早に歩きながら、私は彼の言った事を再度考えていました。

 恋愛沙汰。和華子さんに懸想する人物。実は私の心の中に、ある考えがあったのです。それは私にとって、あまり認めたくはない考えでした。私は迷った末、それを口にする必要は無いだろうと判断したのです。なぜなら、その人物が誘拐犯であるはずがないのですから。やはり、誘拐犯はあの書生に決まっています。しかしそう考える反面、私には、あの書生がそんなに情の激しいたちだとは思えませんでした。むしろどちらかというと少し軽薄で、気軽に多くの女性と付き合うような男に見えます。なかなかの美男子ですし、どう見ても、一人の女性に思い詰めて道を踏み外したり、ましてや心中を図ったりするような男だとは考えづらいのです。

 恋。懸想。

 何気なく、寒気を避けるためかのように、私はとりとめもない事を口にしました。

「ねえ。君は、恋に浮かされた者は何をするか解らないと先ほど言ったね。君は、そんな恋をしたことがあるのかい」

 その瞬間の彼の表情を、嗚呼、私はどのようにここに記せば良いのでしょう。まるで悪戯を見つかった幼い少年のような、無防備な彼がそこに現れたのです。私は驚いて目を見張りました。すると一瞬にしてその表情は消え去ってしまい、彼は不機嫌に眉をしかめると、

「さあ、無駄話をしている時じゃないだろう」

 と、さっさと先に立って歩いて行くのでした。

 最寄りの警察署に着くと、深夜だと言うのに大勢の警官達が騒がしく出入りしています。傍に居た巡査を捕まえて話をすると、やはり、先ほど男爵家から使いの者が来て、事の次第を知らせたそうです。私は犯人を追跡しようと夢中で飛び出してしまいましたが、他にも誰か家族の者が騒ぎを聞きつけ、警察を呼んだのでしょう。何でも警察では、男爵家での事件という事で特別に、上層部から腕利きの警部と探偵を派遣してくれたとの事です。今頃は男爵家で捜査に入っているはずだと、その巡査は教えてくれました。

 私達は大急ぎで我が家に向かいました。


 家に着くと、やはり大勢の警官たちが出入りしています。捜査の責任者である警部は居間にいるとの事なので、私達は急いで向かいました。

 居間に入ってゆくと、男爵夫人と私の父が、がっしりした体格の中年の男と話をしている最中でした。その男がおそらく、上層部から派遣されてきたという警部なのでしょう。口髭を蓄えた五十代位の紳士で、見るからに腕利き警部といった厳しい顔つきをしています。その傍には、もう少し若く、柔和な表情で細身の体つきの紳士がいました。

「まあ、和真さん」

 私の姿を認めると、男爵夫人が驚いて声を上げました。

 私はハッとしました。私の後ろに立っていた友人の様子をそっと伺うと、驚きと恐れと戸惑いとの入り混じった、何とも複雑な表情を浮かべています。無理もありません。彼は夫人と目を合わせぬよう、慌てて俯きました。

「おばさま! 貴女が誘拐の事を警察に連絡して下すったのですね」

 私は夫人の注意がそちらに行かぬよう、多少大げさに声を上げました。

「ええ。でもどうしてその事を?」

 部屋に居た全員が、怪訝そうな顔で私を見つめました。

「僕は、和華子さんが攫われる所を見たのです。そして今まで誘拐犯人を追跡していたのです!」

 その瞬間、警部らしい男と、もう一人の細身の男の目がキラリと光り、鋭く私を突き刺しました。警部は素早く前に出ました。

「お話を伺いましょう。私は本件の責任者、波越と申します」

「これは、どうも。僕は秋月伯爵家の次男で、秋月和真と申します」

 私と波越氏はそう言って挨拶を交わし、さらに波越氏は、細身の紳士を私に紹介しました。

「こちらは、探偵の明智小五郎先生です」

「明智小五郎先生ですって。あの有名な?」

 私は驚いて聞き返しました。

 明智小五郎探偵は、警察もお手上げの難事件を幾つも解決している、高名な探偵なのです。その活躍の数々が新聞を賑わせるだけでなく、本にもなって出版されているくらいです。さらに、有名な美術品泥棒、怪人二十面相の唯一の好敵手とも言われています。

 こんな有名な探偵がわざわざ来て下さるとは、どういう仔細があったのかは分かりませんが、大変心強いことです。

「これは、これは。わざわざお越し下さってありがとうございます」

 私は頭を下げました。

 明智探偵はきちんとした身なりの四十絡みの紳士で、本にある通り、もじゃもじゃとした黒い頭髪をしていました。しかしそれも、今はうまく整えられています。堀の深い顔立ちに、どことなく異国情緒がありました。もしかすると混血なのかもしれません。一見穏やかな風采ですが、鋭い目つきがその印象を裏切っていました。

「ところで失礼ですが、こちらの青年は」

 波越警部の言葉に、その時になって初めて、私の後ろに隠れるように立っていた友人に人々の注目が集まりました。

「ご紹介します。彼は僕の友人なのですが、追跡の途中で彼に助けを求めたのです。犯罪捜査についての心得があるそうで、協力を申し出てくれたのです」

「そうでしたか。……おやッ、君は」

 波越警部は友人の顔をしげしげと眺めたかと思うと、次の瞬間、強面の表情を崩し微笑みを浮かべました。

「やあ、小林君じゃないか!」

 警部は親しい友に話しかけるように、彼に話し掛けました。

「随分と久しぶりだね。立派な青年になって……、見違えたよ。今の今まで気づかなかった」

「はい。ご無沙汰しております、波越警部。……明智先生」

 友人が二人にそう挨拶したので、私は些か驚かされました。

「君、お二人と知り合いなのかい」

「ああ。僕がお世話になっている先生の事を話したろう。それは実は、明智先生の事なのだ」

「こんなところで会うとは奇遇じゃないか。……小林君」

 明智探偵が彼に語りかけました。

 その言葉に、私の友人の名が、記憶に結びつきました。

 小林芳雄。「小林少年」の名で知られ、名探偵明智小五郎の助手として、少年探偵団と共に活躍した少年探偵の名ではありませんか。その活躍の数々を記した本を、私も少年の頃夢中になって読んだものです。

「君、君があの小林少年なのかい。思いもよらなかった」

 私は驚きのあまり興奮して叫びました。

 私の友人、小林芳雄君は林檎のように頬を赤くし、小さく一つ頷きました。

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