小林芳雄
「何、話というのは他でもありません。引き上げる前に、僕が突き止めた事実を貴方には伝えておこうと思いましてね」
明智探偵はそう言うと、煙草の煙をくゆらせました。妙に勿体をつけているようなその仕草は、私を心なしか苛立たせました。
「何ですか、事実とは。犯人が誰か分かったとでも言うのですか」
私は半信半疑で尋ねました。やはり、私の勘は正しかったのでしょうか。明智探偵は、我々が考えていたより多くの事を掴んでいるのでしょうか。
「まあまあ、そう焦らずに。時間はたっぷりありますから、順を追ってお話しましょう。和真さん、あなたはこの一連の事件についてどう考えておられますか」
「そうですね、」
私が知っていて明智探偵が知らない事実も、また私が知らない事実もあります。しかしその全体像は、まるで雲を掴むようでした。私はなるべく核心に触れぬ言い方で、明智探偵にそのように告げました。
「結局、僕には何が何だか……」
「そうですね」
明智探偵は、その漆黒の濃い睫毛に縁取られた、異国情緒を漂わせる瞳でじっと私を見つめました。それはまるで精巧な硝子細工の様で、俄に私を不安にさせました。
明智探偵は後ろ手を組むと、考え込んでいる様子で部屋の中を歩き回り、やがてゆっくりと話し始めました。
「貴方の仰る通り、この一連の事件には実に掴みどころがありません。謂わば『曖昧な事件』です。……実際の所、犯罪が行われたのかどうかすら曖昧です」
「ええ、確かにそうですね」
「まず最初に、男爵家令嬢和華子さんの誘拐事件があった。恐喝を行っていた書生を追い払う為の狂言誘拐だったはずが、本当に何者かに誘拐されたのです。悪質な悪戯電報と、男爵邸付近を怪しい男がうろついていたという情報、さらに以前には、書斎に空き巣が入った事もありました。これらの件は、共同で事業を行っている秋月伯爵、小早川男爵の両氏に商売上の恨みを持ち、嫌がらせを企んでいる者の存在を匂わせます」
「それが、一連の事件と関係があるとお考えなのですか」
「あるかもしれませんし、無いかもしれません」
明智探偵は慎重に答えました。
「そして次に、誘拐に関わりがあると目されていた書生が死体で発見されました。しかしその死体は、窓から覗いていた怪しい人物に気を取られていた、ほんの僅かの間に消えて無くなってしまう」
「…………」
「そして『椅子人間』を名乗る誘拐犯から、脅迫状が送られてきました。しかし犯人の要求は金銭などではなく、何の価値もない玩具同然の指輪だった」
その理由を知っているのを悟られぬよう、私は口をつぐみました。
「実際には取引が行われるより前に、秋月伯爵に変装して伯爵家に入り込んでいた怪人二十面相に救出され、和華子さんは無事に帰宅した。ここでは犯罪は行われたものの、被害らしい被害は出ていません。書生の死体の発見についても、本当であれば殺人事件ですから、これは重大です。しかし死体が消えてしまった事で、この件もまたひどく曖昧になってしまった。果たして本当に事件が起こったのか、という所です」
私はあの不気味な死体をまた思い出し、身震いしました。
「そして怪人二十面相の、指輪を改めて盗むという予告。これに関しては、我々は指輪を守る事に成功しました。ですが、不幸な発砲事件が起こりました。ここに至って初めて、被害らしい被害が出たと言えるでしょう。しかし犯人は明らかですし、この件に関しては事件と言うより家族間の諍い、とでも言った方が良い気がします」
「…………」
「一連の事件は曖昧なまま収束しようとしていますが、結局、謎は謎のまま残っています。誘拐犯、書生を殺し死体を隠した『椅子人間』とは何者なのか。なぜ書生は殺されたのか。また、死体はどこへどうやって消えたのか。窓から覗いていたのは誰か。怪人二十面相と椅子人間は何故指輪を欲しがったのか。怪人二十面相はどうやって逃げおおせたのか……、エトセトラ、エトセトラ」
そこまで話すと明智探偵は二本目の煙草に火を付け、その煙を深く吸い込みました。細い指先に挟まれた紙巻煙草から、青白い煙がうっすらと立ち上ります。私はその煙の動きを目で追いながら、尋ねました。
「明智探偵、あなたはもしかして……、その謎の答えが全て解っているのですか」
「ええ。全てではありませんが、ほぼ解っています」
「何ですって。それじゃ何故、すぐに椅子人間を逮捕しないのです」
「まあまあ、そう慌てないで。僕には僕の理由があるのですよ。他ならぬ貴方にこうしてお話しているのも、その理由があるからなのです」
「どういう事ですか」
「単刀直入に伺いましょう。貴方は、『椅子人間』の正体に心当たりがありませんか」
唐突な明智探偵の言葉に、私はまるで自分自身が椅子人間であるかのように動揺しました。
「あ、ありませんよ。もしあるなら、とっくに警察にお話しています」
「本当ですか。……では、質問の仕方を変えましょう。貴方の周りに、明らかに嘘をついている、もしくは何かを隠している人物がいませんか」
私の心臓は早鐘のように打ち始めました。
もしかすると。明智探偵は……、もしかしたら。
和明君が見た事。痣の事。
「その人物は、不可思議な事件が起こる時、いつも貴方の近くにいませんでしたか」
「…………!」
「どうですか。心当たりがおありでしょう」
「……しかし、しかし! そんなはずありません! 彼は貴方の……」
そう叫んでから、私はハッとしました。
気づけば明智探偵の視線は私を通り越し、夢見るような目つきでどこか遠くを見つめています。私は彼に、何か得体の知れぬ恐ろしさを感じて戸惑いました。しかし一瞬の後、明智探偵はまるで夢から覚めたように、ゆっくりと私の方に振り向きました。
「……そうです。今は学業に専念するため私の元を離れていますが、小林君は昔からずっと、私の可愛いたった一人の弟子なのです。貴方になど想像もつかないでしょう。私にとって彼がどれ程のものか」
「明智探偵、貴方はやはり小林君が……」
「私は彼の事なら何でも分かるのです。……貴方にも、もう解っているのではありませんか。和華子さんを誘拐したのは小林君だと」
明智探偵は無情にも、私が聞くのを恐れていたその一言を口にしました。
「そ、それは。いえ、……いえ、違います! そんなはずありません! そもそも何故、小林君が和華子さんを誘拐する必要があるのです」
私は半ばヒステリーを起こしたように、上ずった声で主張しました。
「おやおや、あなたは脅迫状の事を忘れてしまっていますね。指輪の事を。誘拐犯は指輪を手に入れるために、和華子さんを誘拐したはずではなかったですか」
「あ……」
しまった、と私は思わず口元を抑えました。そんな私を見て、明智探偵はフフフと不敵な笑い声を漏らしました。
「結構ですよ、そんなに慌てなくても。脅迫状が誘拐犯とは別の人物によって出されたのは最初から明白なのですから」
「ど、どうして……」
「そもそも、誘拐犯は和華子さんを拐かす為に伯爵邸に忍び込んだのです。それなら初めから、男爵邸に指輪を盗みに入った方が手っ取り早いではないですか。それが小林君なら尚更です。仮に、彼は何らかの理由であの指輪が欲しかったとしましょう。しかしそれなら、盗み出すくらい彼にとっては造作も無い事です。彼は僕の助手として様々な訓練を積んでいるのです。探偵が悪事を働こうと思えば、悪事の専門家である犯罪者と同じくらい上手く出来るものですよ。その技術は似たような物ですからね。さらに言えば彼は貴方の友人なのですから、その気になればいくらでも機会を得られたでしょう。彼には、指輪のために誘拐などというまどろっこしい手段を取る必要がありません。……まあ、これはあくまでも、指輪が小林君にとって何らかの価値がある場合、という話です。僕としては、実際には小林君は指輪など欲しがっていなかったと確信しています。あのような指輪を欲しがるには、それ相応の複雑な理由や背景があるはずです。もし小林君にそんなものがあるなら、この私が知らぬ訳はない。つまり、いずれにせよ指輪と誘拐は結びつかない。誘拐の目的は元々指輪などではなかったのです。……という事は、指輪を要求する脅迫状の差出人は誘拐犯――小林君では無い。ついでに言えば、脅迫状を出した人物『椅子人間』も、誘拐犯でない以上和華子さんの所在が分からないのですから、指輪と交換などという取引は出来る筈がない。従って彼にとっても、指輪云々はただの口実だったと考えられます。おそらく始めから、本当に取引をする気など無かったでしょう。脅迫状を出した人物には、また別の目的があったのです」
「お待ち下さい、明智探偵。貴方は初めから小林君が誘拐犯であるという仮定の上でお話されていますが……」
「ええ、そうです」
「ではその仮定の根拠を教えてください」
「小林君が誘拐犯だとすると、全ての事実がしっくりと符合するではありませんか。まあひとつ、思い出してみて下さい」
そう言われ、私は記憶を手繰りしました。しかし浮かんでくるのは、明智探偵の言う通り、小林君の怪しげな言動ばかりです。
書生と知り合いであるのを隠していた事。私と同じ痣があるのを黙っていた事。「もし僕に生まれつきの痣でもあれば……、」と、夜会の計画を立てたあの日、彼ははっきりと嘘をついたのです。
誘拐の日、薄暗い部屋で誘拐犯を私と見間違い、「お兄様」と呼んだ和華子さん。私と小林君とは、小柄で細身の体つきがよく似ているのです。
犯人を追跡の後、小林君の下宿を訪ねた時の事。深夜にも関わらず、小林君はきちんと服を着込んでいました。そして彼が私の痣に触れた時、その指先の冷たかったこと。そう、まるでどこからか帰宅したばかりように……。
「そもそも誘拐犯は、あんな時間に和華子さんが書斎にいる事を知っていた。それは何故でしょう? それを知っていたのは……」
私は大きく首を振り、明智探偵の言葉を遮りました。
「理由は何なのです! 私の許嫁である和華子さんを誘拐する理由なんて、小林君にあるはずが……」
「おやおや。よりにもよって貴方が、白ばっくれるのですか?」
ぐっ、と胸に何かが詰まったように、私は言葉を発する事が出来ませんでした。密かに恐れ、考えるのを避けてきたある事柄が、今、私の頭上に雲のように立ち込めてきました。
「計画的ではなかったでしょうね」
明智探偵が呟きました。
「偶然が重なったのです。あの誘拐の日、悪戯電報があった事はご記憶でしょう。その電報のおかげで両家には来客が大勢押しかけ、混乱していた。客に紛れて邸内に忍び込む絶好の機会が、彼の目の前に降って湧いたのです。小林君はその機会をまんまと利用する事を思いついた。もしこの事がなかったら、小林君は誘拐などしなかったでしょう」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
私は慌てて明智探偵の話を遮りました。
「それでは、書生の件はどうなのです。あれも小林君の仕業だと言うのですか。まさか小林君が人殺しだと」
「一つ貴方を安心させてあげましょう。小林君は人殺しなどではありませんよ。何しろ書生は死んでなどいないのですから」
「何ですって」
思いがけぬ明智探偵の言葉に、私は呆れ返りました。
「貴方は僕達の証言が嘘だと言うのですか。僕達は確かに死体を発見したのです。それがほんの数分の間に、消えてしまった」
「僕達、と仰いましたね。では伺いますが、貴方は死体をその目でご覧になったのですか」
「もちろんです。何度もそう申し上げているではありませんか」
「死体に触れてみましたか」
「え? ええと、いえ……」
「触れてもみずに、何故それが死体と分かったのです」
「そ、それは。小林君が、死体だと……」
「僕には、その状況が手に取るように分かりますよ。小林君は書生を指差し、『死体だ』と言った。貴方は驚いて思わず後ずさった。小林君はその機を逃さず、『死体』と貴方の間に入り、貴方から良く見えないようにして死体を改め始めた。小林君は医学生であるのだから、ごく自然な行動です。貴方は謂わば専門家である小林君に死体の検分を任せ、怯えつつ少し離れた場所から眺めていた。こんな所ではないですか」
「そ、それは」
「本当は死体などではなかったのです。その時、書生は生きていた。恐らく死体に見えやすいよう、何かしらの薬品を使っていたのでしょう。死後硬直という現象がありましてね、人間の身体は死後八時間ほど経つとかちかちに固くなってしまうのですよ。書生がいなくなったのが午後三時頃、『死体』が発見されたのが深夜十二時頃でしたから、それが本当に死体であれば、置物のように固まっていて手足を曲げる事も出来ず、椅子から引っ張り出せなかったでしょう」
「殺されたのは、その直前だったかもしれないではないですか!」
「小林君はそう言いましたか?」
私はぐっと言葉に詰まりました。そう、確かにあの時、死体を検分した小林君は……、いなくなった直後に殺されたのだと断言したのです。
「しかし、そんな……。そんな馬鹿な。では事前に小林君と書生が示し合わせて、芝居を打ったというのですか。二人は共謀していたと」
「その通りです。書生がいなくなる前に、小林君が彼を尋問したのを覚えていますか。おそらくその時に打ち合わせをしたのでしょう」
「しかしどうして、そんな事を」
「小林君は一刻も早く、盟友である書生を安全に逃がさなければならなかった。ですがただ逃げたのでは、誘拐犯だと告白しているようなものです。警察の追跡は厳しいものになるでしょう。しかし殺されて死体となれば話は別です。書生もまた被害者で、事件の黒幕は別にいるかのように見せる事ができる。その為にも、これ見よがしに『椅子人間』などという署名を残したのです。警察は書生の死体を探すでしょうが、実際には生きて逃亡している訳ですから、ずっと簡単に逃げおおせるでしょう」
「しかし、明智探偵。その推測はやはり無理があるのではないですか。あの時僕が死体に触れなかったのは、たまたまですよ。もし僕が近寄って死体を良く眺めたり触れたりしていたら、すぐに見破っていたでしょう。そんな簡単にばれてしまうような小芝居を……」
「いいえ。貴方が決してそんな事をしないと、小林君には良く解っていたのですよ」
「何ですって。それはまた何故」
「あなたは良家のご子息です。育ちの良い方らしく温厚で柔和で、少し気弱で、やや女性的な所のある方だ。花や小動物を愛でる事はあっても、死体などという気味の悪いものに自分から近づこうとはしない。そして依存心の強い傾向がある。頼りになる友人の小林君、一種の専門家である医学生の小林君が、死体を調べてくれているのです。貴方は小林君に全て任せるでしょう。そういう貴方の性格を小林君は熟知しています」
私にはぐうの音も出ませんでした。
「その後、予め打ち合わせてあった通り、貴方達が部屋を出た隙に書生は隠れ場所に逃げ込んだ。あたかも死体が消えたように見えた訳です」
「では……、では窓から覗いていた人物は?」
「貴方はその人物を見たのですか?」
「え? い、いえ……」
「それも同じ事ですよ。小林君が、怪しい人物が覗いていたと叫び走り出した。貴方はそんな人物が本当にいたと、すっかり思い込んでしまったのです」
「しかし……、隠れ場所と言ってもどこに隠れたのですか。書斎は後で警察が入念に改めたはずです。隠れるような場所なんて……」
「あったではないですか。誰も知らない、絶好の隠れ場所が」
「え?」
「人間椅子、ですよ」
「い、椅子ですって。僕にはよく……何の事だか……」
私はしどろもどろになりながら、誤魔化そうと虚しい努力をしました。そんな私を見て明智探偵はくすくすと笑い出しました。
「和真さん、貴方はつくづく腹芸の出来ない方だ。先ほど僕が、『椅子から死体を引っ張り出す』と言ったのを、貴方はあっさり聞き流してしまったではないですか」
「!」
「和真さん。小林君に推理のいろはを教えたのは、この私なのですよ。小林君が洞察し得る事は全て、この私にだって出来るのです。貴方達はご家族の部屋を調べましたね。私ももちろん、同じ事をしましたよ。そら、貴方の今座っているその椅子こそが……」
「分かりました、分かりましたよ」
私は軽く片手を上げ、明智探偵の言葉を遮りました。確かに、彼には隠しても無駄なようです。
「しかし、明智探偵。貴方達が部屋を出てから、小林君は、何か手がかりになる物でも残っていないかと椅子の中を改めたんです。その時中に誰も入っていなかったのは確かです」
「いいえ。やはり書生は椅子に隠れたのです。……もう一つの椅子に」
私はハッとしました。そうです。椅子は二つあったのです。小林君の椅子と、和寿君の椅子が。小林君は本棚の推理から、あの時にはもう和寿君の椅子の事を知っていたはずです。確かにあの時、私達は小林君の椅子から死体を発見しました。その後書生がもう一つの椅子に隠れたとしたら……。死体消失は可能です。
「……あまりに馬鹿馬鹿しいではありませんか」
私は呟きました。
「それ以外に、『死体消失』を論理的に説明できません。そしてこれを実行できたのは小林君だけです」
私は降参とばかりに、力を抜いて椅子の背に身体を預けました。高級なクッションが、柔らかく私の身体を受け止めます。
「それと……、これは蛇足ですが、死体消失にはもう一つ別な意味がありました」
「え?」
「貴方に容疑の目を向けさせるというのが、それです」
「何ですって。小林君が?」
「ああ、誤解なさってはいけませんよ。小林君は、貴方に害をなそうと思ったのではありません」
「それは、どういう……」
「下世話な言い方をするなら、味を占めた、という所でしょう。僕が最初に貴方を容疑者扱いして、小林君がひどく憤った事を覚えていますね。苦しい立場に立たされた貴方は、小林君が自分を庇ってくれた事にいたく感動し、そして小林君に頼った。まるで小娘のようにね。小林君は、貴方に必要とされる喜びを味わった。それはまるで阿片のような快楽です。そして阿片と同じように、だんだんと、より強力な快楽を求めるようになる……」
「…………」
「貴方にはもう、解っているのでしょう。小林君は同性愛者で、密かに貴方を慕っていると」
「…………」
「和真さん?」
「僕は……、」
上ずった声が私の唇から漏れました。
「僕は、信じません! 小林君はそんな人ではありません! 彼は僕の尊敬する友人で、信頼できる人なのです。彼は立派な人物です。不幸な境遇にめげず、努力を重ねてここまで来たのです。断じて、犯罪者などではありません」
「闇が……」
明智探偵が呟きました。
「え?」
「……貴方の小林君についての評価は、間違ってなどいませんよ。彼は尊敬すべき、愛すべき我らの友です。しかしそんな彼の心の中にも、いえ、誰の心の中にも……、闇はあるものです」
「僕は信じません。小林君の口から真実を聞くまでは、信じません」
私は頑なに言い張りました。
「分かりました。では、」
明智探偵は俄に立ち上がり、私の座っていた「椅子」を指さしました。
「如何でしょう。真実が知りたければ、そのための道具がここにあるではないですか」
私はごくりと唾を飲み込みました。
「そろそろ尋問の時間です。あなたはそれを、椅子の中で聞く勇気がおありですか」
「それは……」
私は口篭りました。喉がからからに乾き、掠れた囁きが私の口から漏れました。
「おやおや、大丈夫ですか。さ、落ち着いて」
明智探偵は懐からブランデーの小瓶を取り出すと、棚からグラスを取って注ぎ、私に差し出しました。私はそれを一気にあおり、グラスを両手に握ったまま、じっと考え込みました。
「……分かりました。僕は小林君を信じます」
そう言って、私は乱暴にグラスをテーブルに置きました。