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39話 友

 2日後。俺はヴァンたちと共に南の地へと遠征していた。

 ドラウグル率いる組織が遠目に見え始めている。


「相変わらず悪趣味だね……」


 相手の戦力を確認したヴァンがそう呟いた。その顔色はよくない。

 ヴァンだけではなく、周りのヴァンパイアたちも皆良い顔はしていなかった。


「魔物の死体、それに死者……たしかに気の進まない相手だな」


 俺たちと対しているのは、皆すでに生を終えた者たちだった。

 ドラウグルが彼を中心とした少人数で南の地を収めているのは、この能力によるところが大きい。やつは死んだ生物を操ることができる能力を持っているのだ。つまり戦乱の世である今、時代の流れは彼にあると言ってもよかった。


「死者を侮辱するやつに負けるわけにはいかない。行くぞ!」

「オウッ!」


 俺たちは戦闘を開始する。ヴァンパイアとしての利点を生かし、空から敵を撃退する。

 物言わぬ躯のドラウグル軍には思考能力も残っていないのか、ただただ地上を蠢くばかりだ。


「油断しないでね。そのうち魔法を撃ってくるよ!」


 ヴァンが皆に注意を喚起する。

 その言葉通り、時間がたつにつれてドラウグル軍は魔法で対空攻撃を行ってきた。

 数が少ないこちらは相手の魔法をよけながら、少しずつ相手の数を減らしていく。


「いいぞ! その調子だ!」


 俺たちの策は有効に働いていたし、事実戦況はこちらが有利だった。

 やつが現れるその時までは――。


「なんてひどいことをするんだ」


 戦場に突如現れた黒い人影は、魔法が飛び交う戦場の真ん中で無防備に立ち尽くして声を上げた。


「あれは……ドラウグル!」

「あれがドラウグルか」


 病的なほど真っ白な肌をした黒髪の不気味な男は、戦場に散った我らの同胞に近づき、その身体を優しく包み込んだ。


「ああああああああ……。なんてひどいことを……。可愛そうに、痛かったろうに……」

「我らの同胞に触るなぁっ!」


 俺は手首を掻っ切り、流れ出た血でドラウグルを攻撃する。

 しかしドラウグルはそれをすんでのところでひらりと躱した。


「そんなに怒らないで。僕は彼の魂を浄化してあげたんだから」

「浄化……だと?」

「そうだよ? 僕の魔力を死んだ生き物に流すと、その魂は地獄へ落ちるんだ。この最低で醜悪で下劣な世界から解放される。……そして代わりに悪魔の魂がその身体に入る。こんな風にね」


 ドラウグルは先ほど触った死体に手を向ける。

 すると、死んだはずの同胞の身体はガクガクと震えながら起き上った。

 その眼は白目をむいており、口はだらしなく開けられている。そして全身は黒く変色していた。

 元の同胞の面影はほとんど残っていない。


「ア゛……ア゛ア゛……」

「ヴェスター! ……お前、ヴェスターになんてことを……!」


 ヴァンが声を荒らげる。その叫びは俺たちヴァンパイアの総意だった。

 こいつは死者を愚弄するにもほどがある。


「……あれぇー? なんで僕が君たちに睨まれてるんだい? 意味が分からなくて気味が悪いよ」


 ドラウグルは向けられた殺意にも動じていない。頭を抱えるドラウグル目掛け同胞たちが魔法を放ったが、ドラウグルはそれら全てを造作もなく躱して見せた。

 そしてドラウグルは目線を上げて、輝く眼で言った。


「……そうだ、殺しちゃお! 死んで一緒に地獄に行きなよ! 動かないでね、僕が救ってあげるから」


 その瞬間、ドラウグルの魔力が膨れ上がる。

 それをいち早く察知した俺は、全身の血を使い切る勢いで血流操作を行使した。


(あれはまずい! 間に合えっ!)


 流れ出る血が盾となったのと同時に、ドラウグルの身体から風の刃が飛ばされる。上級属性である嵐魔法だ。

 刃は踊るように同胞の身体を切り裂いていった。俺が守れたのは周りにいた十数人だけ。他は皆形も残らないほどばらばらに切り刻まれた。


「う、嘘だろ……?」


 俺は目の前で起こった出来事が信じられない。今の今まで俺たちが有利だったはずなのだ。

 それがなんで――。


「ヴォルヌート、しっかりしろ! 次が来るぞっ!」


 ヴァンの声で俺は正気に戻る。


「あれ、なんで生きてるの? 駄目だよ、ちゃんと死ななきゃ」


 ドラウグルは我らの同胞を手にかけたことを何とも思っていないようだった。

 その表情に、俺は今までに感じたことのない悪寒を感じる。


(こいつは駄目だ。……俺たちが相手できるような存在じゃない)


 俺は生き残った同胞たちに指示を出した。


「……お前たちは逃げろ。ここは俺が持ちこたえる」

「そんな――」

「確かにこいつに勝つのは無理だ。だが、時間稼ぎならできる……速く行けっ!」

「はっ、はいっ!」


 同胞たちは踵を返して村の方へ飛んでいく。俺はそれを黙って見送った。


(そうだ、これで良い。こいつの情報を伝えれば、プルミエが応戦に来てくれる。こいつにはプルミエじゃなきゃ敵わない。俺じゃ……無理だ)


 とそこで、ヴァンが残っているのに気が付く。


「ヴァン、お前も速く逃げろ」

「相変わらず嘘が下手だね、ヴォルヌート。君さっきので魔力も血も空っぽだろ。……ここは僕が持ちこたえるよ」


 ヴァンは帰る気はないようだった。


「……勝手にしろ」

「そうさせてもらうよ」


 俺とヴァンはぶつぶつと何かを呪詛のように吐き続けているドラウグルを見定める。


「殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ。死と言う安らぎを皆に与えなきゃ――ってあれ? なんで二人しか残ってないの? 逃げるなんてひどいよ……」

「ふざけた野郎だ……」


 しかし、実力は俺たちの数段上である。間違っても勝てる相手ではない。

 死を覚悟した俺たちの元に、新たな侵入者がやってきた。


「あら、なにやら楽しそうなことやってるじゃない? 私も混ぜてもらっていいかしら」


 戦場に不釣り合いなほどの美女は、漆黒の長い髪を遊ばせながら甘い声でそう言った。

 ボディラインが露わになるタイトな黒いドレスに、豊満な胸、全身から漂う濃厚なフェロモンの香り。

 それはまさに――。


「メドゥーサ……!?」


 俺はその名を呼んだ。そこにいたのはプルミエと並び称される、三つ目の蛇王だった。

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