6話 初戦闘
プルミエの屋敷に来てからもう一週間が過ぎた。最初は何か仕事をしなきゃと思っていたが、今はもう魔法の訓練にかかりきりである。
なぜならプルミエの創りだす影人間が優秀すぎるのだ。悔しいが、俺が仕事をするとかえって足手まといになってしまうのである。
「プルミエの影とは思えないほど能力高いよね」
俺の言葉を聞いたプルミエは、ピクンと耳を動かした。
「それは妾を馬鹿にしておるのか?」
「ううん、尊敬してる」
「ならもっと心を込めるのじゃ!」
「プルミエ、尊敬してるよー」
「だ~か~ら~!」
プルミエが地団駄を踏む。しかし、その顔は本気で怒っている顔ではない。会話のコミュニケーションの一環であることをプルミエも理解してくれているのだ。
と、そこで、俺はあることに気が付く。俺は咄嗟に自分の眼を手で覆った。
「ぷ、プルミエ。あ、あんまり足はあげない方が……」
「っ!? そ、そういうことは早く言うのじゃ!」
プルミエが慌ててスカートの裾を押さえつける。しかし、すでに俺の脳に縞々パンツが鮮明にインプットされた後だった。
「アスカの助平め」
プルミエはぷくっと頬を膨らませ、上目使いで俺を睨む。
「プ、プルミエが無防備すぎるんだよ」
健全な男子諸君にはもれなく目に毒なその顔から眼を背け、赤くなった顔を手で隠しながら俺は言う。
(臨兵闘者皆陣列在前……! 消えろ、煩悩!)
俺は心の中で九字を唱え、煩悩を打ち消すことだけを考えた。くっきりと脳裏に焼き付いた縞パンが少しずつ薄れてゆく。
「……今日はアスカが狩りをする約束じゃったな。ついてくるのじゃ」
「う、うん!」
そう、今日は俺にとって初めての魔物との戦闘を行うのだ。延期にされてしまうかと思ったが、やはりプルミエは優しい。
屋敷の外に出た俺とプルミエは、森の入り口の前で立ち止まる。
プルミエが人差し指をピンと立てて俺の前に立つ。プルミエがこの動作をする時は、俺に今までの復習を課す時だ。
「さて、アスカ。人間が魔物と戦うにあたって一番気を付けるべきことは何じゃ? 言うてみい」
「とにかく攻撃を受けないこと。人間は身体が弱いから……でしょ?」
俺はこれまでにプルミエに習った知識から正解を導き出す。
答えを聞いたプルミエは満足げにウンウンと首を縦に振った。
「その通りじゃな。アスカは人間じゃから、この森にいる魔物相手でも致命傷を負う可能性がある。じゃが、意識のねっこの部分にしっかりと植えつけておくんじゃぞ」
「うん、わかった」
「それと、食事用だからと言って綺麗に倒そうとする必要はないぞ。最初は倒すのに全力をかけるくらいでよいからの」
「了解だよ」
「注意はそのくらいかの。では――」
プルミエは翼で自らの身体を浮かせる。
自然と見上げる形になり、瑞々しい健康的な太ももがチラリと見え隠れした。
「頑張るのじゃ、アスカ!」
チアリーダーのように張り切って応援するプルミエ。励ましてくれるのは嬉しいが、はしゃぎすぎてスカートはもうブワブワのブワッブワだ。
プルミエは先ほどの出来事がもう頭から抜けているらしい。俺はプルミエから目を逸らし、森の方を見た。
(プルミエの笑顔が無垢すぎて罪悪感が凄いんだが……。俺って汚れてんのかな……)
「どうしたのじゃー、アスカー?」
「なんでもないよー!」
俺は上空に浮かんだプルミエに声を返す。
今回森に入るのは俺だけだ。プルミエは上空から俺では敵わない魔物がいないかどうか監視してくれる手はずになっている。
「……よしっ」
俺は森へと一歩を踏み出した。
慎重に森の中を進む。魔力の扱いに慣れてくれば魔力で生物の居場所を知ることも出来るようだが、俺はまだそんなことはできない。
今の俺が持っている武器は、手のひらから発射できる火魔法と相手の視界を遮る闇魔法だけだ。
(なるべくこっちが先手を取りたい。まだ魔法の発動には時間がかかるからな)
緑の迷宮を進む俺。慎重なつもりなのだが、未来で山になど行った経験がないからか、木の枝に服を引っかけてしまう。
「おっと、魔物以外にも気を付けないとな」
視野を広く持たねば。そう考えた俺の耳に、獣の低いうなり声が聞こえてきた。近くに魔物がいるようだ。
俺はカラカラに渇いた喉で唾を飲み込み、声のした方角へと足を進める。
(こっちから聞こえてきたはずだ…………いたっ!)
そこにいたのは以前プルミエが狩ってきた魔物だった。たしかイマドと言ったはずだ。
俺の膝ほどの体長のイマドは強靭な4本の脚をしなやかに動かして森を闊歩していた。
死体を見たときとは感じる恐怖がまるで違う。あのイマドに齧りつかれたら、俺はどうなってしまうのだろうか。
(回避優先……回避優先だ)
俺はもう一度もっとも優先するべき指針を確認する。
イマドはうろうろと森をさまよっていた。俺はその跡をつけながら、イマドが背後の警戒心を解く瞬間を待っていた。
やがてキノコを見つけたイマドは、匂いを嗅ぐために鼻を地に近づける。キノコに興味がわいた分、背後への警戒がわずかに薄れたのを俺は感覚で感じ取った。
(今だ……っ!)
俺は魔力を開放し、魔力を手に集めるイメージをする。イマドはまだキノコを嗅いでいる。
続いて俺は、手に集まった魔力が炎に変わることを想像した。
(想像妄想には自信があんだ。思春期なめんな!)
俺の手に掌大の火の玉が現れた。俺はそれをキノコに夢中になっているイマドへと飛ばす。
「キャンッ!?」
火の玉が当たる直前に自身に魔法が迫っていることに気づいたイマドだが、その時にはすでに避けられる距離ではなく、火の玉はイマドに見事命中した。
「一発目は当てた。勝負はここからだ」
俺の今の魔法の威力だと、よほどいいところに当たらない限り一発では倒せないだろう。事前にプルミエにそう言われていた俺は、このまま気を抜かずに魔法の準備をする。
続いて使用するのは闇魔法だ。発動した闇魔法は俺の周囲をモクモクと覆い尽くした。
俺に向かい突進してきたイマドは、俺の存在を見失う。
「よし、いい感じだ」
イマドが俺の場所を把握できていないうちに、俺は近くにあった木に登る。小学生以来の木登りに苦戦したが、なんとか十分な高さまで登ることができた。
(子供の時と比べてこんなに体が重くなってるとは思わなかった……)
木に登りきれたことで、俺は少し気が抜ける。そのタイミングで木が大きく揺れた。
「もう気がついたか」
木の下では、イマドが木に向かってタックルを繰り返していた。野生動物であるし、鼻で俺の居場所を探り当てたのかもしれない。
木が倒れる気配がないと感じたのか、イマドは木から少し距離をとる。そして口から光球を吐き出した。吐き出された光球は俺の元へと飛んでくる。
「うわぁっ!?」
魔法を使ってくるイマドにビビった俺は、木の上で足を滑らせてしまう。
咄嗟にイマドの方へと飛び降りた。俺の身体とイマドの身体はみるみるうちに接近する。
「アスカっ!」
プルミエが上空から俺を救おうと高度を下ろしてくる。しかし、火山の時とは違って間に合わなそうだ。
(俺、死ぬのか……? 嫌だ、死にたくない! 死んでたまるかっ!)
俺は全身に力を入れてイマドとの衝突に備える。
そして、俺は魔法を撃ったばかりのイマドと衝突した。
「ギャンッ!」
イマドの断末魔が森に響く。
「…………?」
地面に降り立った俺は、混乱して目を開けた。
(痛みが、ほとんどない……?)
あってしかるべきはずの衝撃がほとんど感じられなかったのだ。
(何が起こったんだ……?)
俺の身体には傷一つついていない。対してイマドは息絶えている。何がこの事態を引き起こしたのか、俺には見当もつかなかった。
(まあ何が起こったのかはわからないけど、とりあえず――)
「勝った……のか」
勝利を確認した俺はふぅと肩を下げる。知らない間に体中が固くなっていた。それに疲労感が凄い。
(命がけってのはなかなか肉体と精神を消耗するもんだな)
「ア~ス~カ~っ!」
叫び声を上げながらプルミエが地上へと降りてきた。
膝を曲げてピョンピョンと跳ねるその顔があまりに満面の笑みなので、おもわず俺も笑ってしまう。
「よくやったのじゃ! 凄いのじゃアスカ! 死んだかと思うたのじゃ!」
「お、大げさだよ」
俺は照れ隠しにこめかみを掻きながらそう答えた。
食料を無事確保した俺たちは、森を出て帰路についた。
「やっぱりアスカには戦闘の才能があるのぅ。あんな鮮やかにイマドを葬ることなどなかなか出来るものじゃないぞ?」
プルミエは俺がイマドを倒したことを繰り返し褒めてくれる。美少女にそこまで褒められて嬉しくならない男などいない。
「ほ、褒めたって何も出ないんだからね!」
「突然どうした。頭が狂うたか?」
だが、俺の場合はちょっと喜び方を間違えてしまったらしい。
穴があったら入りたい気分というのは今のようなことを言うのだろう。
プルミエはまじめに心配そうな顔をして俺を見ていた。
その視線が俺の恥ずかしさをさらに高める。
「……褒められすぎてテンションがおかしくなったってことで、今のは忘れてくれ」
「なんじゃ、意外と可愛らしいところもあるのぅ。『ほ、褒めたって何も出ないんだからね!』か。いい言葉じゃないか、なあアスカ?」
「忘れてくださいお願いします」
プルミエが俺をからかってケラケラと笑う。
そんなこんなで、俺の初戦闘は無事勝利で終わったのだった。