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それぞれの想い

 私は思わず身震いしました。

 確かに和寿君と和明君とは、日頃から憎まれ口を叩き合い、お世辞にも仲の良い兄弟とは言えません。しかし和寿君が、血が繋がっていないとは言え、兄である和明君を亡き者にしようなどと……。まさかそんな邪悪な考えを抱こうとは。

「僕がそんな誘いに乗ると思うのか」

 小林君の声が遠くで響くように聞こえました。

「ああ、思うよ。でなきゃこんな話はしない。男爵家の人間になれるというのは、君にとって非常に魅力的な話のはずだ。金や地位などでなく、君が一番欲しいのは……」

「君に何が解る」

 小林君のするどい声が、和寿君の言葉を遮りました。

「解るさ。言ったろう、表情に現れる感情の動きを観察しているとね」

「……それ以上言うな」

「ああ、そんなに怒らなくても」

 和寿君は、にやにや笑いを浮かべました。

「……それで君は兄の和明さんを亡き者にして、男爵家の跡継ぎになろうと言うのか」

「ああ、そうさ。僕はあの飲んだくれに取って代わるのだ。……あの、男爵家の恥さらしめ」

 和寿君の表情から笑みが消え、彼は憎々しげに唇を噛みました。

「ふん、まあそういう事にしておこうか」

 小林君はそう言うと、驚いた事に、にっこりと微笑みました。彼がそのように微笑むと、端正な顔立ちがまるで花がほころぶようです。しかしそれは温かい笑顔ではなく、どこか冷たく、見る者を魅了すると同時に威圧する笑顔なのです。果たして和寿君は、一瞬その魔力にたじろぎました。しかし負けじと気を取り直し、

「それで、協力してくれるのだろうね」

 と、小林君に詰め寄りました。

「是が非でもそうさせるつもりだろう」

「無論だ」

「約束はきちんと守ってくれるだろうね」

「ああ、心配しなくて良い。僕を信じてくれたまえ。その代わり君も、へまなどしないよう頼むよ」

 和寿君はそう請負いました。そして私が驚いた事に、小林君は、

「ああ。では、計画を聞かせてもらおう」

 と言い放ったのです。まさか本当に、殺人計画などに加担するつもりなのでしょうか。


「君、どういうつもりなんだ、一体」

 和寿君が部屋を去るが早いか、私は急いで椅子から這い出しました。そして手を貸してくれた小林君を問い詰めました。

「まあまあ、君、落ち着きたまえ」

「君、まさか本当に殺人計画などに……」

「そんな訳ないじゃないか」

 小林君はきっぱりと言いました。

「あの場合、協力するように見せかけて彼の計画を聞き出すのが得策だ。そうすれば計画を止める事も出来るのだからね」

「そ、そうか、やっぱり。僕はてっきり……」

 私は安堵と共に溜息を吐き出しました。

「ハハハ、君は僕が和寿君と一緒に、男爵家乗っ取りを企むとでも思ったかい」

「そうではないけれど」

 私は多少の気まずさを隠すように立ち上がると、服についた埃を払いました。

「しかし……、まさか和寿君があんな事を。彼は爵位にこだわりなんて無いようなな事を、いつも散々言っていたのに」

 私はただ戸惑うばかりでした。

「うん。和寿君という人は、心とは反対の事ばかり口に出すところがあるね。頭の中では理想の高い芸術家で、進歩的な考えを取り入れたがるのだが、心のうちにはひどく小心で保守的な所があって、頭の中で描く理想についてゆけない。そんな風に見える。本を燃やしてしまった事からも、彼が実はとても臆病な人である事が見て取れるし、僕は彼の絵を見てみたが、その作風からも根はひどく繊細で傷つき易い性格なのだと良く分かるよ」

 私は深い溜息をつきました。

「……ねえ、小林君。人間とは、分からないものだね。僕と和寿君とはそれこそ赤ん坊の時からの付き合いで、僕は彼の人となりも良く知っていると思い込んでいた。しかし、その和寿君の胸の内にこんな想いがあったとは……。僕は何だか、空恐ろしくなってきたよ。人間というものがね」

 しかし小林君は、私を慰めるように優しい声で言いました。

「ねえ君、それほど悲観する必要は無いかもしれないよ」

「え、どういう意味だい」

「和寿君は、兄を廃して自分が男爵家の跡取りになるのだと言った。だが僕の見た所、それはただの口実だね」

「口実? では本当の理由は一体」

「嫉妬だよ」

「嫉妬?」

「そう。彼が何故、書斎に盗みに入ったり椅子を仕掛けたりしてまで、和華子さんの事を知りたがったと思う。彼はやはり密かに和華子さんを想っていたのだ。だからこそ彼女の出自を知り、実の兄妹でないとはっきり確認したかったのだろう。まあ、和寿君の立場になって考えてみたまえ。密かに想っている和華子さんは、君に嫁いでしまう。同じように秋月伯爵の子であるのに、和臣さんは伯爵家の跡取りとして地位と名誉を約束されている。和明君も、養子でしかもあのような放蕩者でありながら、やはりゆくゆくは男爵家を手に入れる。和寿君は自分だけが何も与えられない、みそっかすのように感じていたのではないかね。さらに、自分を溺愛してくれている小早川男爵が実の父では無かったという事実を、繊細で子供っぽい所のある彼は、まるで裏切られたように感じたのだろう。しかし彼は見栄から、そんな想いを口に出す事も出来ない。あくまでも、そんな俗な事に拘らない人間だという態度を取っていたいのだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、小林君。君は和寿君の言った事を信じているのか。僕の父と、君の母である男爵夫人に不貞の関係があるなどと……そのような出鱈目を。和寿君が何を勘違いしたか知らないが……」

 しかし小林君は押し黙ったまま、何も答えません。

「まさか、真実なのか。君は知っていたのか」

「……うん、そう考える理由があった」

「そんな、馬鹿な。一体どういう理由で……」

「秋月伯爵の部屋を調べた時の事を覚えているかい。君が窓の覆いを開き、陽射しが部屋に差し込んで、ちょうど本棚の前に立っていた僕を照らした。それで僕はおかしいぞと気づいたんだ」

「一体、何が」

「男爵のような稀少本の収集家は、直射日光に晒される場所に本を保管したりしない」

「あっ」

「部屋の北側の隅、一日中日光が当たらない場所に、本棚を置くだけの充分な場所が空いていた。それなのに伯爵は何故こんな、本が傷む場所にわざわざ本棚を置いたのか。それは隣室に面した壁際だった。隣室は何の部屋だったか……」

「隣室? 男爵夫人の客間だが……」

「後で君が休んでいる間に、僕は再び部屋に忍び込んだ。そして本棚が、実は二つの部屋を繋ぐ隠し扉になっている事を確認したんだ」

「そんな……」

 嗚呼。今こそ、家族の秘密が明らかになりました。穢らわしい秘密が。お互いに信頼し合っていると信じていた私の家族……。読者諸君に、私のこの心持ちをどう説明すれば分かってもらえるでしょう。私はまるで生霊になってふわりと自分の身体を離れ、残された私自身の肉体をどこか遠くから眺めているようでした。

「和真君、大丈夫か。しっかりするんだ。すまない、つらい話を聞かせてしまって……」

 小林君の声と肩をゆする手に、私はハッと我に返りました。白昼夢から呼び戻されてみれば、そこには、私自身の所属していた世界が音を立てて壊れていくのを、ただ阿呆のように見守っている私が立ち尽くしているばかりでした。

「いや、君のせいではない……。君は僕を気遣って、今までこの事を話さなかったのだろう」

「まあ、その……」

 小林君は気まずそうに顔を伏せました。

「今はその事に心を捕らわれている時じゃない。和寿君を止めなければ。僕は……」

 私はまるで生霊が無理やり自分の身体に戻ろうとするかのように、自らに残された力を奮い起こしました。

「勿論だ。だが僕には、彼が本気だとは思えないのだ。いや、彼自身は本気の『つもり』なのだろうが……。彼は殺人を、まるで彼の好きな探偵小説の様に考えているよ。現実に人を殺める事の重みを分かってはいない。なんの事はない、彼は不貞腐れた子どもなのだ」

「そう……、そうだろうか……」

 小林君にそう言われると、私もそれほど心配しなくとも良いような気がしてくるのでした。

「大丈夫。明日は僕が協力者のふりをして、彼の計画を止めてみせよう」

「しかし、どうやって」

「僕に良い考えがある。和明君には手を出させないよ。だから君は案ずる事無く、僕に任せておきたまえ」

 小林君はそう言って微笑みました。私は安心した拍子にふと、先程から心に引っかかっていた事を聞いてみたくなりました。

「ねえ、小林君」

「何だい」

「さっき和寿君の言っていた事だけど。君の一番欲しいものって何なんだい。僕は君にはいつも世話を掛けてばかりで、どう報いれば良いのか分からないと思っているんだ。ねえ、もしも僕の家での援助なり何なり、出来る事があれば……、」

「よしてくれ、君」

 小林君は悲しげな顔で答えました。

「そんなんじゃあないんだ。あれはただの……、言葉の綾というやつさ。気にしないでくれ」

 そうして彼は顔を背けてしまいましたので、私は少々失礼な事を言ってしまったかと、この話題は終わりにしたのです。

 それにしても、和寿君が「本物」の椅子人間でないなら、一体誘拐犯は、そして殺人犯は誰なのでしょう。今や両親、さらに言えば男爵夫妻ですら疑わしいのです。お互いの夫と、妻と、関係を結んでいる二組の夫婦。腹の底では互いに憎みあっていたのかもしれません。私はもう、家族の誰を信じて良いのかすっかり分からなくなっていました。

 一体、誰が。そして未だ明らかにならないその「誰か」は、まだ何かを企んでいるのではないでしょうか。


 翌朝、父が帰宅しました。いえ、怪人二十面相ではありません。本物の父です。和寿君の推測通り、あの偽電報でおびき出された父は、怪人二十面相に拉致されて軟禁されていたのでした。しかしあくまでも客人として丁重に扱われていたらしく、幸いにもすっかり元気でした。和寿君に正体を見破られた怪人二十面相は父を返してよこし、大人しく退散したのです。そして今夜改めて、指輪を盗み出そうと言うのでした。

 家族の皆が父の話を聞き、驚きつつも父の無事を喜び合う中、私は父とどう接すれば良いのか分かりませんでした。厳しく実直な父にあのような秘密が。私の頭の中はその事で一杯だったのです。

 余所余所しい私の態度に、母や男爵夫人などは訝しげな視線を投げて寄越しましたが、私は気分がすぐれないと言って早々に部屋へ逃げ帰りました。

 しかし午後には大勢の巡査達が新たに応援に駆けつけ、邸内が騒がしくなってきました。今夜の事がありますから、私も部屋に閉じ篭っている訳にいきません。怪人二十面相の予告は今夜零時ちょうど。夕刻、波越警部と明智探偵は家族の者を集めて打ち合わせを行いました。父と兄と私、そして小早川男爵と和明君が居間に集まりましたが、和寿君は姿を見せませんでした。

「それで、警備の計画はどうなっているね」

 明智探偵が波越警部に尋ねました。

「はい。指輪は書斎の金庫に置き、ご家族の方と私と明智先生で番をする。書斎の外は、庭側も廊下側も巡査達を配備します」

「うん、それが良いと思う。それと、全員必ず二人一組で動く事にしよう」

「それは、つまり……」

「その通り。怪人二十面相がこの中の誰かに変装し、再びこの家に入り込む可能性があるからね。事によると、もう……」

 私達は思わず黙りこみ、探るように互いの顔を見合わせました。こほん、と波越警部が空咳をしました。

「つまり二人一組で、お互いに怪しい行動が無いか見張るという訳ですな」

「その通りです。もし敢えて一人になろうとする者がいれば、それは怪しい人物と見なすのです」

「分かりました」

 その時ホトホトと扉を叩く音がし、和華子さんが入ってきました。

「失礼いたします」

 和華子さんはいやに気取った態度で、波越警部と明智探偵に会釈しました。

「これは、和華子さん。どうかなさいましたか」

「ええ。実は今夜の件で、少し思いついた事があるものですから」

 そう言うと和華子さんは、花のような笑顔で艶やかに微笑みました。私達は思わず互いに顔を見合わせました。何故なら……。このような時の和華子さんは、必ず何か突拍子も無い事を言い出して、周りを唖然とさせるのが常だからです。

 そうとは知らぬ警部と探偵のお二人は、たちまち和華子さんのよそ行きの笑顔に顔をほころばせました。普段は強面の波越警部までもが。

「何ですかな、思いつきというのは」

 警部は心なしか優しく、和華子さんに問いかけました。

「ええ。今夜の予告時間に、私、指輪を身に付けていようと思いますの」

「は?」

 波越警部も私達も、和華子さんの言う意味が分からず呆気にとられました。

「ええ、ですから、指輪は私の指にはめておきますわ。そうすれば簡単に盗めないでしょう。金庫にしまい込むより、ずっと安全ですわ」

「何を仰るのですか」

「和華子さん、貴女はまた」

「何を言い出すかと思えば」

 警部も私達も異口同音に彼女を窘めようと、同時に喋り出しました。ところがその時、明智探偵が口を挟んだのです。

「ちょっとお待ち下さい、皆さん。これは案外名案かもしれません」

 明智探偵の言葉に、波越警部と小早川男爵は即座にいきり立って反論しました。

「明智先生まで、何を。名案だろうが何だろうが、警察の威信にかけて、このように年端も行かぬお嬢さんにそんな危険な真似をさせられるものですか」

「警部の仰る通りだ。和華子、ここは我々に任せて、お前は大人しくしていなさい」

 しかし明智警視は、そんな反対意見を意にも介さない様子で言いました。

「いやいや、和華子さんに限ってむしろ危険は無いと僕は思うのです。怪人二十面相が、特に和華子さんを別荘に招待した事を思い出して下さい」

「それは……、単に怪人二十面相が気まぐれを起こしただけの話でしょう」

「いえ、僕にはそうと思えないのです。和華子さんのお話では、怪人二十面相は初め和華子さんをそのまま家に送り届けるつもりだった。だが車の中で和華子さんを眺めているうちに考えが変わり、和華子さんともっと話がしたくなった。だから別荘に連れていったのです。そして客人として丁寧に扱っただけでなく、心を開き、進んで自らの事を語って聞かせた。思うに、怪人二十面相はただ和華子さんを気に入っただけでなく、何か特別の情を感じているのではないでしょうか。その和華子さんを傷つけるような真似をするとは、到底思えません」

「ええ。明智先生の仰る通りですわ」

 和華子さんは味方を得て、得意そうに力説します。

「怪人二十面相は……。もちろん私も、彼が警察に追われるような人であると解っています。でも私にはとても親切でした。それが単なる気まぐれや、目的があってのお芝居だとは私には思えないのです。私は彼とお話している間に、何と申しますか、一種の不思議な繋がりを感じたのですわ。私は、怪人二十面相が私を傷つけたりしないと確信しています」

「やれやれ、」

 和明君がからかうような口調で言いました。

「女の勘というやつかね」

「まあ。あまり下世話な事を仰るものではありませんわ、お兄様」

 和華子さんの余裕の笑みにはさしもの不良息子も敵わず、和明君は口をつぐみました。

「お聞きの通り、もし怪人二十面相が和華子さんを傷つけられないのなら、指輪を和華子さんから取り上げる事は困難です。どんな金庫でも破ってしまう大怪盗に対し、これ以上安全な指輪の保管場所は無いのではないでしょうか。よりにもよって、可憐な少女の白指とは」

 明智探偵まで、何だか楽しそうにくすくすと笑っています。

 私達は互いの考えを探り合う様に、顔を見合わせました。確かに和華子さんらしい突拍子もない作戦ですが、私にも存外名案のように思えてきました。怪人二十面相は、まるで魔法としか思えないような方法で厳重な警備をすり抜け、目的を遂げる事で有名です。いかに頑丈な金庫に入れても安心できません。それならいっそ……。

 話し合いの結果、結局、和華子さんの提案通りにする事になりました。

「うむ、確かに……、突飛な案ではありますが……。明智先生がそこまで仰るのなら……」

 最後まで反対した波越警部も、結局は渋々ながら同意したのです。


 予告時間が近づくにつれ、我が家の居間では緊張感が高まってきました。波越警部は忙しく部屋を出たり入ったりしつつ、巡査達に発破を掛けています。庭も含め邸内のあちこちで、屈強の巡査達がしっかりと守りを固めていました。小林君も彼らと一緒に警備に付いています。居間では中央の長椅子に指輪をはめた和華子さんが座り、その両隣に私と明智探偵が陣取りました。兄と父と小早川男爵、和明君も、めいめい思い通りの場所に腰掛けて和華子さんを守っています。

 私はちらりと時計を見ました。もうすぐです。皆、自然と口数が少なくなりました。ただし和明君だけは別です。

「ねえ皆さん、嫌だなあ、そんなシケた面をして。たかが安物の指輪ひとつに、そんな深刻にならないで下さいよ」

 和明君はけらけらと笑い声を立て、皆の神経を逆なでしました。

「少し黙っていてくれませんか、和明さん」

 明智探偵がぴしゃりと言い放ちました。

「例え価値の無い指輪であろうと、我が国の警察は盗難事件を見過ごしたりしません。それにこれは、怪人二十面相を捕縛する絶好の機会でもあるんです」

「ふん。そうですか」

 和明君は鼻を鳴らして呟くと、だらしのない格好で長椅子に寝そべりました。

「ああ、俺は何だかもう疲れちゃった。こういう深刻な雰囲気は大の苦手ですよ」

 男爵がその姿を眺めつつ、小さな溜息をつきました。

「ところで、和寿はどうしたね」

 和寿君は夕方から姿を見せていませんでした。私は彼の今夜の企みを知っていながら黙っているので、気が気ではありません。

「いつものように、アトリエで作業に没頭しているのではありませんか。彼は創作に夢中になると、時の経つのを忘れてしまいますからね」

 私は言い訳がましく聞こえないよう努めて然りげ無く、そう答えました。

「全く、しょうのない奴だ」

 そう言う小早川男爵の目元には、言葉とは裏腹に、優しげな皺が寄っています。それを見た私の心がチクリと痛みました。もし今、和寿君が何を考えているか男爵が知ったら。仮に和寿君の実の父で無かったとしても、男爵が和寿君を目の中に入れても痛くない程に溺愛しているのは確かなのです。私は、和寿君に腹立たしさを覚えるの抑えられませんでした。男爵は何時でも君の一番の理解者で、庇護者であったではないか。私は和寿君にそう言ってやりたい思いでした。和寿君はあのような性格ですから、どうにも色々な事が上手くいかないのです。そんな時男爵はいつも然りげ無く助け舟を出してきました。和寿君は人付き合いも下手で、親しい友人もおりません。その代わり一人自らの世界に閉じこもり、その内面世界を絵画という形で表現するのです。男爵は芸術家気質とは正反対の、合理的で現実的な実業家ですから、絵画の事など本当は何も分からないのです。しかしそれでも息子を理解出来るよう努め、そして、自分とは違う才能を持つ息子を心から誇りに思っているのでした。

 私には、今夜の和寿君の邪悪な計画が失敗に終わるよう、小林君がその機知で結着をつけてくれるのを祈るばかりです。


「あと五分です」

 波越警部が、緊張した声音で皆に告げました。

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