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70話 故郷

「うーん、ヒュマンの匂いっ!」


 ヒュマンに着いた俺は肺に空気を流し込む。慣れ親しんだ国、もはやヒュマンは俺の故郷だ。


「妾はセレシェイラのところに詳しい事情を話してくる。おそらくワンゴフからも伝魔鳩は飛んでおるじゃろうが、こちらの立場からも補足しておかんといけぬからな。アスカ、お主はシャルに説明せい。きっと不安で寂しがっておるぞ?」

「ありがとうプルミエ。じゃあセレシェイラ……様の方はよろしく」


 周りに門を守る騎士がいるのに気付いた俺は、慌ててセレシェイラに様付けをする。

 それに気づいたプルミエは「くくっ」と笑った。






 プルミエと別れた俺は我が家へと帰って来る。


(我が家と言ってもまだ全然慣れないけどな……)


 この時代に来てからは宿で暮らしていた期間が長かったから、まだ家がある事実に順応できていない。

 でもまあ、そのうち慣れていくのだろう。


 俺は玄関に付いた鐘を鳴らす。

「はーい」と聞きなれた声がして、足音が近づいてくる。


「どちらさ……アスカ兄ちゃん!」


 シャルは俺を見てびっくりした後、笑顔になった。

 その笑顔を見て、俺は心が癒されるのを感じる。


「さっき帰ってきたんだ。長い間留守にして悪かったな」

「疲れた? とりあえず入って入って」


 シャルに手をひかれ、リビングへと連れて行かれる。


「足治ったのか?」


 俺を引っ張るシャルの足取りは確かなものだ。


「兄ちゃんが出発して2日後くらいにはねー」


 リビングに着いたシャルはそのまま飲み物を取りに向かった。

 シャルから受け取り、ぐびりと口に入れる。


「ぷはぁーっ」

「お疲れ様ー。あれ、プルミエ姉は?」

「ああ、プルミエならセレシェイラのところに報告に行ったよ」


 シャルが再び玄関に向かおうとするので、セレシェイラのところに行ったことを伝える。


「あれ、ていうかシャルは騎士団のところにいるんじゃなかったのか?」


 たしかそういう約束になっていたはずだ。


「うん。一昨日まではいたんだけど、そろそろ二人が帰って来るだろうし足も治ったからって無理言って家に帰してもらったの。やっぱり家で迎えてあげたかったから……駄目だった?」


 シャルは上目遣いをしながら首をかしげる。

 綺麗な金髪が揺れた。


「いや……ありがとな」


 俺はシャルの頭を撫でる。

 シャルは気持ち良さそうに目をつぶった。


「あ、でも騎士団の人がさっきまで外で見張ってくれてたよ。兄ちゃんが帰ってきたからもう帰っちゃったみたいだけど」


 セレシェイラの方でも最大限に身辺警護はしていてくれたらしい。


(どうせ俺もワンゴフのことで呼び出されるだろうし、その時にセレシェイラとロペラに礼を言わなきゃな)


 セレシェイラも引っ切り無しに問題が起きて大変だろうな。俺はセレシェイラが頭を抱える光景を幻視した。


「……んむぅ……」


 不思議な声が聞こえたので見てみると、シャルは眉をひそめて俺の身体をじっとみていた。


「どうしたシャル。俺の身体に何かついてるか?」

「いや、そういうわけじゃにゃくて……兄ちゃん怪我してにゃい?」

「……え、わかる?」

「いや、何とにゃくいつもと違う感じがしたから。アスカ兄ちゃんのことはいつも見てるし」


(いつも見てる……)


 シャルの言葉に顔が火照りだす。

 それに気づいたシャルはブンブンと手と尻尾を振った。


「そ、そういう意味じゃにゃいから! ……でも、そういう意味でとってもいいにゃ」


 シャルは顔を桜色に染めて俺から顔を逸らす。かわいい。


「じゃあそういう意味でとっとく。その方が嬉しいし」

「にゃっ!? そ、そんなことよりワンゴフの話しよ! ウェルシュっていう犬亜人が嘘を付いてるって話だったけど、それが怪我の原因にゃの?」


 シャルは話を本筋に戻した。


 そうか、そこからだよな。考えてみればシャルはウェルシュには会ってもいないのだ。


「長くなるけど、いいか?」

「アスカ兄ちゃんの話ならどれだけ長くても平気だにゃ」


 俺はワンゴフでの出来事をシャルに伝えた。





「――って感じで、帰って来たってわけだ」

「アスカ兄ちゃんって神様に嫌われる心辺りにゃい?」

「会ったことないしなぁ……」

「だって死にかけすぎ! この短期間で何回死にかけてんの!? あたし心配だにゃ!」


 シャルは涙目でそう訴える。

 メドゥーサが話に出てきた辺りで俺の腕にしがみついてきた。

 シャルの不安は俺にもわかる。今シャルが抱えている不安は、俺が屋敷でプルミエを待っていた時の不安と全く同じものだ。


「悪かった。心配かけて」

「アスカ兄ちゃんは死んじゃヤダよ。皆あたしより先に逝っちゃうのはもう嫌だよ……」


 シャルは俺の腕をギュッと掴んで大粒の涙を流し始めた。

 スラム街で仲間を失った記憶が甦ってしまったのだろう。


「大丈夫、俺は絶対死なないから。俺は絶対シャルを悲しませたりしないから」


 俺はシャルの頭を引き寄せる。

 シャルはその後もしばらく泣き続けた。

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