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44話 警護

「んん……」


 俺は目を開ける。


(あれ、ここ……どこだ?)


 見覚えのない天井に疑問を抱いた俺は、辺りを見ようと首を回す。


「くぅー……くぅー……」


 俺の横でシャルが椅子に座ったまま眠っていた。

 そして俺は白いベッドに寝かされている。


(そうか、ここは……)

「……施術院。俺はあの時気を失って……」

「……にゃっ? あ、起きたか兄ちゃん! よかったにゃ~っ!」


 俺の独り言で目を覚ましたシャルは、涙で瞳を潤ませながら俺の胸に飛び込んでくる。


「シャル、シャル。……気持ちは嬉しいけど、ちょっと痛いかな」

「にゃにゃにゃ!? ごっ、ごめんにゃ!」


 シャルは慌てて俺の身体から離れた。


「あ、あたし、セレシェイラさんとヴォルヌートさん呼んでくるにゃ。二人ともアスカ兄ちゃんから話聞きたいって言ってたから」

「そっか。うん、わかった」


 シャルは「ごめんにゃ」ともう一度謝ってから病室を出ていった。




(ふう……覚悟決めなきゃな)


 一人になった病室で俺は一人覚悟を決める。

 今俺が考えているのは、自分の身体がどうなっているかについてだ。

 一応五体満足なままではあるが、あれだけの炎で焼かれたのだ。最悪もう二度と歩けないということも……。


「ええい! 男は度胸だっ!」


 俺は布団をどかし、勢いよく服を捲りあげる。




 俺の腹は――――ほとんど無傷だった。


「ん? あれ? ……なんでだ?」


 たしかによく見れば薄く火傷の跡は残っているが、逆に言うとよく見なければ気づけないほどの跡でしかない。もっと悲惨な状況を想像していた俺にとっては肩透かしもいいところだった。


「……下半身! 下半身だけ焼けただれてるってことか……?」


 俺は幾ばくかの逡巡の後、ズボンを脱ぐ。

 しかし、下半身も上半身と変わらない状態だった。とてもあの爆発を受けた後の状態だとは思えない。


(どうなってんだ、こりゃ……)


 俺はパンツにも手をかけ、中を確認する。……俺の分身も無事だった。


 とその時。最悪中の最悪のタイミングで、病室のドアが開け放たれる。


「失礼します…………きゃあ!」

「どうした、セレシェイラ! 敵か!? ……アスカ、貴様は何をやっている」


 半裸でパンツに手をかけている俺を見たセレシェイラは可愛い悲鳴を上げて目を覆い、続いて入ってきたヴォルヌートは俺の痴態に呆れた顔をした。


 あまりの事態にフリーズする俺に、シャルと共に入ってきたロペラさんが無表情で口を開いた。


「アスカさんも殿方ですからそういうことをしたいのはわかりますが、さすがに時と場所を選んでいただきたいものです」

「違う! 誤解、誤解だからっ!」

「アスカ兄ちゃん、やっぱり変態だったんだ……」

「お願いだから話を聞いて! 誤解だって言ってるでしょ!?」


 俺の絶叫が病室内に木霊した。







「なるほど、ご自分の怪我の具合を確認していたと……」

「はい、そうです……」


 俺はロペラに力なく頷く。

(誤解が解けたのは良かったが、どっと疲れた……)


「治療に当たった医療術士の方が驚いていましたよ。『普通ならここまでは治らない』と。常人ならもっとひどい跡が残るはずだそうです。丈夫な身体をお持ちで良かったですね」


 そんな俺を見かねてか、セレシェイラが励ましの言葉をくれた。


(どうやらここでも『頑丈』のおかげで命が助かったみたいだ、『頑丈』様々だな。死ぬ間際に丈夫な身体を願ってなかったら、俺とっくに死んでるぞ)


 この時代に来てからというもの、もう何回も死にかけている。平和だった未来では考えられない話だ。


「アスカさんの弁が本当なのか苦し紛れの言い訳なのか、もう少し問い詰めたいところではありますが、それは平時ならの話。今は話をするのが先ですね」

「話……ツキノワのことか!」


 ロペラの一言で、消沈していた声に張りが戻る。俺は思わずベッドの上で前のめりになった。


「ええ、そのことです。といっても我が国ヒュマンの西に位置するベアド国出身の暗殺者ということくらいしかわかっておりません。直接戦ったアスカさんからお話を聞きたいと思いまして――」

「そうだ、プルミエが危ないっ! 今すぐプルミエを安全な場所に避難させてくれっ!」


 俺はセレシェイラに懇願する。

 暗殺者がツキノワだけとは限らない。そうである以上、すぐにでもプルミエの安全を確保しなければいけなかった。

 喚くようにプルミエのことを繰り返す俺に、ヴォルヌートが「落ち着け」、と聞く者に安心感を与える低い声で言う。


「それはシャルロッテから聞かせてもらった。だが現状、ここを動かすのは無理なのだ。この施術院の医療術士たち以上の回復魔法の使い手は、ヒュマンの民にもヴァンパイアの中にもいないのでな。今現在は厳重警備を敷くことが精一杯だ」

「そ、そうですか……」


 ゆっくりと諭すように話してくれたおかげで、俺は少し冷静になる。

 たしかに、死ぬほどの熱さを味わった俺の身体をこれだけ元通りに治せる腕は、魔法の進んだこの時代でも貴重だろう。


「それではお話をお聞かせ願えますか?」

「わかりました」


 俺はツキノワとの戦闘を報告した。




「シャルロッテから聞いた話と一致しているな」

「これは厄介なことになりましたね……」

「厄介? どういうことですか?」


 セレシェイラだけでなく、ヴォルヌートまで苦い顔をしている。一体どういうことなのだろうか。


 セレシェイラはヴォルヌートに目配せをし、ヴォルヌートが軽く頷いたのを確認してから口を開いた。


「シャルロッテさんのお話を聞いて、すぐにベアド国に抗議の文を持たせた使い魔を送ったのですが……返事は『ツキノワという者は存じない』というものでした。関係を否定されては、こちらとしてもそれ以上のことはできないのです。証拠がありませんから……」


 鈴の音を鳴らすような声で語られた理由に、俺は全く納得できない。


「なんでですか!? こっちは被害者ですよ! 同盟を結んだ途端に――」

「そう、我らは同盟を結んだ。ここでベアド国に詰め寄れば、周辺諸国はこう思う。『やつらは侵略戦争のために同盟を結んだのだ』……とな。実に腹立たしいが、そういうことだ」

「そ、そんな……」


 俺は自分に同意してくれる人を探すように室内を見渡す。

 ……が、ロペラも、シャルでさえその判断に異論はないようだった。

 これが戦争を体験したことのない俺と、騒乱の時代に生きてきた彼らとの違いなのだろうか。


(なんでこんなに世界はプルミエに厳しいんだよ。確実にプルミエの命を狙っている輩がいるってのに、こっちからは何もできないのか……?)


 呆然とする俺に、セレシェイラが優しく語りかける。


「ベアドとの国境は騎士団に厳しく見張らせていますから、これ以上敵をみすみす国内に入れることはないでしょう。……ですが、すでに入ってしまった敵は話が別です」

「……この施術院の守りはどうなるんですか?」


 俺の質問に、セレシェイラの表情が曇った。


「騎士団の方からも人手を割きます……が、ロペラは貸し出せません。申し訳ありません……」

「二国の同盟に反対する勢力である以上、ヒュマンの王であるセレシェイラ様が狙われる可能性もありますので、私はセレシェイラ様に付きっきりになります。……恨んでいただいてもかまいませんが、恨むなら主でなく私を」


 申し訳なさそうな顔をするセレシェイラと、ほとんど無表情だが声のトーンが少し下がっているロペラ。そんな二人を責める気にはとてもならなかった。

 それに、国防の危機であるのに騎士団の人員を割いてくれるだけで本来は有難いことなのだろうというくらいは、戦いに疎い俺でもわかる。


「恨みませんよ、ロペラさんたちが悪いわけじゃない……」


 そうだ、悪いのはセレシェイラさんでもロペラさんでもない。――ベアド国だ。


「案ずるな、アスカよ。プルミエは俺が守る。これでも腕に自信はあるからな」

「ヴォルヌート……」


 ヴォルヌートの姿が背丈以上に大きく見えた。その姿を見て、俺は自身を鑑みる。


(そうだ、俺はどうなんだ……? プルミエを守れなかった時から、ずっと訓練を続けてきた。それは、今この時の為なんじゃないのか?)


 纏まりかけた話を蒸し返してしまうことなど、どうでもよかった。

 俺はプルミエを守りたい一心で口を開いた。


「俺も……俺も、プルミエを守ります」

「……アスカ。気持ちはわかるが、その怪我ではとても―ー」


 俺を諭そうとするヴォルヌートの前で、俺は楽々と立ち上がって見せた。

 皆の目が驚きに見開かれる。


「体の丈夫さには自信があるんです。お願いします、俺にもプルミエを守らせてください!」


 俺はヴォルヌートに頭を下げた。


「……どうする、セレシェイラ」

「私は防衛に参加することはできませんから。防衛の指揮を執ることになるヴォルヌートさんが決めてください」

「ふむ……」


 ヴォルヌートは腕を組み、俺を見る。

 ヴォルヌートはこういうところで同情で決断を変えたりはしない人だ。

 つまり、俺の実力が彼のお眼鏡に適うかどうか――ここでの判断基準はそれだけである。


「あ、あたしも!」


 とそこで、沈黙を続けてきたシャルが口を挟んだ。

 緊張を示すように猫耳はせわしなく動き続けており、さらに息も上がっている。


「ツキノワにだって一撃入れたにゃ! あたしも戦えるにゃ! 」


 ――その言葉にどれだけの決意が含まれているのだろうか。

 ――その言葉を発するのにどれだけの勇気を必要としたのだろうか。

 シャルは一度も話したこともないプルミエを守るために、命を懸けると言っているのだ。

 その真剣そのものな横顔を盗み見る。俺にはとてもその心情を推し量ることなどできなかった。


「……ロペラ、そなたはこの二人の訓練をしたのだろう? 実力をどう見る」


 俺たちの訴えを聞いたヴォルヌートはロペラに話を振る。

 ロペラは無表情で答えた。


「騎士団と比べても遜色ないかと。ただ、お二人とも才能は人並み以上にありますが、経験は浅いです」


 近衛騎士団長であるロペラの評価だ。間違いなく合っているのだろう。

 あとは、これをきいたヴォルヌートがどういう判断を下すか。

 俺とシャルは無言でヴォルヌートの顔を凝視する。


 ヴォルヌートは俺とシャルの顔を見比べて口を開いた。


「そんなに怖い顔で見つめるな。……わかった。共にプルミエを守ろう」

「ありがとうございますっ!」

「ありがとうございますだにゃ!」


 こうして、俺とシャルはプルミエの警護に当たらせてもらえることになった。

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