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「さあ、もう大丈夫だ。椅子から出てきたまえ」

 遠くから響いてくる声に、私は目を覚ましました。

 閉じていた瞼をゆっくり開くと、そこは闇でした。覗き穴から、針の先ほどの僅かな光が一筋、椅子の中に差し込んでいます。

 そう、私は椅子の中にいるのです。明智探偵の策略で、薬の入ったブランデーを飲まされ、そして……。それから?

「和真君。目を覚ましているのだろう」

 嗚呼、それは懐かしい小林君の声でした。

「……小林君、ここは、どこなんだい」

 私は掠れた声でやっとそれだけ言いました。意識を失う直前に、もしかしてこのまま殺されてしまうのかも、などと考えた事を思い出しました。しかし、どうやら明智探偵にその気は無かったようです。

 辺りはとても静かでした。小林君の声の他には物音一つ聞こえません。しかし私の鼻腔が、椅子の中に流れ込んでくる微かな潮の香りを捉えました。ああ、近くに海があるのだ、と私は思いました。

「さあ、もう安心して良いのだよ。出てきたまえ」

 小林君が椅子に手をかけて呟きました。しかし……、

「嫌だ」

 私は静かにそう答えました。

 私の心は、すっかり、くたびれ果てておりました。

 あれほど信頼していた小林君までもが、私を謀っていた。

 嗚呼、人の心とは、なんと当てにならないものなのでしょう。このように不確かなものによって私の世界は作り上げられていたのです。そしてそれは繊細な硝子細工の様に、呆気無くも散り散りの欠片となって飛び散ったのです。

「僕にはもう、何も信じられない。君すらも僕を裏切っていたではないか。僕はここから出ないぞ。出るものか。このように何も信じられないなら、僕は椅子の中の方が良い。僕は椅子だ。椅子で構わない、僕は椅子だ! 椅子人間だ!」

 私はまるで子供のように、闇の中で泣き、叫びました。

 私は小林君がこのような私に呆れるか、もしくは馬鹿な事を言うなと叱りつけるかするものと思いました。しかし彼はただ黙っています。

 やがて私は、椅子にゆっくりと重みがかかったのを感じました。彼が椅子に腰掛けたのです。一言も言わず。彼は半身を捻り、椅子の背にその白い頬を寄せました。ちょうど椅子越しに、彼の頭が私の肩口にもたれかかっている形です。椅子の中で私の腕がぴくりと動きました。私は彼の身体をこの腕に抱きとめているのです。なめし革を通して、彼の体温が私の胸に伝わるような気がしました。物言わぬ彼の温もりが何故か心地良く、私はただそれを抱きとめていました。嗚呼、人の心はこれ程までに冷たく不確かであるのに、その心を包む肉体は、それとは裏腹に何と温かなのでしょう。

「和真君、どうか僕を許してくれ。僕には耐えられなかったのだ。あの椅子の中で二人の手紙のやりとりを見た時、僕の心に憎しみが燃え上がった。よく憎しみは炎に例えられるけれども、あの時の僕の憎しみはそんな生易しいものではなかった。頭がカッと熱くなるのとは真逆に心は冴え冴えと冷えきって、まるで氷だった。僕の憎しみは、まるで氷の炎だったのだ。彼女は君の愛情に値しない、彼女は君を裏切っている。僕の闇を照らす光である君を、僕には永遠に手の届かない君を手に入れながら……。僕はそう思って……」

 最後の方は言葉にならずに、小林君はさめざめと泣いていました。

(嗚呼、小林君。僕は知っていたのだ)

 私は口には出さず、彼に懺悔しました。

(君が僕に対して、単なる友情以上の想いを持っている事を知りながら、僕は素知らぬ顔をしてきた。だが僕に一体何が出来たというのか。君の異常な性癖は、それで君への友情が変わるもので無いとは言え、やはり僕にとっては理解し難い、グロテスクなものなのだ……)

 しかし、だからと言って、その心を利用して良い理由にはなりません。私は彼の心に知らん顔をして彼を頼り、彼の親切を期待し、彼の友情を利用してきたのです。全てはこの私自身の、卑劣な心が招いた結果なのです。

「……彼女はいずれ君の妻として堂々と光の当たる場所に立ち、この僕はと言えば、闇の中で君を想うしかない。僕はあの椅子に入っていた男の心がよくよく分かった。椅子の中で想うしかない、あの男の心が。僕も同じなのだ。僕も椅子から出られない、椅子人間なのだ!」

「小林君、どうして今まで何も言わずにいたのだ。もし言ってくれていたなら……」

 小林君が私にその心を打ち明けていたら。しかし、私はどうしたでしょう?

「闇に蠢くモグラが、陽の光の元で輝く向日葵を恋してしまったと、どうして告げられるものか」

 小林君は絞り出すような声で言いました。

 その時です。

「嗚呼! 素晴らしい!」

 突然、部屋に大声が響きました。私は驚いて覗き穴から辺りを伺いましたが、声の主の姿は見えません。小林君も、部屋の中をキョロキョロと見回しています。

「ああ、小林君。君は今、Jelousの快楽さえもこの僕に与えてくれるのだね……。素晴らしい。君は本当に素晴らしいよ。嗚呼、僕の小林君……」

 声は天井の方から響いてきます。見れば、天井近くに備え付けられた無線機のような機器から、明智探偵の声が聞こえてくるのでした。この部屋に仕掛があって、私達の会話をどこか別の部屋から聞いているに違いありません。

「さあ、もうじき船が着く。小林君、お客様を僕の所にお連れしてくれ」

 声がそう言いました。

「船だって」

 私は驚いて叫びました。

 小林君は椅子の背にある出入り口の蓋を外しました。子供のように拗ねていても仕方ありません。私は観念して、そろそろと椅子から這いずり出たのです。

「君は今、海の上にいるのだ」

 小林君はそう言って、小さな窓から外を指さしました。そこには見渡す限りの青い海原が、強い日差しを照り返し輝いていたのです。


「これは……一体……」

 私は呆然として窓からの光景を眺めました。さらに部屋の中を良く見てみれば、そこは船室でした。私の入っていた人間椅子と、和寿君の椅子、その他にも我が家の書斎にあったいくつかの椅子が並んでいます。

「明智先生は君の名で運送屋を手配して運び出したのだ。傷の付いた椅子を修理に出すという口実でね」

 小林君がそう説明してくれました。

「彼は僕をどうするつもりなのだ」

「先生は、君をある場所に招待すると仰っている」

「招待だって」

「危険な事は無いから、安心して良い。明智先生はあれでも、物騒な事をなさる方ではないのだ」

 小林君は気まずそうに、私と目を合わせないよう会話しています。私はそんな小林君が哀れでした。しかし同時に、椅子から覗き見てしまった明智探偵と小林君の姿が記憶に蘇り、私の頬がカッと火照りました。

「さあ、こっちへ」

 小林君は船室の扉を開けて私を誘いました。私は、ひとまず従うしかあるまい、小林君が危険は無いと言うのなら大丈夫だろう、と、小林君の後に付いて廊下を通って行ったのです。

 階段を登って甲板に顔を出した途端、びゅう、と強い海風が私の頬をなぶりました。

「やあ、和真君」

 明智探偵が目の前で微笑んでいます。私の胸には、騙されたという怒りがこみ上げてきました。

「明智探偵! 一体これはどういう事です。僕をどうするつもりですか」

 海の上では、どこに逃げる事もできません。全ては明智探偵の手の中なのだと分かっていながら、私は精一杯の虚勢を張って彼を睨みつけました。

「まあまあ、そんな怖い顔をしないで。僕はただ君を、あの島に招待したかったのだよ」

 そう言って彼は、船の進行方向を指し示しました。

 そこには、何やら不思議な形の島が、まるで城のように海上にそびえ立っていたのです。


 島の殆どは、大きな灰色の外壁で囲まれています。一見自然の岩山かと見紛いそうですが、よく見るとコンクリートでこしらえた人口の壁だと言うことが分かります。不規則な曲線を描き、巧みに自然の岩山を模してあるのです。その壁のせいで島の内部の様子は全く分かりません。しかし壁の向こう側、島のちょうど真ん中辺りから、円錐形をした西洋風の塔のような、しかし見た事も無い不可思議な建物が、空に向かってニョッキリと突き出しているのが見えました。

 そうして船が島に近づいてゆくにつれ、海上にプカプカと浮いている筏の様な物が見えてきました。やがて船はそこに横付けされ、止まりました。

 筏と思ったのは、4メートル四方位の簡易船着場とも呼ぶべき場所でした。

 しかし島まではまだ大分距離があります。そこには海上にポッカリと突き出たその簡易船着場以外、何もありません。こんな所で船を止めてどうするというのでしょう。

「さあ、着いたよ。降り給え」

 明智探偵は、戸惑っていた私の肩を叩きました。

「でも、ここに一体何が……」

 私はハッとしました。もしかして彼は、誰にも見られる事の無いこの海上で、私を亡き者にしようというのではないかしらん。

 私は思わず辺りを見回しました。筏の周りは一面海。島までの距離は、一キロ、いや二キロもありましょうか。しかし相手は船を持っているのですから、泳いで逃げきれる可能性は万に一つもありません。

「ハハハハ。そんなに怯える事はないよ、和真君」

 明智探偵は私の考えを見透かし、笑いました。

「何を隠そう、ここが入り口なのだよ。ほら」

 彼はそう言って、筏の真ん中を指し示しました。そこには船のハッチのような入り口が開いています。恐々覗き込んでみると、その入り口から下に降りる階段が続いているのでした。してみると海に浮いているとばかり思ったこの筏は、実は海底から築かれた人工島の様な物なのでしょう。

「さあ、降り給え」

 抗配の急な階段の先は薄暗く、降りた所に何があるのか、ここからではよく見えません。私はたじろぎました。

「怖がる事はないよ。何も企んじゃいない。……では、小林君に先に行ってもらおう。さ、小林君。君は先に行って、お客様を歓迎する準備を整えてくれたまえ」

「はい、先生」

 小林君はそう答えると、ちらりと私を一瞥し、階段を降りて行ってしまいました。私はひどく不安になりましたが、どうするという考えもありません。

「さ、僕達は後からゆっくり行こう」

 明智探偵が私を促しました。ここまで来ては仕方無いという諦め、また、多少の好奇心が頭をもたげるのを感じつつ、私は彼の後を追って階段を降り始めたのです。

 階段を降りきった所は狭い踊り場のようになっていました。電灯が一つ灯っているきりで、足元も見えない程の暗さです。しかし次第に目が慣れてくると、目の前に黒塗りの大きな扉があるのが分かりました。

「さあ」

 明智探偵が、その重たそうな両開きの扉をゆっくりと開きました。するとそこから突如として、眩い光が差し込んできたのです。その明るさを予期していなかった私の瞳は眩しさにくらんでしまい、視界が一瞬真っ白になりました。暫くしてから薄目を開き辺りの様子が見渡せるようになった時、私は言葉を失って立ち尽くしたのです。


 ああ、私は夢を見ているのでしょうか。親愛なる読者諸君よ、私は、その時私の眼前に広がった光景と私の驚きとを、ここに完全に書き表す術を持ちません。

 夏の空のような煌めく清々しい青色が、私の視界いっぱいに広がっていました。遥か天上からプリズムの光が降り注ぎ、何十本もの光の柱となって辺りを照らしています。

 そこは、空と海と陸とが一つに溶け合った場所でした。魚が空を泳いでいるのです。鳥が水中で歌っているのです。

 サンゴ礁の傍らに赤や黄の南国の花々が咲き乱れ、お互いにその鮮やかな色彩を競っています。その周りにはまるで劇場に集う観客のように、大小様々の魚達が群らがっています。傍で白い小鳥が羽ばたいたかと思えば、岩に張り付いた真っ赤なヒトデが、その様子をじっと眺めています。光の柱の中で、プランクトンが、まるで祝福された天使のようにたゆたっています。たわわに実った柘榴の樹の枝には、柘榴と同じ色をした可愛らしい小鳥が歌い、樹の根元には新緑の海藻が揺らめき、小さな虹色の貝殻が散らばっています。その貝殻の間を、銀色に光る小さな魚の群れが、きらきらと光を反射しながら飛び回っていました。白砂の上にくっきりと影を落とすものがあるので思わず見上げると、私の頭上を、青銅色をした大きな魚が飛ぶようにして通り過ぎるところでした。その魚はすごい速さで泳ぎ去り、たちまち見えなくなってしまいました。すると今度は私のすぐ近くで、大きな孔雀が見事な羽を広げました。身体に黒い縞のある金色の魚達が、まるでそれを賞賛するかの如く、くるくると輪になって孔雀の周りを泳ぎ回ります。

 私は頭がおかしくなってしまったのでしょうか。このような自然に反した場所が、この世にある筈がありません。これは天上の世界、全てが一つに溶け合った桃源郷なのでしょうか。


 黒い扉の向こうは長いトンネルになっていて、私は今、その入口に立っていました。トンネルは全て硝子張りで出来ていて、トンネルの中から外側の桃源郷の様子を眺める事が出来るのです。トンネルは緩やかな下りになっていて、目の前にはさらに下へと続く、やはりこれも硝子製の階段が私を待ち受けていました。

「驚いたかね。どうだい、美しい眺めだろう」

「これは……、一体」

 私は息も絶え絶えにそう呟きました。

「この硝子のトンネルは海中に作られているのだ。それと解らないように二重になっていて、外側の硝子と内側の硝子の間は温室になっている。そこに樹を植え鳥を放してあるのだよ。設計の妙と、ある特殊な製法の硝子とレンズを使う事で遠近感が分かり難くしてあるので、このトンネルの内側から眺めると、空と海とが一つの空間のように見えるという訳さ」

 私はすっかり感心してしまいました。仕組みが解ってしまえば何という事もないのですが、それでも、この魅惑的な幻想世界の価値が少しでも損なわれるものではありません。

「さ、まだまだ見せたいものが山程あるのだからね。先へ行こうじゃないか、和真君」

 明智探偵は私を下り階段へと誘いました。私は、自分の置かれた状況を鑑みればおかしな事ですが、ここでもっとこの美しい桃源郷を眺めていたい気がしていました。しかしこの先に何が待ち受けているかという興味も同じ程強く、名残惜しげにふり返りつつ階段を降りてゆきました。


 階段はどこまでも続いています。海の深い部分に向かって下っているのでしょう。水深が深くなるにつれ海面からの光は届きにくくなり、次第に辺りは薄暗くなってきました。同時に、硝子の外側に見える生き物の顔ぶれも変化してゆきます。鳥達の姿は見えなくなり、飛ぶように泳ぐ魚達も、だんだん暗い色の魚が多くなってきたようです。そして私の心持ちにも変化が現れ始めました。光から、闇へ。つい先程、あのように明るく眩しい光景に魅了された心が、それと対比を成す、世界の暗く醜い部分を凝縮した深い深い場所へゆっくりと沈んでゆくかのような。

 気味の悪い色をした海蛇が、身体をくねらせて私のすぐ脇を硝子越しに通り過ぎました。私は思わずびくっとして飛び退り、明智探偵の肩にぶつかりました。

「おやおや、そう怯えずとも良いのだよ」

 明智探偵はにやりと微笑み、私は顔を逸らしました。

 そうして歩き続けるうちに、とうとう、辺りは殆ど何も見えないほど暗くなってきたのです。

「さあ、この辺りが一番深い場所なのだ」

 明智探偵がそう言った途端、強い光を放つ電灯が何十となく灯されました。それが私の眼前に、深い水底の世界を照らし出したのです。

 深海の底はまるで森のようでした。女の髪のような海藻が辺り一面、ゆらゆらと水流に揺られています。そしてその一本一本が、まるで私を手招きしているかのような動きをするのです。

 海藻の森の間から、見た事も無い様な醜い生物が顔を覗かせています。のっぺりとした顔。あれも深海の生物なのでしょうか。硝子の天井にべったりと張り付く、気味悪いイボの付いた触手。よくよく見ればそれは、大きな蛸を真下から見た姿なのでした。料理皿に載っている姿しか見た事が無い、長い髭をもつ海老が生きて動きまわる様を眺めると、あれをいつも食っていたのかと何だか不気味に思えてきます。その動き方はまるで蜘蛛にそっくりではありませんか。魚達の動き方も、ここではまるで違いました。まるで幽霊のようにスウッと硝子に近づいて来たかと思うと、そのまま動きもせずにこちらをジッと覗き込んでいるのです。瞬きをしないその瞳は、まるで目玉だけが空中に浮かんでいるようで、私はぞうっとして思わず目を逸らしました。

 電灯の灯りだけではそう遠くまで見渡す事が出来ません。水底の、光の届かない場所に幾百もの奇っ怪な生物が蠢き、私の挙動をじっと見つめている。そんな想像がふと頭をかすめ、私は思わず辺りをきょろきょろと見回しました。

 それにしても、水深の浅い場所での、あの硝子と溶け合ったような透明で美しい水の色に比べ、ここはなんて淀んでいるのでしょう。それはまるで天国から地獄への旅路でした。ウネウネと曲がりくねったトンネルを明智探偵と行くうち、私は、彼が傍に居てくれて心強いとすら感じ始めていたのです。

 やがてまたトンネルは緩やかな上りとなり、上に行くに従って少しづつ明るさが戻ってきました。ああ、なるほど。今度は先程とは逆に、地獄から天国への旅路なのか。そんな事をボンヤリと考えていた私は、遥か頭上から何かが近づいて来るのに気づきました。

「あっ」

 私は短い叫び声を上げました。

 二人の少年が艷やかな黒髪を水になびかせ、まるでイルカのように見事な泳ぎで近づいて来たかと思うと、私の頭上、トンネルの上に降り立ちました。背に翼こそ生えていないものの、その姿はまるで宗教画にある天使の降臨そのものです。何一つ身に纏わぬ健康的な裸体が白く輝き、その表情は水の中にあって快活に微笑んでいます。

「やあ、私達を迎えに来てくれたんだよ」

 明智探偵が言います。

 二人の少年は、互いにふざけたり笑い合ったりしながら、硝子のトンネルの外側を私達と並んで泳ぎました。彼らが動く度にその身体から沢山の小さな泡が離れ、海上からの光を反射して煌めきながら水中を登ってゆきます。それはまるで彼らの白い皮膚から、真珠が次々に生まれ出てくるように見えたものです。


 夢の様な海底トンネルは、とうとう終点に辿り着きました。トンネルの出口はそのまま鍾乳洞の入り口に繋がっているようです。海底を歩いてとうとう島に着いたのです。少年達は私達が鍾乳洞の入り口に着いたのを硝子の外側から見届けると、最後に大きな泡を口から吐き出し、二人してじゃれあいながら水面に上がって行ってしまいました。

「さあ、滑るので足元に気を付けて」

 水底の世界に名残惜しい気がしつつ、私は明智探偵に続いて恐恐と鍾乳洞に足を踏み入れました。

 狭い入り口をくぐり抜けて鍾乳洞の中に入ると、中は思いの外広い空間になっていました。それはちょうど円錐の内側に立っているようで、見上げれば遥か高い所に天井があります。

 鍾乳洞の内壁は一面、紫色の水晶で覆われていました。私は思わず、ほう、と溜息をつきました。まるでここは水晶の城ではありませんか。黒い岩肌から突き出した水晶の塊はどれ一つとして同じ形がなく、無秩序に思い思いの方向に伸びているかと思えば、そこには不思議な調和と完成された自然の美がありました。

 広場のようになっている中央部分に螺旋階段が備えられています。してみると、ここから島の地表に出られるのでしょう。しかし、そこには一体何があると言うのでしょうか。

 明智探偵と共に、私は螺旋階段をゆっくりと登ってゆきました。

 二、三十メートル程の高さを登ったでしょうか。階段の一番上は岩肌に空いた大きな穴に接していて、そこから光が差し込んでいました。

 先に立った明智探偵は一歩その出口から外に踏み出すと、私の方を振り返り、満面の笑みで言ったのです。

「ようこそ、僕のパノラマ島へ!」

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