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57話 手紙

 家に帰ると、シャルがリビングから意外そうに顔を出した。


「にゃ? あれ、今日は帰って来にゃいんじゃにゃかったっけ?」

「ちょっと色々あってね……」


 俺はリビングに入り、シャルに今日あった出来事を伝えた。








「……にゃるほど。セレシェイラに頼まれたんだ……。アスカとプルミエ姉はどうしたいの?」


 シャルが俺たちに聞いてくる。


「シャルを一人置いてくってのはないと思ってる。シャルは怪我人だから、何があるかと思うと俺は絶対に気が気でいられない。そんな護衛は護衛失格だろ? ……だからまあ、断りたいってのが俺の正直なところだ」


 と俺が答えたところで、窓がコンコンとノックされた。


(なんで窓?)


 プルミエが窓を開けると、伝魔鳩が家の中に飛び込んでくる。そして手紙を残して消滅した。


(そっか、鳥だから玄関の鐘を鳴らせないのか)


 俺は一人で自己解決した。

 プルミエはリビングに落ちた手紙を拾い、目を上下させて流し読みした後に「セレシェイラからじゃ」と言って俺たちに見せてくる。

 俺とシャルはそれを受け取り、頭を近づけて一緒に読んだ。




 プルミエさん、アスカ、シャルへ


 シャルのことは理解していたはずなのにその場の雰囲気に流されて、断れない提案をアスカとプルミエさんに押し付けてしまって本当にごめんなさい。プルミエさんの口からシャルのことが出た瞬間凄く後悔して、シャルのことが頭から飛んでいた自分を殴りたくなりました。

 お詫びにもなりませんが、もしお二人がウェルシュさんに同行すると決めた場合、シャルが望むならシャルには王宮で寝泊まりしてもらいます。警備は万全なので万が一の心配もありません。シャルの身は私が責任を持って守ります。

 もちろんウェルシュさんに同行しろと強制するつもりは全くありませんので、三人で話し合って結論を出してください。


 P.S.三人の中で私を殴りたいと言う方がいたら言ってください。時間を見つけて殴られに行きます。

 セレシェイラ


 P.S.国王である我が主が顔を腫らすのは体面的にまずいので、殴りたい方は代わりに私を殴ってください。

 ロペラ





 おそらく後から付け足されたのであろうロペラの言葉に、俺は思わず苦笑いをする。


(どこまでもセレシェイラに尽くすところがロペラさんらしいとうか……)


「殴りに行くか? 行くというなら妾は止めんぞ?」


 先に読み終えていたプルミエは含み笑いをしながら俺たちに告げる。


「行くわけないだろ……。わざわざこんな手紙をくれた時点で俺たちのことを(おもんばか)ってくれているのは伝わったからな」

「ロペラ姉を殴ったら何が起こるかわかったもんじゃにゃいし、絶対嫌だにゃ」


 シャルが腕で自分の身体を抱えながら首を横に振る。その動作がおかしくて、俺は笑みを浮かべた。



「あたしの安全が確保された今にゃら、受けてもいいと思ってるんじゃにゃいの? あたしはアスカ兄ちゃんが強くなるチャンスだと思うから、受けてもいいと思うけど」

「そうだなぁ……。……確かに、受けてもいいかもとは思ってる。ウェルシュさんもいい人だったし、あの人が狙われていて、俺が助けになれるってんなら助けたい」


 まあ実際のところは俺はウェルシュよりも格段に弱いのだけれど。

 それでも、十中八九プルミエのついでだと思うけど、ウェルシュは俺も頼ってくれたのだ。俺に助けを求めてくれたのだ。シャルの安全という不安要素が排除された今、その手を払いのけるようなことはしたくなかった。


「プルミエはどう思うんだ?」


 シャルがプルミエに話を振る。

 プルミエは白い手で表情を隠しながら言った。


「……今回の護衛は妾が一人で行く」

「……プルミエ?」

「アスカはシャルと一緒に留守番をしていた方が良いじゃろう。妾はアスカには……付いてきてほしくない」

「なっ……!」


 プルミエの口から放たれた拒絶の言葉に、俺は打ちのめされた。

 それと同時に、今までプルミエは可能な限り俺の意思を優先してきてくれたということにも気が付く。

 プルミエにここまで言われたのはあの日以来だ。プルミエが俺を屋敷に置いて、魔物に向かって言ったあの日。

 あの日の光景が脳裏にフラッシュバックして、俺は自分でもわかるほどに息が上がりだすのを感じた。


「プルミエ姉、理由は? 理由を教えてくれにゃきゃ、あたしもアスカも納得できにゃいよ」


 シャルがそんな俺をちらりと見て、プルミエに尋ねる。


「危険だからじゃ。それ以上の理由もそれ以外の理由も存在しない」


 プルミエはそれだけ言って口を閉ざした。

 その真紅の眼には迷いの色はない。プルミエは最初から一人で行く気だったようだ。


(……なんだよ、それ)


 俺は今まで感じたことのない感情が胸の内から湧き上がってくるのを感じた。

 憎しみとも悲しみとも怒りとも違う――あるいはそれらが()()ぜになった感情が、俺の心を凄い勢いで埋め尽くす。


「……俺は、あの日プルミエを守れなかった。だけどそれから頑張って訓練して、一人前レベルまではなったつもりだ」


 危険だから。プルミエはそう言った。

 プルミエは俺を心配してくれているのだろう。俺を危険な目に合わせたくないのだろう。


「それは身体を見ればわかる。妾が死にかける前とは別人のような体つきじゃからな」

「俺はプルミエをもう二度と一人で危険な場所に行かせないようにって、そのために訓練してきたんだ。それなのに……プルミエはまた俺を置いていくのか!? 俺のこれまでの努力は全部、無駄だったのかよ……っ!」


 だが、心配なのは俺も同じなのだ。俺もまた、プルミエを危険な目に合わせたくないのだ。


 情けないことに、俺の目からは熱いものが流れ出していた。


 俺が泣いているのを見たプルミエは動揺したように首をふるふると横に振る。


「わ、妾はそんなつもりでは……」

「だったら、どうしてアスカ兄ちゃんを置いていくんだにゃ?」

「しゃ、シャル……!」


 シャルは見開いた金色の眼でプルミエを正面から見据えた。その迫力にプルミエも思わずたじろぐ。


「あたしはいつも隣でアスカ兄ちゃんが頑張るところを見てたにゃ。『プルミエのために』って『プルミエに恥じない人間になるために』って。兄ちゃんは只々(ただただ)ひたすらにプルミエ姉のために頑張ってて……正直、羨ましかったにゃ」

「シャル、お主……」


(シャル……)


 俺はシャルの思いを聞いて胸が締め付けられた。

 俺がプルミエの背中を追っている間、シャルはずっと俺を見続けてくれていたのだ。


 シャルは下唇を噛んで、鬼気迫る迫力でプルミエを問い詰める。


「でも今はあたしの気持ちなんてどうでも良くって……アスカ兄ちゃんはプルミエ姉のために、プルミエ姉を守るために今まで頑張ってきたんだにゃ。それなのに、プルミエ姉は何か隠してるにゃ。ちゃんとした理由も言わずに置いてくなんて、あたしだって納得できにゃいにゃ!」



 肩で呼吸し始めたシャルの呼吸音だけが室内に響く。

 その呼吸音はシャルがどれだけ俺を思ってくれているのかの証明であり、俺がどれだけシャルの気持ちに気づいて来なかったかの証左でもあった。


「……わかった。話す、話すのじゃ」


 長い沈黙の後、プルミエは躊躇いがちにそう告げた。

 プルミエがそうまでして隠したがっていた事実が明かされることに、俺の喉は無意識に水分を求めて唾を飲み込んでいた。



 プルミエの身体から魔力が放出される。おそらく周りに人がいるかを確認しているのだろう。

 そして、これから語られることはそこまでする価値がある情報だということだ。


 身を乗り出した俺とシャルの前で、プルミエの桃色の唇が開いた。

 曰く――












 ――ウェルシュは嘘を付いている。

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