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42話 怖いものは怖い

 ヒュマン国とヴァンパイア、2つの勢力が協調路線をとることは、世界中に衝撃を伴って伝えられた。


「これから数日は特に忙しくなります。なので、おそらくロペラをプルミエさんのところにやっている余裕もないでしょう」

「プルミエ様の目覚める時に、その場にいられないのは口惜しいですが、仕方ないですね……」

「俺も色々とやることがある。プルミエの看病はアスカ、お前に任せたぞ」

「任せてください」


 ヴォルヌートに肩を叩かれた俺は、快く了承した。というより、元々断られたって傍にいるつもりだったのだ。





 3人の言葉通り、翌日からヒュマン国内は大騒ぎとなった。

 国民の大部分は称賛と賛美をもって今回の発表を受け入れたが、それを良しとしないものがいることも確かであった。




 俺とシャルは、プルミエの病室からその様子を眺めていた。プルミエが霊薬を摂取してから4日がたって、ひとまず最初のころのような騒乱は沈静化しつつあった。

 眠っているプルミエの横には、白い霊薬草が飾られている。ここに来るとき明らかに寝不足な顔のヴォルヌートとすれ違ったから、おそらく寝る間も惜しんで自分の家から摘んできたのだろう。


「新聞屋は今回のことで新聞が売れて嬉しいだろうにゃー」

「シャルは変なところに目をつけるよな」


 シャルは「そうかにゃ?」と言いながら外を走り回る人たちを見ていた。


「……アスカはプルミエさんが目を覚ましたら、冒険者は引退するのかにゃ?」

「え? ……いや、しないかな。なんだかんだ言って、強さは必要だしね」


 この世界で生きていくのなら、強さは必要だ。強くなければ大切なものを守る事なんてできない。プルミエを失いかけたときに気づいたことだった。


 それを聞いたシャルはぱたぱたと猫耳を動かした。


「ふ、ふーん、そっか! それならいいんだにゃ!」

「ああ、パートナーが急にやめたら困るよな。ごめん、心配かけて」

「いや、別にそういうことじゃにゃいんだけどにゃ……」


(ん? じゃあ何なんだ?)


 煮え切らないシャルの態度に違和感を感じる俺。シャルは結構なんでもズバズバ言うタイプのはずだが、今日のシャルは何だか歯に物挟まったような言い方だ。


「あ、もしかして俺と会えなくなるのが寂しいとか? ……なーんて、そんなわけないか」

「そそそ、そんにゃわけにゃいにゃ! アスカ兄ちゃんのばーか!」


 俺の冗談にシャルは顔を真っ赤にし、尻尾と首をぶんぶんと横に振った。


(え、顔を真っ赤にして怒るほどのこと?)


 何がそんなにシャルを怒らせてしまったのか、いまいちよくわからない俺だった。








 その日、日中を病室で過ごした俺とシャルは日が完全に落ち切った頃施術院を出ることにした。


「そろそろ起きるかにゃ、プルミエさん」

「そうだな」


 俺は言葉短く返答する。


(プルミエが起きるのはもう時間の問題なはずだ。プルミエが起きる。プルミエと話ができる。プルミエと笑いあえる――)


 もうすぐ間違いなく訪れる未来が待ちきれなかった。


 俺は昂ぶる気持ちを抑えるために自分の腿を手でダンダンと叩く。もちろんそんなことで気持ちが収まるなんてことはないのだが、今回ばかりはそれが功を奏した。


「……あ、病室に財布忘れた」


 いつもズボンのポケットに入れていた財布がないことに気が付いたのだ。おそらく病室で椅子に座った拍子何かにポケットから落ちたのだろう。


「アスカ兄ちゃんはうっかり屋だにゃ~。あたしも付いてこっか?」

「夜に一人は怖いもんな。付いてきてもいいよ」


 俺は出来る限り爽やかな顔を意識しながら、シャルに手を差し出す。


「あ、あたしが怖いんじゃにゃいし! それに兄ちゃん、前にお化けが怖いって言ってたじゃん! 自分が付いてきてほしいだけにゃんじゃにゃいの?」

「そうです……。ついてきてくださいお願いします」


 俺はうって変わってシャルに懇願した。


「アスカ兄ちゃん、格好悪い……」


 シャルは呆れながらも俺の手を取ってくれた。

 格好が悪いと言われようが、怖いものは怖いのだ。おばけなんて怖すぎる。こわこわのこわだ。


「ありがと、これで安心だ」


 俺は握った手をぶらぶらと揺らしながら病院へと向かう。


「普通、立場逆だと思わにゃい?」

「思うけど、気にしない!」

「……まあ、その方がアスカ兄ちゃんらしくはあるか」


 シャルはなんだかんだ言いながらも俺の手を握り返してくれる。なんとも優しいやつである。








 施術院に戻った俺たちは、プルミエの病室へと向かう。

 すると、病室に明かりがついているのが見て取れた。


(なんだ、誰か来てるのか?)


 こんな夜遅くに来るなんて――ロペラかセレシェイラが仕事の合間に抜け出してきたのだろうか。


「……兄ちゃん」

「どうした?」


 シャルを見ると、猫背になって息を荒くしていた。

 まるで戦闘中かのような体勢をとるシャルは、顔を動かさないまま視線だけを動かして周囲の様子を探っているようだった。


「プルミエさんの部屋から嫌な気配がするにゃ……!」

「っ!?」


 それを聞いた俺は動転して、プルミエの病室に走り出す。


(なんだ、何かあったのか!? 頼む、シャルの杞憂であってくれ……!)


 俺は祈る気持ちでプルミエの病室へと駆けこんだ。


「……あん? 誰だよお前」

「……お前が誰だよ……っ!」


 そこには俺より二回り以上大きい身体をした、熊の亜人が立っていた。

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