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40話 怨嗟の声はいつまでも

 突然姿を現したメドゥーサに、ドラウグルが肩をすくめる。


「なんで君がこんなところにいるのさ。君強いから嫌いなんだよ」

「あら、私は強い殿方好きよ。壊しがいがあるもの」


 メドゥーサのウィンクを、ドラウグルは「うへぇ」と嫌そうな顔をして眺める。

 どうやら二人が協力しているということではないらしかった。


「今のうちに身をひそめるぞ……」

「わかった……」


 俺とヴァンは小声で意思を疎通し、物陰に隠れようと画策する。

 ドラウグルとメドゥーサ、両者ともプルミエと同格と言われる存在だ。このレベルの戦いに俺たちが巻き込まれれば、確実に死ぬ。


「……仕方ない、君も殺してあげるよ」

「うふふ、せいぜい楽しませてね?」

「あ、でもちょっと待ってもらえる? 君の前に彼らを地獄へ送ってあげないと」


 ドラウグルがぐるりと首を回して俺たちに狙いを定めた。

 嵐魔法の刃が俺たちを襲う。そして魔力が空の俺にはそれを防ぐすべはない。

 ヴァンなら魔力はあるだろうが、ヴァンの戦力でも今目の前に迫ってきているこれは止められない。


(……ここまでか。俺の人生はここで終わ――)

「ヴォルヌートっ!」


 不意に横から体を押される。その直後、俺の真横を鋭い風の刃が通り抜けていった。


「よかった……」

「ああ、ありがとうヴァン。おかげで――ヴァン?」


 俺は隣を見るが、そこにヴァンの姿はない。

 そのまま視線を下に移した俺は、上下に切り離されたヴァンと目が合った。


「嘘だろ……ヴァン……?」


 ヴァンは虚ろな目で俺を見つめる。意識が途切れてもおかしくない中で、ヴァンは必死で言葉を絞り出した。


「君はヴァンパイアにとって……僕よりも必要な存在だ。……やれやれ、こんなこと柄じゃないってのにね……」

「おい……ヴァン? ヴァンっ! 返事しろよヴァンっ!」


 俺はヴァンの身体を抱きかかえる。

 しかし反応は何一つ返ってこない。ヴァンは俺を庇って死んだのだ。


「ヴァン! ヴァンっ! お前……っ!」


「ううっ……泣かせる話だね。僕もらい泣きしちゃったよ」

「もういいかしら。私、待たされるのは嫌いなの」

「ええ!? 待ってよ、まだ一人残ってるじゃないか」

「速くしなさいよ。殺すわよ?」

「おお、怖い怖い。……じゃあそこの名も知れぬ君、そういうことだから――死んでくれるかな」


 ドラウグルの手が俺に向けられる。俺はそれを黙って受け入れた。


 俺へと迫りくる風の刃。しかし、それは俺に届く直前で燃え散る。


「遅れてすまないの、ヴォルヌート」


 俺を守るように立ち塞がったのは、プルミエだった。


「プルミエ……」

「あら、プルミエじゃない? プルミエよね? プルミエだわ! こんな極上の獲物が一度に二人なんて、どうしましょう……濡れちゃうわぁ」


 メドゥーサは恍惚の表情でプルミエを見る。

 それとは対照的に、ドラウグルは迷惑そうにプルミエを見た。


「まーた厄介なのが出てきたなぁ……。僕は強い人一人を殺すより、弱い人十人を殺して救ってあげたいんだけど……」

「その口を閉じろ、貴様ら」


 プルミエから冷たい声が発される。

 まるでそれによって戦場の気温が下がったとも思えるほどに底冷えする声だった。


「今から妾が行うのは、ただの癇癪じゃ。誇りも何もない、ただのな」

「殺しあえるならなんでもいいわ。さあ、やりましょう。殺りましょう」

「何この空気……。勝手にやりあって死んでくれないかなぁ、そしたら僕が救ってあげるから」


 三者が三様の態度をとりながら、三つ巴に睨みあう。


 最初に動いたのはメドゥーサだった。流属性の魔法で氷を形成し、プルミエとドラウグルへと飛ばす。

 プルミエはそれを避けず、その身に氷が突き刺さった。


「なぁに? 戦意喪失したの? そんなのつまらないわ」

「知らぬなら教えてやろう。――これが、妾の戦い方じゃ」


 プルミエの身体から流れ出た血がプルミエの衣服を覆っていく。

 それと共に、プルミエの真紅の目が妖しい光を放ちだす。


「あぁぁ……いいわ。すごくいいじゃない」

「変態は死ねば治るかな?」


 恍惚の表情を浮かべるメドゥーサを、ドラウグルが嵐魔法で攻撃した。


「あなたの手は知ってるのよ。こんな小手先の魔法じゃ感じないわぁ。もっと本気で来てちょうだいな」

「奥の手ってのはそんなに簡単に見せるものじゃないのさ。もっと大量に殺せるときに披露するよ」

「なによそれ。つまんな――」


 メドゥーサの声が途切れる。なぜかと言えば、メドゥーサの首をプルミエがへし折ったからだ。


「んぁあ!」


 メドゥーサはしがみつくプルミエを払いのけ、自身で流属性の回復魔法をかけ続ける。


「……最高に濡れたわぁ! でもこれじゃもう戦えないわね。さすがに治療に専念しないと死んじゃうわ。すごぉく口惜しいけど、私は帰ることにするわね。……また殺しあいましょうね、お二人?」

「逃がすと思う? 殺せる相手は殺さなきゃ」


 ドラウグルはメドゥーサの前に立ち塞がる。

 しかし、メドゥーサは慌てるようなそぶりも見せずに首を抑えていた。


「ええ、逃がしてくれると思うわよ? 分身ごときじゃ私には届かないわ」


 メドゥーサの額に目の模様が浮き出る。それを見たドラウグルは石にでもなったかのように動きを止めた。


「邪眼……本当に君たち良い能力持ってるよね。ああ殺したい殺したい殺したい……」

「では、ごきげんよう」

「逃がさぬわ」


 プルミエがメドゥーサの肩に噛みついた。


「いけー、やっちゃえプルミエー! そしたら僕が救ってあげるから!」


 ドラウグルが緊張感のない声援を送る。


 プルミエはメドゥーサの顔面に渾身の拳を入れた。

 肩からとめどなく血を流しているメドゥーサは、プルミエが動けたことに驚きを禁じ得ない様子だ。


「なんで動けるのよ……そうか、血流操作ね。あなたとはつくづく相性が悪いわぁ。……借りは、いつか返させてもらうから。楽しみに待っていなさい」


 メドゥーサが闇魔法を発動する。それに応じるようにプルミエも闇魔法を発動した。

 2つの黒い奔流がぶつかり合う。

 それが霧散した時、メドゥーサの姿は消えていた。


「逃がしたか……」

「あのさ、僕も帰っていい? 君、怖すぎるよ……」


 プルミエはそれに応答せず、ドラウグルに炎魔法を放った。


「問答無用って僕ずるいと思うんだ」


 ドラウグルはそれに嵐魔法で応対する。

 ぶつかり合った魔法は相殺するかに思われたが、炎魔法が嵐魔法を飲み込んでドラウグルへとぶつかった。

 さらに、プルミエがドラウグルに直接追撃する。


「死ね」


 プルミエはドラウグルの喉元を躊躇なく噛み千切った。


「うわー、やられたー。今回はここまでかぁ」


 ドラウグルはずぶずぶと地面に沈み込んでゆく。


「あ、最後にお土産。お仲間同士で殺しあってね?」


 そう言い残し、ドラウグルは地面の下に姿を消した。


「すまぬ、ヴォルヌート。嫌な予感がしたから急遽こちらに来たのじゃが、来るのが遅れてしもうた」

「いや……俺の方こそ、部隊の皆を守れず……」


 体力と気力を使い果たした俺は、意識を途切れさせないことに必死になりながら弁明する。

 だが、言いかけている途中でプルミエに体を抱えられた。

 プルミエは俺を抱えたまま空へと飛び立つ。


「プルミエ……?」

「地中から魔力を回したのか……ドラウグルめ、どこまで死者を愚弄すれば気が済むのじゃ……!」


 鬼神のごとく顔を怒気に染めたプルミエの視線に促されるように、俺は下を向く。


 ――そこには、正気を無くして蠢く同胞たちの姿があった。


「っ……!」


 俺はその中に、ヴァンの姿を見つけてしまう。

 黒ずんだ身体でずるずると上半身を引きずって這い動くその姿は、凄惨と言う他なかった。


「ヴァン……」

「ア゛ア゛……? ア゛ア゛ア゛!」


 俺を視認したヴァンは、俺に向けて迷うことなく魔法を撃ってくる。


「……」


 プルミエは無言でそれを相殺した。

 そして空中から、這いずり回って蠢くヴァンパイアたちを無表情で見下ろす。


「せめて安らかに眠れ――混合魔法、燃ゆる闇」


 戦場を黒い炎が包み込む。ドラウグルによって怪物に替えられた我らの同胞は、プルミエの産み出した炎によってその身体を朽ちらせていった。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァ!」


 地上にヴァンの絶叫が木霊する。怨嗟の声はしばらくの間絶えず発され続けていたが、しだいに聞こえなくなってゆく。


「帰るぞい、ヴォルヌート」


 戦場に静寂が戻った頃、プルミエは小さくそう言った。


(ヴァン、俺は……)


 俺の意識は少しずつ遠くなっていった。

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