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51話 気づき

2日後、プルミエの退院の日を迎えた。

プルミエより先に退院していた俺は、プルミエを迎えに施術院の前へとやって来ていた。


「なんであの傷でお主の方が先に退院しとるんじゃ……?」


プルミエが呆れたように聞いてくるが、なんでと言われても答えようがない。


「んー、頑丈だからかな」

「頑丈のレベルを超しとるじゃろ……」


そんな会話をしていると、向こうから金髪の少女が杖を突いてやって来るのが見える。

間違いようもなく、シャルであった。


「アスカ兄ちゃん、プルミエ姉!」


シャルは慣れない杖に悪戦苦闘しながら俺たちの元へやって来る。どうやら、プルミエの退院を見届けに来てくれたらしい。


「おお、シャル」

「来てくれたのか。足が悪いのに、無理をさせてすまんのぅ」

「ううん。あたしが勝手に来ただけだから」


俺たちはシャルの歩くスピードに合わせてゆっくりと歩きはじめる。


「それにしても、あの時のプルミエは凄かったにゃぁ~。起きたと思ったら身体から血の手を出して、黒い炎もバーンと出して……」


シャルは身振り手振りを交えてプルミエの凄さを表現した。


「普段の妾であればあんなことは出来ん。じゃが……どうにもアスカの血が妾に適合しているようでのぅ」

「へ? どういうこと?」


プルミエはより詳しく話してくれた。

なんでもヴァンパイアには『自分の身体にあった血を吸うと一定時間身体が最盛期に戻る』という能力が生まれつき備わっているらしい。先日のプルミエは飛び散った俺の血を舐めたことで、戦争をしていたころの鍛えぬいた体に戻ったようだ。


「凄い能力だな……」

「まあ身体だけ戻っても勘は戻らんから、全盛期よりは一段落ちるがの」


プルミエは何のことなさそうにそう言うが、それを聞いた俺の内心は穏やかではない。


(あれで一段落ちるのかよ……)


これだけの戦闘能力を個が持つならば、なるほど兵器やらを作ろうという発想が出ない訳である。そんなものを作るより優れた魔法使いを育成した方がはるかに手軽で確実なのだから。


「シャルやアスカがいなければ妾は殺されておった。ありがとう、シャル、アスカ」


そんな当のプルミエは俺たちに恩を感じているらしかった。


「今回のことをきっかけに、ヒュマンとヴァンパイアはより連携を密にしていくらしい。上手くいくといいな」

「きっと上手くいくにゃ。いかにゃきゃ嘘だにゃ!」


そして、もう二度とこんな事態が起きないことを祈りたい。

俺たち三人は、皆同じ思いだった。





「あっ、そういえば」


シャルが不意に口を開いた。


「アスカ兄ちゃんはこれからプルミエ姉と森の中の屋敷で暮らすんだろ? 討伐の頻度はどのくらいにした方がいいかにゃ?」


(そっか。プルミエの家からヒュマンまで一日近くかかるし、前ほど気軽には依頼が受けられなくなるのか)


「いや、妾はヒュマンに居を構えることにした」


口を開こうとした俺に先んずるように口を開いたのはプルミエだった。


「……えっ?」


俺も初耳である。どういうことかとプルミエの方を向く。


「正確に言うと、ヴァンパイア全体がヒュマンに移り住む。昨日ヴォルヌートとセレシェイラでそう決めたらしい。じゃから、必然的に妾もアスカもこの地に住むことになる」

「そうなんだ」

「それはあたしにとってはラッキーだにゃ」


俺にとってもラッキーである。今回のことで思い知った。やはり力は必要だ。


「それで、どのあたりに住むの?」

「ここじゃ」


立ち止まったプルミエが指差した先には、豪華な一軒家があった。


「ああ、ここか」

「兄ちゃん、普通に受け入れられるの!? こんにゃ大きい家に住んでる人、あたし見たことにゃいよ!?」


シャルに言われてはっとする。

確かにそうだ。未来でもこんな大きな建物に住んでいるのは、ごく限られた大金持ちだけだ。

なまじプルミエの前の屋敷がさながら城のようであったばかりに、俺の庶民感覚は知らぬまに狂ってしまっていたらしい。


プルミエは飄々としながら、


「何を言う、シャル。お主もここに住むんじゃぞ? 慣れてもらわねば――」

「にゃっ!?」

「……何じゃ、その反応は? 妾は何か変なことでも言ったかえ?」


プルミエはこてんと首をかしげる。その動作は可愛いが、今はそれどころではない。


「いや、だっていくら冒険者のパートナーだといっても同居はさすがにまずいだろ。シャルは女の子なんだし……」

「……なるほど。妾はてっきりシャルとアスカは好きあっているのかと思うておった」

「いや、俺はプルミエが好きで、シャルは……」

「シャルは何なのじゃ?」

「シャルは……その、えーっと……」


俺はプルミエの圧に、たまらず目を逸らす。

逸らした先ではシャルが上目づかいで俺を見ていた。その耳はぴくぴくと細かく揺れている。


(好き? 俺が、シャルのことを?)


途端にシャルが愛おしく思えてきてしまう。胸が高鳴り、鼓動が早まる。


そんな俺の様子を見ていたプルミエは納得がいったように俺を見た。


「……なんじゃ。お主、自分で気づいてなかったのか。いや、この場合は妾に遠慮していたのじゃろうな。ならば責任は妾にもある。じゃが妾達ヴァンパイアは重婚奨励じゃ! 猫亜人も重婚は認められているんじゃろ?」

「……」

「シャル? おーい、シャルー?」

「……にゃっ!? は、はいそうです! 重婚を禁止している種族というのは聞いたことがにゃいですにゃ!」


フリーズしていたシャルが肯定を返す。


「なら、あとはアスカとシャルだけの問題じゃ。妾もこれ以上は口だししないほうがよいのぅ」


そう言ったきり、プルミエは黙って家の中に入って行ってしまう。

残された俺とシャルは互いに無言で見つめあった。


(重婚文化はこの時代にもあったのか……って、思考を放棄しちゃだめだ。シャルに失礼だろ!)


俺のいた時代――未来では、少なくなった人口を増やすために重婚が強く奨励されていた。結婚手当なんてのもあったくらいだ。

だが、それは人類が絶滅の危機に瀕した後に出来た文化だというのが俺たちの時代での主流な説だった。ゆえに俺もこの時代では一人を愛そうと思ってその感情に蓋をしてきたのだ。


俺は目の前のシャルを見る。


シャルは小さく――だが強い少女だ。

男勝りな性格をしていて、人前で涙を流すところなんてみたことがない。

だけどそれは、スラムで育ってきたからだ。

スラムで育ってきたシャルは、誰にも弱みを見せられなかったのだ。


シャルは言った。昔馴染みは皆死んだと。

それでシャルはどれだけ傷ついたろう。どれだけ悲しんだろう。

だけどそれでも、シャルは強く生きてきたのだ。


俺はシャルに何度も助けられてきた。


プルミエを失ったと思って死人のようになっていた俺に、生きるための目的を思い出させてくれたのは誰だ?


俺の好きな人であるプルミエのために、自分にとっては見ず知らずの人にも関わらずロペラのきつい特訓を一緒に受けてくれたのは誰だ?


ツキノワが襲撃に来たとき、崩落した天井から自らの足を折ってまでプルミエを守ってくれたのは誰だ?


……全部シャルだ。シャルがいなければ、俺は今この場にいないし、プルミエもいなかっただろう。


俺は目の前のシャルを見る。

シャルはその滑らかな金髪を風に揺らしながら、俺が話すのをじっと待っているようだった。


シャルはいつの間にかに俺の心の中に棲みついていた。

俺は必死に気が付かないふりをしてたけど、その大きさはプルミエと同じくらいで、俺にとってシャルはとっくにいなくてはならない存在になっていたんだ。


「シャル……いや、シャルロッテ」

「はい、アスカ兄ちゃん」


俺とシャルは見つめあう。シャルの金の眼が優しく俺を写していた。


「俺は、シャルが好きだ。ずっと一緒にいて欲しい」


俺は頭を下げて、手を前に出す。


数瞬の沈黙。

沈黙をこれほど長く感じることなど、後にも先にもないだろう。


そして、シャルはその沈黙を打ち破った。


「……はい。あたしの方こそ、お願いします」


シャルの小さい手が、俺の手に触れた。

この手はおそらく同年代の子よりも硬い。幾度となくナイフを振ってきた、そういう手だからだ。

俺はその手をぎゅっと強く握って顔を上げる。


「見ないでほしいにゃ。きっと今、酷い顔してるから……」


そこには、あふれ出る涙を拭うシャルがいた。

俺は手をほどき、シャルを優しく抱き寄せる。


「隠す必要なんてないよ。俺はどんなシャルでも好きだから」

「――っ! ……ひっく……っく……!」


隠すことなく泣き出したシャルを、俺は黙って抱きしめた。









「一件落着したかえ?」

「おかげさまでね」


俺は泣き疲れて眠ってしまったシャルをベッドに運び、布団をかけてやる。

シャルは幸せそうに「んにゃあ……」と自分の顔を手で触った。


シャルの部屋を出て、俺とプルミエはリビングへと場所を移る。


「随分強く……男らしくなったみたいじゃのぅ。妾との時なんて、『いかないでプルミエ!』なんて言うとったのに」

「あの時は状況が状況だったから……というか、二度とあんな風に俺を置いてったりしないでよ? 俺はプルミエが何より大事なんだから」


俺がそういうと、プルミエは茶化したようにふんと鼻を鳴らす。


「今シャルに告白したばかりじゃろうが、この浮気者め」

「俺の気持ちに気づかせたのはプルミエだろ?」


俺たちは笑いあう。

しかし、プルミエは何か思いついたように一瞬口を開けた後、笑うのをやめた。


「どうしたの、プルミエ?」

「やっぱり妾は許さん!」

「ええ!?」


自分が告白するように仕向けておいて、どういうことなのか。それに、今はプルミエとシャルどっちも同じくらい大切だからどちらか一人なんて選べないんだけど……。

そんなことを考えている俺の前で、プルミエは両手を広げた。


「……じゃがまあ、妾も『ぎゅー』してくれれば許してやらんこともないぞ?」

「……プルミエ?」


俺が何もせずいると、プルミエの顔は見る見るうちに桃色に変わっていった。

それを俺に見られないようにか、プルミエはそっぽを向いて口をとがらせる。


「……早うせい」

「まさか……嫉妬してるの?」

「うるさいうるさい! 妾もぎゅーしてもらいたいんじゃ! だって妾たち、キスはしたけどぎゅーはしとらんもん! しとらんもん!」


吹っ切れたプルミエは、ぶんぶんと両手を上下に振る。


(かわいい)


俺はプルミエに抱き着いた。


「そ、それでいいんじゃ…………ひゃん! あ、アスカ、翼を触るでない!」


しかし、プルミエがすぐに離れてしまう。どうやら黒翼を触ったのがお気に召さなかったらしい。


「だって気持ちいいし……駄目かな?」


プルミエの翼はまるでシルクのようにしっとりとしているのだ。触りたくなってしまうのも仕方がない。


「……許す。特別じゃからな」

「ありがと」


俺とプルミエはもう一度抱き合った。

2章はこれにて完結です!

それと新作を投稿しました。

「魔法? そんなことより筋肉だ! ~魔法が効かない魔法使いは辺境の森から成り上がる~」です。

リンクは下に貼ってあるので、よければ読んでみてください!

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