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9話 運命の歯車

「んん……」


 目を開けると、いつの間にか朝になっていた。


(そうか、昨日あのまま気絶しちゃったんだな)


 俺は自分の首筋を確認する。そこにはかなり小さな歯型が2つ残っていた。


(プルミエに心配かけちゃったかな)


 俺は自室を出てリビングへと移る。そこにはすでに朝食の準備を終えたプルミエがいた。

 プルミエは俺の姿をみるやいなや、駆け寄ってきて俺の手を取る。


「アスカ! もう大丈夫なのかえ?」

「うん、まだちょっとくらくらするけど」

「すまんのじゃ……。そ、そうじゃ!」


 プルミエは俺から距離をとると、ロペラが運んできた籠から何かを持って再び戻ってきた。


「トマトをたくさん食べるのじゃ。そうすれば早く回復するから!」

「トマトにそんな効果なんてあるの?」

「トマトは赤いじゃろ? 血も赤いじゃろ? つまりそういうことなのじゃ!」

「どういうことだよ……」


 プルミエの理論はよくわからなかったが、体力をつけるにはよく食べるに越したことはないので、たらふく朝食をとった。







 朝食をとり終えたころ、玄関から鐘の音が聞こえてくる。玄関に備え付けられたチャイム代わりの鐘がならされたようだ。


「誰か来たみたいだよ」

「珍しいの、妾の屋敷に訪問者など滅多にないのじゃが」


 プルミエは椅子から飛び降り玄関へと向かう。

 だが、行ったと思ったらすぐに帰ってきた。


「誰だったの? またロペラさん?」

「いや、使い魔じゃった」


 使い魔か。この数日でプルミエに習ったな。

 たしか使い魔なんて名前だけど、魔物じゃなくて魔法で作った疑似生物だったはずだ。命令をこなすことを第一に考え、与えられた命令をこなすと消滅すると習った記憶がある。

 ちなみに未来にはそんな便利な魔法は残っていない。まあ、代わりにメールがあったけれど。


「なんでも近々ヴァンパイアの部族会議を開くそうじゃ。そういえば毎年この時期じゃったのを失念しておったの」

「そういうことなら俺は留守番しといたほうがいいよね」


 ヴァンパイアの集まりに人間が行くのは不味いだろう。プルミエの話だと、人間と魔族は完全に協力状態とは言い難いらしいし。

 そんな俺の予想とは裏腹に、プルミエは俺の同行を提案する。


「いや……アスカのことを考えるなら、アスカにはついてきてもらった方が都合がよい」

「え、なんで?」

「この辺にはかなり大型の魔物も出現することもあるからの。我が屋敷を壊せるくらいの魔物が襲ってくる可能性もなきにしもあらず……ってことじゃ。わかったかの?」

「不詳飛鳥、是が非でもプルミエ様に同行させていただきます!」

「うむ、わかればよろしい。案ずるな、妾が守ってやるのじゃ」


 恐怖感から敬礼した俺を見て、プルミエは堂々と頷いた。


(俺を安心させようとしてくれてるのか、それとも自分の実力に絶対の自信があるのか……どちらにしても頼もしいな)


「それで、いつ出発するの?」

「そうじゃのう……あまり早く行って待つのもあれじゃし、明々後日くらいかの?」

「一応聞くけど、それって俺を連れて行くのを考慮した上での時間なんだよね?」

「……あっ」


 プルミエは表情が固まる。そして、グギギ、とまるで油の切れた機械みたいに首を動かした。


「アスカ、今すぐ出発するぞい!」

「うぇ、今すぐ!?」

「そうじゃ、今すぐじゃ! 今すぐ発てばおそらく間に合う」


 俺はプルミエに手を引かれ、半ば引きずられるように城を出た。




 ――この日、この時、この瞬間。俺たちを翻弄する運命の歯車は廻りだしたのだ。










「まずは体力の持つ限り、アスカには走ってもらう。食べたばかりで申し訳ないが、我慢してほしいのじゃ」

「了解」


 プルミエの――いや、俺たちの向かう先は東の道らしい。その道は道と呼ぶのも憚られるような、森と森の間に走る細い線だった。


「妾はアスカの前で危険を排除しながら進むから、安心して走ってよいぞ」


 そう言うが早いか、プルミエは全速力の俺を軽々と追い越し、俺の前を先導し始めた。


(敵わないなぁ……)


 俺の全速力と同速度を維持しながら、プルミエは俺との距離と前後左右の安全の2つを確認しながら走っている。同じ芸当をやれと言われても全くできると思わなかった。


「そろそろ疲れてきたか? アスカ」


 プルミエは前方に注意を残しながら、俺の体調を気遣う。


「いや……まだ、大丈夫」


 俺は息の上がった体に鞭を打った。これ以上プルミエの足手まといになるのは御免だ。


(どうせなら体力の上限も上げといてくれよ……!)


 俺は地味なチートを与えてくれた存在に恨み言をいいながら、ただただ足を動かすのだった。









 1時間ほど走り続けただろうか。不意に前を走るプルミエの足が止まる。

 俺は何かあったのかと思い立ち止まる。プルミエは俺の方を振り返った。


「アスカ、そろそろ休憩せい」

「ま、まだ……走れる、よ」

「気持ちは嬉しいがの、そこまで無理をせんでよい。それに、ここまでくれば森を抜けるまではなんとか妾が持ち上げてやれるからの」


 プルミエは俺を両手で抱え、背に生えた羽で飛び立つ。見る見るうちに高くなった高度に俺はほんの少しの恐怖感を覚えた。

(怖がってる場合じゃないだろ! 何やってるんだ俺は……!)


「悪いねプルミエ。君に迷惑ばっかりかけてさ」

「何を言うアスカ。妾はお主があそこまで走れるとは思っていなかった。むしろお主を見直したぞ。あれを世間では男の意地というのであろう?」

「そんな大層なもんじゃないけどね……」


 プルミエに認められたようで、なんとなく嬉しくなってしまうのが情けない。そう思いながらも、やはり嬉しさは隠しきれなかった。


「そういえば、最初にアスカを抱えたときは鼻血を出して大変だったのぅ」

「ああ、あれはプルミエの胸が――」


 そこまで言ったところで、俺は失言に気が付く。


(浮かれすぎて言わなくていいことまで口走っちまった……!)


 プルミエは言いたいことが分かったのか、にまにまと意地の悪い顔を浮かべて俺を見た。

 そしてその慎ましい胸を過剰に俺に押し当ててくる。


「胸がなんじゃ? うん? 言うてみい」

「胸が当たってて、その……」

「興奮したのかえ? 全く……今お主を見直した分は相殺じゃな」

「返す言葉もありません……」


 俺は森を抜けるまで、散々プルミエにからかわれるのだった。

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