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37話 投薬

「乗り心地はどうだ? 不便はないか?」

「いい感じだよ」

「にゃ、にゃいです」


 ヴォルヌートの身体から漏れ出た血で形成された手は、俺の身体をがっちりとつかんで離さない。

 落ちる心配はいらなそうだった。


「なるべく急いで行きたいからな。もう少しペースを上げる」


 ヴォルヌートがそう言って飛行速度を上げた。すこし揺れは増したが、まだまだ安定感はばっちりだ。


(プルミエのときはもっと揺れたんだよな)


 抱えられて空を飛んでいる、という共通点から、俺は最初にプルミエに抱えられて飛んだ時のことを思い出す。

 あの時はプルミエの胸が当たって鼻血が出たんだった。今思い返しても恥ずかしい。


(懐かしいな、もう4か月以上前か……。プルミエ、待っててくれよ)


 俺たちは一直線にヒュマン国へと向かった。







「見えてきたな」

「ヴォルヌート、ここからは徒歩で行こう。ヴァンパイアが飛んでいるとなったら軍が出てくるかもしれない」

「むっ、それもそうか。忠告感謝する」


 ヴォルヌートは高度を落とし、ヒュマン国の門まであと1キロというところで着陸する。

 地面に降り立ったシャルは大きく伸びをした。伸びの仕方が猫そのものだ。


「にゃぁーっ……! 空もいいけど、やっぱりあたしは地上が一番だ」

「無理をさせたか? すまないな」

「い、いやいやそういうわけじゃにゃくってですね……」


 シャルはヴォルヌートに謝られてわたわたと手を振った。




「じゃあ、行こうか」

「いや、待て」


 ヒュマンへと歩き出そうとした俺を、ヴォルヌートは制止する。

 ヴォルヌートは厳しい目つきでヒュマン国の門の方角を向いていた。


「……誰か来るぞ。敵意はないようだが、一応用心しておけ」


 その言葉に俺とシャルは戦闘態勢をとる。俺には姿も見えないし気配も感じないが、ヴォルヌートにはこちらに向かってくる気配が感じられているらしかった。


「まだ距離があるな。注意して進むか」

「そうしたほうがいいと思います」


 俺たちはヒュマンへと歩きはじめる。しばらくすると、俺にも誰かがこちらに向かってきているのが確認できた。


「……ロペラさん!」


 それはロペラだった。おそらくだが、空を飛ぶヴォルヌートに気づいて俺たちを迎えに来てくれたのだ。


「申し訳ありません、予想よりも早かったもので、お迎えが遅くなってしまいました」

「知り合いか?」

「はい。この人の主人がヒュマン国の国王で、プルミエを助けてくれた人です」


 俺の言葉を聞いたヴォルヌートは素早く頭を垂れた。


「我らが英雄を救ってくれたこと、感謝の念が絶えない」

「いえ、プルミエ様は我が主の命の恩人でもありますから」


 ロペラはそれに軽く頭を下げて応対した。


「『アスカさんのことですから、ヴァンパイアの方を連れてくるかもしれません』と予想したセレシェイラ様から国中にお触れが出されていますので、ヴォルヌートさんは何の気兼ねもなく国の中へ入っていただいて結構です」


(なんで俺がヴォルヌートを連れてくるってわかったんだ? 国王ってすごいんだな……)


 俺はセレシェイラの想像力に驚嘆した。


「では、急ぎましょう」


 俺たちは全速力でプルミエのところへと向かった。







 施術院へとついた俺たちは、可能な限り早足で院内を進む。

 そしてプルミエの部屋へと入った。


「プルミエっ!」


 プルミエの姿を認めたヴォルヌートは感情を高ぶらせる。

 口を押さえて、何を言うべきかわからないといった様子だ。


「ヴォルヌート。薬を」

「……そうだな。では、霊薬を投与する」


 俺が声をかけ、気を取り戻したヴォルヌートは服の内ポケットから白い液体の入った瓶を取り出した。

 ヴォルヌートは眠っているプルミエにその液体を口から飲み込ませる。

 プルミエはゆっくりとその液体を飲み干していった。


「……よし、これで危機は脱したはずだ。あと数日で目を覚ますだろう」


 ヴォルヌートは息を吐き出した後、安堵の笑みを浮かべた。


「プルミエ……っ」


 俺はプルミエに駆け寄る。プルミエの表情は今までと変わっていないのだが、薬を飲んだ今となっては生命力に満ち溢れているようにしか見えなかった。




「ロペラ、プルミエさんは!?――っと、失礼しました。ご無礼をお許しください」


 セレシェイラが遅れてやってきた。服装が灰色の地味な服であるところをみると、着替える間も惜しんでやってきたのだろう。


「あと数日あれば目を覚ますそうです」


 ロペラがセレシェイラにそう伝える。


「そうですか、よかった……。あなたがヴォルヌートさんですか?」

「ああ、そうだ。そう言うそなたはセレシェイラか」

「はい、そうです」


 セレシェイラとヴォルヌートは同時に頭を下げた。


「今回のこと、本当にありがとうございました!」

「今回のこと、心から礼を言わせてもらう」


 顔を上げた二人はどことなく気まずげに眼を合わせ、苦笑し合った。










 ヴォルヌートは一通りプルミエの様子を確認したのち、セレシェイラとなにやら真面目な顔で長時間病室をでていった。


 病室に戻ってきたヴォルヌートはシャルに話しかける。


「亜人の女子(おなご)よ。そなたの名を教えてはもらえぬか?」

「あ、あたし? あたしはシャルロッテですにゃ」

「そうか。アスカ、それにシャルロッテ。改めて礼を言う。そなたらのおかげで、やっと俺はプルミエに借りを返すことが出来そうだ」

「借り……?」


 俺はヴォルヌートの言葉を復唱する。ヴォルヌートもプルミエに何か借りがあるのだろうか。


「ああ。100年前まで続いていた戦争で、俺はプルミエに命を救われたんだ。話すと長くなるがな」


 ヴォルヌートはそこで言葉を打ち切った。どうやら話す気はないらしい。

 しかし、俺としてはプルミエの過去を知りたかった。なんせ、俺はプルミエについて知らない事ばかりなのだ。


「どうせ宿に帰ってもやることないですし、俺はプルミエの過去を知りたいです」

「あたしはプルミエさんのことほとんど知らないから、あたしも知りたいですにゃ」

「……そうか。なら、話してやろう」


 ヴォルヌートは遠くを見るように目を細め、言葉を紡ぎ始めた。

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