68話 魔の杖
目を覚ますと、ベッドの上だった。
(助かったのか……? プルミエは!?)
首を回すと、隣のベッドにはプルミエが眠っている。
体中に包帯を巻いている痛々しい姿だが、生きていることには変わりない。
「よかった……」
俺は安堵の息を吐いた。とりあえずは一安心だ。
ホッとしたのと同時に、病室の扉がノックされる。
入って来たのは犬耳を生やした厳つい顔の男だった。
「起きられたのですか!? 医療術士の話では一週間は眠っているだろうとの話でしたが……」
「まあ、身体は丈夫なので……」
「国王様を呼んでまいります。少々お待ちください」
男はキビキビとした動作で病室を出ていく。
(……ん? あの人今国王呼んでくるって言ってなかったか?)
「失礼する」
入って来たのは肌の黒い犬亜人だった。後ろにはウェルシュも連れ立っている。
(この人が国王なのか)
浅黒い肌に、薄赤色の髪。情熱的な感じがする人だ。
20代中盤であろう見た目も相まって、失礼ながら、王様というよりも冒険者のように見える。
「我の名はブルド。此度のこと、ウェルシュから話は聞かせてもらった」
ブルドはそう名乗ったが早いか、俺に向け土下座をした。
「えっ、ちょっ、やめ……やめてくださいよ、そんなこと!」
「我らワンゴフの国民ために命をなげうち戦ってくれたこと、誠に感謝する。欲しいものがあれば何でも言ってくれ。出来る限り用意させてもらう」
聞く耳を持たないブルド。
俺は仕方なくウェルシュに協力してもらうことにした。ウェルシュならブルドの暴走を止めてくれるだろう。
「ちょっとウェルシュさん、どうにかして……」
「感謝は尽きない。プルミエ殿、アスカ殿。心からの感謝をあなたたちに」
どうしよう、ウェルシュまで土下座を始めてしまった。
(居心地が悪すぎる……)
自分より凄い人たちに土下座などされても、どうすればいいか全くわからない。
そもそも望むものなんて……。
「……プルミエの治療に全力で当たってください。俺が望むのはそれだけです。それ以外は必要ありません」
俺の言葉にブルドは立ち上がった。
「約束しよう。ウェルシュから事情を聞いてすぐ、我らワンゴフが誇る国宝『魔の杖』を使うことを許可した。もう幾ばくかで到着するはずだ」
病室のドアが開けられ、施術院には不釣り合いなほど物々しい鎧を纏った騎士たちがブルドに布でくるまれた何かを渡す。
細長い形状からいっても、あれが魔の杖ということで間違いないだろう。杖っていうくらいだから細長い形してるんだろうし。
「噂をすれば、だな。ウェルシュ、頼めるか」
「御意に」
ブルドがウェルシュに杖を渡す受け取ったウェルシュは、プルミエに近づいた。
「この魔の杖には魔法の効果を数倍に引き上げる効果がある。これを使えば、プルミエ殿はたちどころに目を覚ますはずだ」
「そんな便利なものがあるんですか?」
「再使用には最低10年が必要だがな」
「10年!?」
俺は驚いてブルドの方を向く。
ブルドは頑強な首をこくりと縦に動かした。
「真だ。だが我は魔の杖を使うことに些かの躊躇も持ってはおらん。彼女、そしてそなたがいなければ我らの国は破滅を迎えていたのだからな」
ブルドがそう言って労わりの視線を向けてくる。
だが、俺は果たしてこの人たちの救出に多少なりとも力になれていたのだろうか。
「……俺がここに来たのはプルミエのためで、あなたたちの為じゃありません。俺にはそんな言葉をかけられる資格なんて――」
「そんなことは関係ない。結果としてそなたは我ら犬亜人全員の命を救った。そなたは我らにとって、まごうことなき『英雄』だ」
……英雄。
その言葉の持つ意味をきっと俺はまだ知らないのだろう。
楽なことばかりじゃないのだろう。辛いこと、苦しいことのほうが多いのかもしれない。
俺が今味わっているのは英雄という言葉の正の側面だけだ。
それでも、俺は自分の行いが他人に認められたことが嬉しかった。自分が他人を救う一助になれたことが嬉しかった。
俺一人では何も成し遂げられなかったけれど、メドゥーサに手も足も出なかったけれど――俺は初めて人の役に立てたのだ。
「英雄だなんて、大げさですよ……っ」
嬉しいはずなのに涙がでてくる。
ああ、どうして俺というやつはここまで泣き虫なのだろうか。
「……参ります」
ウェルシュが魔の杖の先端をプルミエへと向けた。先端から黄色い閃光が迸り、病室内はまるで太陽の中心にいるかのような明るさで満たされた。
その眩い明りが消えると、ベッドの上には目を開けたプルミエがいた。
「む……? ここは、ワンゴフか?」
「ああそうだ、プルミエ殿」
ウェルシュはそう答え、俺にしたときと同様の土下座をする。もちろんブルドもだ。
プルミエは「おおげさじゃ」と手を振って顔を上げさせた。
「それよりも、アスカは何を泣いておるのじゃ? 鼻水で顔がべちゃべちゃじゃぞ……」
「プルミエぇぇ……!」
プルミエが無事に起きたことで止まりかけていた涙が再燃してしまった。
俺は涙を漏らしながら、ふらふらとプルミエのベッドに近づく。
「うぇぇ、ゾンビみたいに歩くでない! なんか怖いのじゃ!」
「酷いこと言わないでぇぇぇ……!」
俺はプルミエの脚を掴んだ。
「ぎゃーっ! 来るな! 来るでないっ!」
プルミエの叫び声が病室に木霊した。




