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一発ネタ短編

魔女達の饗宴

作者: 寝る犬

 あたしはパーティが始まる前から、この「ハロウィン研究会」に入部したことをもう後悔し始めてた。


 夏休みも終わり、部活もしてなかったあたしは、校門の前で配られた「ハロ研新規部員募集!」と言うカラフルなチラシを見て「楽しそうだなと」深く考えずに入ったんだけど、今目の前で繰り広げられているのは、想像していた「パーティ」とはぜんぜん違う……そう、ぜんぜん違う「儀式」だった。


 部長さんが、ろうそくを持って誰も居ない夜の校舎を歩く。

 ろうそくの炎に照らされた顔にはベネチアンマスクの影が揺らめき、誰も一言もしゃべらないから、すごく重苦しい雰囲気だった。


 非常灯以外の明かりが全て消えているかどうかを一つ一つ確認しながら、あたしたちは粛々と廊下を歩く。

 一番後ろを歩きながら、あたしは『備品』だから好きなの付けてと渡されたマスクの位置を直した。


 このマスクも怖い。

 部長さんの黒いローブも怖い。

 夜の校舎も怖い。


 なんだか少し寒気も感じて、あたしは震えながらみんなの後ろをついて行く。突き当りの扉にたどり着くと部長さんは無言でカギを開け、あたしたちは月の光に青く輝く屋上へと歩を進めた。

 みんなが屋上に出ると、となりの部員の人に促されてあたしがドアを閉める。

 それを待っていたように、コスプレの域を超えて、魔女そのものと言って差し支えのない部長さんが振り返った。


「……夏の終わりと、冬の……始まりを祝う祭典へようこそ。……今日こそは太陽の季節の終わりの日。そして、明日からは長い暗闇の季節が訪れます」


 無表情なマスクの向こうから、囁くようにそう告げる。

 上級生のはずなのに、少しかすれたような、小さな子供のような声で話す仮面の部長さんに、背筋がぞくぞくするような感覚をあたしは感じた。


 部長さんに促され、他の部員のみんながバーベキューコンロの周りに座るのを見て、あたしは少しほっとする。

 この風変わりなハロウィンの儀式も、やっとハロウィンパーティらしくなるに違いない。


 最後にあたしが椅子に座るのを確認した部長さんは、月明かり以外では唯一の光であるろうそくを、ふっと吹き消した。


「……今日は1年に2回、死者の世界とこちらの世界の間にある『門』が開く日……。死者たちに顔を覚えられないように、決してマスクを外してはいけませんよ」


 まるで部長さんの言葉に合わせる様に、青白い光を放っていた月が雲に隠れる。

 遠くの家々の明かりも届かない学校の屋上は、かろうじて周りに誰かが居るのが分かるくらいの暗闇に包まれた。


「……あなたの隣には、もう死者たちが居るかもしれません。……気を許さないで……」


 内緒話でもするように、部長さんは声を落とす。

 死者が居る?

 んなことある訳ない。ある訳ないのに、あたしの心拍数は跳ね上がり、耳の奥でドクドクと言う音がうるさいくらいに鳴り響く。

 さっきまで隣にいたはずの新入部員仲間の同級生から、突然お線香の香りがふわっと漂って来た気がして、あたしは身を固くした。

 みんなも怖いのかもしれない。暗闇の中、誰も身動き一つしていなかった。


――サワサワサワ


 校庭の桜の木の枝が、風に揺れる。

 遠くから聞こえる車の音は、ものすごく遠い世界の音のようで、あたしは別の世界に迷い込んだように感じた。


 もうやだ、なんかやだ。怖い。


 なんでか知らないけど涙が出てきて、それでも部長さんの言った言葉が怖くてマスクも外せずに、あたしは叫びそうになった。


――ぽん


 と、肩に手が乗せられる。

 思わず「ひっ」と息をのむ私の耳元で部長さんの声が「もうちょっとよ。もうちょっと……」と囁く。


 いつの間にここに来たんだろう?


 って言うか、あたしが部長さんだと思っていた正面の影は誰?


 思わず後ろを振り返ったけど、そこに部長さんは居ない。

 あたしは余計に怖くなって、頭を抱えて目を瞑った。

 心臓の音がどんどん大きくなり、まるであたしたちの周りをハロ研の部員じゃない大勢の人たちが歩いているように感じる。


――ガヤガヤ……ざわざわ……


 これって、部長さんが言ってた死者ってやつ?

 こんなにたくさん?

 ヤバい。ヤバい。ヤバいよ!


――ぽんぽん


 肩が2度叩かれ、あたしは弾かれたように顔を上げる。

 そこには、バーベキューコンロからあがる炎に照らされた、マスク姿の部長さんが立っていた。

 黒いローブを着てとんがり帽子をかぶり、マスクをした部長さんは、後ろから炎に照らされて、オレンジ色に輝いているように見える。

 まるで絵本で見た魔女そのものだ。

 周りを見ると死者の姿は無い。明るい炎に照らされた部員の人たちは、一列に並んで炎の中に何か怪しい物を投げ込んでいた。


「さぁ……あなたも、いけにえの……牛の骨を捧げて」


 手渡されたのは、握り拳くらいの大きさがある、赤黒い肉のこびり付いた大きな骨。

 普段なら絶対に触れないそれを、あたしは放心したように受け取り、同級生の後ろに並んで火に投げ込んだ。


「……さぁ、古き火は消え、新たなる火が燃えました。……この聖なる火の暖かさによって、死者は去りなさい」


 また、部長さんの声に合わせて、月が顔を出す。

 コンロの火と月の光で明るく照らされた屋上で、火に当たったあたしは、生まれ変わったような気がした。


 誰からともなく、部員たちから拍手が起こる。

 あたしも、なんだかわからないけど感動して、一生懸命拍手をした。


 すごい。

 これがハロウィン。


 これがハロウィンなんだ。


「……さぁ、ここからは、何も考えなくてもいいパーティよ」


 マスクを外した部長さんが、あたしの手にお菓子を乗せてくれる。

 こういう楽しみもなくっちゃね。と、部長さんは笑った。

 牛の骨が捧げられたコンロの火はちょうどよく調整され、その上ではもう野菜やお肉が焼かれ始めていた。


「部長さん、……あたし、感動しました。ハロ研って毎年こんなハロウィンをしてるんですか?」


 涙を拭きながら、あたしは部長にそう聞いた。

 あたしの知ってるハロウィンとは全然違う。怖かったけど、すごく、神聖な気がした。


「ハロウィンはそうね。でもハロ研の行事はハロウィンだけじゃないのよ?」


 紙皿で手渡されたお肉をつまみながら、部長さんが穏やかに笑う。

 あたしは、ハロウィン以外にもこんな儀式があるのかと驚き、ちょっと心惹かれている自分に気づいた。


「それって……」


「興味がわいたかしら? 言ったでしょう? 『今日は1年に2回、死者の世界とこちらの世界の間の門が開く日』って。どちらかと言うと春の方がハロ研の本当の活動なのよ」


 でも、そっちは学校にも内緒の活動で、本当に信用できる部員しか参加できないのだと、部長さんはあたしと同じようにハロウィンパーティに参加するためだけに入部した新入部員たちを眺めて苦笑した。

 そんなすごい儀式があるんだ。新入部員でも参加できるハロウィンでもこんなに感動するのに、その儀式はどんなものなんだろう?

 あたしはどうしてもそれに参加したくて、部長さんに嘆願した。


 困ったように笑っていた部長さんだったけど、あたしの真剣なお願いに、ついに「わかったわ」と頷いてくれる。

 周りを見回し、あたしに耳を寄せ、部長さんは小さい声で囁いた。


「それは……ヴァルプルギスの夜って言ってね……」


 部長さんの心地よい声が、あたしの耳に優しく響く。


――悪魔と契約して、魔女としての力を得る儀式なのよ。


 それは、今のあたしにはとても魅力的に、この上もなく魅力的な儀式のように聞こえた。


 そして次の年の4月30日、あたしは魔女になる。

 留年したわけでもなく、何の違和感もなく、また最上級生として学校に居る部長さんの隣で。


――完

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