54話 視察
「そうだ、竜車はどうすればよいのだ? このまま中に入れても良いのか?」
ウェルシュは地竜の喉を撫でながら俺たちに尋ねてくる。
これは前もって予想していた質問だったから、俺は準備していた通りに答えを返した。
「ああ、それなら門番さんに一度中を確認してもらわないといけなかったはずです。それに今回は狭い道も歩きますから地竜はどこかに預けておくことになります……って」
「? なんだ、どうかしたか?」
「いや、随分……使い込まれているんだな、と。すみません」
俺はなんとかそう誤魔化したが、その荷車は使い込まれているというレベルのものではなかった。
地竜は無傷なものの、地竜が引く荷車は切り傷がそこら中に付いていた。
内部が見えないよう荷車を覆っているテントの布が新しいものであるだけに、余計に荷車の傷のつき方が異様に見える。
(なんだよこれ……どういう使い方をすればこんなぼろぼろになるんだ?)
動揺する俺とは対照的に、ウェルシュは尻尾をぶんぶんと振りながら何でもなさそうに言った。
「ああ、これか。恥ずかしい話だが、犬亜人の国は色々とごたごたがあってな。国外に出ると同じ犬亜人に命を狙われるという……あ、今はもう大丈夫だぞ。数年前までの話で、今現在はほとんどそんなことはないからな」
「そ、そうなんですか」
やはりこの時代は戦乱の時代なのだと嫌でも認識させられる。
プルミエはそんなウェルシュの顔をじーっと眺めていた。
「……じゃあ、さっさと確認してもらうとするかの」
「そうだな。早く始めれば早く終わる。それが道理だ」
俺たちは北門を担当する兵士の人に言って、竜車の中を確認してもらう。
「……はい、問題ありませんね。この竜車はこちらで責任を持ってお預かりしておきますので」
「そうか、すまんな。……よし、では行こうか」
俺たち3人はヒュマンの中へと入った。
国の中央通りを歩きながら、俺はウェルシュにこの国の現状を説明していく。
「ヒュマンとヴァンパイア。互いにどうしても納得できない方もいますから、そういう人のために西にヴァンパイア専用の地区を作り、東に人間専用の地区を作って、それ以外の大方の場所はどちらも出入り自由という形になっています」
「なるほど。それで、今のところはそれが原因の争いなどは起きてはいないのか?」
ウェルシュは人間と猫亜人、それにヴァンパイアが混在する通りを興味深そうにきょろきょろと眺めていた。
俺は歩くだけで揺れるウェルシュの二つの兵器に気を取られないように、無心になろうと努力しながらウェルシュと会話する。
「2件発生していますね……。ただ、それらを軽視するつもりはもちろんありませんが、国全体で2件なのでかなり穏便にいっていると思います」
「もともとヒュマンは160年前に猫亜人の国を吸収しとるしな。土壌はできとるんじゃろ」
プルミエが俺の意見を補足してくれた。そして何気にそれは初耳である。
(その160年前の時はどうだったんだ?)
「その160年前の時はどうだったのだ?」
俺の気持ちを汲み取った……訳では決してないだろうが、運よくウェルシュがプルミエに尋ねてくれた。
案内役として来ている以上、俺の知的欲求を優先させるわけにもいかないからな。ウェルシュが聞いてくれたのは俺的には好都合だ。
プルミエは昔を思い出すように上を見上げながら、淡々と語る。
「あの時は戦争に勝ったヒュマンがそのまま猫亜人たちを奴隷的に自分たちの地に受け入れたからな。猫亜人たちからすれば当然不満だらけだったじゃろう。ひどい扱いをされておったようじゃしの」
「悲しいな。……なぜ人は争わねばならないのだろうか」
「それは、400年間生きてきた妾にもわからん。……じゃがまあ補足すると、今代の国王であるセレシェイラは猫亜人にも人間と同じ権利を認めておる。おかげで今のヒュマンで『人間に不当な扱いを受けた』というような恨みを持っとる猫亜人は少数だと妾は思っておるんじゃがの」
「それはそれは。ヒュマンの王は賢王のようだな」
ウェルシュの言葉にプルミエも頷きを返した。
セレシェイラはなにやら凄かったみたいだ。
(いや、国王だから凄いのはわかってたんだけど……そりゃあシャルがセレシェイラが視察に来た時に大騒ぎしたわけだよ)
というか、俺の周り凄い人が多すぎないか? 四大英雄のプルミエ、ヒュマンの国王のセレシェイラ、ヴァンパイアの長であるヴォルヌート……それに七代目剣聖であるサリアもだ。騎士団の団長であるロペラも忘れちゃいけない。
(この時代に来てから会う人会う人偉人レベルの人ばかりだな……。つくづく数奇な運命だ)
「おーい、アスカ。聞いておるのかえ?」
「うわぁ! ……ごめん、聞いてなかった」
「ただでさえウェルシュが抜けてるんじゃから、アスカはきちんとしておいてもらわないと困るのじゃがのぅ」
プルミエは意味ありげにウェルシュの方を見る。
(ウェルシュさんとプルミエは軽口も言い合える仲なのか)
怒られているのにも関わらず、俺はプルミエについての新しい情報が得られて少し嬉しかった。
「言ったな! 私は抜けているんじゃない。ちょっとお茶目さんなだけだ!」
ウェルシュは怒ったようにブンブンと尻尾を振ってプルミエに抗議した。
「……それを、世間では抜けていると言うのじゃ」
プルミエは何故か眉を下げてそう呟いた。




