56話 敵襲
それから俺たちはセレシェイラのところに向かうことにした。ウェルシュが無事に到着したことを伝えるためだ。2日目、ワンゴフ国へと帰る前にもセレシェイラに会うことになっている。
「いやー、良いものを見させてもらった。子供たちが手を取り合っている姿、それを見れただけでも視察に来た甲斐があるというものだ」
ウェルシュは上機嫌で通りを歩く。
もう少しで大通りといったところに差し掛かった時だった。
「っ!」
突如現れた黒い人影に、ウェルシュが狙われたのだ。
俺はすぐさまウェルシュに駆け寄る。
「ウェルシュさん、大丈夫ですか!」
「あ、ああ……」
黒い人影は全身を隠すローブを着ており、顔は視認できそうにない。
人影はウェルシュに一撃加えただけで、俺たちを見ると途端に敗走し始めた。
「アスカ、ウェルシュを頼むのじゃ」
プルミエは短くそう言うと、逃げる人影目掛けて炎の矢を放った。
「……駄目じゃな。手ごたえがない」
プルミエをもってしても、逃げられてしまったようだ。
「ウェルシュさん、本当に大丈夫ですか?」
俺はウェルシュの怪我を心配する。ウェルシュの腕からは一筋の血が流れ出ていた。
「ああ、大丈夫だ。おそらく12年前の抗争で敗北した犬亜人の生き残りでしょう。あんなやつらに不覚をとるなど……面目ない」
ウェルシュは怪我を自らの光魔法で治療した。
痛がるそぶりを全く見せないところは、さすが武官である。
……いや、尻尾はぶんぶんと揺れていた。我慢は出来てもやはり痛いものは痛いのだろう。
(それにしても、抗争……か)
何があったのか、それはわからない。だが、ウェルシュはその抗争で勝利した側で、さっき襲ってきたのは抗争で負けた側だということのようだ。
「どうしましょうか。これから本来なら王宮へ行くはずだったんですけど……」
「……行った方が良いじゃろうな。国賓扱いのウェルシュが命を狙われたんじゃ。放っておけばヒュマン国の威信にも関わる」
プルミエの一言で、俺たちは予定通りセレシェイラの元へと向かうことになった。
通された部屋は、食事をする場所のようだった。部屋の真ん中には抜群の存在感を誇る長机が置かれ、その向こうにはセレシェイラが座っている。セレシェイラを護衛するように、ロペラは隣に佇んでいた。
「はるばるようこそいらっしゃいました、ウェルシュ。ヒュマンの食事をとくとご堪能ください」
国王と騎士という身分の差ゆえだろう、セレシェイラはウェルシュを呼び捨てにした。
セレシェイラの言葉を合図として、食事が続々と運ばれてくる。どれもこれもとてもおいしそうだ。
しかし、今の俺たちはそれを食べている場合ではなかった。
「セレシェイラ様。お話ししたいことがございます」
俺は床に跪き、頭を下げる。
他国の人間がいる以上、上下関係はより明確に示しておかねばならないと考えてのことだ。
「言ってみなさい、アスカ」
セレシェイラが俺に発言を許可した。
俺はその体勢のままでさっき起きた出来事をセレシェイラへと伝えた。
「敵襲!?」
セレシェイラが動揺した声を出す。
「それで、相手の人相は見たのですか?」
代わりにロペラが俺に尋ねた。
「いえ、俺は見ていません」
「妾も見ておらん」
「私も見ていません……ですがおそらく、抗争に敗北した犬亜人ではないかと思われます」
ウェルシュがそう自分の意見を述べる。
それを聞いたセレシェイラは眉をひそめた。
「12年前の抗争、その因縁が今もまだ続いているということですか……」
「……はい」
沈黙が場を支配する。
本来であれば和やかな会食の場になるはずだったこの場所は、緊張感漂う会議の場に変わっていた。
そんな沈黙の中、口を開いたのはセレシェイラだった。鈴の音のような声が彼女の口から紡がれる。
「我が国の騎士団をお貸しします。彼らを持ってウェルシュ、あなたを安全にワンゴフまで送り届けましょう」
「あ、あの!」
それに異議を唱えたのはウェルシュだった。緊張を表すようにぶんぶんと振られた尻尾は、今までで一番大暴れしている。
「はい、なんですか?」
「できればプルミエ殿に……プルミエ殿とアスカ殿に警護を頼みたいのです。見知った顔がいた方が、変に緊張せずにすみますし……」
ウェルシュは言いにくそうに自分の要望を伝えた。国王の方が位は上だから、今の意見を言うのはかなりの胆力がいったことだろう。
それを聞き届けたセレシェイラはウェルシュから俺たちへと視線を移した。
「アスカ、プルミエ」
「……なんでしょうか」
「あなたたちに、ウェルシュがワンゴフ国に到着するまでの警護をお願いできませんか?」
セレシェイラの言葉を聞いた俺は即座に脳内で所要日数を計算する。
ワンゴフに到着するまでの警護。ワンゴフまでは3日間の距離だから、往復で6日。
(6日……6日間の間、シャルをヒュマンに残しておくことになるのか)
それは正直なところ、怖い。この時代では明日何が起こるかさえわからないのだ。
「……そ、れは……」
何と返せば良いかわからず、俺は言い淀んでしまう。
そんな俺に助け舟を出してくれたのはプルミエだった。
「悪いがセレシェイラ、それは妾達だけでは決められぬ。家にもう一人家族がおるからの」
四大英雄であるプルミエは、国王という位と同等の権威を持っている。国王であるセレシェイラの「お願い」に了承以外の言葉を面と向かって言えるのは、この場ではプルミエだけだろう。
それを聞いたセレシェイラは一瞬俺たちから視線を外し、すぐに戻した。
「……では、明日の朝まで待ちます。二人は帰って同居人と話し合ってください。ウェルシュ、今夜のあなたの身は騎士団がお守りします」
セレシェイラの言葉で会談はお開きとなった。俺とプルミエは料理に箸をつけることなく、王宮を出て自宅へと向かった。




