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41話 協調路線

「――とまあ、こんなところか。付け足すとすれば、ドラウグルは大戦中に『初代剣聖』ラブリュスによって殺されたと聞いた。だがメドゥーサは今もどこかで生きている」


 ヴォルヌートの話を聞いた俺は、知らない間に浅くなっていた息を整える。

 話の途中で部屋へと入ってきたセレシェイラとロペラも悲痛な面持ちだ。


 戦争が悲惨なものだというのは知っていた――知識としては。

 当事者の生々しい体験談を聞いた俺は口を開くことができない。

 この時代ではそれは夢幻ではなく、まぎれもなく現実に起きていることなのだ。


「その後……いや、今にして思えばその前からだったのだろうが、プルミエは悩んでいるようだった。我らはプルミエに頼るばかりで、プルミエの弱いところを見ていなかったのだ」


 ヴォルヌートは悔いるような声で、眠っているプルミエを見る。

 プルミエはすうすう、と柔らかな寝息を立てていた。


「100年前に人間と停戦協定を結んだあと、プルミエは俺を後釜に指名して長を辞した。そのあと長らくは隠居のようにひっそりと生活していた。だが10年前……おそらくセレシェイラを救った時だろう。プルミエの目に少し光が戻ってな。『妾にもまだ出来ることがあるのかもしれぬ』と言いだした」


 それを聞いたセレシェイラは少しばかり意外そうに眼を大きくした。


「そうですか……そうだったんですか」

「そしてアスカ。お前を家に連れてきた時はさらに元気になっていた。……正直少し嫉妬したよ。俺もプルミエに元気を出してもらおうと、柄にもなく花を贈ったりだなんだと色々したが、何の効果もなかったからな」


 ヴォルヌートは自嘲したように力なく笑う。

 プルミエの庭に植えられている白い霊薬草は、その時に贈ったものだったのだろう。


「そんなことはないよ、ヴォルヌート。ヴォルヌートはプルミエの庭に植えられてた霊薬草を見たはずだ。あそこに植えられている花の中でも、あの花について話してる時がプルミエは一番笑ってたし、嬉しそうだった」


 俺は衝動的にそう口にしていた。

 目の前のヴァンパイアは100年もの間、プルミエを元気づけようとし続けていたのだ。その結果が無駄なものだったとは思ってほしくなかったし、事実無駄ではなかったはずだ。


「そうか……無為ではなかったのだな。俺の行いも」


 ヴォルヌートは言葉の意味を噛みしめるように、ゆっくりとそう言った。







 俺たちは全員そろって病院を出た。なんとなく何かを話すような雰囲気でもなくて、俺たちはただ無言で歩を進める。

 とその時、空から黒い鳥がやって来た。


「こちらに接近してますね。……堕としますか?」


 いち早くそれに気づいたロペラがセレシェイラに撃墜の許可を求める。


「いや、堕とすのはやめてくれ。あれはヴァンパイアの使う使い魔だ」

「ロペラ、やめなさい」

「かしこまりました」


 黒い鳥は俺たちの視線を浴びながら近づいてきて、ヴォルヌートの肩へととまった。


「ふむ……そうか」


 役目を果たしたらしく、黒い鳥は霧散する。

 それを見ていたセレシェイラが遠慮がちに尋ねた。


「ひょっとして、協議の結果ですか?」

「ああ。全会一致だ」


(何の話だ……?)


 俺にはまったく理解できない会話だ。さきほど二人で話し合っていたのと関係がある内容だったのだろうか。

 そんな思考を巡らせていた俺だが、次にヴォルヌートの発した言葉は俺にも理解できるものだった。


「今この時を持って、我らヴァンパイアはヒュマン国と協調路線をとる」




「にゃっ!?」


 その宣言に一番驚いたのは、意外にもシャルだった。

 といってもセレシェイラとロペラはなんとなく察していただろうし、俺はこの時代でのその言葉の意味がまだあまり理解できていないから、シャルが最も驚くことになるのは自明の理ではあるのだが。


 シャルは猫耳をパタパタとせわしなく立てたり伏せたり忙しそうである。


「落ち着くのだ、シャルロッテ」

「ちょっ、ちょっと驚きすぎましたにゃ。あまりにも夢みたいにゃ話だったから……」

「それはそうでしょうね。私としてもここまで早く物事が進むとは思っていませんでしたから」


 セレシェイラがシャルをフォローした。


「我らにとってプルミエの命を救ってくれたというのはそれだけ大きな事実だということだ。……なにぶん初めての試みだ。色々困難も待ち受けているとは思うが、共に苦難を乗り越えてゆこうではないか」

「ええ。国民も戸惑うとは思いますが、ヴァンパイアの方々と組むことの利点をきっと理解してくれるはずです。……それに、憎みあうのは疲れます。手を取り合い、共に前へと進みましょう」


 ヴォルヌートとセレシェイラは固く握手を結んだ。

 俺には2人の身体が大きく見える。それは多分、2人が背負っているものが大きいからだろう。そして、それに恥じない生き方をしているからだろう。


(これが国王と長、人の上に立つ人間のオーラなのか)


 俺はその光景を固唾を飲んで見守っていた。

 俺の横のシャルも、ネコ目を目いっぱいに開いて食い入るように二人の様子に見入っている。シャルの尻尾は、歴史的瞬間に立ち会うことができたその興奮を表すようにぶんぶんと荒れ狂っていた。


「といっても、『焦って失敗した』では目も当てられない。ヴァンパイアの大々的な出入りは控えるべきか……」

「いえ、特区を作ってそこは双方が出入り自由にしてはどうでしょう。それなら不満がある人は入らないと言う選択も取れますし――」

「ヴォルヌート様、セレシェイラ様。興奮するのはわかりますが、このような往来で国の方針を語るのはいかがなものかと忠告させていただきます」

「……あっ」

「……うっかりしてました」


 ロペラのもっともな指摘に、二人は目を点にした。


「……ぷっ」

「……にゃはっ」


 さっきまでの堂々とした雰囲気とかけ離れた2人の剽軽な振る舞いに、俺とシャルは思わず笑い声を出してしまう。


「おいアスカ、シャルロッテ、貴様ら今笑ったな!? くそっ、俺としたことが何たる醜態だ……!」


 ヴォルヌートは赤面した顔を手で隠した。


「うわー! こんなおっちょこちょいやらかすなんて、浮かれすぎてました。己の身を恥じるばかりです……」

「セレシェイラ様。今の『うわー!』も往来ではお控えください」

「……ああ、私の威厳が崩れ去っていく……」


 セレシェイラは落ち込んでいた。ずーん、という擬音はこういう時に使われるのだろう。


「あはは!」

「にゃはは!」


 2人の普段見れないような反応は、俺たちをさらに笑顔にさせた。


(上に立つような人でも、俺たちと同じようなところもあるんだな)


 まったく締まったものではないが、とにかく今日この日。ヒュマン国とヴァンパイアは協定を結び、協調路線をとることを宣言したのだった。

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