48話 『紅い死神』
プルミエはその白い肌に飛び散っていた俺の血を手の平で拭い、それをぺろりと舌で舐めとる。
幼げな容姿に纏った妖しい艶めかしさは、まさしくプルミエそのものであった。
「話は後じゃ、アスカ」
驚きで声の出せない俺ににぃ、と笑いかけ、プルミエはツキノワの方を向く。
「……さすが四大英雄。あれ止められたら降参だ」
ツキノワは顔中に脂汗をかいてプルミエに降参を告げた。
「お主の身は妾が捕え、牢屋に入れる。よいな?」
「俺としちゃそうしてほしいところだが、身体が言うこと聞かなくてな。……ぐあっ!」
ツキノワの身体から炎が迸る。
一瞬だまし討ちかと思った俺だが、炎は見当違いの方向へと飛んで行った。
(自分の意思で魔力を制御できていないのか? これが呪いなのか……?)
ツキノワは苦しそうな顔でプルミエに訴える。
「なんとか抑えちゃいるが、もう暴発しそうなんだ。……殺してくれ。それが一番被害が少なくすむ」
「ふむ……ならいっそ、全て妾に向けて撃ちだすがよい」
プルミエは驚きの提案を口にした。
「なっ!? しょ、正気か!?」
「妾を誰だと思っておる。四大英雄が一人、プルミエじゃぞ? 見くびるではないわ」
「や、ばい……もう無理だ。抑えきれねえ!」
ツキノワの身体から放たれた熱線はプルミエへと飛来する。
プルミエは自らの右手に噛みつき、血を流した。
「混合魔法――燃ゆる闇」
血を触媒として、炎魔法と闇魔法が混ざり合っていく。
熱線とぶつかり合った黒い炎は、熱線を燃やし尽くした。
「はは……こいつぁとんでもねえわ」
「どうやら増援が来たようじゃ。大人しく捕まれ」
ツキノワは騒ぎを受けて到着した騎士団たちにより連行されていった。
「プルミエ……なんだよな、本当に」
完全に精根尽き果てた俺は、地に伏せながらプルミエを見上げる。
プルミエは俺と目線を近づけるようにしゃがみこみ、にかっと笑った。
「こんな可愛い子が他におるかえ?」
「ああ、この残念具合。やっぱりプルミエだ……!」
「それは一体どういうことじゃ」
俺はプルミエと笑いあう。
「のぅ、アスカ。妾はまだ一番言ってほしい言葉を言ってもらってないのじゃ」
「言ってほしい言葉……? ああそっか、そうだよね」
あの日、屋敷で言えなかった言葉。もう二度とプルミエに言うことはできないだろうと思っていた言葉。
俺は涙ぐみながら、その言葉を口にした。
「お帰り、プルミエっ!」
それを聞いたプルミエは満足そうな、本当に嬉しそうな顔をした。
「ただいまなのじゃ、アスカ」
こんなにも嬉しかったことはない。身が震えるほどの喜びに打ち震えた経験など、俺の人生で初めての経験だった。
俺がプルミエに手を伸ばすと、プルミエもその手を取ってくれた。
「よく頑張ってくれたの、アスカ……妾の相棒よ」
「あ、ああ……ああ……っ!」
声にできない思いが胸にあふれ出て止まらない。
この温かさを感じるために、俺はこの時代に生まれ変わったのだ。
こう思わずにはいられなかった。この時代に来れてよかったと。
「再会に水を差して悪いが」
ヴォルヌートが遠慮がちに口を挟む。
増援が来たことでヴォルヌートの負担も減ったらしく、先ほどまでのような酷い顔はしていない。
「喜ぶのはとてもよくわかる。しかしアスカ、お前それだけ血を流して平気なのか?」
「……あ」
俺は自分の状態を鑑みた。
髪の毛は血で赤黒く染まり、服はまるで血で洗濯したかのようにビショビショだ。
人一人が流していい血の量とは思えなかった。
「これ、全部俺の血? ……死ぬ?」
自覚というのは厄介なもので、自分の状態を知った俺の頭から急速に血の気が引いていくのがわかる。
シャルを森で助けたときよりも重症だ。思うに、これは死んでしまうのではなかろうか。
身体から力が抜けていく。
「妾が死なせん。肩を借りるのじゃ」
そう言うと、プルミエは俺の肩に噛みついた。
抵抗する気力もない俺は、黙ってそれを受け入れるしかない。
「くっ……ふっ……んっ……」
プルミエは艶めかしい声を出しながら俺の肩にかじりついている。
俺はその部分が不思議と温かくなるのを感じた。
「ぷはぁっ」
「プルミエ、何をしたんだ……?」
「妾の血をお主の体内に送り込んだのじゃ」
「プルミエ、お前何をしてるんだ! アスカを殺すつもりか!?」
ヴォルヌートが血の気の引いた顔でプルミエに詰め寄る。
だけど俺は心配なんかしていなかった。だってプルミエが俺を殺そうとするわけがない。
「大丈夫じゃ、ヴォルヌート。どうやら妾とアスカの血は随分相性が良いようじゃからの」
「なっ、では……」
「そうじゃ。適合しておる」
ヴォルヌートとプルミエの会話の意味は良くわからない。
だが言われてみれば、さっきより楽になった気がする。
さっきまでは体が死んだように冷たかったが、今はぽかぽかしてきた。
それと同時に眠気が襲ってくる。
(なんだか……眠くなってきた…………)
「『血流操作』っと……これで血が流れるのは防げるはずじゃ。あとは回復魔法をかけてもらうしかないが、幸いここは施術院のようじゃし、まず間違いなく助かるじゃろう」
「よかった……」
それを聞いたシャルがほっと胸をなでおろす。
(心配かけて悪かったな、シャル)
そう言おうとしたが、強烈な眠気に襲われた俺は口を開く事さえできない。
瞼が鉛のように重く感じる。
「今はゆっくり休むのじゃ」
プルミエの声を聴きながら、俺の意識は闇に沈んでいった。




