66話 激突
先手を取ったのはメドゥーサだった。すでに形成されかかっていた闇の奔流をプルミエに向け放つ。
「手加減なしじゃ――混合魔法、燃ゆる闇」
黒炎がメドゥーサの放った闇魔法を飲み込み、さらにメドゥーサへと迫る。
「それは厄介だけれど……っと!」
メドゥーサは氷塊を黒炎に当て、その間に炎の範囲から抜け出た。
だが、プルミエもその間にメドゥーサに肉薄する。
プルミエの傷から流れ出る血液が凝固し、手の形をとる。
無数の赤い手はメドゥーサの逃げ場を塞ぐように取り囲んだ。
「仕舞いじゃ」
プルミエは再び混合魔法を準備する。
メドゥーサの逃げ場はない。俺はプルミエの勝ちを確信した。
しかしメドゥーサは嗤う。
嗤って、プルミエに近づいた。
普通ならまず間違いなく自殺行為であるその行動を、プルミエは何もせずただ受け入れた。
メドゥーサがプルミエに流属性の氷を放ち、駆け抜ける。
一瞬遅れてプルミエが混合魔法を放った。だが、すでにプルミエの背後に移動しているメドゥーサには当たらない。
「邪眼……っ!」
プルミエが忌々しそうにメドゥーサの額を睨む。
そこには大きな目玉の模様が浮かび上がっていた。
「以前より長時間あなたの動きを止められたのは私が強くなったからかしら。……それともあなたが弱くなったからかしら」
メドゥーサは複雑そうな表情で眼球を上に動かし目線を額の方へ向ける。
顎を触るその仕草は、戦闘中とは思えないほど色気を含んでいた。
対して、プルミエは目の輝きが淡くなってきている。5分が迫ってきているのだ。
割り込もうにも、このレベルの戦闘に俺が入り込む余地はない。
「確かに妾は100年前より弱くなった。それは事実じゃ。……じゃが、お主に遅れはとらん。とるわけにはいかんのじゃ」
「ならもっと遊びましょう。あなたと私のどちらかが死ぬまで」
メドゥーサが長い舌で舌なめずりをする。
しかし、プルミエはその提案には応じなかった。
「いや、もう終わる。これで妾が終わらせる」
プルミエは手元に莫大な魔力で練り上げた混合魔法の黒炎を創りあげた。
「一撃に掛けるってわけね。確かに魔力だけは全盛期並みのあなたからすればそれが一番確率が高いかしら。……それだけの魔法だとこの洞窟の中じゃ逃げ場はないだろうし、乗るしかないわね」
メドゥーサも流魔法で氷塊を創り出す。そこに込められた魔力は俺にはプルミエと同等に思われた。
「泣いても笑っても最後の一撃。……はぁぁ、濡れるわぁ」
「アスカの見ている前で妾が死ぬわけにはいかんのじゃ。……じゃからお主が死ね」
そして二つの魔法はぶつかり合う。
超高密度の魔力が衝突したことで、衝撃波が洞窟内を襲った。
俺は気を張ってそれに耐え、勝負の行方を見守る。
炎と氷。黒と白。二つの魔法の威力はほとんど変わらなかった。
あまりのエネルギーに、ぶつかり合っているところから高音が鳴り出す。
「これでも勝負がつかない! まだプルミエと戦えるのね!」
メドゥーサがズレた思考回路を持つが故の喜びを感じた時。
その時、プルミエが競り合う二つの魔法の中からメドゥーサの前に躍り出た。
「……なっ!?」
突如目の前に現れたプルミエに、メドゥーサが初めて焦りの色を浮かべる。
魔力の塊の中を通ってきたプルミエの身体はボロボロになっていた。
その様と言ったら、血が出ていないところがないくらいだ。
――だが、それが逆にプルミエの有利に働く。
プルミエの身体から生まれ出た夥しい数の血の手が硬直したメドゥーサの身体を捕縛する。
「……これが正真正銘、妾の最後の……一撃、じゃ……」
プルミエはゼロ距離から炎魔法を放った。
「プルミエっ!」
俺はプルミエに走り寄る。
プルミエの服は全く原形を留めていなかったが、そんなことは気にならなかった。
「プルミエっ!」
プルミエは俺に反応を返さない。意識がないようだ。
最後の一撃で全ての魔力を使い切ったに違いない。
(またプルミエが……嫌だ、そんなの嫌だ!)
俺はプルミエを抱え込む。一刻も早く処置をしなければ手遅れになるかもしれない。
(外にはウェルシュさんが待ってるはずだ。外に出れば――)
「勝った――と、思ったかしら?」
背後から声をかけられた俺は動きを止める。
あり得ないあり得ないあり得ない。だって、あいつはプルミエが――
「あやうく死ぬところだったわぁ」
後ろを振り返る。
――メドゥーサがいた。
頭部から出血し黒い髪が赤く染まってはいるが、生きていた。
「な、なんで……死んだはずじゃ……」
ゼロ距離でプルミエの全力を喰らって生きている。そんなことがありえるとは思えなかった。ありえてたまるわけがなかった。
「最後の最後でプルミエの魔力が減少したのよ。それがなければ……まあ、死んでたわね」
メドゥーサはふらつきながらも俺の問いにすらなっていない問いに答える。
重症ではあるものの、意識ははっきりとしているようだ。
(持続時間が切れたのか……っ!)
俺は唇を強く噛む。
あんまりだ。これはあんまりすぎやしないか。
プルミエが文字通り命まで懸けた一撃だ。それがこんな形で失敗に終わる? 冗談じゃない。
「肝を冷やしたし、かなり感じたわ。……やっぱりプルミエは最高よぉ!」
目の前の気違いは頬を紅潮させて悶えだす。
だが、今だけはこいつの異常さに感謝した。
(あいつが悶えている間にプルミエを抱えて洞窟を出る!)
俺は身悶えしているメドゥーサにばれないように一歩、また一歩と後退する。
(よし、今のうちに……)
「後はとどめを刺すだけ。やっぱり最後は命を奪ってあげないとよね。坊やは追わないであげるから、そこを退きなさい」
さすがに逃がしてくれるほどお人よしでもなかったらしい。
可能性が低いのはわかっていたが、俺は内心舌打ちせずにはいられない。
俺は断腸の思いでプルミエを地面に降ろし、メドゥーサを睨む。
「退けと言われて退くとでも?」
「そういう御託は今いらないの……よっ!」
メドゥーサが氷の槍を放ってくる。
俺はそれを受け止めた。
一瞬眩暈が走るが、平静を装う。
(気力が尽きかけてる……)
常に気を張り続けているのもそろそろ限界が近づきつつあった。
「あなた、明らかに攻撃力と防御力が釣りあってないのねぇ。一体どういう訓練をしたらそうなるのかしら……」
メドゥーサは怒気を収めて、飄々とした風で顎を触る。
逃げられない。逃げられないならどうすればいい。
(どうするもこうするも、これしかねえだろ……っ!)
「俺と戦え。俺がお前を殺してやる」
「……坊や、折角だから一つ教えてあげる」
ふぅ、と一つため息をついて、メドゥーサは髪をかき上げる。
場違いな甘い香りが洞窟に広がった。
「私ね。侮るのは好きだけど、侮られるのは嫌いなの。あなた四大英雄がどういう存在なのか、目の前で見てもまだわからないの?」
「……どういう意味だよ」
「私たちは化け物なのよ。プルミエだってそう。明らかに他のヴァンパイアと比べて力が突出しているでしょう? 私たち四大英雄は人じゃないのよ。あなたたちとは生まれたときから違う次元の生き物なの」
メドゥーサは淡々と語る。その頭からは血がどくどくと流れていたが、気にするそぶりも見せない。
「わかったかしら? あなたごときがプルミエを庇うこと自体がすでに傲慢なの。それに事欠いて、私を殺す? そこまで行くと憐れみを覚えるわぁ。……断言するわ。あなたじゃ私に触れることすら出来ない。わかったらそこを退きなさい」
勝手なこと言いやがって。プルミエがどんな気持ちで今まで戦ってきたかも知らないくせに……。
俺は吼えるように口を開いた。
「プルミエは化け物なんかじゃない……! プルミエは花が好きなだけのどこにでもいる普通のヴァンパイアだ。優しくて、でも厳しくて、すぐ得意げな顔になるけど時々抜けてて……そんな、どこにでもいる普通の存在だ! お前がプルミエを語るんじゃねえよ!」
「弱い癖にいきがる。……ああ、あなた私が一番嫌いなタイプだわ」
本気の殺意が俺に向けられた。




