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38話 ある吸血鬼の回想

時は150年前に遡る。





俺、ヴォルヌートは戦乱の中で生まれ、戦乱の中で育ってきた。ゆえに戦いは日常であり、俺はその中に身をおくことを当然と思っていた。


今現在我らヴァンパイアは南にいるドラウグルが率いる組織、西にある人間の国、北にある犬亜人の国という3勢力と同時に争っていた。

といってもヴァンパイアが集中的に狙われているわけではない。協力関係を結んでいる国は皆無。互いに自分以外の国は全て敵――今はそういう時代なのだ。


俺は生まれ育った村でつかの間の休息を行っていた。

昨日までは北と戦っていたが、明日には南に立つことになる。一日ばかりの小休止だ。



村から少し離れた丘に座り込んでぼーっとしていた俺の隣に、一人の男がやってきた。


「なんだ、ヴァンか」

「なんだとは何さ」


ヴァンは軽く笑いながら俺の隣に腰を下ろす。

ヴァンは大人しい性格が外見にそのまま現れたような、穏やかな容姿をしている。

その見る者を落ち着かせるような容姿からか性格からか、交友関係はとても広い。実は少し腹黒いのは、親しい俺だけが知っている秘密だ。


俺は快くヴァンを迎え入れた。一人でいたい気分だったのだが、ヴァンなら話は別だ。

ヴァンは俺にとって一番親しい友――いわゆる親友というやつだった。


「ねえ、知ってる? 南で『三つ目の蛇王』が目撃されたって噂らしいよ。もしかしたら今度の戦に乱入してくるつもりかも」


三つ目の蛇王とはメドゥーサのことだ。どの組織にもどんな国にも属さず神出鬼没に現れては、名だたる実力者を殺していく。その実力はプルミエにも並んで称されるほどだった。


「そうなのか? あの気分屋な殺戮者が……腕が鳴るな」


それを聞いたヴァンは呆れたように天を仰ぐ。


「ヴォルヌートは戦闘狂だなぁ。僕は勘弁願いたいよ」

「こんな時代だ。戦闘狂で正常だろう」

「でもプルミエ様は停戦協定を結びたがってるよ。まあ、今のところ上手くいっていないみたいだけど」

「プルミエはなまじ力があるからな。敵国としては、プルミエという強力な戦力がこちら側に残ったまま停戦を結ぶのを良しとしたくないのだろう」


四方で火花を散らしている俺たちがなんとか戦況を維持できているのは、ひとえにプルミエがいるからだった。

我らの長であるプルミエの力は俺たちとは隔絶していた。俺も実力的にはかなり上の方――というかプルミエに次ぐのだが、プルミエに勝てる気は全くしない。

プルミエは戦場に出れば必ず勝利を収める。戦場の女神のような扱いをされるのも納得の成果を収めていた。



「いい加減プルミエ様のこと呼び捨てにするのやめたら? 僕は良いけど、他の人に見られたらただじゃすまないよ。この前だって君、騒ぎ起こしてたでしょ」

「俺はいつかプルミエを超える。呼び捨てにするのはその意思表示だ。……そうだな、俺があいつを超えた暁にはプルミエ様と呼んでやってもいいが」

「なんでそんなに上から目線なの……」


ヴァンの嘆きに、俺は笑った。

プルミエは強い。強すぎる。プルミエに様をつけてしまうと一生越えられないような気がして、俺は意地でも呼び捨てで呼んでいた。

なるべく人前では呼ばないようにはしているが、たとえばれたところで問題はない。今ヴァンパイアの中で俺に勝てるのはプルミエだけだからだ。


「北の次は南……いつか終わるのかな、この戦いも」


ヴァンが遠くを見て嘆く。


「さあな。俺は戦が続く限り戦うだけだ」


ヴァンは「さすがヴォルヌートだ」と褒めているのか貶しているのかわからない言葉を口にして立ち上がった。


「まあ、僕も死なない程度に頑張るよ」

「お前ももう少しやる気を見せればもっと強くなれるというのに……」


ヴァンは血流操作しかできない俺よりもよほど才能がある。しかしその才を一人前以上には磨こうとしなった。ヴァンの決めたことであるし文句はないが、俺はそれを少しもったいなく思っていた。


「僕は怖がりだからね。皆には悪いけど、自分の命が最優先なのさ」

「俺は良いが、他のやつにそんなこというなよ? やる気になってるやつらに水を差すことになる」

「わかってるよ、ヴォルヌート以外には言わないさ。僕はヴォルヌートとは違って猫を被るってことを知ってるからね。……じゃあ、僕は村に戻るよ」

「ならいい。気を付けて帰れよ」


ヴァンのからかうような言葉に返事を返し、俺は再び一人になる。


「この戦いがいつ終わるのか……か」


ヴァンの言葉を口にだしてみる。

この長きに渡った戦が終わるなど、俺には想像もできなかった。


戦い、戦い、戦って――その先には何が残るのだろうか。


(我ら誇り高きヴァンパイアが亡びることなどあってはならない。ヴァンパイアに未来が残せれば、俺はそれでよい)


寒くなってきた丘の上で、俺は拳を握りしめた。

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