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43話 ツキノワ

「……あん? 誰だよお前」

「……お前が誰だよっ……!」


 プルミエの病室にいた熊の亜人は無精ひげの生えた顎をぼりぼりと掻く。


「俺か? 俺はツキノワ。まあ、しがない暗殺者だな」

「なんでプルミエの部屋にいる。答えろよ……!」

「おいおいボケてんのか坊主。俺は暗殺者、こいつは四大英雄。しかも都合の良いことに、英雄様は意識がないときてる。なら答えは一つだろ?」


 そう言うと、ツキノワはプルミエに俺に背を向けてプルミエの方を向いた。


「――英雄様を、殺しに来たんだよ」


 ツキノワの手がプルミエの首へと伸びていく。


「ふざけんな……させるかぁあ!」


 俺はツキノワに突進した。

 許せない。こいつは許さない。


(今度こそ、プルミエは俺が――)


「坊主。人を殺そうと思うなら、頭に血を上らしちゃあ駄目だ。これ、一応プロからのアドバイスな?」


 ツキノワはくるりと向きを変え、突っ込む俺に右手を向ける。

 その右手には濃縮された魔力が感じられた。


(ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなぁっ!)


 俺は全身に力を入れる。

 こいつの魔法がどれだけの威力かは知らないが、死んでも耐える。

 二度もプルミエを守れないなんてことがあってたまるか。


「さいなら、坊主。来世は長生きできるといいな」


 ツキノワはその右手から橙色の炎を俺に向け――。


「にゃぁっ!」


 魔法が発動した瞬間、雷を纏ったシャルがツキノワの膝を蹴りぬいた。


 ツキノワの魔法は標準をずらし、俺の真横を通り過ぎていく。


「シャルっ!」

「アスカ兄ちゃん、無事か?」


 シャルが俺に駆け寄ろうとする。


「シャル、俺は良いからプルミエを! こいつの狙いはプルミエだ!」

「わ、わかったっ!」


 シャルはプルミエの前に立つ。そして俺はツキノワとプルミエの間に立ち塞がった。


「いつつ……良い蹴り持ってんな、嬢ちゃん」


 ツキノワは膝をさすりながら立ち上がる。

 痛いと言いながらも、堪えている様子は全く見られない。

 まるで大木のようにどっしりとしたその体格は、俺やシャルの攻撃では意に介すことすらなさそうだった。


「帰れよ、今なら見逃してやる」


 俺はツキノワにそう言い放つ。

 しかし、ツキノワに動じた様子は見られない。


「小僧、お前何にもしてねえのに随分と上から来るなあ。この場でやりあってどっちが勝つかわかんないほど間抜けなのか?」


 ツキノワが俺に再度右手を向ける。


「アスカ兄ちゃん!」

「大丈夫だ。シャルはプルミエを頼む」


 俺はツキノワと向かい合う。


(今俺にできること、すべきことは何だ……? こいつには敵わない。帰ってもくれない。……なら!)


「お前の目的は何だ? なんでプルミエを狙う」


 俺はツキノワに質問をした。

 それを聞いたツキノワは、俺に向けていた右手でぼりぼりと無造作に頭を掻く。まるで戦いの最中とは思えない振る舞いだが、もし今俺が突っ込めばこの男はすぐさま俺を無力化するだろう。

 目の前の男と俺の間にはそれだけの実力差があった。


「なんでそれを小僧に説明しなきゃならないんだよ。つーかそもそも俺からしたら、人間のお前が吸血鬼のそいつを命がけで守ることの方が不思議だね。お前、その嬢ちゃんがいなかったら今頃死んでんだぞ?」

「簡単なことだ。――惚れた女を命がけで守らない男がどこにいる」


 それを聞いたツキノワは一瞬意外そうに眼を開ける。その後からかうように、髭を蓄えた口を三日月の形に歪めた。


「……ひゅー。若いってのはいいねえ」

「俺は質問に答えたぞ。お前も答えろよ、ツキノワ。なんでプルミエを狙う」

「んー、まあいいけどな。俺たち熊亜人の国――ベアド国ってんだけどよ。そこのお偉いさんたちがヒュマンと吸血鬼の同盟を脅威に思ってんだわ。協力して戦争を起こす気じゃないのかってな」

「……それは本気で言っているのか?」


(平和を目指して結んだ同盟だってのに、それが今のこの状況を引き起こしてるっていうのか!?)


 俺は怒りが湧いた。その矛先は目の前のツキノワではなく、ベアド国でもなく、この世界そのものだ。


「いや、俺に聞かれてもなあ。俺はただ暗殺者としての仕事を淡々とこなすだけよ。それがプロってもんだ」

「現在進行形で任務に失敗してるやつにプロを語られてもな」


 俺はわざとツキノワを軽く挑発する。これまでの会話で、ツキノワは少しくらいの侮辱は笑って流すだろうと言う計算の元での発言だ。今はとにかく会話を続ける必要があった。

 そして案の定、ツキノワは厳つい顔の上に苦々しい笑みを浮かべる。


「かーっ! 小僧、お前口悪いなあ! もうちょっと慰めるとかしろよ。俺のハートはガラス製だぜ?」


 とその時、廊下から大人数の足音が聞こえてくる。

 それを聞き取ったツキノワは、感心したのと出し抜かれたのとが合わさったような複雑な顔をした。


「チッ、時間稼ぎかよ。小僧、お前中々冷静じゃないか。小僧も嬢ちゃんも、暗殺者の素質あるぜ?」


 そう、俺が狙っていたのは増援だった。

 ツキノワが放った火の魔法はかなり強力なものだった。プルミエが入院している施術院でそんな反応が起これば、必ず近衛騎士団がやってくると踏んだのだ。


(上手くいって良かった……)


 俺はカラカラになった喉でつばを飲み込む。ツキノワがおしゃべりな性格だったことが幸いした。あのまま問答無用で戦闘に移られていたらただでは済まなかっただろう。最悪の結末も十分あり得たはずだ。


「お前の負けだ、大人しく掴まれ」


 俺は緊張感を絶やさぬままツキノワを睨みつける。ここで気を抜いたら台無しだ。相手は格上、最後までは油断はできない。


 ツキノワは近づいてくる足音を聞きながら無造作に頭を掻いた。灰色の短髪がぐしゃぐしゃと形を変える。


「手ぶらで帰るのもあれだしな……。小僧、お前の命で勘弁しといてやるよ。じゃあな」


 ――不意に俺の目の前で爆発が起こる。

 その規模から考えて、今の一瞬で発動させたものではなさそうだった。


(あらかじめ魔法を用意してたのか!? くそっ……!)


 こちらが追い詰めたように思っていたが、相手は最初から予防策を打っていたのだ。相手の方が策でも一枚上手だった。


 俺の身体を爆発の熱と暴風が蝕んでいく。熱と痛みでどうにかなりそうになりながら、俺は必死で意識を保った。


(死んでたまるかっ……!)


 俺は決死の思いで体中に力を入れる。気を抜いていなかったおかげで、スムーズに『頑丈』が発動してくれた。

 しかし、付け焼刃の頑丈と、長時間かけて組み上げられた炎魔法、そのどちらが強力かは明白だった。


「ぐああああ!」


 俺の身体の芯を熱が炙る。神経をそのまま焼かれているかのような感覚。皮膚が焼けただれるような感覚。

 俺はそれに必死で耐え続けた。


「アスカさん……!?」


 病室に飛び込んできたロペラさんが俺を見て驚いた声を出す。


「今回復魔法をかけます! 回復魔法が使える者は全員すぐにアスカさんに使用してください!」


(俺、助かった……のかな)


 治療に専心するロペラの顔を見ながら、俺の意識は闇へと沈んでいった。

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