72話 訓練
それから2週間が過ぎた。
帰ってきた翌日から特訓を始めていた俺たちだが、その成果は未だ出ていない。
俺もシャルも怪我明けであまり激しく訓練できていないのが原因だ。
プルミエは『魔の杖』の力のおかげで万全の状態まで治っていたが、釣り合う訓練相手がいなかった。
ヴォルヌートや他のヴァンパイアたち、ロペラを筆頭とする騎士団員が時間を見つけてはプルミエを相手取り、プルミエはそれを蹴散らす。
そんな日々が、ここ2週間で繰り返し見られた光景であった。
平原に立っているのはヴァンパイアの少女。その前には鎧を纏った騎士たちが膝をついている。
「ここまでかの」
「はぁ、はぁ……あ、ありがとうございました」
今日もプルミエは騎士団15人を赤子の手を捻るように軽々と屈服させていた。
(相変わらずすげー)
プルミエの圧倒的な強さは何度見ても驚いてしまうものがあった。
俺とシャルはなるべくプルミエの戦いを観察するようにしていた。レベルの高い戦いを間近で見れることなんて普通は滅多にないことだからだ。
「アイギスやスヴェルだって強いはずにゃのに、それをあんにゃに楽々相手するにゃんて……別次元の強さだにゃ」
騎士団に守られている間に仲良くなったらしく、シャルは騎士団の何人かの名前を口に出す。
凄いと言えば、シャルのコミュニケーションスキルも本当に凄い。いつの間にやらヴァンパイアにまで知り合いが出来ていた。
俺でさえまだヴォルヌートしかいないというのに。
騎士団員が全員力尽きたのを確認したロペラは抑揚のない声をだす。
「さすがはプルミエ様です」
「ロペラは今日はやっていかんのかえ?」
プルミエが獣のような目つきでロペラを見る。
おそらくまだ不完全燃焼なのだろう。
しかし、ロペラはその誘いに頭を下げて拒否を示した。
「本日私はこの後セレシェイラ様の警護がありますので、体力を使うわけには参りません」
「お主も忙しい身の上じゃのぅ」
「これも我が主の為ですので。……それにしても、騎士団の精鋭15人でも歯が立ちませんか。こうなるとサリアさんが帰って来るのを待つしかないですね」
サリアは気ままに世界中を旅しているらしい。本人曰く、「楽しいことを探しているんです!」ということだ。
エルフは唯一ほとんどどの国でも問題なく受け入れられている種族だから、どこにいるかはその時々だ。
そんな人が冒険者のトップでいいのか疑問に思うところはあるが、有無を言わせぬだけの実力を兼ね備えているのだから仕方ない。
「いつごろ帰って来るのかとか、わからないんですよね」
騎士団員に冷水を浴びせて回っているロペラに尋ねる。
ロペラの顔が心なしか楽しそうに見えるのは、多分俺の気のせいだろう。気のせいだといいな。
「先日ギルドに『そろそろ帰りまーす』と連絡が来たそうなので、今月中には帰って来るのではないでしょうか。……帰ってきたとしても、数日でまた出て行きますけれど」
「呼びました?」
美しい銀髪に、あどけない顔立ちの女性。
先ほどまで確実に誰もいなかった場所に、不意にサリアが現れた。
あまりにも不意打ちすぎて俺はビクッと肩を震わせ、シャルは全身の毛を逆立たせた。
だがしかしさすがというべきか、プルミエとロペラには動じた様子は見られない。
「帰って来てらしたのですか」
「楽しいことの気配がしたので急いで飛んできました! ……って、四大英雄のプルミエさんでは!?」
「そうじゃ。お主が噂の『七代目剣聖』か」
「はい。巷で噂の七代目、サリア・エルシャティです。どうぞよろしくお願いします~」
サリアはほんわかとした動作でプルミエに挨拶をする。
「こちらこそよろしくなのじゃ」
どうやら二人は初対面のようだった。
軽く挨拶を交わす2人を俺は新鮮に思う。
(両方俺の知り合いなのに2人は初対面ってなんか変な感じするな)
未来ではこんな経験したことなかった。
……そんなことを経験するには知り合いが少なすぎた。そう言い換えてもいい。
(……悲しい)
俺は潤んだ瞳を誰にもばれないように服の裾で擦った。
「サリア、妾は今訓練相手を探しておってな。もし良ければ引き受けてくれんか? 依頼という形で、料金は弾ませてもらうのじゃ」
「そんな楽しいこと、引き受けない訳ないじゃありませんか。むしろ私がお金払いたいくらいですよ!」
「そういうわけにはいかんじゃろうよ」
「お金が増えすぎてどうすればいいかわからないんですよ。使っても使っても減らないですし……。お金はなるべく安くしてください」
サリアは手を頭の後ろに置いて苦笑いを浮かべる。
そんな悩みを持っているのはサリア位なものだろう。
いや、今は俺たちも金貨いっぱい持ってるんだった。あれどうしようかなぁ……。
そんなことを考えていると、サリアの眼がこちらに向いた。
「あれ、2人はいつかの……。随分強くなったみたいですね!」
「見ただけでわかるにゃ?」
「見ればわかりますよ~。騎士団にいてもやっていけそうな感じに見えます」
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
最初のころの俺たちを知っているサリアに上達を認められるのは嬉しい。
自分の実力が間違いなくついてきたことを感じて、俺は少し肌がぞわぞわした。
サリアは未だ疲れていないらしく、プルミエとサリアはその場で訓練を始めた。
訓練と言ってもほとんど実践である。
貴重な戦いを見れるとあって、ロペラは死屍累々の騎士団を無理やり起こして観戦させた。
二人は向かい合い、互いに口元に笑いを浮かべている。
プルミエが魔法を撃てばサリアがそれを斬り裂き。
サリアが剣を振ればプルミエが魔法で防ぐ。
「これが四大英雄の本気……!」
「サリアさんも相変わらず凄いぜ。なんで剣で魔法が斬れんだよ……」
(確かに二人とも凄いけど……七分目くらいだな)
俺はプルミエの様子から力の入れ具合を見て取る。
七分目と言っても、俺の血を吸ったプルミエの七分目だ。普通の人間はとてもじゃないが太刀打ちできない威力の魔法がばんばん飛んでいく。
それを笑っていなすサリアもまた傑物である。
(このレベルまで行かなきゃ、プルミエの役には立てないのか。……頑張ろ)
先は長い。だけど、少しずつ進んでいこう。
稽古を終えたプルミエは、欲望を満たしきったような満足そうな表情をしていた。
サリアは数日後にはまたヒュマンを出るらしく、それまでは一緒に訓練を行うことに決めたようだ。
プルミエとシャルと共に家に帰ってきた俺は明日の予定を考える。
またプルミエの訓練を見るのもいいが、見てばかりでも訓練にならないだろうし……。
「シャル、明日依頼とか受けない?」
「いいにゃ。別に用はないし」
俺は俺でできることをやっていこう。シャルと共に依頼を受けることに決めた。
「2人とも、頑張っての。妾もなるべく早く錆を落とすのじゃ」
「うん」
「頑張るにゃ!」
そう言って別れ、俺たちは個々の部屋で寝る。
「はぁー、疲れた」
ベッドに入ると疲れがどっと押し寄せ、すぐに意識が飛び始める。
(……最近充実してるなぁ)
この時代に来るまでは身体を限界まで使ったことなんて一度もなかったのだと、ここに来て思わされた。
未来の俺は日々を無為に繰り返していた。
だけど、今は違う。
人間、環境が変わればできないことなどないのだ。
(明日も頑張ろう)
俺は温かくなってきた拳を軽く握り、身体を丸めて眠りについた。




