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80話 祭り

二話投稿、一話目です。

 討伐大会から数日が過ぎ去った後。

 朝起きると、シャルがリビングをスキップで回っていた。


「まっつりだにゃ~!」


 良くわからない光景に俺は頭を掻く。


「祭りって何のだ?」

「え、兄ちゃん知らないの!? 今日はヒュマンの建国記念日じゃん! だから大通りを封鎖して祭りが開かれるんだよ」


「おっにくー、おっにくー!」と口ずさむシャル。

 どうやらシャルは今から出店(でみせ)が楽しみで待ちきれないようだ。


(それにしても……祭りか)


 今日そんなものがあるなんて全く知らなかったな。


「プルミエは知ってた?」

「サリアに聞いての。どうやらあやつも今日の祭りのためにヒュマンに帰ってきていたらしい」


(知らなかったのは俺だけってことか)


 ……いや、別に? 全然悲しくなんかないし?


「え、アスカ兄ちゃん……?」

「泣いてないもん! 汗だもん!」


 俺は目をゴシゴシと擦る。

 そんな俺に、プルミエは平坦な声で言った。


「『もん』とか似合わぬぞ」

「……冷静に突っ込まれたおかげで平静を取り戻しました。端的に言って恥ずかしさで死にそうです」

「何も愧死(きし)することはあるまい。妾は似合わぬ言葉を使うアスカも好きじゃぞ?」


 プルミエは嫌な顔一つせず俺を慰めてくれる。


(ああ、プルミエはなんて良いやつなんだ! こんな発言をした俺を優しく受け止めてくれるなんて……)


「プルミエっ……ありがとだもん!」

「それはいくらにゃんでも無理やりすぎだにゃ……」


 シャルが小さく呟いた。








 夕方。大通りは日が暮れてきているとは思えないほどの人だかりができていた。


「おお、凄いな」


 家から出た俺はその賑やかさに思わず声を漏らす。


「うむ、ここまで賑やかなのは妾も久しぶりじゃ。なんだか気持ちがウキウキしてくるの」

「うぅ~、祭りだにゃあっ!」


 二人も祭りの熱気に()てられているようだ。


「じゃあ、適当に出店でも回ろうか」


 俺は二人に手を差し出す。

 プルミエはその手を見て、艶やかな笑みを浮かべる。


「なんじゃ、手を繋ぎたいのかえ? 全く、アスカは甘えん坊じゃなぁ」

「違うって。こんな人ごみの中で迷子になったら困るだろ?」


 実際やましい気持ちなどなかった。

 はぐれたら危ないな、と思っただけである。


「迷子って、妾400歳なのじゃが……」

「細かいことはいいんだにゃ! プルミエ姉が繋がないなら、あたしが両手とも貰っちゃうにゃ~?」


 そう言いながらシャルが俺の腕をとる。


「そうだな、俺もシャルと手を繋ぎたいし」

「あたしもアスカ兄ちゃんと手を繋ぎたいにゃ」

「じゃあ、行こうか」


 俺とシャルは歩き出す。


「ま、待つのじゃ!」

「どうかしたの?」


 振り返った俺に、プルミエは無言で手を伸ばしてきた。

 俯いたまま恥ずかしそうなプルミエに、俺は無性にからかいたくなってしまう。


「なんだ、手を繋ぎたいのはプルミエの方じゃんか」

「プルミエ姉は甘えん坊で可愛いにゃあ?」

「ぬぐぐ……」


 頬を膨らませるプルミエを俺とシャルは笑う。

 俺たちは手を繋いで人ごみへと入った。





 祭りは中々面白かった。

 出店には未来で見たことがあるものも、ないものもあった。

 特に気になったのは食べると凍っていく綿あめだ。なんでも魔法が使われているらしい。


「おいしいにゃ~。……こっちもおいしいにゃ。あ、おじちゃん。それは何だにゃ?」


 シャルは目についたものを手当たり次第に買い食いしていた。

 頬を食べ物でパンパンに膨らませたシャルは、猫と言うよりリスみたいだ。

 しかも、口の横に食べ残しが付いている。


「ほっぺたに付いてるぞ」

「うにゃ? ん~……とれた?」


 シャルは舌でぺろりと唇の周りを舐めるが、生憎と付いているのは反対側だ。


「反対だよ。ほら」

「ありがとうだにゃ!」


 シャルはそう言うとまた食べ物にかぶりつき、幸せそうな表情を浮かべた。


(本当に食事好きだな)


 スラムにいるときはあまり思いっきり食べることができなかったのかもしれない。

 スラムにいたときのシャルを知っている分、今のシャルの笑顔を見ると本当に安心する。


 そんな俺の感慨を打ち破ったのはプルミエだった。


「のう、見るのじゃアスカ! お花じゃぞ!」


 俺の手を引っ張りながら、プルミエが指を指した先には飴細工があった。

 数多くの飴細工が並んでいる中の、花の形の飴細工にプルミエの目は釘付けになる。

 目を輝かせているプルミエに苦笑しつつ、俺はプルミエにその飴細工を買ってやる。


「はぇー、すっごいのぅ……。芸術的過ぎて、感嘆するより他にない」


 受け取ったプルミエは感嘆の息を吐き、様々な角度から飴細工を眺めた。

 その間にもシャルは次々に食べ物を買っては胃に収めていく。


「プルミエは食べないの?」


 話しかけない限りいつまでも見つめていそうなその様子に、俺は思わず話しかける。

 すると、プルミエは真紅の眼を大きく見開いた。


「はっ! こ、これを食べねばならんのか……。なんという試練……!」


 そう言って唇を強く噛む。


「美味しく食べてもらうための飾りつけのせいで食べられなくなるとか、本末転倒だな……」


 俺は呆れながら笑った。


 祭りっていいな。なんだか非日常って感じがする。

 考えてみれば未来にもあった祭りよりも、ヴァンパイアのプルミエや猫亜人のシャルと話をしているほうがよほど非日常なのだが、俺にとって後者はすでに日常と化していた。


(俺もこの時代に染まって来たってことかな)


「兄ちゃんどうかした? ……あたしの食べ物はあげにゃいよ?」

「狙ってないから安心して食べてくれ」


 自分の胸に食べ物を抱えこむシャルにそう言葉を返す。


「そうじゃ! 一度炎魔法でドロドロにしてから食べればいいのではないかの? どう思う、アスカ」

「そっちの方が残酷そうなんだけど……」


 俺がそう言うと、プルミエは再び絶望の表情を浮かべる。


(ああ、なんというか――)



 ――幸せだなあ。

 呟いた言葉は、祭りの喧騒に溶けていった。

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