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5話 人間との遭遇

「まず、魔法の属性には火、水、風、雷、土、闇の6種類があることは昨日も言ったじゃろ?」

「はいはい、プルミエ先生。そんなの一言も聞いてないんですけど」


 俺は手をあげてプルミエに異を唱える。

 未来でもそれくらいのことは知られているが、プルミエから聞いた記憶はなかった。


「む、そうじゃったか? まあ、とにかく基本はその6種類じゃ。稀にそれ以外を使う魔族や人間もいるが、そやつらは例外じゃな。生まれ持った天賦の才ってとこじゃ」

「で、俺は火と闇なんでしょ?」

「そう急ぐでない。がっつく男はもてんぞ? 魔法には上位属性というのがあるのじゃ」

「上位属性?」

「そうじゃ。火なら炎、水なら流、風なら嵐、雷なら光、土なら岩じゃの。これらは対応する下位属性を極めると使えるようになるのじゃ」


 俺は初めて聞く情報に心が高鳴る。

(おお、なんか凄そう! ……って、あれ?)


「闇は? 闇には上位属性はないの?」

「いいところに気づいたな、アスカ」


 プルミエが感心した様子で人差し指をピッと立てる。


「闇には下位属性がないんじゃ。つまり、闇属性の才があるアスカは初めから上位属性を使えると言うことになるのじゃ」

「おお!」

「人間で闇属性を使えるのはなかなか希少と聞くからな。とはいえ、上位属性を使える人間は決して少なくない。少し運が良いとでも思っておくくらいが丁度良いと妾は思うぞ」


(調子にのりすぎるなよってことかな?)


「うん、わかったよ」

「続いて実技に入る」

「実技!」


 俺は目を見開いてプルミエを見る。


「一々大げさじゃのぅ……。よいか、魔法で大切なのはイメージじゃ。自分が魔法を使っている姿を強くイメージするのじゃ」

「なるほど」

「少しやってみい」


 プルミエがひらひらと手を動かし、「ほれほれ」と催促する。


(えーっと、俺の属性は火と闇だから……とりあえず火でいいか。燃えるイメージ、燃えるイメージ……)


「あっ」


 不意に、腹の底から力が抜けていくのを感じる。眠りに落ちる瞬間に似た感覚だ。と同時に、俺の右手の掌にボオッと火が灯った。


「すげー! プルミエ見て、俺にもできた!」


 俺はプルミエに火を見せつけた。プルミエはまじまじと俺が産み出した火を観察する。


「……才能はあるようじゃの。これはなかなか一度で成功するものではないぞ」

「これが、本物の魔法……! 俺にも使えた……」


 俺は自分の両手を見る。

 この手からたった今火が出ていたんだ。俺の魔力で、俺が発生させた火が。

 まるで夢幻のようだが、確かに事実なのだ。


(まさか魔法が使えるようになる日が来るとは思わなかった)


 というか、俺に魔法の才能なんてあるはずがないんだけどな。あれば未来でも使えていたはずだ。


(ということは、プルミエがお世辞を言ってくれたか、もしくは――――死に際の願いが叶ったとか?)


 たしか、死ぬ間際に一人前以上の魔法の才を願ったはずだ。


(はは、まさかね……)


 だが、過去に戻るという願いが叶っている以上、切り捨てられない考えではあった。




「おーい」


 思考の海に沈んでいる俺に対し、プルミエはパンパンッと手を叩き、俺の注意を集める。


「喜んでいるところすまんが、妾は少し出てくるのじゃ」

「どこ行くの?」

「今日は妾の知り合いの人間がやってくる日でな。アスカ、お主も来るか?」

「よくわかんないけど……一人でいても仕方ないし、ついていくよ」


 俺はプルミエの後ろに続いて城を出る。






 城の外で10分ほど待っただろうか。森の中から銀の髪の女性が俺たちの前に現れた。その両手には野菜が入った籠が抱えられている。

 女性はプルミエの姿を認めると、深く頭を下げた。長い銀髪が重力に従って静かに垂れる。


「プルミエ様、お変わりないようで。ロペラです」

「そんなに畏まらなくてもよいと言っておろうに」


 プルミエはロペラと名乗った慇懃な女性に、諭すような口調でそう言う。


「これで本当に最後にするのじゃぞ? 妾は別に礼が目当てでお主の仕え人を助けたわけじゃないんじゃからな」

「そういうわけには参りません。プルミエ様がいなければ、今のセレシェイラ様はおられなかったでしょう。セレシェイラ様も大層感謝しておいでです」


 ロペラはもう一度深く頭を下げた。


(なるほど、俺を助ける前からプルミエは人助けをしてたんだな。それに感謝してる人間がロペラさんであり、セレシェイラさん?であると、そういうことか)


 プルミエは本当にお人よしなんだな。やっぱり俺は良い人に拾われたようだ。


 頭を下げられたプルミエは困ったような顔をしながらロペラに顔を上げるよう促した。


「むぅ。な、ならば次で最後じゃ! それ以降は本当の本当に受け取らんからの!」

「畏まりました。では改めまして、こちらを」


 ロペラは籠いっぱいに入った野菜をプルミエの足元へと置いた。

 プルミエはその中をチラリと覗き込み、ため息をつく。


「……相変わらずの王宮品質じゃなぁ。セレシェイラも律儀なやつよ」


(多分これ、もう何度も繰り返したやり取りなんだろうなぁ……。プルミエって頭下げられたら断れなさそうだし)


 困った顔をしながらもおいしそうな野菜をもらってどこか嬉しげなプルミエに、俺は好感を覚える。


(きっと必死で嬉しさを顔に出さまいとしてるんだろうけど、こりゃロペラさんにはバレバレだろうな)


 俺は苦笑しながらロペラを見る。すると、ロペラと目が合った。キリッとした銀白の双眼に見つめられ、俺は思わずたじろぐ。


「プルミエ様、こちらの方は……?」

「ああ、昨日から妾の右腕兼相棒兼弟子となった、アスカじゃ」

「な、なんか肩書が凄い増えてるんだけど……」

「細かいことは気にするでない」


 プルミエは取りつく島もない。訴えを受け入れられないと確信した俺は、諦めてロペラに自己紹介をする。


「飛鳥です。プルミエの右腕兼相棒兼弟子、らしいです。若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」

「ご丁寧にありがとうございます。私はロペラといいます。ヒュマン国の王国騎士団団長を務めております」


(もしかしてこの人、ものすごく偉い人なんじゃ……)


「漆黒の髪、ですか。この辺りでは珍しいですね。失礼ですが、ご出身はどちらでしょう」

「あー……東の方ですかね?」


 俺は適当に口から出まかせを言う。未来では普通な黒髪であるが、ここでは珍しいのか。もしかしてここは未来に俺が住んでいた場所とは違う地域なのだろうか。


「ロペラ、こやつは悪いやつではないぞ。むしろ面白いやつじゃ。なんせ、初対面の妾に全く恐怖しないどころか、むしろ興奮しておったからの」


(あ、俺、怪しまれてたのか……? 命の恩人に突然できた素性不明の弟子……そりゃ確かに怪しいな。というかプルミエ、興奮って……まあしてたけどさ)


 ロペラはプルミエの顔をじっとみて、俺に視線を移した。


「失礼、差し出がましい真似を致しました。プルミエ様がそうおっしゃるならば、その通りなのでしょう。プルミエ様もどこか楽しそうに見えます」

「まあ、退屈しとらんのは確かじゃの」

「では、私はこれで。プルミエ様、アスカさん、失礼します」


 ロペラは踵を返し、森へと入っていく。


「あ、はい、お気を付けて」

「セレシェイラにもよろしくのー」


 見えなくなるかというところでもう一度振り返り、そして一礼をして帰って行った。


 ロペラの姿が見えなくなった途端、プルミエは野菜の入った籠をごそごそと漁ってはしゃぎだす。


「見よ、アスカ。美味しそうじゃの! さすがはセレシェイラじゃ!」

「……プルミエ、聞きたいんだけどさ」

「うん? なんじゃ?」

「ロペラさんが言ってたセレシェイラ様って、もしかして王族……じゃないよね」

「そうじゃよ? セレシェイラはヒュマンの国王じゃ」


 なんだそんなことか、とでも言うようにプルミエの声色はいつもと変わらない。だが、それを聞いた俺の心中は穏やかじゃなかった。


(王様の危機を救うとか、どんな偉業だよ!?)


「あのさ……プルミエって、もしかして凄い人?」

「妾は凄い人ではないぞ。超凄い人じゃ」


 上手いこと言ってやった、とでもいうように自慢げに笑うプルミエ。


(そんなドヤ顔するほど上手くないと思うけど……)


 だがプルミエのその顔に、俺は毒気を抜かれる。


(そうだな、プルミエがどんなに凄いやつかなんて俺には関係ない。無駄に緊張感を持って接する必要性はないよな)


 思えば俺が最初に気にいられたのも、ニュートラルな態度で接したからだったのだろう。ならばこの態度は変えなくていい。プルミエもそれを望んでいるはずだ。


(タメ口で良いって言ったのは、タメ口を利いてくれる相手が欲しかったってことだったのかもな)


 俺はプルミエを見る。黒と橙の衣装に身を包んだプルミエは俺の視線に気づき、腰に手を当てて胸を張った。


「なんじゃ、妾を尊敬したか? アスカ」

「うん、したしたー」

「心が全くこもっておらんぞ、まったく……」


 プルミエが凄い人だということは分かったが、俺は変わらずに接していこう。そう思った俺だった。

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