77話 油断大敵
「森に行くぞ、シャル!」
「わかってるにゃ!」
俺たちは平原から森へと移動する。
理由は二つ。
まず、平原は人が多いこと。
あれだけ見晴らしの良い場所に多数の冒険者が集まれば、獲物の奪い合いになるだろう。
誤射される危険もあるし、そもそも平均レベルの運動神経しか持たない俺ではそんな中で獲物を勝ち取れる気がしない。
次に、平原にはまれに青ドードがでること。
あいつはBランク相当の魔物だ。万が一出会ってしまったら、確実に勝てるのは騎士二人くらいだろう。ヴァンパイアたちも勝てるかもしれないが、俺は彼らの実力をよく知らない。
他の冒険者に迷惑かけたくないし、かけられても困る。
その点森ならイマドしか出ないから安心という訳だ。
見通しが悪いぶん、他の組に一気に狩られる危険も少ないしな。
「……っと、ついたな」
そんなことを考えている間に森に到着した。
どうやら俺たちが一番乗りのようだ。
「いくよ、アスカ兄ちゃん」
シャルが体勢を低くしてナイフに手をかけた。
その息は全く乱れていない。日頃の訓練の成果がでているようだ。
「おう」
俺はシャルの後ろを守るように、シャルに続いて森へと入った。
数時間後。
制限時間は残り一時間あるかどうかといったところだろうか。俺たちはまずまずの戦果を残していた。
「これで16匹目……っと」
俺は炎を纏った腕で倒したイマドの角を剥ぎ取り、この大会用の特注袋に入れる。
この袋には特殊な魔法がかかっていて、決まった時間に討伐した魔物の素材しか入らないようになっているらしい。付け加えると、本人が討伐した素材以外には収納することができないという性質も持っている。
これだけでおおよその不正を防げる代物だ。
「あたしは13匹だにゃ」
「お前凄いな。……無理しすぎんなよ? 魔力はまだ大丈夫か? 疲れてないか?」
俺より討伐数は少ないが、それでもシャルの方が俺より働いている。
イマドを見つけるのはほとんどシャルの方だからだ。
多分、長年平和を享受していた俺よりも野生の勘が働くのだろう。
……いや、最初はシャルもイマドを見つけるなんて芸当できなかったはずだから、もしかしたら戦士の勘ってやつが芽生え始めているのかもしれない。そうだとしたら、やはりシャルには才能がある。
とにもかくにも、シャルはスンスン、と鼻を利かせてはイマドを見つけてくれていた。
その働きが素晴らしいものであるだけに、俺はシャルが無理をしていないかが心配になる。
だが、シャルは俺の心配を尾を振って否定した。
「兄ちゃん心配し過ぎ! お昼休憩もとったんだから、全然問題にゃいって。……強いて言えばちょっと眠いくらいだにゃ」
「はは、随分余裕があるみたいだな。……実を言うと俺も眠いけど」
「それだけ強くにゃったってことだにゃ」
軽く笑いあう俺とシャル。
いつの間にか俺たちはイマド相手に眠くなるくらいに強くなったらしい。
(それは素直に嬉しいけど、油断は大敵だからな。気を引き締めないと)
油断を身体から追い出すイメージで肺から空気を吐き出す。そして森の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「……あれ、なんか余計眠くなったような」
……なんかおかしくないか、この眠さ。異常に眠いぞ……?
「兄ちゃん、これ魔物の仕業だにゃ!」
鋭い声と共に、シャルは俺の身体を引きずって走り出す。
シャルはまだ眠気が回りきっていないようだ。
当の俺はと言えば、深呼吸が祟ったのか鉛のように重い瞼に屈服しそうになっていた。
(ま、もの……? そんなんどうでもいいや。とにかく眠――)
「兄ちゃん、起きて! アスカ兄ちゃん!」
そんな声が聞こえるが、目を開けることは叶わない。
俺は完全に眠りの態勢に入っていた。
「駄目だ! ……かくにゃる上はこれしか……!」
「!?!?」
途切れかけた意識が覚醒する。
瞼を開けると、シャルが俺の両頬を高速でビンタしていた。
しかも光属性を纏った手で。
「ビリビリするっ! ビリビリするよシャル!」
俺はたまらず上半身を起き上らせ、シャルのビンタから逃れる。
「よかった、起きたぁ!」
「あ……? 俺、寝てたのか……。サンキューシャル、一人だったらやばかった」
シャルに礼を言い、目をシパシパと瞬かせる。先ほどまでの眠気は嘘のように消え去っていた。
「ちょっと変にゃ匂いがしたんだよ。手遅れになる前に気づけて良かった」
シャルはスンスンと鼻を鳴らして周囲を警戒しながらそう言う。
(シャルがいてくれてよかった)
そう思わずにはいられない。
一人だったら間違いなく森の真ん中で無様に睡眠を始めるところだった。
そんなことをした人間の将来は想像に難くない。今の敵か、そうでなくともイマドに殺されていたはずだ。
「それで、敵はどこに?」
「多分、あれだと思う」
俺はそちらに顔を向ける。
シャルが指差した辺りに目を凝らすと、何か粉が舞っているのが見て取れた。
そしてその中心にいたのは――巨大な花の魔物だった。




