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76話 大会当日

 太陽が空から俺たちを見渡す。見事に晴れた空には雲一つ見つからない。


「晴れたな~」

「絶好の討伐日和(びより)だにゃ」


 開会式の会場である平原には、すでに多くの冒険者が駆けつけていた。

 だが、そこまで強そうな人はあまり見当たらない。

 やはり強者にとっては割に合わないイベントなのだろう。


(これなら案外俺たちもいいところまで行けるかもしれないな)


 優勝への希望が湧いてきた俺は、俺たちより格上そうな人を探してみる。


(あ、ヴァンパイアの皆も参加してるのか)


 遠くにヴァンパイアたちの姿が見えた。どうやらヴォルヌートはいないようだ。

 俺は少し安堵する。

 ヴォルヌートに会いたかった気持ちはあるが、今は別だ。

 彼に参加されたら騎士団の二人レベルの優勝候補が増えることになってしまう。


「あれ、シャルじゃない?」


 話をすればなんとやら、ではないが、シャルに話しかけてきたのはアイギスだった。橙の髪を一つにまとめ上げ、ポニーテールにしている。

 隣には相変わらずのイケメン金髪であるスヴェルも控えていた。

 二人ともヒュマン騎士団の鎧を纏っている。


「もしかしてシャルも参加するの?」

「うん」


 シャルの頷きに、スヴェルが右手で顎を触る。


「これは……厄介なライバルになりそうだね」

「俺たちを脅威に思うのか。そっちの方が全然強いだろうに」


 現状の俺たちと二人との間にかなりの差があることは事実だった。

 シャルが光魔法を習得して強くなったことを考慮してもかなり勝てる確率は低いだろう。

 それほどこの二人は強いのだ。おそらく二人がかりならロペラよりも強いのではないだろうか。


「直接戦うのと討伐数を競うのでは全く違うからね。……それにアスカ君もシャルロッテも、優勝を狙ってる目をしてるよ」


 スヴェルはその澄んだ瞳で俺たちを見据えた。

 不敵に笑う彼の顔に、自然と体が震える。


(武者震い、か……)


 俺は唾を飲み込む。

 確かに俺はスヴェルよりもアイギスよりも弱い。二人には逆立ちしても敵わない。

 ――だけど、シャルと組んで負ける気もしない。


「優勝はあたしたちがいただくにゃ!」


 シャルが二人に宣戦布告する。

 抑えきれない興奮を示すように、シャルの毛はすでに逆立っていた。


 俺たちの宣戦布告にアイギスは真っ向から答える。


「私たちだって負けないわよ。優勝しないとロペラ隊長に訓練を倍にするって言われてるんだから。今だって死にそうだっていうのに……。絶対に負けられないわ……!」

「まあ、僕は倍でも全然平気だけどね」


 そう言って自身の髪を撫でるスヴェルに、アイギスははぁ、とため息をつく。

 そして呆れた顔でスヴェルを見た。


「良く言うわよ、私より体力無い癖に」

「僕は君より根性があるからね」

「あら、忘れたの? 最初の任務で泣き言言ってたあんたを私が優しく慰めてあげた・こ・と」


 そう言っていじらしく笑うアイギスに、スヴェルは顔を逸らした。

 その耳がほのかに赤くなっているのが窺える。


「それは……か、感謝してるよ」

「……ふ、ふーん。スヴェルにしては良い心がけじゃない」


 スヴェルの言葉にアイギスもまた俯き、視線を逸らした。

 スヴェルとアイギスは互いに居心地悪そうに目線をせわしなく動かす。


(……俺は何を見せられてるんだ?)


 武者震いするほどの興奮の最中、その相手が目の前で甘い光景を繰り広げ始めた。

 ……なんだこれ?


「二人とも、イチャイチャはその辺にしとくにゃ」


 見かねたシャルが二人の仲を取り持つ。

 スヴェルとアイギスを包んでいたラブラブな空間はようやく消えてくれた。


「い、イチャイチャなんてしてないわよ! と、とにかく負けないんだからね!」

「そういうことだ。優勝は僕たちが貰う。国の威信を見せなきゃいけないからね。……あと、イチャイチャはしてないからな!」


 二人はまるで小悪党のような捨て台詞を吐きながら離れていった。

 およそ騎士とは思えない二人に少し呆れるとともに、親しみを覚える俺。


(……なんか勝てそうな気がしてきた)


「にゃんか勝てる気がしてきたにゃ」

「シャルもか? 俺もだ」


 大会が始まる前に会えてよかったな。

 勝手に相手を大きくしすぎてたことに気づけた。







「皆さん、お元気ですか?」


 平原にセレシェイラの声が響き渡る。

 鈴の音を鳴らしたようなその声は、荒くれ者や社会からはじき出された者たちが多いこの場には場違いのように思われた。

 しかし、集まった冒険者たちはセレシェイラの登場に揃って歓喜の声をあげる。


「おお、国王様だ!」

「本当に綺麗だなぁ……。付き合いてぇ……」

「どうしよう、俺もう満足なんだけど」


 冒険者だけあってくだらない言葉が多いが、下卑た言葉は聞こえてこない。

 それがセレシェイラの今までの善政を象徴していた。


「今日は討伐大会にご参加くださり、ありがとうございます」


 桜色の髪が風に揺れる。その美しさは神々しいという言葉がぴったり当てはまるものだ。

 もしも女神がいるのなら、それはセレシェイラの容姿をしているのだろう。


 ロペラはその背後で周囲に気を張っているようだった。かすかに見えるその表情は無表情だが、気持ちピリピリしているのが見て取れる。

 最近色々と大きな出来事が続いているから、ロペラとしても多くの人が集結するこの状況は中々気が休まらないのだろう。

 もっとも、彼女はどんな時でも任務であれば全力を尽くすのだろうが。


「怪我のないよう、身体に気を付けながら取り組んでください。では……これより、大会を開催します」


 セレシェイラが良く通る声で開始を宣言する。

 狙うは優勝。さあ、戦いの始まりだ。

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