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53話 ウェルシュ

家へ帰った俺たちは、王宮で何があったかシャルに報告した。

それを終えたところで、俺はプルミエに疑問をぶつける。


「なんで『誰が推薦したか』なんて聞いたの?」

「いや、だって知らないやつに推薦されてたら怖いじゃろ? 妾ならともかく、アスカの知り合いなんてほとんどいないんじゃし。だからちょっと気になっただけじゃ」

「どうせ知り合い少ないですよ~だ」


俺はわざとらしく口をとがらせて足を投げ出した。


「拗ねるでない。よしよししてほしいのかえ?」

「事実にゃんだからしかと受け止めるべきにゃ」


シャルからのまさかの援護射撃に、俺はぐうの音も出なくなる。


「シャルは良いことを言うのぅ」

「プルミエ姉には敵わないにゃ」


プルミエとシャルはかなり気が合っているようだ。プルミエは妹が、シャルは姉が出来たような気持ちなんだろう。


(仲良くなってくれるたのは嬉しいけど、こういう時は困り者ものだな……)


なんにせよ、二人が結託したら俺はもうお手上げである。


「う、ウェルシュって人とはどんな知り合いなの?」


なので、話題を変えることにした。少々わざとらしいが、強引というほどでもないだろう。


「そうじゃの……」


プルミエは顎に手を置いて考えるしぐさを見せる。


「12、3年ほど前にちょいとやりあった仲……かのぅ」

「それ大丈夫って言えるの!?」

「ああ、すまんすまん。最終的には和解しとるから問題ないのじゃ。今はむしろ良き友人、かの?」

「どんな過去なのか凄い気ににゃるにゃ……」

「悪いが教えられんのじゃ。一般人が知ってはならんことも多いからの」


プルミエはそれきり口を閉ざした。

どうやら知らない方がいい話らしい。多分ワンゴフ国の歴史に関連した話とか、そんな感じじゃなかろうか……勘だけど。

正直気になるが、無理に聞くのは駄目だろう。


プルミエは気持ちを切り替えるように「うぅーん」と大きく伸びをした。


「そんなことより、アスカ。最後の敬礼は中々様になっておったぞ。初めてとは思えんかった」


(敬礼? ……ああ、あの胸に拳を押し当てるやつか)


「そういや一回やったことあるんだった。ちょっと前の話だけどね」


ヴォルヌートに会いに行ったとき、プルミエが生きていることを信じてもらうために「誓いの紋」を行ったのだ。……まあ、ヴォルヌートはその文化を知らなかったわけだけれど。


「なんじゃ、そうなのかえ? いつやったんじゃ?」


プルミエは興味をそそられたのか、俺に尋ねてくる。


「……教えなーい」


プルミエのためにどれだけ頑張ったかを本人の目の前で言うなんて、恥ずかしいなんてもんじゃない。プルミエには悪いけど、教えるわけにはいかなかった。

それに、先ほどの意趣返しの面も少しはある。


「なんでじゃ!? シャル、シャルは知っとるか?」

「知ってるにゃ」


俺に断られたプルミエはシャルに聞くことにしたようだ。


(……あ、シャルも知ってるじゃん)


俺はアイコンタクトでシャルに「言わないでくれ」とお願いする。

シャルは器用にウィンクを返した。


「知っとるのか。なら教え――」

「けど、あたしも教えられにゃいにゃぁー」

「なんでじゃ!? 二人だけの秘密なのか!? ぐぬぬぅ~……」


なんとか俺の秘密は守られたようだ。

ふう、と俺は安堵の息をついた。


(3日後にはワンゴフからの使者が来る。そのための準備をしないと)


俺の意識は、すでに未来へと向かっていた。







3日後。俺とプルミエはシャルに見送られ、ヒュマンの門へとやってきていた。

ワンゴフ国はヒュマンの北にあるから、北方に位置するこの門の場所にやってくるはずだ。


「いつごろ着くのかなぁ」

「それは天候やらなんやらに左右されるじゃろうから、妾にもわからん。じゃがまあ、到着前には使い魔を飛ばしてくるじゃろう」


プルミエがそう言ったのと同時に、空から鳥――伝魔鳩が王宮に飛んでいくのが見えた。

しばらくすると、王宮から俺たちに伝魔鳩が飛んでくる。


(使い魔には鳥が多いのかな。というかそれ以外って見たことがないかも……?)


そんな疑問を持った俺の横で、伝魔鳩からの手紙を読み終えたプルミエは、

「話をすれば……というやつじゃな。どうやらあと1時間ほどで到着するようじゃ」

「了解っと。うわー、なんか緊張してきたよ」


俺は大きく深呼吸をする。


(犬亜人ってどんな見た目なんだろ? 俺たちの時代の説では熊亜人に負けず劣らぬ筋肉質だったってことになってるけど、ぶっちゃけ当てにならないしなぁ……)


今までも後世に伝わっているのとは異なる部分はいくつかあった。

人間以外存在しない未来から来た俺は、犬亜人という新たな種族と会えることに無上の喜びを感じているが、案内役をプレッシャーに感じているのもまた事実だった。


「大丈夫か? ぎゅーしてやっても良いぞ?」


そんな俺を見たプルミエは、片眉を上げて俺をちゃかす。


「からかうなよな……」

「くくくっ、それが言えるなら大丈夫そうじゃな」


プルミエが満足げに笑うので、怒る気もなくす俺だった。






そして一時間後。北方の地平線に地竜が見えた。


「おい、プルミエ。あれじゃないか?」


俺はプルミエに呼びかけて、地竜の方を指差す。

地竜は速度こそ出ないが、安定性のある魔物として荷を引くのにはもってこいの魔物として知られているのだ。だからワンゴフ国からの使者であるウェルシュも、地竜に乗ってやって来るものだと俺たちは予想していた。


「んー? ……おお、そうじゃの。あれはウェルシュじゃ」


プルミエが俺の判断が間違っていなかったことを知らせる。

俺たちは地竜が門へとたどり着くのを待った。





「わざわざ出迎えて頂き、感謝の言葉もない」


門に辿り着いた地竜の引く荷車から降りてきたのは、長い耳をした華奢な女性だった。

華奢といっても「俺が想像していた熊亜人の体型と比べれば」という意味であり、目の前の女性の筋肉は俺よりもよっぽど引き締まっている。腰に差した剣も彼女の纏う雰囲気に合致していた。


栗色の髪に、黒い耳、黒い尻尾。その表情は凛々しく勇壮であった。

ロペラとはまた違った武官の顔をしている。


それと、非常に言いにくいことだが、彼女は胸が大きかった。今まで知り合った人の中でも断トツで。


(胸を見ないように気をつけないと)


俺は二つの巨大な球体に目がいかないようにしようと自分に誓う。



「私はウェルシュ。ワンゴフ国の騎士をしている」


ウェルシュと名乗った女性はプルミエを見ると、目を大きく見開いた。


「私の間違えならば申し訳ないが……あなたはプルミエ殿では?」


そう言うウェルシュの声はかなり震えていて、彼女が受けた衝撃の大きさが窺える。


「その通りじゃ。久しいな、ウェルシュ。今回は妾とアスカがお主の案内役なのじゃ」

「久しぶりだな! なんとしても会いたいとは思ってたが、まさか案内役だとは……」

「あ、俺はアスカと言います。よろしくお願いします」

「ふむ……よろしく頼む、アスカ殿」


俺に視線を移したウェルシュはその栗色の眼光を鋭く光らせ、俺の実力を測るかの如く俺を下から上まで舐めつくすように観察した。

その視線の鋭さに俺は思わずたじろいでしまう。


「これ、ウェルシュ。今回妾とアスカは案内役であり、戦うのではないんじゃぞ? 癖はまだ抜けきっとらんのか」

「ああ、これは失礼した。プルミエ殿を見るとつい昔が思い出されてしまってな。私の無礼を許してほしい、アスカ殿」


ウェルシュが俺に頭を下げる。照れ隠しのようにぶんぶんと尾が揺れている。

しかし同時に、申し訳なさを表すように長い耳がぺたりと頭についていた。


「全然気にしてませんよ。俺が平和ボケしてるだけですから」


俺は手を振ってウェルシュに頭を上げてもらう。

平和な未来で暮らしてきた俺の常識と、この時代に暮らす人々との常識は違う。

異質なのは俺なのだから、俺がこの時代に合わせていかねばならなかった。……まあ、この場合はウェルシュのやりすぎだったようだが。


頭を上げたウェルシュは空を見つめて遠い目をした。


「平和ボケ……か。いい言葉だな、プルミエ殿。私とプルミエ殿が出会った頃など――」

「感傷に浸るのは後にせい。視察に来たんじゃなかったのかえ?」


昔話を始めようとしたウェルシュをプルミエが諌める。


「……そうだった。いかんな、気持ちを切り替えねば」


(意外と抜けてるのかな? でも思ったよりは取っ付き易そうな人だ)


俺は目の前の女性にそんな印象を持った。

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