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60話 人影

 翌日。三時間の見張りを終えた俺は、プルミエとウェルシュを起こしにテントを開けた。


「おーい、もう時間だよ」

「うう……誰か助けてくれ……。スイカが妾に迫って来るのじゃぁ~」

「むにゃむにゃ」


 俺の目の前では、ウェルシュに抱きかかえられたプルミエが悪夢にうなされていた。


「はい起きてー」


 俺は二人の身体を揺すって無理やり意識を覚醒させる。


「二人とも、おはよう」

「うぅーん、おはようなのじゃ」

「……もっと眠りたい」


 ウェルシュは寝ぼけ眼を擦りながら、名残惜しそうに布団を眺めている。


「お主が眠ると妾たちに被害が加わるから駄目じゃ」


 そう言ってプルミエは地竜に魔法の手綱を打った。衝撃に従い、地竜が声を上げて走り出す。

 落ちてくる瞼と戦うウェルシュ、手綱を持ってウェルシュに呆れているプルミエと共に、俺はワンゴフへと向かう道のりを再び歩み出した。









 ウェルシュの声が荷車の内に響いたのは、昼下がりの午後であった。


「誰か来ている! 2時の方向だ!」


 朝ののほほんとした態度はどこへやら、ウェルシュは凛とした声で敵の接近を告げる。

 その言葉通り、右からは黒い人影がこちらに猛スピードで向かってきていた。前と同様黒いフードを被っている。


「アスカっ!」

「応っ!」


 俺は事前に決めていた通り、ウェルシュを守る態勢をとる。ウェルシュが嘘を付いているのは確かだが、この黒い人影と結託しているのかはわからない。である以上、護衛任務はしっかりと果たす。

 俺とプルミエ、それにシャルと話し合って決めたことだった。


 俺は黒い人影から守るようにウェルシュを背に隠す。


「アスカ殿、私も――」

「俺の任務はウェルシュさんの警護ですから」


 自分も戦おうとするウェルシュをたしなめる。下手にうろちょろするとプルミエの邪魔になるからだ。


「貴様が誰かは知らぬが……妾の乗る竜車を襲う以上、覚悟はできておるのであろうな?」


 プルミエは即座に右手から闇魔法を放つ。禍々しい気を放つ黒い球体は人影に向かって飛んで行った。


 しかし人影は一定距離まで近づいたところでこちらへの接近を止め、牽制するように竜車の周りを回り始める。予想を裏切られた形になったプルミエの魔法は、人影に掠りもせず地面に着弾することとなった。


「やつから殺意が感じられんな。というより、あれは……」


 プルミエは意味ありげな言葉を口にしながら人影を注視する。

 人影は竜車の周りを何周かした後、これまた猛スピードで退却していった。


 安全を確認した俺はウェルシュさんに向き直る。


「ウェルシュさん、大丈夫でしたか?」

「あ、ああ。私は大丈夫だ。ありがとうアスカ殿」


 ウェルシュは落ち着かない様子でチラチラとプルミエの方を見ながらそう言った。その気持ちを表すようにぶんぶんと尾が揺れていた。







 その日の夜。ウェルシュが見張りの番をしている間に、俺たちは昼間の情報を擦り合わせていた。


「昼間の人影。あれは十中八九影魔法じゃな」

「それって人じゃないってこと?」


 外で見張りをしているウェルシュに聞こえない声で話すプルミエに、同じく抑えた声で聞き返す。


「ああ。妾もよく家の中で使っておるじゃろ。あれを戦闘に特化させたタイプの闇魔法じゃ。実体がないゆえ極めたとしてもそこまで強くはないがの。あれはおそらく速度に特化しておるな。ただ速いだけで、実質の戦闘能力はアスカよりも低いはずじゃ」

「じゃあ、最初の時ウェルシュさんがあの人影に斬られたのは……」

「演技、じゃろうな。まず間違いなく。ウェルシュはあの程度の輩に一太刀入れられてしまうほど脆弱ではない。それに、直に対峙したならあれが犬亜人でないことはすぐにわかったじゃろう」


 やっぱりウェルシュは嘘を付いていたらしい。

 だけど、俺はやっぱりあの公園でのウェルシュの姿が頭から離れない。あんなに優しい人がプルミエを――俺たちを騙しているなんて考えたくもない。


「……なんでウェルシュさんは俺たちを騙してるんだろう」

「それは妾が知りたいのじゃ。あやつは自身に真っ直ぐで、国のために生きる武人じゃったのじゃが……。もしかしたら、ワンゴフに何かあったのかもしれんのぅ」


 そんな風に推測していた時だった。


「二人とも起きろ! 敵襲だ!」


 ウェルシュが外から叫ぶ声が聞こえた。


 俺とプルミエはアイコンタクトを行う。もしかしたら、これがウェルシュの罠かもしれない。その可能性は捨てるわけにはいかなかった。


「敵はどこですか!」


 外に出た俺たちはウェルシュに尋ねる。しかし、尋ねる必要もなかった。敵はこちらまであと少しという距離まで迫っていたからだ。


(これは……こいつが仲間だからギリギリまで俺たちを呼ばなかったのか? それとも単に暗闇で接近に気が付くのが遅れただけか?)


 俺は二つの可能性を考察する。だが、どちらにしたって俺のやることは変わらない。この任務での俺の仕事は、ウェルシュを守ることだ。


「いや、ちが――」

「ウェルシュさん、下がってください!」


 何か言いかけた襲撃者たちの言葉を遮り、俺は昼間と同じようにウェルシュを背中に隠す。


 と同時に、俺は背中に力を込めて『頑丈』を発動させた。これで万が一ウェルシュが俺を背後から攻撃しても即死は免れることができる。

 肉体の丈夫さという一点のみで、俺はプルミエよりも優れていた。である以上、俺がウェルシュを護衛してプルミエが敵を倒すのが一番クレバーなやり方だ。


 俺とプルミエは万全の態勢で襲撃者たちと向かい合った。

 襲撃者は大層慌てた様子で口を開く。





「い、いや、僕はあなたたちの敵じゃありませんっ!」


 降参を示すように両手を上げた襲撃者の声色には、確かに敵意は含まれていない。むしろそれは恐怖に(おのの)く弱者の声そのものであった。

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