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52話 ワンゴフからの視察

 3人で暮らし始めてから、色々なことがあった。

シャルがプルミエの使う影人間の魔法の高性能さに驚いたり、プルミエが屋敷から移してきた霊薬草をシャルに見せてあげたり。



そしてそれから3日後。まだ足が万全ではないシャルを残して、俺とプルミエは買い出しに出ていた。

帰り道、ふと目を止めると人間の子供とヴァンパイアの子供が一緒に砂場で遊んでいる。


「微笑ましい光景だなぁ」


俺は独り言のようにそう呟いた。

人間の子が砂で山を作っているのを、ヴァンパイアの子が手伝ってあげているようだ。俺の暮らしていた未来では絶対に見ることができない光景、この時代でも今までは見られなかった光景に、俺の胸は温かい気持ちになる。


プルミエは俺の見ている方向を見てそれに気が付いたようで、「ああ」と小さく頷いた。


「ヴァンパイアの方の年は40、50じゃがな、あれ」

「……まじ?」

「まじじゃ」


(なんとなく知りたくなかったな……)


それを聞いてからみるとなんとなく印象が変わってしまう。


(でもまあプルミエだって400歳なわけだし、年なんて関係ないか!)


「なんじゃ、ころころと表情を変えおって。お主の顔を見ているだけでも妾は飽きずにすみそうじゃ」

「プルミエは可愛いなってことだよ」

「ば、馬鹿者。何を言うておるんじゃ、まったく……」


プルミエは俺から顔を背ける。顔は見えないが、耳の端が赤くなっているのがばればれだ。

俺は荷物を抱えて上機嫌で家へと帰るのだった。


「おかえりにゃさい、二人とも」

「ただいまー」

「ただいまなのじゃ」


家に帰ると、シャルは杖を外していた。


「もう杖は大丈夫なのか?」

「うん。日常生活には支障はないって。でもまだ戦闘は無理だけどにゃ」

「落ち着いて治すのじゃぞ。アスカがおかしいだけで、人間や亜人は身体が弱いのじゃから」

「心配してくれてありがとう。……あ、そうだ。さっきロペラ姉が来たよ。にゃんかセレシェイラから二人に頼みごとがあるらしいにゃ」


シャルはぽんと手を叩いてそう告げた。


「ロペラさんが?」


俺は何か心当たりはないかとプルミエを見る。

プルミエは「妾は何も知らぬ」とでも言いたげに、その紅い髪を揺らして首を振った。

プルミエにも特に心当たりはなさそうだ。


「今日か明日に王宮に来てほしいって。そんにゃに深刻な顔はしてにゃかったから、物騒な話じゃにゃいと思うけど」

「じゃあ食材を仕舞ったらセレシェイラのところに行って来るよ。ありがとな、シャル」

「お安い御用だにゃ」


シャルの頭を撫でると、シャルは「んにゃあ」と何ともつかない声を上げた。





そして俺とプルミエは王宮へとやって来る。

門番に話を通すと、簡単に通してもらえた。どうやら顔を覚えられ始めているらしい。


(俺は一般人だと思ってたんだけど、いつの間にか一国の王様と友達だもんなぁ。運命って凄い)


感慨にふけりながら王宮の中を進む。



辿り着いた部屋の扉を開けると、セレシェイラとロペラ、以下騎士団が数人でセレシェイラの守りを固めていた。


「警備を敷いたままで申し訳ありません。あなたたちのことは信用しています。ですが、またあのようなことが起こらないとも限りませんので」


セレシェイラが口を開いた。その言葉は申し訳なさそうではあるが堂々としていて、今の彼女は国王として俺たちの前に立っているのだとわかる。


「それで、お話とは?」


俺はなるべく礼儀を重んじながらセレシェイラに尋ねた。

騎士団がいる以上、なれなれしく話しかけることは絶対にしてはいけない。国王には威厳が必要である、ということくらいは俺にだってわかる。

四大英雄であるプルミエはまだしも、どこからどうみても一般人でしかない俺がタメ口で話しかけでもしたら、セレシェイラの信用は地に落ちる。


「私たちの国の北方に位置する犬亜人の国、ワンゴフ国から『視察に来たい』という要請を受けました。私たちヒュマン、ヴァンパイア連合はそれを受け入れようと思います」


(いつの間に連合まで話が進んでいたのか……っと、今はそんなこと気にしてる場合じゃないな。話に集中しなきゃ)


「そこで『案内役としてあなたがたが適任ではないか』との声が上がったため、私からお願いをさせていただこうと思ったのです。あなたがた二人は人間とヴァンパイアが共に手を取り合って暮らしていけるということを証明した、いわば現状もっとも優れたモデルケースですから」


(なるほど……)


俺は脳内でセレシェイラの発言を纏める。

ワンゴフ国とやらの目的は人間とヴァンパイアが上手くやっているかどうかの視察であり、その案内役として仲が良い俺とプルミエの名前が挙がった。だから今こうしてこの場に呼ばれている――そういう訳だな。


そういうことなら俺に異論はない。

別段危険な依頼でもなさそうだし、国王と懇意であるということを周りに示しておけば、今後護衛なしで素顔のセレシェイラやロペラと話す機会も得られるかもしれないからな。


だけど俺の一存で決められることじゃない。俺がこの時代の詳しい歴史について浅学な身である以上、決定権は俺でなくプルミエにある。


俺はプルミエに視線を移した。プルミエは考え込むようにその真紅の眼を床に向ける。

そしてしばらく沈黙した後、ゆっくりと顔を上げた。


「妾達を推薦したのは誰じゃ?」

「ヴォルヌート様です」


セレシェイラの隣に控えるロペラが、良く通る声でそう述べた。

それを聞いたプルミエは、少し意外そうな顔をした。


「理由は何か言っていたか?」

「はい。ワンゴフ国の使者はウェルシュ様という女性だと聞いています。ヴォルヌート様曰く、そのお方がプルミエ様と旧知の仲である、と」


プルミエは「ウェルシュ」という言葉を舌の上で何度か転がした後、「ああ」と思い出したように呟いた。


「ウェルシュ……たしかに知っておる。納得した、妾は承ろう。お主はどうじゃ、アスカ?」

「え、あ……お、俺も承ります」

「お二方とも、引き受けてくださりありがとうございます」


セレシェイラの依頼を受けた俺たちは、そのあと騎士から詳しい内容を聞かされることになった。

それによるとウェルシュがヒュマンへ到着するのは3日後。それから2日間滞在してワンゴフへと帰還するらしい。

俺たちの仕事は2日間ウェルシュに付きっきりでこの国の現状を案内することと、ウェルシュが万が一、本当に万が一乱心した際の歯止め役だそうだ。


「それでは、よろしくお願いします」


騎士が右拳を胸に当て、敬礼のポーズをとる。それはいつかセレシェイラが俺にしてくれた、「誓いの紋」と全く同じポーズだった。

しかし、目の前の騎士には俺に命を懸ける動機がないはずだ。それに、そこまで深刻には捉えてないように思える。


(なるほど。自分の名前を言いさえしなければ、誓いの紋には該当しないのか)


俺は見よう見まねでそのポーズを真似し、騎士と別れた。

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